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11.利用方法












 もうすぐ、王妃の妹が遊学に来る。忘れたかったことを思い出させられて、アックスは少し不機嫌だ。


「どう考えても、義姉上は俺に自分の妹を押し付けようとしてる……」

「被害妄想じゃない? というか、別に押し付けられてもいいんじゃないの」

 ミカが軽いノリで答えたが、アックスはそれを聞いて顔をしかめた。ミカが顔を覗き込んでくる。

「お前は俺と離婚したいのか」

「……そういうわけじゃないけど」

 今度はミカが不思議そうに眉を顰める。だが、ミカが言ったのはそういうことではないのだろうか。王妃が本当に自分の妹をアックスに押し付けるのだとしたら、彼女らにとってミカは邪魔なのではないだろうか。だって、どうあがいてもアックスの正妻はミカだ。そういうと、ミカは肩をすくめた。

「そんなことにはならないよ。陛下が許可しないだろうし、王妃陛下も、そんなことを考えているわけではないと思う」

「……仲、悪いんだよな?」

「気が合わないだけだよ」

 それは仲が悪いとは言わないのだろうか。必要以上にいがみ合わないために、ミカと王妃が互いに関わらないようにしているのは知っている。その癖、たまにこうしてお互いをわかっているようなことを言うから不思議だ。


 ふと、ミカと王妃の関係は、ミカとアックスの関係とも似ていると思った。互いに干渉しないことにして、なれ合わず、だから喧嘩などもないが仲が良くも見えない。もう少し、歩み寄るべきなのだろうか。


「閣下」


 イェオリが戻ってきて呼びかけるので、アックスもミカも振り返った。閣下と呼ばれるとおそらくアックスを呼んでいると思われる。ミカはレーヴ伯爵なので、卿、と呼ばれることの方が多いと思われた。それはともかく、もっと身元の割れにくい呼び方で呼んでほしい。

「どうやら、遺体が流れ着いたようです」

 聞いた瞬間、ミカが駆けだした。慌てて男二人がそれを追う。


「ちょっと失礼。通してくれ」


 ミカは野次馬を押しのけてそのご遺体の前にたどり着いた。後を追ったアックスとイェオリもさほど間を置かずにたどり着く。そのご遺体は、ご丁寧に小舟に乗せられていた。パッと見ただけでも、血を抜かれているのが分かる。金髪の女性だ。彼女に、ミカが手を伸ばすのを見て、反射的にその手を掴んだ。

「何をしている」

「少し『視る』だけだ。大丈夫」

「大丈夫じゃない。やめろ。許可できない」

 強い口調で言ったアックスに、ミカは彼をにらみ上げた。涼やかな美貌の彼女がにらむとなかなかの迫力がある。

「君に許可をもらう必要はないよ」

 その通りだ。そうやって、二人はこれまで結婚生活を成立させてきたし、踏み込めば性格上、対立することはわかっている。だが、これだけはさせたくない。


「だめだ。頼む」


 気は強いが、幸いというか、ミカは押しに弱かった。ため息をつく。

「……わかった」

 ほっとしたアックスに、ミカはさらりと言った。

「だが、検死はする」

「……」

「なあ、この兄ちゃんは医者か?」

 アックスの隣の男性が尋ねた。ミカはどこからか取り出した手袋をして女性の遺体を見分している。アックスは答えた。

「医者ではないな。知識はあるだろうが」

 正確には魔女だ。魔術を知っている魔女だったか、魔法を知っている魔術師だったか、どっちだっただろう。


「おい、何をしている!」


 警備隊がやってきた。どこの領地にもいるものだが、エストホルムにも治安を担う警ら隊がいるものだ。ちなみに、ミカが組織を整えたものである。

 やじ馬を押しのけて彼らはやってくる。遺体を勝手に見分しているミカに、苦言を呈しようとしてイェオリが間に入った。

「何なんだ、お前たちは!」

「あなたたちこそ、控えなさい。こちらは――」

「イェオリ、いいよ。終わった」

 ミカが立ち上がって手をあげ、イェオリを止めた。手袋を外しながら、ミカは言う。


「どうぞ。仕事の邪魔をして申し訳なかったね」


 しれっとそんなことを言うミカに、あっけにとられた警ら隊だが、すぐに叫んだ。

「そういう問題じゃない! 誰の許可を得て、こんなことを……」

「領主の許可は得ている。後でエストホルム城に問い合わせてみてよ」

 王都でもいいよ、とミカはしれっと言う。こういうことは、ミカに任せた方がいいと、アックスは黙っていることにした。

「君たちにもお達しが来ているだろう。領主がこの件を調べているって。正確には、領主の奥方の領地から報告があったはずだけど」

「……」

 当たり前だが図星なので、警ら隊、黙る。許可に基づいて調査をしているのだ、とミカ。

「だ、だが、次からはこちらの許可を得てからにしてもらいたい」

「承知した」

 一気にまくし立てたミカの勝ちであった。まあ、もともと許可はあるのだし。

「ちなみに、運河を流れてくるご遺体は何人目かな」

「……自分たちが把握しているだけでは、二人目だ」

「そうか……」

 数が合わない。アムレアンでご遺体が回収されていると言うことは、この運河を通っているはずなのだ。ミカはそれからいくつか警ら隊に質問をして、引き上げた。

「目撃者がいないのだろうか」

「模倣犯の可能性もあるけど」

 冷静に指摘されて、ああ、となるが、イェオリが指摘してきた。

「ですが、それだと誰かがこの異常殺人に気づいていることになります」

「そうなんだよね……だから、模倣犯ではないと思う。気づいていない、という方が可能性は高いかなぁ」

「これだけ人がいるのに? あり得るか?」

「暗ければ、ない、とは言い切れないでしょ」

 ミカに言いきられ、アックスも納得はできなかったが、その可能性は高いと認めざるを得なかった。運河であるから船の通りは多いが、大きな船が多いので逆に気づかない、ということはありえないことではない気がした。


「少なくとも六人だ。すべて若い女性」

「その大量の血液はどこへ行ったんだろう」


 アックスがつぶやくと、ミカが「そうだよね」とうなずいた。当然、ぶち当たる疑問である。

「乙女の生き血といえば、若返りの秘術だが……」

「お、アックスも吸血鬼説を推す? イェオリも同じこと言ってたよ」

 アックスはミカの護衛につけたイェオリと目を見合わせた。

「ということは、ミカは違うと思うのか?」

「可能性はなくなないけど、僕はやっぱり、魔術儀式を推すね」

 歩きながらアックスはミカを眺めた。彼女とアックスたちでは魔術に対する知識量が違うので、説明してもらわなければわからない。

「何故だ?」

「もし、本当に若返りの秘術で血を抜いたのだとしたら、用があるのは血液だけだよね。遺体は不要だ。その辺に埋めるなり、焼くなりすればいい」

「そう……だな……?」

 妻が何やら過激なことを言いだしたので、アックスは眉を顰めつつうなずいた。一応、筋は通っている。


「まあ、川に投げ込んで遺棄することもあるかもしれないけど、少なくとも、今回のご遺体は小舟に乗せられていた。血液にしか用がないのなら、そんなことはしない。これは、おそらく、何かの儀式の一部なんじゃないか……」


 いやに真剣に話していたミカだが、ここで肩をすくめて苦笑を浮かべた。

「とまあ、僕の見解だけど、正直、うがちすぎているかもしれない、という気もするよ」

「お前な……」

 アックスは苦笑してミカを見た。だが、納得できるところもある。

「だが、納得できるところもあるな。遺体を処分するだけにしては、手が込みすぎてる」

「そうなんだよね……」

 ミカはうなずいたが、考え込むような表情なので理由まではわからないのだろう。

「……見つけてほしいのかもしれないね。僕たちに」

 不意にそう言ったミカに、「何故?」と尋ねるが、肩をすくめられた。どうやら、犯人を直接取り押さえるしかないらしい。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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