14.結末
いくらミカが現場を見つけようと、実働部隊を指揮するのはアックスだ。なので、ミカはアックスの言うことを聞かなければならない。聞く義務がある、とミカは思っている。なので彼女は、アックスが中を確認する間、外で待機することを了承した。何かあった場合は、ミカが指示を出すようにとアックスにも言われている。
「奥様。南側に何人か武装した人物が待機しておりますが、排除できない規模ではありません」
「そう」
ミカと一緒に待機している兵がささやくように言った。一瞬考えて、排除するように言う。アックスに襲撃をかけられてはたまらない。後方からそうして気をまわすのが、ミカの役目だ。
伏兵を排除したという報告を聞き、ミカは建物に近づき、壁に触れた。ミカの腕に金色の呪文が帯のように流れる。ミカは触れたものから情報を読み取れるサイコメトラーなのだ。川を流れてきたご遺体に触れたとき、これをつかおうとして、アックスに止められた。相手が死者の場合、その死した瞬間を見てしまう可能性があるからだ。優しい人だな、と思う。ミカだって、覚悟の上なのに。
「……よくないな」
アックスが魔術師風の男と対峙している。ミカのサイコメトリーでは会話までは読み取れないが、いい状況ではないのは確かだ。
「だれか、弓矢を貸してくれ」
剣は持っているが、弓矢は持っていなかった。尤も、ミカ自身は襲われても魔法だけで自分の身を守ることができる。使えないことはないが、ほぼ飾りだ。弓を受け取り、矢をつがえる。
壁から少し離れたところでぐっと弦を引いた。口の中で小さく、呪文を唱える。矢じりに魔法陣が展開して、消えた。限界まで弦を引き絞った指を放す。矢が放たれた。壁を突き抜け、矢が進む。
「よし」
「いや、何が良しなんですか」
ツッコミを入れてきたのはイェオリだ。彼もミカの相手に慣れてきたらしい。だが、特に説明せずに言った。
「魔法だよ。さて、アックスたちを回収に行こう」
「閣下にここで待つよう、命じられています」
生真面目にこちらを任されている兵が言った。ミカはしれっと言ってのけた。
「君たちが命じられたのは、僕の護衛のはずだ。僕が行くなら、行くしかないね」
「……伯爵」
たしなめるように呼ばれたが、ここは一気に畳みかけたい。
「一気に制圧しよう。私は五名連れて行く。後は外から警護を頼む。大丈夫。危ないことはしないし、自分の身は自分で守るからね」
「そういう問題ではありません」
イェオリがツッコむが、ミカはてきぱきと差配を始めた。責任者を決めて、後を任せる。
「大丈夫だよ。抵抗はないさ。さっき、矢で魔法式を切り裂いたからね」
「しれっと何してるんですか」
イェオリは連れて行く五人の中に入れた。入れないと文句がありそうだったので。
思った通り、内部は魔術的に成り立っている。ミカが矢で切り裂いたので台無しだが、なかなか高度な魔術だ。
「アックス!」
ミカがアックスの元へたどり着くと、彼は魔術師らしき青年をぼこぼこにしていた。一緒にいた兵がちょっと引いている。ミカはその魔術師を踏んずけてアックスの元にたどり着いた。
「大丈夫か!?」
「さっきの矢、ミカだな。ありがとう。助かった」
「それはいいんだけど、これは?」
足で魔術師を蹴って尋ねる。若い娘の血を生きたまま抜くような男だ。容赦など不要である。
「ああ、犯人……というより、首謀者だ」
「みたいだけど、ぼこぼこにする必要、あった?」
「う……お前が被害に遭っていたかもと思うと、つい……」
これについては王都で前科があるので、何とも言えない。アックスにぼこぼこにされ、ミカに踏みつけられた魔術師は意識があったのか顔を上げ、
「いや! ここは麗しき公爵閣下に、ぐへっ」
「おっと、つい」
妙なことを言い始めた魔術師の顔面を、ミカが蹴り上げた。鼻が折れているかもしれない。なるほど。アックスが言いたいのはこういうことか。
「中の敵対者はおおむね排除したと思うが……」
「ああ、外にいた伏兵も処理しておいたよ。こちらは、どこかで雇った傭兵みたいだね」
「さすがだ。だが、危ない真似はしてくれるな」
「どちらかと言うと、僕の専門分野なのだけどね」
危険も何も、ミカの方が危険を避けられる可能性が高い案件だった。ミカは手を伸ばしてアックスの頬の傷をなぞった。
「矢がかすってしまった? ……ごめん」
「いや、痛くはないし、助かった。ありがとう」
手を捕まえられて頬を寄せられた。掌にアックスのきめ細かい肌の感触がある。我ながらちょっと変態っぽいな、と思った。
「あの……閣下、奥様。ご指示を」
後始末を終えた兵が言いづらそうに声をかけてきた。先に口を開いたのはアックスだった。
「全員拘束して別邸の地下牢に入れておけ。屋敷の中にはいれるな」
アックスにしては珍しい強硬な態度だ。ミカは横目で彼を見る。
「ミカ、この工場はどうする」
「ああ、現状保存で。術式については僕が無効化したからね。特に処理は必要ないよ。夜が明けたら調査に来よう」
「お前が来るのか」
「当然でしょ」
ミカがしれっと言うと、アックスが何とも言えない表情になった。止めたいが、止めていいのだろうか、という顔だ。不干渉の契約は今ほぼ有名無実化しているが、心配なのは心配なのだろう。気持ちはわからないではないので、「一人では来ないよ」と言ってみる。
「当然だ」
まあ、ここはアックスの領地だ。アックスに従う。
城に戻ったとき、すでに深夜をだいぶ過ぎていたが、エンマは起きていた。起きていて、ミカの世話を焼いてくれた。このころになると、さすがのミカも眠かった。あくびを噛み殺しながらベッドに行くと、アックスはまだ戻っていなかった。
さんざん文句を言ったが、いざ一人となると、ちょっと寂しかった。ミカが優雅に朝食を食べていると、アックスも食事をとりにやってきた。
「徹夜?」
「ああ……仮眠はとったが」
あの工場、いったい何が出たのだろう。ミカも寝不足気味ではあるが、調査に行くのに問題ない。アックスも寝不足の顔をしてきたが、ついてきた。
「寝ててもいいんだよ」
「いや、一緒に行く」
それにしても、クマができていても麗しい顔ってどうなんだろう。魔術師どもがミカではなくアックスの方を美人と認識しているのも、うなずける。この隣にいるために、ミカもそれなりの身だしなみが必要なわけだが。
「面白い実験をしていたようだねぇ」
「面白いのか?」
「人の脳に影響を与える魔法だね。洗脳魔法の一種だろうけど、恐ろしく気長なものだ。だけれど、これがうまくいけば、国中の人間を思い通りに動かすことができたかもしれない。これは実験の一つだろうけど、さて、どこで誰が何を企んでいるのだろうね?」
「……どこがおもしろかったんだ……?」
魔術師の男は、一貫して、『術式は自分のものではない。教わったのだ』と言い張っているらしい。一年近く使って用意してきたのに、急に発注元が手を切ってきたそうだ。連絡も取れないらしい。それは俗に、捨てられたと言うのだ。
一通り調査を終え、屋敷に戻ってきたアックスはミカの膝に寝転がった。ぎゅっと腰に腕を回される。
「アックス。眠いなら、ベッドに行きなよ」
「やだ。ここがいい」
「……」
目も開けずにそんなことをのたまう。不干渉の契約がだんだん崩れてきているな、と思いつつも、強く跳ね返すようなことはせずに、ミカはアックスの頭を撫でた。アックスが驚いたようにミカを見上げてくる。
「あ、ごめん。嫌だった?」
無意識に。アックスが女性恐怖症であることを忘れていた。というか、ミカが接している限りでは、それを感じたことがないのだ。
「……いや。珍しいな、と思っただけだ。むしろ心地いい」
そう言って、アックスは再び目を閉じた。ミカはしばらく間を置いてから、「そう」とだけ言った。尤も、アックスは聞いていなかったけど。
この、胸がきゅっとなる感じは、何だろう。
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