23.護衛計画
そのころ、アックスはアックスで警備計画を確認していた。エミリアナたちのスケジュールが変わると言うことは、警備計画も変わると言うことだ。客人であるエミリアナとソラナに何かあってはいけないが、かといって通常警備がおろそかになるのも困る。
「……もうミカは警護対象外と考えてもいいと思うか?」
「閣下が絶対に守ると言う意味では、警護対象外と言ってもいいかもしれませんが」
副官にそんなことを言われる。そうではなく、自分で自分の身を守れると言うことだが。まあつまり、ミカだけ例外にはできないと言うことだ。
「レーヴ伯爵ですから、無茶な計画は立てないと思いますが」
「国の威信がかかっているからな。この頃、兄上とミカの方が仲がいいのではないかと思う」
「どっからどう見てもラブラブですよ、あんたら。というか、自分にはどんなにのろけてもいいと思ってます?」
「別にのろけていない」
少なくとも、そんなつもりはない。
「それより、サンルカルから預かっている護衛たち、どうするんです?」
「好きにさせておけ。いざというときに連携だけはとれるようにしておこう」
「……まあ、その辺が妥当ですけど、何というか……なめてかかってくるのでイラっと来るんですよね」
その気持ちはアックスにも分かった。サンルカル側の護衛たちがこちらをなめてかかっているのは言葉の端々に感じられる。指揮官たるアックスに威厳がないからだろうかとも思ったが、それだけでもない気がする。
「わざわざ質の悪いのを集めたんですかね」
「ちょっと目的が分からないな」
兄とミカに相談してみなければならないだろう。考え込むアックスに副官は言った。
「ていうか、普通に苦情来てますよ。仕事中に邪魔してきて困る、とか話し声がうるさい、とか」
「……」
単純に、この国の軍の統率が取れているだけ、という可能性もなくはない。なくはないが、それだけが理由ではない。
「……兄上と相談してみよう。結果によっては、サンルカル側に苦情を入れることになりそうだが……」
できれば避けたい。友好国なので。これからも友好な関係を続けたいに決まっている。
「では、閣下の宿題ということで。で、視察の際の警備スケジュールですが」
「ああ」
副官の言葉に気を取り直して、警備計画を見直す。副官の言う通り、ミカであるから警備が難しいような計画は立てないだろう。というか、彼女の本職はこれではない。
「では、これで詰めておきます。閣下も異国の姫様のお相手でお疲れでしょう。後はやっておきます」
必要なものは裁可をいただきますが、と生真面目に言われ、ありがたく預けた。
「どうです? サンルカルの姫君は。王妃陛下に似ていらっしゃいます?」
「……顔だけで言うなら、義姉上より美人だな。たぶん」
「王妃陛下もお美しい方だとは思いますが」
「……ミカが、正統派お姫様顔と言っていたな」
「ああ、それはなんとなくわかります」
副官がうなずいた。アックスにはよくわからなかったので、思わず副官をまじまじと見てしまった。たまに、彼はミカと似たようなことを言うのだ。
「何です?」
「……お前の言うことが、少しミカと似ている」
「……要するに嫉妬ですか? 大丈夫ですよ。どこからどう見ても、ラブラブですから、あんたら」
投げやり気味に副官が言う。
「単純に思考が似てるってことでしょ。それで、陛下が私を閣下の副官に選んだ面もあるでしょうし」
「そうなのか?」
「知りませんけど」
天然も大概にしません? と言われた。たまに言われるのだが、どこがそうなのかわからないので直しようがない。
「ま、お姫様に関しても護衛に関しても、こちらに影響がないのなら好きにやってくれ、といった感じですね」
と、副官は盛大にフラグになりそうなことを言った。
ミカはミカで、十分にエミリアナたちに振り回されてきたようだった。ちょっとぐったりしている。
「疲れた……」
「お疲れ。振り回されてきたか」
ソファに伸びているミカに声をかけて尋ねる。むくっと起き上がったミカは口を開いた。
「行動が行き当たりばったりで読めないんだよね……というか、それもあるけど、ソラナ嬢が……」
「ああ、お前に好意的だったな」
アックスが思い出しながら言うと、ミカはむすりとしたまま言った。
「……どう接すればいいかわからない」
思わず笑ってしまった。まっすぐに好意を向けてくる少女に、どう対応すればいいかわからなかったのだろう。悪意には慣れていても、素直に賞賛されることが少ないためだ。
「僕は真剣なんだけど」
冷徹なほど落ち着いたミカの声に、アックスは「わかっている」と答えた。
「可愛いな、と思っただけだ」
「かっ……」
てっきり「何言ってるの」くらい言われると思ったのだが、存外可愛らしい反応があってアックスがびっくりした。これまで何度か言ったことがあると思うのだが、急に反応した。赤らんだ頬に自分で気づいたか、ミカはばつが悪そうにきゅっと唇を引き結んだ。なんだろう、この感情。
ミカの頬に手を這わせ、下唇を撫でる。ミカはびくっと肩を震わせてアックスの手を振り払った。
「な、何するの」
声がまるっきり動揺していて、思わずおかしくなった。厭世的で冷静な彼女を動揺させていることに、妙な愉悦を覚えた。
「いや、お前でも動揺するんだな」
「アックスは僕をなんだと思ってるの?」
いつものいっそ冷淡な呆れた声ではなく、どこかすねたような声。
うん。可愛い。
「……そろそろよろしいですか? 奥様の夜会の準備をしなければ」
「……」
「あ、うん」
うなずいたのはミカだった。彼女は、今回も侍女としてエンマを連れてきている。実際、彼女はよくできた侍女だが、主人のアックスにも容赦がない。
ミカがまとったのは明るい蒼のドレスだ。彼女にしては珍しい色なのも当然で、これはアックスが選んだものだからだ。というか、持っているという事実にもびっくりした。
さすがに公式の場なのでアックスが髪を結うのはあきらめる。ミカはひらりと翻るスカートのドレープをつまんだ。
「なんだかちょっぴり違和感」
「そうか? 似合っている。美人だ。可愛い」
「君に言われてもねぇ」
ミカは苦笑してアックスを見て「かっこいいよ」と言った。
「妖艶で」
「一言多いぞ」
とはいえ、よく言われる言葉でもある。アックスにそんなつもりはないのだが。静謐な印象のミカがうらやましくある。中性的な容姿が変えられないのなら、せめてこっちがよかった。
「行ってらっしゃいませ」
エンマに見送られて、アックスはミカをエスコートして宮殿内の部屋を出た。ミカはふと思いついたように言った。
「そういえば、君も陛下も、客人とはいえサンルカルの姫君たちのエスコートはしないんだね」
むしろ客人をエスコートすることはままあるが、今回はエミリアナとソラナのことは近衛騎士に頼んでいる。ヴィルヘルムの政治的な思惑が見え隠れしていた。
「まあな。それに俺も、お前の方がいい。というより、お前がいい」
「……アックス、変なものでも食べた?」
かなり本気で疑う目を向けられた。別に食べていない。
「俺はお前のことが昔から好きだぞ」
「はいはい。僕もアックスが好きだよ」
自由にさせてくれるしね、とミカ。そんな話をしているうちに、ホールについた。多少穏やかだったミカの表情がこわばる。本当に好きではないのだな、と思った。
それでもアックスが王弟である以上、妻のミカはステージの前に行かなければならない。注目を浴びるのも、また仕事である。
「すみません。少し遅かったでしょうか」
「いや、時間通りだ。一応、俺たちはホスト側だからな」
ヴィルヘルムはそう言って笑うが、そういうのならアックスたちだってそちら側だ。ミカはセレスティナと話をしている。停戦協定でも結んだのだろうか。
「それにしても」
ちらり、とヴィルヘルムがアックスを見て、にやりと笑った。
「ミカエラの格好はお前の趣味か?」
「……」
そういうのって、わかるものなのだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
副官さん、名前つけるべきかな…。