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12.調査結果











 いいだけ話を聞いて回り、ミカはその日、領内から収集した物品を部屋に集めていた。アックスとイェオリ、そして屋敷内なのでエンマも一緒だ。


「お前は……何を集めたんだ?」


 本から絵画、彫刻、万年筆まで、共通性のない雑多なものが集められているように見える。そのため、アックスの問いは尤もであるが、一応、ミカの中では整合性が取れているのだ。


「ここ半年の流行物だよ。本当は、二年くらいの分を集めると傾向が分かりやすいんだけど」


 時間がなかったし、金も莫大にかかる。王弟でリュードバリ公爵であるミカの旦那様が資金を出してくれたためにかなりの額を動かしたが、半年までが限度だった。

「調査するには元手がいるからね」

「少し意味が違う気もするが……前から思っていたが、お前、軍事行動計画とか立てられるタイプだよな。戦術とか」

 一応軍人であるので、アックスがそんなことを言う。一応妻であるミカを、そんなことを思って見ていたのか。

「できなくはないけど、やったことはないよ」

 おそらく、やれと言われればできるだろう。手順さえ知っていればできなくはない。兵法書も読んだことがある。

「今度からお前に相談することにする」

「前からしてるでしょ」

「それもそうか」

 漫才のようなやり取りをしつつ、集めたものを確認していく。絵画や小物などの確認はすぐに終わるが、本はそうもいかない。十冊ほど目を通したところで、ミカは言った。

「恋愛小説が流行っているみたいだね」

「エストホルムは、識字率が高いですからね」

 真面目に答えたのはエンマだ。彼女が言う通り、おそらく、エストホルムは王都の次に識字率が高い地域だ。字が読めなければ、本は読めない。これだけ本が流通しているのは、識字率が高いからだ。需要がなければ売れない。


「俺たちも読んでみるべきか?」

「止めはしないけど、自分で責任もって読むんだよ」


 女性が怖いなどと言うアックスには、難易度が高いのではないかと思う。ミカに泣きついてこないのなら、読んでもいいのではないだろうか。最近、すっかり抱き着き癖がついているし、前から少々残念なところはあったが、拍車がかかっている気がする。まあ、ミカ相手に取り繕うこともないと思うが。

「むしろ、奥様の方がお読みになるべきでは……」

 エンマが不審そうに言う。そんなに感情の機微に疎そうに見えるのだろうか。

「恋愛小説自体は好きだよ。なかなか面白いよね。現実的でなくて」

「奥様は何を読まれていらっしゃるのですか……」

 エンマに不審げに言われたが、普通に出版されている小説しか読んだことがない。まあ、学術書や論文を読むことの方が多いのは確かだが。

 恋愛小説はともかく、ぱらぱらと他の本や新聞なども確認していく。アックスが小さめの本を手に取って言った。


「不思議な手触りだな」


 そんなことを言うのでひょい、と覗き込むと、手渡された。ミカの両手ほどの大きさの本だ。そんなに分厚くないし、アックスの言う通り不思議な手触りである。

「ああ、人皮装丁本だね、いわゆる」

「にん……?」

「人皮装丁本。要するに、人の皮膚を使って表紙が作られているってことだね」

 ばっと三人が引いた。平然としているのはミカだけだ。

「なんだそれは! お前も手を放せ!」

「珍しくはあるけど、昔からあるものだよ。というか、アックスは腹から内臓が飛び出ても動じないくせに」

「そういう問題じゃない!」

 なら、どういう問題なのだろう。アックスが騒ぐので、ミカはとりあえず、その本を元あった場所に置いた。エンマが真剣な表情で濡らした布巾で手をぬぐってくる。

「消毒もしましょう」

「いいよ、別に。ちゃんと処理したうえで表紙になってるんだよ」

「そういう問題ではありません」

「だから、どういう問題なの……」

 アックスもエンマも、何が問題だと言うのだろう。見かねたイェオリが口を開いた。

「伯爵。戦場ではない、ただの生活の場に人の皮膚を使って作った本がある、ということに動じているんです」

「……なるほど?」

 アックスもエンマもうなずいているので、イェオリの言う通りなのだろう。魔女であるミカには理解しがたい感覚だ。魔術書に人皮装丁本はよく……はないが、たまにある。ミカは所持していないが。


「まあ、確かに一般的ではないよね。昔は、犯罪者の記録を残したそうだけど……」

 ほかにもあった気がするが、三人が引いているのでやめた。代わりに台に置いたままその本を開く。

「というか、この本、インクの色が黒じゃないんだよね」

「本当ですね」

 覗き込んだエンマが同意した。男性二人にはわからないらしい。まあ、女性の方が色彩の差を把握できる、とは言うが。

「血で写本したんじゃないかと思って」

「遺体から抜かれていた血か」

 冷静さを取り戻してきたアックスもハッとして言った。

「写本と言ったな。聖典でも写しているのか」

「これは詩篇の一部に見えるけど……愛の詩にうまくすり替えているね」

 アックスが冷静になってきたので、ミカも落ち着いて返答した。ぱらぱらと見ただけだが、あまりよくないものを感じる。ぱたん、と本を閉じてほかのものと少し離しておいた。


「……何冊くらい、出回っているんだろうか」


 アックスがそんなことを言うので、お、と思った。ミカも同じことを考えていた。

「わかっているだけで、女性七人分。もっといるだろうね。生命活動を停止すると、血は凝固するから、生きたまま血を抜かれていることになる」

「……」

 再び、三人が引く。だから何故アックスはそこで引くんだ。軍人だろう。いや、イェオリもか。

「血で文字は書きづらいから、多めに見積もって五十冊ってところかな……もう少し集めたいね。アックス、金庫を開けていい?」

「ああ、やってくれ。お前は調査に金と権力を使いまくるな」

「せっかくあるのだから、使わないとね」

 そのために権力と財産は存在する。違うか。なければないで何とかするが、あるのだから使うしかないだろう。

 それから三日ほどで集められたのは、二十一冊の本だった。人皮装丁本が五冊、そのほかは普通の装丁で、これらはアックスたちも普通に触って見ている。中身は同じ、血文字なのだが。


 中身を読み、ミカは結論を下した。

「おそらく、黒魔術の一種だね。すべてを合わせると一つの魔術になるように組み立てられているんだ。すごいな。誰が考えたのかわからないけど、高度な魔術だよ」

「俺には専門外だな。どういうものかわかるか?」

「おそらく、精神汚染系の魔術だね。難しいのに。読むと精神の一部が汚染されるかもしれないから気を付けてね」

 と言いつつも、ミカとアックスは耐性があるので、大丈夫だと思うが。多くの人間に出回り、定着することで発動する魔術だと思われた。高度だが、恐ろしく気長な魔術でもある。

「だとすると、女性たちは生贄なのかな。川に流すことで、あちら側へ送っているのかもしれない」

「だから、お前は怖いことをさらっと言うな……」

 アックスが半眼でミカに言った。ミカだってそうじゃないといいな、と思うが、可能性としては捨てきれないので仕方がないだろう。


 ところで、アックスは本当に王都から逃げてきたらしく、王からアックスを連れて早く戻ってきてくれ、という手紙がミカの元へ届いた。アックスに言っても無駄だと思われているらしい。さすが兄。弟のことをよくわかっている。ミカが先に戻れば、と話を振ったこともあるが、アックスはお前だけを置いていけない、などと尤もらしいことを言って先延ばしにいている。これはミカが一緒でなければ戻らないだろう。


「旦那様、奥様にすっかり甘えていらっしゃいますね」


 エンマがミカの髪を梳かしながら言った。否定できないので、ミカも「そうだね」と苦笑を浮かべた。

「まあ、子供のときからそういうところはあったよ。小さい頃は可愛かったんだけどなぁ」

 アックスの方が年上だが、ミカになついてきてくれているのが分かって、嬉しかった。まあ、ミカも同世代の友人がほとんどいなかったのもあるけど。

「今だって美男子でいらっしゃるではありませんか」

「正直腹立たしいほどの美貌だね。麗しいという言葉はアックスのためにある」

「奥様も負けておりませんわ」

「どうかな」

 気安いやり取りをしながら、髪の手入れを終え、軽く束ねる。もう後は寝るだけだが、相変わらず一緒に寝ているアックスとミカである。別に嫌ではないのだが。

「腹に一発入れれば、やめるかなぁ」

「奥様がやめるべきだと思います」

 うん。ミカもそう思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


基本的に有能なミカです。


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