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17.わがまま














 どうやら、ミカは今日、セレスティナのところで嫌がらせに関する対策会議をしていたらしい。会議と言っても二人だけだが。なんとなく気の合わない二人であるが、合理的な二人でもある。つまり、共通の目的があれば協力できると言うことだ。アックスやヴィルヘルムなどは、この二人は実は同族嫌悪なのでは、と思っている。

 宮殿でアックスに自分の着替えを用意させたミカは、屋敷に戻ってから「上から水をかけられたんだ」となんでもなさそうに言った。そのため、今日は湯を使って全身を温めている。すっかり夫婦の話し合いの場となった寝台に上がってきたミカは、まだ髪が湿っていた。


「……嫌がらせの一環か」

「だろうね。おそらく、王妃陛下を怒らせたから、その報復だと思うんだけど」

「逆恨みじゃないか」


 不貞腐れたようにアックスが言うと、ミカが瞬いて「何故君が怒るの」と眉をひそめた。きょとんとしている妻を抱き寄せる。この頃のミカは、抵抗もせずに腕の中に納まってくれる。

「ミカに嫌がらせをされて、平然としている方がどうかしている」

「そう? まあ、僕もアックスの立場だったら、そう思うかな」

 理解いただけたようで何よりだ。アックスはミカを解放する。ミカはそのままパタン、と体を倒して横になった。


「ま、今、僕と王妃陛下で犯人あぶり出しの最中なんだ。今後も揺さぶりをかけて行こうと思うから、そういうことでよろしく」

「……は?」


 軽い口調で言われたが、この国で最も高貴な女性二人が何をしているんだ。二人がやるようなことではない。


「危険なことはするな」

「お互いのすることに、干渉しない約束だよ」


 横たわったまま、平然とミカが言う。アックスは「心配しているんだ」と反論した。

「今日は水をかけられるくらいですんだが、命にかかわるようなことがあったらどうするんだ。嫌がらせで階段から突き落とされて死んだ人間もいるんだぞ」

 これは実話である。ミカがそんな下手を打つとは思わないが、万が一ということはある。

 どうやら本気で心配されているようだ、と気づいたミカは、困ったように言う。

「と言ってもね。王妃陛下の妹姫が来訪する前に、できれば片をつけたいんだ。僕だってせいぜい、思わせぶりな態度をとるに済ませるつもりだし」

「実行犯にとって、そんなことは関係ないだろう」

「……そうだね。アックスの言うことが、正しい」

 ミカが目を伏せて言った。嫌がらせの犯人にとって、ミカが早くことを片付けたいとか、わざと煽っているとかは関係ない。煽られれば、それに呼応して動くだけだ。

「今より過激な嫌がらせになったらどうする」

「……そこを見極めるための行動でもあるんだよね」

「ミカ」

 アックスがミカの両腕を掴む。ミカは嫌そうに身をよじるが、アックスを振り払うことはできなかった。華奢な体格のアックスが相手ですら、拘束されたら振り払えない。


「……心配してくれているのはわかっているよ。ありがとう」


 振り払えなかったので、下手に出ることにしたらしい。アックスも、ミカにそこが伝わっていないとは思っていない。アックスは息を吐いて、ミカの肩に額を乗せた。彼女の体がびくりと震えたのが伝わる。


「アックス?」

「すまない。やるなというのも、俺のわがままだ」

「ああ、うん……珍しいよね、そういうこと言うの」

 戸惑ったようにミカがうなずく。そのまま、アックスは言った。

「お前の父上に会った」

「ええ……?」


 あまり折り合いの良くない実家の父の話を出され、ミカがあからさまに嫌そうな声を出す。アックスも彼が好きなわけではないが、一応、妻の生物上の父親だ。


「お前が義姉上に嫌がらせしてるって、ほとんど信じてたぞ」

「まあ、信じてると言うか、あの人にとってはそういう噂がある、ということの方が問題なのだと思うけど」

「……だろうな。もし離婚するなら修道院にミカをやってくれと言われた」

「少しでも醜聞のあるやつは受け入れぬ、ということだね。そもそも、戻る気もないけど」

 ミカもかなりドライだ。体裁を気にするのなら、そもそもミカを男として育てるべきではなかった。ぎゅっと抱きしめたミカはほっそりしているが、柔らかな感触がある。アレリード伯爵は自分の体裁を気にしすぎて当時跡取りになると思われたミカを男として育てたが、この国では女子の相続も認められているのに。


「お前の父親ですら、噂を信じているのかと思ったらやるせなくて。だからと言って、疑われないようにとお前の行動を制限するのは間違っているな」


 そうだ。結婚するときにそういう約束だったし、そもそもアックスにミカの行動を制限する資格なんてない。彼女はアックスの所有物ではない。

「……ねえ、アックス」

「何?」

 抱きしめたまま尋ねると、ミカは言った。

「抱きしめてもいい?」

「いい」

 ミカの腕がアックスの背中に回った。ちゃんと許可を取るあたりがミカらしいと思う。それとも、今度からは許可を取れよと言う遠回しなけん制なのだろうか。

「今まで僕たちは好きなようにしてきたけど、僕は君のことが嫌いなんじゃないからね。心配してくれているのはわかっているし、僕も君に心配をかけるのは本意じゃない」

「……ああ。俺もわかってる」

「そっか。でも、考えがあるんだ。結果が出るまでは、見ていてほしい。うまくいくと思う。計画的には」

「頼りないな」

 思わずそう言うと、完璧な計画なんてないよ、と返事が返ってきた。アックスはうなずいて、ミカを強く抱きしめる。髪から何かの花の香りがした。ミカが腕の中で笑った。

「なんかいいね、こういうの。落ち着く」

 嬉しそうにミカは言った。彼女もアックスも、子供のころこうして抱きしめられた記憶がほとんどない。アックスを一番抱きしめてくれたのは両親ではなく、ブラコンなお兄様だった。ミカは一番上の娘だ。彼女は、どうだったのだろう。


 アックスはミカを抱きしめたまま横になると、目を閉じた。ミカが「寝にくい」と文句を言う。

「俺は抱き心地がいい」

「ええー」

 文句を言いながらも、結局二人して朝まで眠った。














 考えがある、と言っていたが、ただの噂だったものが悪意のある中傷に代わっている気がする。ミカの情報収集能力を考えれば彼女の耳にも入っているだろう。むしろ、そう言った噂に疎い方であるアックスの耳にも入っているのが異常事態な気がする。


「わざと耳に入れているのでしょう」


 そう言ったのはアックスの副官だ。


「閣下とレーヴ伯爵を離縁させたくて、噂をあおっているのではないでしょうか。まあ、それもレーヴ伯爵たちの掌の上のような気も致しますが」


 しれっと言う副官は、ミカの能力を認めている。というか、そういう人間を選んだ。好意的ではないかもしれないが、ミカを認めている、ということでアックスが副官に抜擢した。

「そんなことで俺がミカと別れると思われているのか」

「みな、閣下ご夫婦は仮面夫婦だと思っていますからね」

 ある意味では仮面夫婦なのだと思うが、仲はいいと思っている。というか、悪くはない。

「まあ、私たちは閣下が愛妻家なのを知っていますけど」

「愛妻家なのだろうか」

「そこ引っかかるんですか。世間一般から見れば愛妻家になると思います。その世間一般が、それを知らないわけですけど」

 もう少し社交の場でいちゃつけばどうですか、などと言われて、アックスは顔をしかめる。

「社交界に出ると、基本的にミカの機嫌が悪い」

「気難しい方ですね……では、閣下がのろけてみるのはどうでしょう」

「のろけるってどうやるんだ」

 と、尋ねると、副官は衝撃を受けた表情になった。

「……あなたが普段私に聞かせているような話をすればいいんです! おかげでわたしは、ほとんど面識がないのにレーヴ伯爵の食の好みまで知っているんですよ!」

 覚えているこいつもすごいと思う。確かに話した気はするが、あれはのろけだっただろうか。


「これだから自覚のない奴は!」


 なんだか叫ばれたが、どういうことだ……。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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