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27.ミカについて












「もう少し寝ていろ」


 隣で眠っていたミカが目を覚ましたのに気づき、髪をなでながら言うと、彼女は「ん」と小さく声をあげながら再び枕に頭を落とした。アックスは夜着を着なおしながらベッドを降りる。天幕のカーテンを開ける前にミカを振り返る。横向きに眠っているミカは、目元が赤らんでいる。あれだけ泣きじゃくれば当然だ。

 アックスは自分の中にここまでの独占欲と嗜虐心があることに驚いていた。正直に言わせてもらうと、ミカの泣きじゃくる顔はぐっときた。

 かといってミカに嫌われたくはないので、ほどほどにしておく。ミカの泣き黒子に口づけを落とし、ベッドから離れた。


「おはようございます、旦那様」

「ああ、おはよう」


 エンマが待機していた。時間的に早いが、ミカが魔法用の素材を採取しに早朝に起きるので、エンマの待機時間も早いのだ。

「奥様は」

「まだ寝ている。寝かせておけ」

「……わかりました」

 ひとまずエンマはうなずいたが、ふと言った。

「ですが、奥様は早朝に薬草の新芽を摘むのだ、と言っていたと思うのですが」

「……俺が行ってくる」

 幸い、まだ時間に余裕がある。エンマはそういうとわかっていたのだろう。わかりました、と了解を口にした。朝食の前に行ってくることにする。アックスは庭園に出ると、温室の薬草の新芽を採取し始めた。王弟が薬草を摘む。なかなかシュールな光景である。


 温室を出ると、そこでソラナと行き会った。侍女はつけているが、エミリアナは一緒ではない。そのことにほっとした。理性的なソラナはともかく、エミリアナの相手がアックス一人に務まるとは思えない。

「おはようございます、ソラナ嬢」

「あ、おはようございます、閣下」

 ぺこりと頭を下げられる。彼女はきょろきょろとアックスのそばを探すように視線を動かし、うなだれた。


「レーヴ伯爵はご一緒ではないのですね……」


 レーヴ伯爵、つまりミカのことだ。レーヴ伯爵、王弟妃、リュードバリ公爵夫人……ミカは様々な肩書で呼ばれるが、レーヴ伯爵と呼ぶ人が一番多いだろうか。

「ああ……すまないな。期待に沿えなくて」

「あ、いえ、いいんです。私はレーヴ伯爵のご気分を害してしまったようですし……」

ああ、なるほど、と思った。ミカはまっすぐ好意を向けてくるソラナを扱いあぐねているようだったから、その感情が表に出ていたのだろう。

「気難しいやつではあるが、多少のことで怒ったりはしない。大丈夫だ」

 生垣の反対側にいるソラナは、驚いたように目をぱちくりさせた。

「……閣下は、レーヴ伯爵のことがお好きなのですね」

「は?」

「あ、あの、仲がお悪いと聞いていたので……」

 ソラナが居心地悪そうに言った。確かに、社交界でアックスとミカの話を聞いたのなら、そう聞いただろう。二人とも社交界が得意ではないので、不機嫌そうに見える。そのために不仲に見えるのだ。と、最近分かった。

「噂は噂にすぎない」

「はい。私は自分の目で見たものを信じます」

 思わず、アックスはソラナを見た。昔、ミカが同じようなことを言っていた気がする。多分、ミカとソラナは似ているのだ。そして、ひねくれてしまったミカに比べ、ソラナはまっすぐなのだろう。


「……ミカは押しに弱い」

「えっ」


 ソラナが目をしばたたかせてアックスを見る。それから理解したように微笑んでうなずいた。


「わかりました。ありがとうございます」


 うれしそうなソラナと別れ、一度部屋に戻ってエンマに新芽を渡しておく。ベッドを覗くと、ミカはまだ寝ていた。まあ、評議会は午後からなので、それまでに起きればいいだろうと放っておく。断じて、起こしたらミカに怒られそうだからとか、そんな理由ではない。


 一応執務室の方に出勤はしたが、夜会の翌日である今日は特に予定も入っていないので、大まかな確認だけで済んだ。

「レーヴ伯爵は大丈夫でしたか?」

「は? ああ……元気だと思うが」

 副官に尋ねられてアックスは思わず目をしばたたかせた。副官は眉をひそめてアックスを見る。

「なんですかそれは。昨日、早めに引き上げたでしょう。まあ、本当に不調だったとは思っていませんが」

 そういえばそうだった。体調不良だと引き上げて、本当に体調不良な確率は半分くらいだろうか。この副官はその直前にミカに会っているのだから、方便だと思うのは当然だ。

「ああ……ミカも騒ぎを起こしてしまったからな。動揺していたから連れて帰った」

 と言っても、今は王宮内に居を構えているのだが。


「なるほど。ま、いつも通り仲良くしておいてくださいよ」


 本当に、社交界の噂と、実際にアックスたちを見知っている人間とでは、その印象に乖離がありすぎると思う。

 昼、王宮の部屋に戻ると、ミカはさすがに起きていた。見慣れないゆったりした印象のドレスを着て、束ねた髪を右肩から前に垂らしている。いつもと雰囲気が違ってかわいい。

 そんな気はしていたが、ミカはご立腹だった。だが、お互いに感情的に怒り狂っても相手が理解しないことをわかっているので、ミカの口調も途中から言い聞かせるようなものに変わる。

「だって……理由がわからないんだよ。君は必ずしも子供を作る必要がないよね。……僕はアックスが好きだよ。君だって僕を好きだって言ってくれた。でも、情を交わすような感情じゃないよね」

 かなり言葉を選んでいると思ったが、言いたいことはわかった。少し驚きつつ、アックスは口を開いた。

「ミカを愛しているのか、と聞かれたら、正直わからない。だが、確かにミカのことは好きだ。手放したくない。一緒にいてほしい。だが……」

 一度言葉を切って、ミカの様子をうかがう。

「このままだと、白い結婚が成立してしまうと思って」

「はい?」

 何言ってるんだこいつ、みたいな顔をされた。いや、自分でも何を言っているんだ、とは思うが。


 結婚してから三年、夫婦が関係を持たなければ白い結婚、つまり離婚が成立する。貴族院に申し立てる必要はあるが、かなりの確率で要求は通る。そして、アックスはミカと結婚して三年がたっている。

 アックスもミカも、結婚当初は不干渉であることを約束した。そうして今まで過ごしてきたが、最近、少し趣が変わってきたと思う。

 愛しているかと聞かれると、わからない。だが、ミカのことは好きだ。手放すことはできない。だが今、ミカが普通の結婚生活を求めた場合、アックスを切り捨てられる条件がそろっている……そう思うと、恐ろしくなった。

 と、言い訳はできるが、正直なところ、自分がミカに触れたかっただけなのではないか、という気もしてくる。

 あまりにもアックスがうなだれて見えたのだろうか。ミカが真顔で言った。

「アックス、頭撫でていい?」

「……いい」

 許可を出すと、ミカは本当にアックスの頭をなでた。一応年上の男として情けなくもなりつつ、すでに泣き顔も見られているし、と思い直した。手の感触が心地よかったのもある。


「馬鹿だね。僕がそんなことするはずないだろう。無理して手を出す必要なんてなかったよ」


 笑みを含んだような口調で、ミカは穏やかに言った。いや、無理はしていないのだ。ミカの手首をつかんで、真顔になる。

「むしろ気分がよかった。泣き顔がかわいかった」

 自分でも結構ひどいことを言っているな、と思ったが、アックスの支配欲が満たされたのは確かだ。ミカが引いた表情で、

「君本気でサディストだな」

 と応じた。そうか、自分はサディストなのか、と妙に納得してしまったアックスである。ひとまず、ミカの不安を解消できたようで安心した。


「ところで、アックス。お願いがあるんだけど」


 昼食をとっている最中にそんなことを言われ、アックスは「なんだ?」と尋ねた。ミカは好物のはずの魚のパイをにらみながら言った。

「……アレリード伯爵家に行くのに、付き合ってほしいのだけど」

 ああ、そんなことか、と思ったが、ミカにとって実家は寄り付きたくない場所なのだろう。確かに、アレリード伯爵家でのミカの扱いはよいものではなかった。その一点だけとっても、ミカにとってはアックスと結婚生活を続ける理由になる。

「ああ、かまわないが、別にもう後ろめたいことはないんじゃないか」

「後ろめたいぃ? 僕が、家族に?」

「違うのか?」

 ミカは家族を恨んでいるわけではないだろう。ただ、苦手としてちかよりがたいだけだ。てっきり、家族に対して気にしていることがあるのだと思っていたが。

「違……わなくもないのかもしれないけど」

 心持ちむすりとしながらミカは言った。眉をひそめたミカは、吹っ切ったように言った。


「でも、いいんだ。そういうのじゃない。家族のために僕が犠牲になる必要なんて、これっぽっちもないんだからね」


 ふん、と水を飲み干したミカが開き直ったことを言う。アックスは笑った。昔、ミカがアックスに言い放ったのと同じ言葉だった。ミカは最初から行きついていた結論に行きついたらしい。

「まあ、実家には一緒に行ってやる。俺が役に立つかはわからないけど」

「いてくれるだけでいいよ。それだけで違うから。僕の心持ちの話だけどね」

「そうか」

 その気持ちはわからないではないので、うなずいた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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