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31.遊学にあたって












 ミカはアックスとともに、雪が降り始める前にリュードバリ公爵領であるエストホルムに向かう予定であるが、その前にエミリアナとソラナを連れて大学に来ていた。


 大学、と一言に言うが、教育機関と言うよりは、研究機関の方が近いだろうか。出してもいい研究内容と、秘匿すべき研究内容の選別に時間がかかったが、遊学と言うのであれば見せないわけにはいかない。

 ソラナは興味深そうだが、他国であることをわきまえた振る舞いが見える。説明されたことに対して、気になった部分の解説を聞くにとどめている。だが、エミリアナは興味があることに対してずかずかと踏み込んでくるので、研究員が助けを求めるようにミカを見つめてくる。この見学会は、ミカが責任者なのである。


「エミリアナ様、こちらはどうでしょう。防御魔法を織り込んだ布です」

「へえ、そう」


 だめか、興味はないか。セレスティナとかなり話し合いをして、エミリアナは華やかな美しいものが好きだと聞いた。そもそも、こうした大学の見学などに興味がないのだろう。社交レベルの低いミカではどうすればいいのか妙案が浮かばない。さすがのミカも、こいつはだめだな、と思った。もう少しちゃんと頑張ろう。

 とにかく、エミリアナが突っ込みすぎないようにフォローに回るだけにした。だって気をそらせない。ソラナが頑張っているが、彼女にも難しいようだ。


 セレスティナが「エミリアナは姉を下に見ている」と言っていたが、それはミカにも感じられた。ミカはリュードバリ公爵夫人、王弟妃であるとはいえ、伯爵家の出身だ。自身が持っている爵位も伯爵位なので下に見られるのはわからないでもないのだ。

 それでも、エミリアナだけなら大丈夫だったと思う。護衛が邪魔だった。邪魔になる護衛は、護衛ではないのでは、と思いつつ、ミカは何とか乗り切った。護衛を投げ飛ばしたことが広まっていたのか、ちょっと引き気味だったし。エミリアナは何とも思っていないようだが、ソラナには平謝りされた。いつでもどこでも、間に挟まれるものは大変である。


「だめですね。私では相手になりません。アックスを投入して気をそらすのはだめですか?」

「だめだなに言ってるんだお前」


 アックスから拒否された。わかっていたことなので、肩をすくめる。また、国王夫妻と王弟夫妻で話し合いである。さすがにミカとアックスは領地の方へ戻らなければならない。夏に一度戻っているので、冬の間ずっといる必要はないのかもしれないが、エミリアナたちがやってくることになっているので、準備が必要だ。それに関しても話し合う予定である。

 言い合う弟夫婦を見て、ヴィルヘルムは「仲いいよな」と笑ったし、セレスティナは少し顔をしかめた。


「ミカエラで相手にならないって、それ、あきらめてるんじゃないの?」

「……私が何を言っても、癇癪を起こされるような気がするのですが」


 セレスティナにいぶかしがられたが、これでも本気で困惑しているのだ。初めての事態だ。こちらの常識が通用しない。貴族女性生活の短いミカだからかみ合わないのではなく、そもそも姉のセレスティナとかみ合っていないエミリアナは、ある意味すごい。


「少し年が離れているので、甘やかされて育った傾向はあるわね……」

「ああ……なるほど」


 ミカも年の離れた弟を甘やかしがちなので納得したが、セレスティナに同意したのはミカだけではなく、ヴィルヘルムもだった。確かに、ヴィルヘルムとアックスも年の離れた兄弟である。


「……わからん」


 アックスだけ顔をしかめてそう言ったが、「アックスは甘やかされる側だからね」と言うのはやめておいた。確実にすねる。彼にも腹違いの弟妹はいるが、王位継承の関係上、あまりかかわってこなかったのだ。妾腹の彼ら彼女らには、王位継承権はない。


「まあ、愛玩動物を可愛がるような感じだな」


 ヴィルヘルムのたとえに、アックスはなんとなく理解したようだ。残酷なたとえだが、的を射ていると思う。良ければ、十分なしつけもしておいてほしかった。


「でも、普通のわがままお姫様と一線を画している気がするんですけど」


 通常の『わがまま』では説明できない気がする。必ず被害が他者へ向くのだ。そのあたりは如何とするのか。ミカの言葉にセレスティナが顔をしかめる。


「自分で後始末をできないからじゃないかしら」


 なるほど。一理あるのでは。


 ミカたちがいくら対策を練っても、あちらは他国の王族だ。押さえつけることができない。普通なら周囲に話を通して多少慎ませることができるだろうが、今回はその周囲も役に立たないと考えていい。しいて言えばソラナがしっかりしているが、何でも彼女に押し付けるもの気の毒な気がした。ソラナ自身には、全く落ち度がない。


「やっぱり自爆してもらった方がいいかしら……ミカエラ、どう思う?」

「そうですね。姉であり一国の王妃であるセレスティナ様と伯爵家の出身とはいえ、一応王弟妃である私に礼儀を尽くせないのはさすがに問題だと思いますし。サンルカルの方は? 問い合わせたのですよね」

「エミリアナの周囲には賛同するものしかいないようねぇ。ソラナは孤立無援で頑張っている方よ」

「しかも、異国にいるわけですしね。まさに四面楚歌」

「ソラナはあなたを尊敬しているわ。ここから取り込みましょう」

「その方がよさそうですね。ところで王妃陛下。私、そういったことは苦手なのですが」


 ミカもセレスティナの意見には賛成するが、その方法が問題なのだ。人とのコミュニケーションを怠っていた弊害がここで自分に突き刺さってくる。


「そうね……しかも、そろそろ領地へ戻るのよね」

「そうですね」


 実質、動けないということである。エミリアナの行動を鑑み、見学する地方はエストホルムを含め三か所だけに絞られてはいるが、王妃はこれからその細かい調整に入らなければならないのだ。おおよその計画は立っているのだが、大体、エミリアナのせいである。


「冬の間、あの子を見ていなければならないのよ。ミカエラ、残る気はない?」

「ありません」

「ダメです。こちらの準備が整いません」


 ミカとアックスに同時に拒否されて、セレスティナも「そうよねぇ」とうなずいた。さすがの議会も、冬の間は閉会となるため、小評議会はミカを抜かしたメンバーで頑張ってほしい。まあ、半数くらいが領地に帰還するはずだけど。


「そうだな。領政も確認しなければならないだろうし、王弟の城での受け入れ準備が整わないのは困る。アックス、ミカエラにだけ任せるなよ」

「わかっています」


 ヴィルヘルムに指摘され、アックスは憮然としつつもうなずく。心配しなくても、アックスにも仕事を振るつもりだ。実際の采配をミカが振るっていても、領主はアックスなのだ。

 その後、いくらか世間話をしてミカとアックスは退室した。ちなみに、今日のエミリアナたちは自由時間で図書室にいるらしい。さすがに王立書庫には入れられないようだ。当たり前だけど。


「ミカ、実際のところ、準備はほぼお前に投げることになると思う」

「わかってるよ。大丈夫。その代わり、領内のことは頼むからね」

「任された」


 ついでにアムレアンの方も頼む。本人はあまり自覚はないようだが、アックスはこうした政治感覚も鋭いと思う。勘がいい、とも言うが。どちらかと言えば理屈派なミカは、そんなアックスに助けられているのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ミカとアックスは持ちつ持たれつ。


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