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22.遊学

                    












 遊学に来ているエミリアナとソラナに、まずは宮殿内を案内した。エミリアナの姉のセレスティナはもちろん、一応王族の末席に名を連ねているミカも案内係だ。生き字引のような気もするが、一応もてなす気概はある。一応。

 食堂や図書室、サロン、今日夜会の開かれる大ホール。その他もろもろの場所をざっくりと教える。覚えられないだろうが、一度聞いているのといないのでは結構違うものだ。


「庭園にも出てみましょう。サンルカルより寒いから、咲く花も違うわよ」


 サンルカル王国は南方にあるので、ここより温かいのだ。エミリアナは興味なさそうに「ふぅん」と言ったが、ソラナは生真面目に「そうなんですね」とうなずいた。この二人、足して割ったらちょうどいいくらいなのでは。

「ミカエラ、温室のカギは持っている?」

「持ってますよ」

 抜かりはない。事前にセレスティナと話し合ったときにも話題に出ている。花の名前などはセレスティナが詳しかったが、相変わらずエミリアナは興味がなさそうだ。お前は遊学に来たのではないのか。

「エミ、興味がなくてももう少し真面目に聞きなさい」

「ソラナみたいに、って言うんでしょ」

 ふん、とばかりに顔をそむけるエミリアナに、ソラナが困ったように「姫様」とうろたえた声を上げる。


「そうですね。庭全体を俯瞰して見てみるのはどうでしょう。四階の応接室のバルコニーから見ることができると思いますよ」


 ミカが提案すると、エミリアナは不快気にミカを見上げた。

「あなた、わたくしのことを馬鹿にしてるでしょ」

「していません。正直、私もただの花の違いなんて分かりません」

「薬草は見分けられるのに?」

「それとこれとは別では」

 セレスティナに突っ込まれて、ミカは言った。薬効のある草花なら覚えている。確かに。


「というか、あなた、誰だったかしら?」

「ミカエラよ! 王弟妃の! あなた、それはさすがに直しなさいって言ってあるでしょ!」


 セレスティナの怒り方が姉というより、母親な気がする。いや、世の中の母親がどういうものかよくわからないけど。


「だって、人の顔を覚えるのが苦手なんだもの!」


 ああ、そういう人はいる。エミリアナは「ソラナが覚えているもの!」と言うが、そうじゃない、とセレスティナ。ついでに言うと、ミカの顔立ちは印象に残りにくいらしい。

「あなたね。王族に名を連ねるのだから、表に出ることも多いでしょう。その時に『わかりません』だったら、それこそ馬鹿にされるわよ」

「大丈夫よ」

 ふふん、とエミリアナは顎をそびやかした。たぶん、この美貌で相手がちやほやしてくれる、と思っているのだろうが、そんなに世の中甘くない。

「見識を深めるための遊学でしょう。覚えられなくても、多くのものを見るだけでも違うわ」

 あきらめたのかセレスティナが方針転換した。

「いずれ嫁いだら、夫の代わりを務めることだってあるのよ! 見識は大事なの。ねえ、ミカエラ!」

「……そうですね。私もアックスの代わりに国賓をもてなしたことがあります」

 ミカはまた立場が特殊であるが、ここは否定しない方がいいだろうと思ってそう言った。事実は事実だからだ。たとえそれに、レーヴ伯爵という立場が絡んでいたにしても。


 セレスティナとエミリアナの姉妹はまだ言い争いをしている。少し遅れて、苦笑気味のミカとうろたえているソラナが続いた。


「申し訳ありません、公爵夫人。姫様が失礼なことを」


 ソラナに話しかけられて、何のことだ、と思うが、名前を憶えられていなかったことかと気づいた。

「いえ。王弟の妻の名前なんて、普通気にしませんよ」

 本当は、セレスティナではないが事前に準備してしかるべきだとは思う。

「いいえ……彼女、ずっとあんな感じで。私も何度か指摘はしたのですが」

 治らなかったので、あきらめてしまったのか。


「あの、私の話になってしまって申し訳ないのですが、私、本当に公爵夫人にお会いできるのが楽しみだったんです」

「そういえば、昨日もおっしゃっていましたね」


 印象的だったので覚えている。仕事を見てみたいと言われたので理由を聞いてみたら、そう言われたのだ。

「私の国でも女性が爵位を継ぐことはできますが、実際に爵位を持っている女性は少ないんです」

「まあ……そうでしょうね」

「私は勉強が好きで……親には本ばかり読んでいるのではなく、刺繡とか、もっと娘らしいことをしろって言われるんですけど」

 ソラナは苦笑した。なんとなく、彼女の気持ちはわかる。ミカも本を読んでいる方が楽しいタイプだ。


「うちを継ぐのは、弟です。あまり真面目な方ではなくて、勉強だって私の方ができるのに、それでも家を継ぐのは弟なんです。私、なんだか納得できなくって」


 そんな時、公爵夫人の話を聞いたんです、とソラナは笑った。上品な笑みを浮かべる彼女は、ちゃんと貴婦人としての教養を身につけているのだろう。

「女性で伯爵位に叙された方がいて、しかもヴィルヘルム陛下の相談役をなさっていると聞いて、私、嬉しかったんです。そんな人もいるんだ、私は間違ってないんだって思えて」

 微笑んだまま、ソラナは続ける。

「私の知っている世界がすべてじゃないんだって思いました。エミリアナの遊学先がこの国だと聞いて、これはもう、公爵夫人にお話をお聞きしてから帰らなければと思いまして」

 キラキラした目で見つめられて辛い。ミカは別に、ソラナのように勉強が好きでたまらないわけではないし、爵位が手元に降りてこなくてすねているわけでもない。結果的に伯爵として叙爵されているが、別に叙されなくても構わなかった。


「……ソラナ嬢が自信を持てたと言うのなら、あまり否定すべきではないのかもしれませんが、人と違うものは嫌われるものです」


 ミカの場合はその前歴もかかわっているのでその限りではないが、人とはそういうものだ。特に、旧時代の貴族は変化を嫌うものである。

「お褒めいただき感謝いたしますが、私は社交界でつまはじき者です。遊学にいらっしゃったのなら、あまり関わりすぎない方がよろしいでしょう。エミリアナ殿下くらいの距離感がちょうどよいかもしれませんね」

「え、っと。それは」

 せっかく慕ってくれている相手に、きつい物言いだが、半年はこの国で過ごすことが決まっているのだ。あまりミカにくっついていては、せっかくの視界が狭まってしまう。


「ミカエラ! 温室のカギを出しなさい!」


 結局、温室を見ることにしたらしい。セレスティナに声をかけられて、いつの間にかだいぶ距離が開いていることに気が付いた。

「参りましょう、ソラナ嬢」

「え、ええ……」

 ソラナがうかがうようにミカを上目遣いに見上げる。怒らせたと思ってしまっただろうか。怒っているわけではないが、それくらいの方がソラナのためになる。一応、遊学であるので様々な人と交流すべきだ。

「……でも、それはやっぱり理不尽だと思います」

 ご令嬢らしからぬ不貞腐れたような声音に少し驚き、ソラナを見ると、不貞腐れたような顔をしていた。

 いい子だな、と思う。さすがのミカも心が揺らぎかけたが、その前にセレスティナが呼んだ。

「ミカエラ! 早くしなさい! 温室を見てから、四階に上がるわよ」

 どうやら、ミカの意見も採用されるようだった。ミカは「ただ今」と言って温室のカギを取り出した。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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