02.夫婦生活
本日2話目!
リュードバリ公爵夫人であるミカは、公爵夫人と呼ばれるよりも、彼女が所持している一代限りのレーヴ女伯爵と呼ばれることの方が多かった。そちらで活動するほうが多い、ともいう。彼女は王の秘書官、議会及び評議会に籍を置く有識者であるのだ。
夫であるリュードバリ公爵アクセリス、通称アックスはミカが仕える王の弟だった。つまり、王族だ。アックスは明るめのダークブロンドの長髪を束ねた、どことなく妖艶な雰囲気の男性だ。少々妖しい魅力を持つのは、彼がヘテロクロミアだからかもしれない。左目が蒼、右目が琥珀色の異なる虹彩。めったにないその色合いも気にならないほどの美貌の持ち主である。
同時に彼は、軍務省の長官でもあった。軍を統括し、指揮する資格を持っている。とはいえ、有事でなければそれほど仕事のない役職でもある。いわゆる名誉職に近いのだ。
ミカとアックスが初めて出会ったのは、まだ子供のころだ。十歳にもなっていなかったと思う。ともに子供同士のお茶会を抜け出しているところで遭遇し、そこで意気投合してしまった。そこからの付き合いで、そこからずっと友人である。
……友人で、ある。
何を思ったか、王命で結婚したのが三年前。ミカが十七歳、アックスが十八歳の時だ。その時まだアックスは王子だった。婚姻を命じたのは今は亡き彼の父王であるが、裏にアックスの兄ヴィルヘルムの意思が働いていたと思う。ミカに爵位を与え、自分の秘書官に引き入れた通り、彼はミカを気に入っているので。
別に婚姻は嫌ではなかった。ミカの実家はアレリード伯爵家であるが、由緒ある家柄で王族の結婚相手に不足はない。お互いに気心はしれているし、アックスの隣に並んでも見劣りしない容姿もある。ただし、ミカは女性にしては少々長身で、アックスと並ぶと背丈にあまり差がない。だが、それを差し引いても文句はなかった。お互いに、他の縁談をかわすのが面倒になってきていたのもある。
社交界では仮面夫婦だ、仲が悪い、などと言われているが、本人たちはそれなりに良好な関係を築けていると思っている。ただし、夫婦というよりは友人同士の同居として。
「ミカ、今日は評議会か?」
翌朝、朝食の席でアックスに尋ねられ、ミカは「そうだよ」とうなずく。互いに干渉はしないが、こうして予定の確認くらいはする。
「俺も宮廷に用がある。時間が会えば一緒に行こう」
「うん」
うなずき、食事に戻る。一緒に登城もするし、一緒に屋敷に帰ることもある。目的地が同じで時間が合うなら、一緒に行動した方がいい。二人とも合理主義者だった。
思えば、子供のころから気が合ったのだと思う。アックスはミカのことを察していただろうに、深く突っ込んでこなかった。だから、ミカもアックスのことを察していたが、無理やり聞きだしたりしなかった。
「そういえば、最近、王都では美しい娘が行方不明になるそうだ。貴族にも被害が出ているそうだから、気をつけろよ」
「ああ、それは聞いたな。むしろアックスの方が心配なのだけど」
下手をすれば妻のミカよりもドレスの似合いそうな美人である。ミカがどちらかというと中性的なきりりとした美人であることも要因であるが、それにしてもアックスは麗しい美貌だと思う。
「いくら何でも、男の格好をしていれば巻き込まれないだろう……」
アックスはアックスで、この女顔がコンプレックスのようだが、さすがに成人を過ぎて素で女に間違われることは少なくなった。少なくなった、ということは、いまだにある、ということではあるが。
「なるほど。じゃあ、僕も出かけるときは男装していくよ」
と言いつつ、ミカはきっちりしたドレス姿だった。髪もきっちり結い上げている。アックスは「そういう問題じゃないだろう」と突っ込みつつ、「ちょっと待て」とミカに後ろを向かせた。髪飾りをつけられたのが分かった。
「え、何?」
「お前に似合いそうだと思って買った」
「いつの間に。ていうか、だから僕も夫を顎で使って浪費する悪妻って言われるんだな」
「そんなこと言われているのか」
まったく根も葉もなくはなかった。ミカもアックスも、己の見た目にはそれほど気を配らないが、アックスはミカの容姿に頓着あるようで、こうして装飾品を買ってくることがある。まあ、おかげで髪飾りなどには困らないのだが。ただし、ミカの悪評が広まっているのも事実である。
「まあ、何も知らない人に何を言われても気にならないけど」
気の強いミカだった。アックスも「そういうやつだよな」と言ってちょっと呆れている。
そのまま宮廷に向かい、アックスと別れた。ミカは彼の兄である国王ヴィルヘルムの小評議会に出席する。小評議会であるので、参加メンバーも限られている。主に行政の方向性を話し合う小評議会であるが、時の国王によっては王に都合の良い人員で固められることがある。しかし、ヴィルヘルムはお気に入りを配置しつつ、ミカのような有識者も積極的に取り入れていた。
「その髪飾りは、アックスからか」
会議終了後にヴィルヘルムに話しかけられたミカは、行きがけにアックスに髪飾りをつけられたのを思い出した。銀髪というには灰色が濃いアッシュグレーの髪を持つミカは、髪飾りの選択が難しい。銀でも金でも、色合いが似ているためにあまり目立たないのだ。
「はい。出がけにつけてくれました」
髪飾りに触れると、どうやら金属製のバレッタに近い形だとわかるが、色合いまではわからない。わざわざ後ろに回り込んだヴィルヘルムがうなずく。
「青か。よく似合っている。我が弟ながら、趣味がいいな」
「左様ですね」
ミカは苦笑して自分の弟を誉めるヴィルヘルムにうなずいた。うちの国王陛下は、ちょっとブラコン気味だ。まあ、気持ちはわからないではない。年が離れているし、あの美貌だし、幼少期が幼少期なので、ちょっと構いたくなる気持ちはわかる。
「仲良くしているようだな。やはり、社交界の噂というものは当てにならないな……」
「あっているものもありますけれど」
多分、喧嘩をしているとか、関わらないようにしているとか、そういう問題ではなく、夫婦らしさが単純に足りないのだろうと思う。色めいた雰囲気がないのだろうと思う。たぶん。
陛下、とヴィルヘルムが呼ばれる。国王も暇ではないのだ。
「ではな。弟をよろしく頼む」
「はい」
義理の兄を見送り、ミカは宮廷内を歩く。一応、彼女の用事は終わったが、アックスはまだだろう。先に戻るか、図書室にでも行って時間をつぶすか。後者を選んだ。
「まあ、リュードバリ公爵夫人よ」
「あら、レーヴ女伯爵ではないの? なんにせよ、嫌味な方ね」
「自分はお前たちと違って、まじめなんですよ、って?」
「陛下に気に入られているからと、アクセリス様の妻に居座って」
くすくすとすれ違いざまに女性たちが笑う。以前の夜会で、アックスはミカに「傷つかなくても、気分はよくないだろう」と言った。確かにその通りかもしれない、と思う。
ミカは自分が貴族の女性らしからぬことを理解している。母にも指摘されているし、王妃セレスティナにもそれで嫌味を言われたこともある。
それでも、生き方を変えることはできない。変えれば、ミカはミカでなくなる。ミカは首を左右に振ると、書棚から本を数冊選び、近くの椅子に座って読み始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本日2話目の投稿でした。次からは隔日投稿で行きます。