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33.エストホルム訪問











 ついに来る。何がかと言えば、エミリアナが。すでにエストホルムの領地内に入ったと連絡が来ている。ミカに。


「ミカの方が信用されている気がする」

「迎える側として、僕の方が必ず城にいるって思われただけでしょ」


 苦笑してアックスに言うと、納得できないという表情ながらも「そうだな」とうなずいた。場合によってはアックスは城の外にいるかもしれない。ミカに連絡を取るのが妥当だろう。少し子供っぽいしぐさを見て、ミカは笑った。ちょっと可愛い。

 外はだいぶ雪が解けて、春がすぐそこまで来ている。彼女らが滞在している間に、完全に春になるだろう。今のところ、ミカは王妃の苦労話を聞くことになりそうで憂鬱である。


「田舎を連れまわされたって、お姫様はご機嫌斜めのようだよ」

「エストホルムも大概田舎だが」

「穀倉地帯だからねぇ」


 それだけではないのだが、昔からこの一帯は穀倉地帯だった。貿易が盛んではあるが、鉱山などはすべてヴィルヘルムが押さえている。ミカが思うに「とても理にかなっている」。直轄地の食料自給率はエストホルムに劣るが、その分金があるので、ある所から買えばいい、と言うのがミカの主張である。


「……お姫様も、そういうことをわかっていなければならない、と言うことだな?」

「必ずしも、と言うわけではないけど。知っている方がいいのは確かだよね。王妃陛下、頑張れ」

「義姉上に投げるのか」

「僕が言っても、お姫様は聞かないさ」


 少なくとも王都で同行したときは、歯牙にもかけない、というか存在を無視しているような様子だった。王弟妃とは言え、伯爵家の出身だからだろうか。女のくせに政治の中核に入り込んでいるからだろうか。評議会と議会に議席はあるが、王の秘書官なのでそれほど大きな発言権はないのだけど。ミカはヴィルヘルムが国を運営するためのご意見番なのだ。

 そうこうしているうちに、城に出迎える日が来た。一応季節は春なのだが、エントランスに立っていると寒い。ミカはぶるりと体を震わせた。


「大丈夫か。何か羽織らせてやれ」

「え、いいよ」


 見とがめたアックスが控えている侍女に指示を出す。すぐに厚手のショールを羽織らされた。準備されていたとしか思えない。


「どうせすぐに脱ぐのに」


 エミリアナたちが到着したら、ショールを羽織っているわけにはいかない。こちらの身分が下なので、当たり前だがちゃんとした格好で出迎える必要があるわけだ。


「会った時に震えてる方がまずいんじゃないか」

「確かに!」


 そんな会話をして周囲に笑われながら待っていると、到着した、という先ぶれがあった。ミカはショールを侍女に返し、エミリアナたちを待った。指先が冷えていて、意味もなくもんでしまう。

 先に入ってきたのは王だった。先導してきた、とも言う。ヴィルヘルムは弟を見て微笑んだ。


「久しいな、アックス。しばらく世話になる」

「ようこそ、エストホルムへ。ゆるりとおくつろぎください」


 アックスは硬い表情のまま、ヴィルヘルムにそう返した。ミカの方はもう少し朗らかに思える口調で、歓待の準備が整っていることを告げた。


「もしお体に余裕があるのでしたら、庭を案内させてください。当城自慢の庭園です」


 ほぼ薬草園だが。多くの貴族の屋敷や城がそうなっているように、このエストホルム城の庭園管理もミカが行っているのだが、ほぼ薬草園になっている。見かけが美しい花の庭園なので丸投げしていたアックスはもちろん、侍女のエンマや庭師も指摘しづらいようだ。ちなみに、アックスは自分の居城がそんなことになっていると、去年の夏に帰ってきたときに、ミカに案内してもらうまで知らなかった。


「あなたのことだから、別の意味で興味深いわね」


 王妃にはばれている。今さら、ミカも気にしていない。このエミリアナの遊学に伴って、ミカとセレスティナの関係はかなり改善されているように見える。お互い、遠慮がなくなってきたというか。妙な信頼がある気がする。これくらいしても、彼女なら大丈夫、対応できる、という妙な信頼がお互いにあるというか。


「ひとまず、お疲れでしょうからお休みください。部屋を用意させていますから」


 エミリアナたちの目があるのでどうしても丁寧な口調が必要になってくる。これが案外大変である。慣れと言うのは大事だな、と思った。


「なんだか質素なお城ね」


 使用人に案内されながらエミリアナが言ってのけるのが聞こえた。これでも体裁を整えた方である。質実剛健と言えば聞こえはいいが、城の飾りなどに興味のない城主夫妻なのだともいう。


「ご滞在中、ご不便をおかけしないよう努めますわ」


 力関係で負けて、エミリアナを案内するのについていくことになったミカのこわばった声が聞こえた。彼女らの声が聞こえなくなってから、エントランスでアックスたちは顔を突き合わせた。


「準備の方はどうだ?」

「視察の準備はつつがなく」


 ミカが整えた。段取りなどは、やはりミカの方が得意だったのだ。だが、アックスもできないわけではないので、メインはミカ、サブにアックス、と言ったところだろうか。


「と言っても、運河と麦畑くらいしか見る場所がありません」

「穀倉地だからな。わかっている」

「ミカは酪農場で出来立てのチーズを食べるのはどうだ、とか言っていましたが」

「視察と言うより、旅行だな」


 ヴィルヘルムは笑ってツッコみを入れてセレスティナを見やる。整った顔に疲れを見せる彼女は首を左右に振る。


「毎日食事に付き合っているし、ソラナにも確認したけれど、あの子はチーズが好きではないわ」


 そうなのか。チーズ料理などは食べられるそうだが、単体では好きではないらしい。ちなみに、ミカもセレスティナも好きなのだそうだ。


「ほかにミカエラはなんと言っていた? 代案くらいはいくつかあるだろう」


 心配そうにヴィルヘルムが尋ねた。セレスティナだけではなく、兄も存分に振り回されたのだろうということがわかる。アックスとミカが宮殿にいるときは対象が分散されていたが、二人がいなくなったことで集中したのだろう。


「どうにもならなかったら、湖畔の別荘で星空観察ですね」

「……そっちの方がよくない?」

「俺もそう思いましたが、ミカが遊学なのだから学べるようなものの方がいい、と」


 却下されるだろうことをわかって、提案したのだ。酪農場へ行かないだろうから、星空観察が正式案なのだ。


「確かに、遊学だものね……ミカエラの意見が正しいわ。けれど、私たちに強制することもできないもの」


 困ったわ、と言わんばかりにセレスティナがため息をついた。ヴィルヘルムが妻の肩をたたく。アックスはひとまず、この二人も客間に案内した。その間に、ミカが戻ってきた。


「どうだった?」

「ダメだったよ。わかっていたけどね!」


 ふん、と鼻をならすので、よほど腹立たしいことを言われたようだ。ミカは自分が何を言われようとさほど気にしないのだが、いったい何を言われたのだろうか。気が立っている様子のミカの頭をなで、頬を撫でる。彼女は少しためらうようなそぶりを見せた後、とん、とアックスの肩に額を押し付けてきた。


「というわけで、酪農見学はいきません。でも、チーズは取り寄せておく」

「エミリアナ様は嫌いだと聞いたが」

「聞いた。でも、ソラナ嬢は好きみたいだから」

「お前、結局ソラナ嬢にほだされてないか?」


 ミカを軽く抱きしめて髪をなでながら言うと、肩口でミカがむすっとするのがわかった。


「だって、振り回されてるの、可哀そうじゃない? 彼女は悪くないのに、エミリアナ様のことで文句を言われるんだよ」

「それは確かに」


 ソラナは、確かにエミリアナを押さえ切れていないが、身分差を考えれば仕方のない面もあるし、彼女ばかり責められるのは理不尽だ。

 ミカがアックスから少し離れて顔をあげた。むすっと突き出された唇に思わず口づける。不意打ちだったからか、ミカがびくっと肩を震わせた。


「な、なに?」

「いや、口づけやすそうだったから」

「あんなに女性を避けてたアックスはどこに行ったんだろうね……」


 別に女好きになったわけではないし、ミカ以外の女性はまだ怖い。そう言うと、ミカも強いことは言わず「まあ、取り繕えていればいいんじゃないの」と投げやり気味に言った。多分、それどころではないのだと思う。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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