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19.共依存













 毒を飲んで療養中のミカは、本人はけろりとしていて元気なつもりなのだろうが、まだ顔色が悪い気がする。アックスが気にしすぎなのかもしれないが、休んでおくに越したことはないだろう。ヴィルヘルムも完治するまで出てこなくてよい、と言っている。

 ミカが倒れたことは社交界に隠しておけず、広まっているがその原因までは伝わっていない。そのため、彼女が妊娠したと思っている者が多いようだ。宮殿内で年頃の娘を持つ貴族に声をかけられることが増えた。なぜ愛人が必要だと思うんだ。


「アクセリス、ちょっとよろしい?」


 セレスティナだった。ミカが倒れてから暗躍しているらしいというのは知っていた。王妃に声をかけられたのなら、貴族たちは譲るしかない。アックスはほっと息をついた。


「すみません、助かりました」

「助けたわけではないわ。本当に用があったのだもの」


 こういうところが、ミカとよく似ていると思う。別に血のつながりはないのだが。そして、見た目ほど仲も悪くないのだろうと勝手に思っている。


「ミカエラは元気かしら」


 ほら、ミカのことを尋ねてきた。

「ええ。元気で外出したいと騒いでいます」

「そう。なんとなく想像できるわ」

 そういうところが淑女らしくないのよね、とセレスティナは言う。このあたりが、生粋のお姫様である彼女と、かつては跡取り息子として育てられたミカの違いなのだと思う。この点で、ミカは母親ともそりが合わないようだった。そういえば、今日屋敷を訪ねてくるのだったか。言うとミカが嫌がるので、特段伝えていないが、大丈夫だろうか。


「しっかり養生するように伝えていただけるかしら。私の方も順調だと伝えておいて」

「……承りました」


 多分、本来は王妃と王弟妃で企んでいたことなのだろうなあと思う。アックスもヴィルヘルムも、そこには関与していない。それぞれの妻たちが、放っておいてもおおよそのことに対応できると知っているからだ。まあ、今回の服毒だけは予想外だったが……。


「……あなた、案外ミカエラと仲がいいわよね。あんなに取り乱したあなたを初めて見たわ」

「お見苦しいところを……」


 顔が引きつる。確かに、アックスはミカが毒を飲んで倒れたとき、取り乱していた自覚がある。ミカ相手にはいつも取り乱している気がするが、セレスティナの前では初めてだったか。セレスティナはじっとアックスを見つめるので、少しうろたえてしまった。

「本当は、あなたに妹を紹介しようと思っていたのよ」

「それは遠慮します」

「そうね……毒にも薬にもならないものね、私の妹と縁づいても」

 すでにセレスティナが王妃となっている。これ以上の結びつきは不要だろう。

「ミカエラもそれは同じだけれど、あなたやヴィルにとっては価値があるのよね」

 まあ頭のいい子だとは思うわ、とセレスティナ。結局、何が言いたいのだろう。


「ミカエラは、あなたが思っているほど、あなたに大事にされていると思っていないと思うわ」

「はあ……」


 言葉遊びのようなことを言われて、思わず気のない声が出た。セレスティナは「しゃんとなさい」と言う。

「とっととよくなって宮殿に上がってくるようにミカエラに伝えて頂戴。あんまり遅いと、私がうかがわせてもらうことになるわよ」

「う、伝えておきます……」

 それはミカの回復力次第だな。


 早めに屋敷に戻ると、どうやらアレリード伯爵夫人はやってきたようだった。

「奥様、怒っておられましたが」

「あれはいつも怒っている」

 執事にしれっとそういう。怒っていても、本気で怒っているわけではないので大丈夫だ。多少のお叱りの言葉はあるだろうが。

「伯爵夫人は帰られたのか」

「はい……どうも、奥様の機嫌を損ねてしまわれたようで」

「だろうな」

 いかにも貴族の奥方、というイメージのアレリード伯爵夫人は、自分の娘でありながらミカと話がかみ合わない。考え方が合わない。アレリード伯爵夫人には悪気はなく、本気でミカのことを思って言っているから質が悪い。ミカはそれを否定して母親と口論になるが、母が自分を思ってくれていることを理解しているので自己嫌悪に陥る、という式が出来上がっている。

 それでも、一度は顔を合わせておいた方がいいと思ったのだが、やはりあまりよくなかったようだ。


「奥様も気分が高揚しておられたのか、その後倒れてしまわれまして」

「そうなのか?」


 驚いて前のめりになった。ひとまず、ミカの様子を見に行くことにする。私室のベッドで彼女は寝ていた。目を閉じていたが、名前を呼ぶと目を開いた。

「おや。お帰りなさい。出迎えられなくてごめんね」

「そんなこと、したことないだろう。倒れたと聞いたが、大丈夫か?」

「大丈夫だよぉ。貧血でめまいがしただけ」

 みんな寝てろって言うから寝てるけど、と言いながらミカは体を起こした。背中を支えてやると「ありがとう」と礼を言われた。気丈にふるまってはいるが、やはり本調子ではないようだ。

「会わせないように取り計らうこともできたが、一度会った方が面倒がないと思って、勝手に話を通してしまった。すまない」

「ああ……うん。だろうなと思った。僕に聞かれたら、会わないって言うからね」

「そうなんだが……勝手だったな。すまない」

「もういいよ。僕も悪いし」

 ここはお互い様ということで手を打った。ミカの顔を覗き込むと、やはり顔色は悪い気がした。

「貧血だって言ったな。ほかは大丈夫なのか。体は?」

「大丈夫だって。めまいだって、カッとなっちゃって倒れただけなんだから」

「お前の大丈夫はあまりあてにならない」

 ミカはムッとしてアックスの顔を押し返してきた。抵抗せずに離れてやる。代わりに、背中にクッションを入れてやった。それにもたれさせる。


「義姉上から伝言を預かっている」

「え……」


 いやそうな顔をされたが、頼まれたのでちゃんと伝言を言う。聞いてからミカはうなずいた。


「わかった。王妃陛下がやってくるまでには元気になるよ」

「気にするところ、そこじゃないと思うんだが」


 セレスティナが何が「順調だ」と言っていたのか、そこを気にするべきでは。まあ、二人の間で合意ができていたと思うのだが……。


「後処理、王妃陛下に丸投げしちゃったよ」

「……まあ、状況的にお前が飲まなければ、義姉上が毒を飲んでいただろうから、判断に困るところだな」


 ミカだから持ち直したという面もある。ミカは鍛えているので、一般的な女性よりも体力があるのだ。

「とにかく、もうこんな危険な真似はしないでくれ」

「うーん、確約はできないね。状況によるし」

「しろよ、そこは」

「だって互いに不干渉の約束でしょ」

 しれっと結婚したばかりのころにした約束事を持ち出されて、アックスは一瞬口をつぐんだが、すぐに言った。

「それ、撤回しないか。口うるさいかもしれないが、無関心でいるには俺にはお前が大事すぎる」

 アックスは大真面目だったのだが、ミカはきょとんとした後に笑った。

「なあに、それ。まあ、最近有名無実化してたもんね。僕も構わないよ。僕は好きにやるけどね」

「好きにしてもいいが、自分のことは大切にしてくれ」

「なんで?」

「俺が心配するからだ」

 ミカはもう一度、「なあに、それ」と言って笑った。これは信じていないな。セレスティナが言ったことは当たっていた。ミカは、アックスが思っているほどに、アックスに好かれていることをわかっていない。

「ミカ。俺はお前が大事だ。いなくなってほしくないし、そうなったら困る。頼むから自分を大切にしてくれ」

「……ずるいなぁ」

「何がだ」

「僕は、僕のことが好きじゃない。でも、アックスのことは好きだから、そうやって頼まれたら断れないじゃないか」

 ミカが自分自身を嫌っていることは、なんとなくわかっていた。アックスも同じであるし、そういう感情は理解できた。だが、アックスはミカのことが好きだ。彼女が気難しくはあるが優しいことも知っている。母親にきついことを言って、自分が傷ついているのもわかっていた。


「俺も自分が好きではないが、ミカが一緒なら生きていてもいいと思える」

「そっか。それは大事だね」


 ミカはそう言って膝を抱えた。共依存。よくないことはわかっているが、そうでなければ生きられない、不器用な二人だった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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