狂った王国は民を顧みない
バッドエンドのオリジナル小説です。
救いはないです。
最後に登場人物の紹介を書いています。
王国の騎士になるために、私は生を宿した。
生まれた時から決められた運命に、疑問なんて持ち合わすこともなく、日々を王国のために捧げ続けた。
それが自身の誇りだと思っていたし、疑ってすらいなかった。
王の命ならば罪人を処することも厭わない。
王に、王家に、王国に逆らったのだから、それは王国民ではなく”罪人”だ。
罪人を処して、王から有難いねぎらいのお言葉をいただく。
日々励め、と背を押してくださる。
王国に遣える騎士に生まれた私の誇り。
王国のために剣を振るう私の矜持。
王国へ誓う揺らぐことのない私の忠誠。
私のすべては王国のために。
私のすべてを王国のために。
そのためならば、私はこの命も嬉々として捧げましょう。
あぁ、王国のために!!
:
真夜中。
寝静まった城の前で武器を持った民衆は雄たけびを上げ門をぶち破って侵入した。
雪崩れ込む民衆は控えていた騎士たちに怯むことなく突撃する。
対して騎士たちは突然の来襲に成す術なく倒れていった。
門番が音もなく倒されたことと大した人数を配置していなかったことが敗因だろう。
歴戦の猛者も数的有利な立場で奇襲をかけられてしまえば、倒れるのは仕方のないことだと言えるだろう。
場は混沌としていた。
王家の横暴に耐えられなくなりクーデターを起こした民衆は、血を血で洗い流すような戦場を作り上げた。
悲鳴と怒号、微かに聞こえる泣き声と助けを乞うような声。
全てが混乱を加速させる引き金となり、それは民衆の思惑通りだった。
彼ら民衆を率いたのは王家で虐げられていた第三王子。
その名をシオン・フュエンテという。
シオンは成長するにつれ、自身の母国である王国の在り方について疑問を抱いた。
あまりにも酷い税の取り立てで民はいつも飢えていた。
死者数も月間でさえ眩暈をおぼえるような数になるが、報告された王家はその事実を隠ぺいしていた。
月に数十人の命が失われている現状を、数人の高齢者が老衰でなくなっていると改ざんしていたのだ。
それだけではない。
まるで鎖国のように他国からの輸入品は民のいる市場に出回らない。
にも関わらず、他国の商人は頻繁に王城を出入りしており、おそらく王家にのみ卸されているのだと考えつくのは容易かった。
シオンも他国の品に触れる機会はごく稀にあったが、そのどれもが高級品で王族である両親や兄たちがこぞって使用していた。
使用人は王の側近の者のみ、また王たちの使用した残骸とも呼べるような物のみ使用することができ、それでも自国では生産されていない素晴らしい品々に瞳を潤ませていた。
早い段階から両親や兄たちに疑問をぶつけていたシオンは、民の重要性について何度も家族に訴えた。
民無くして国は成り立たない、と。
彼は、この国の王家の中でたった一人の善人であった。
そのため、こんなことを言う息子に異端の目を向けるであろう両親や兄たちを想像できなかった。
「お前は出来損ないの王家の恥だ」
折檻され入れられた独房で、シオンは一人悔しさで唇を噛みしめた。
自分に力があれば、欲に溺れてしまった家族の目を覚まさせることもできるはずなのに。
軟弱なこの腕では剣を振ることも叶わない。
ここからいつ出れるかもわからず、出れたとしても戦う術である剣など握らせてはもらえないだろう。
シオンは憤りを胸に抱いたまま、一ヶ月もの間入れられていた独房の中で思考を練った。
今は何もできない出来損ないの王子でいよう。
いつの日か、この地獄を抜け出して外に出る。
王に、王家に、母国であるこの王国の在り方に疑念を抱く同志を募る。
そして、この国を変えて見せようと、シオンは決意した。
そこにいたのは、出来損ないの王子ではなく、民を想う優しき王子であった。
それから彼は従順な王子を演じた。
折檻前とは嘘のように変わった態度に両親や兄は喜んだ。
自分たちが息子を、弟を更生させられたのだと。
お父様、お母様、兄様、と呼ぶ年の離れた血の繋がった子を、好き好んで忌み嫌いたいわけではない。
あくまでも”王家に対して難のある子”に厳しく接しただけだ。
考えを改めたのならば、シオンは彼らにとって”家族”なのだ。
虎視眈々とシオンは機会を狙っていた。
城から抜け出し城下町に下りることのできる時を。
城から出なければ、同志を募ることも変革を起こすこともできない。
自分が”家族”に生き殺しにされている状態では、なにもできない。
そして、その時は来た。
城の一角に不審者が侵入した、と情報が入った。
王子はこの部屋から出ないように、と慌てたように暗闇に消えていった護衛達を見送り用意を始めた。
用意と言っても、事前に準備していた荷物を持って闇夜に紛れ易いように黒いローブを着るだけ。
準備はずっとしてきた。
絶対にこの城から出てやると。
久しぶりに出た光の先で見たものは”家族”だった。
自分たちに都合のいいモノだけを傍に置き、従順にさせることのみに暴力を用いる。
やせ細った血のつながった子に向けるにはあまりにも蔑まれた視線は、シオンの心を打ち砕くには十分だった。
その眼には更生したかどうかの、ある種の品定め的な意味合いしか込められていなかった。
その眼にほんの少しでもシオンを想う心根があれば結末は変わっていたのかもしれないが、彼らは相も変わらず王家であった。
”家族”を変えることはできない。
”家族”である自分を都合の悪い考えをするからと折檻し独房に入れた時点で、彼らは”家族”ではなかったのだ。
そう気づくまで、律義にも”家族”と一緒に救われる未来を夢見ていたなんて、馬鹿だ。
”家族”を殺してでも、この王国の、王家の在り方を変えてやろう。
そう決意するほどシオンの絶望は十分だった。
高い高い塀を超え必死に走る。
城下町までは結構な距離があり、子供の足では半日はかかるだろう。
暗い闇夜の中走り続ける。
いつ脱走したことがバレて騎士たちが追いかけてくるかわからない。
怖くて涙が溢れる。
不安で心臓が痛む。
逃げて、逃げて、逃げて。
きっと共に王家に牙を向けてくれる同志を見つけてみせると、その想いだけを胸に走った。
後に、シオンはこう語る。
彼に出会えたことが、僕の人生でなによりの幸福であった、と。
その数年後、クーデターは遂行された。
:
王家には騎士団がある。
優秀な騎士たちは、王国のために存在している。
だが、その実態は王国のためではなく王家のために存在しているようなものだ。
”王国”のために存在しているのなら、真っ先に王家である王族に斬りかかり命の糸を断ち切るだろう。
それをしないのは、王家のための騎士団という歴史と一人の男が関係している。
名をフェティス・ディパンエル。
王国騎士団、第一軍騎士団長。
彼は騎士になるために生まれた男だ。
父はかつて同じように第一騎士団長として剣を振るっていた男であった。
王の命により始めた他国との勝ち目のない戦で命を落したと記録されているが、死体は残っていないので定かではない。
母はフェティスを産み落としすぐに亡くなった。
元々病弱で子を産むことすら難しかったそうだが、遠縁ではあるが王家の血筋を引いていたため無理やり嫁がされたという。
フェティスは幼子にして孤独の身となった。
そんな彼に与えられたのが剣を振り王国のために生きる、騎士という仕事であった。
彼はそれに生きる意味を見出した。
彼の成長速度は凄まじく、十二歳で騎士団に入団し、十五歳で第二軍の団長に任命された。
そして十七歳で第一軍の騎士団長となった。
強いことももちろんだが、彼には他の騎士とは違う志があった。
王国のためならば、道徳倫理など沼の底に沈めてしまうような狂気性。
王国のために、と謳う姿に皆は圧倒された。
フェティスは洗脳されていた。
王家筆頭である王と王妃に。
遠縁とはいえ王家の血筋を持ち、幼いながらに孤独となったフェティスは、王と王妃の言葉のみを鵜呑みにして生きてきた。
あなたの御父上と御母上はとても王国の為に尽くしてくれる素晴らしい人たちだった、と。
王国の要である私たち王家の人間を最期の最後まで守り抜く騎士に育ってほしい、と。
彼はその言葉を信じてしまった。
シオンは彼の両親について多くのことは知らない。
実際に生きている時代を、生きていたわけではないからだ。
それでも、幼い我が子を残して負け戦で命を散らした父が、自身の命と引き換えに産んだ我が子をその腕で抱くことなく逝った母が、果たしてたった一人の血を分けた子供に、王国のために死ねなどと願うのだろうか。
今となっては、答えなどでないけれど。
フェティスは強く、たくましく育ち、そして、王家にとってなくなはならない騎士に成長した。
彼は”王国”が判断した”罪人”を躊躇なく死刑にする。
ギロチンすら生ぬるいとその場で剣を使用し心の臓を刺しぬく。
飛び散る血にも悲鳴にも顔色一つ変えることはない。
淡々と”王国”のために剣を振るうその姿に、彼はこう呼ばれた。
王国のための狂騎士、と。
話は現在に戻る。
混沌の中でフェティスは王家の人間を逃がすため隠し通路までの道を護衛していた。
寝室からほど近いその通路は王族と騎士団の各団長のみが知っている、正真正銘の逃亡用隠し通路であった。
王と王妃、その息子である王子二人は、重い体を引き摺り息も絶え絶えに隠し通路までたどり着くと、一つ言葉を吐いて消えていった。
「私たちを守るために散りなさい」
その言葉に、人を殺しても眉一つ動かさないフェティスの表情が変化した。
フェティスは胸に手を当て足を交差させた。
幸せそうで朗らかな笑みを浮かべたフェティスは、敬意をその身全てで表現した。
「仰せのままに」
正門に向かったフェティスはその惨状を見て頬を引き攣らせた。
民衆が押し寄せてきたことに?
否。
騎士が民衆に圧倒されていることに?
否。
自身の育てた騎士があまりにも軟弱だったことに、彼は戸惑ったのだ。
半端な教育はしていないつもりであった。
自分の元で働く騎士に、生半可な覚悟しか持たない奴など必要ないと、弱いものを鍛え、成長の見込めない者は排除してきた。
だから、自身の育てた騎士たちが、武器を持っただけの民衆に容易くいなされるなど予想もしていなかったのだ。
フェティスは剣を鞘から抜き駆けた。
もちろん、民衆を殺すためである。
彼にとって、王国に歯向かった民衆はすでに”罪人”であった。
殺すことに、躊躇などなかった。
ひとり、またひとりと血しぶきが上がり命の灯を消していく。
狂騎士と呼ばれるにふさわしい太刀筋で首を、腹を、足を、腕を切って舞う。
その顔には小さく青筋が浮かんでおり、それを見た仲間のはずの騎士たちはひゅっと息をのんだ。
この戦いが騎士の、王国の勝利で終わった暁には、おそらくフェティスによる地獄の鍛錬が待ち構えているのを予感したからだ。
だからと言ってこの場から逃げ出すような者たちではない。
彼らだって”騎士”なのだ。
フェティスと志は違えど”騎士”であることに変わりはないのだから、逃げ出すなどもってのほか。
剣を振り民衆を制圧する。
たとえ勝とうが負けようが、生きていようが死んでいようが、この戦いが始まった時点でこの先の未来は地獄であると決まっていたとしても。
”騎士”たちは剣を振るう。
それが、正しい自身の在り方であると信じて。
:
”罪人”を圧倒的な強さで制圧し終えたフェティスは、残った騎士たちに残骸の処理を一任した。
残党がいないかの捜索を自ら行い、安全が確保されたら逃がした王族を迎えに行かなければならないからだ。
もちろん、命令の通り命を捨てる覚悟で挑んだが、悲しきかな、フェティスは生き残っていた。
民衆が決して弱かったわけではない。
フェティスが圧倒的に強かったからだ。
彼以外の騎士が苦戦した多対一の状況をもろともせず戦い抜いた。
心身ともに強さの塊であった。
「久しぶりだね」
フェティスに声を掛けたのは黒のローブを被った男であった。
低いハスキーな声から男と判断できたが、実際の見目は不明。
背丈も男にしては小さく、声さえ出さなければ女にも見えた。
フェティスはこの男に久しぶり、と声を掛けられる意味が分からなかった。
自分に、こんな知り合いはいない。
おそらくこのクーデターの首謀者だろうと目星をつけ、納めていた剣を鞘から抜いた。
話をする間を与えることすらせず斬りかかる。
慈悲などくれてやる道理もない。
男は剣をスラリと躱し笑いだす。
「貴方は、やはり何も変わっていない」
「貴様……何者だ!!」
フェティスは憤りを感じていた。
自身の剣技を見分け避けただけでなく、余裕そうに話し出す目の前の男に。
言いようのない不快感を持っていた。
男はふふふと不敵な笑いを響かせながらローブを取った。
王家にのみ受け継がれている金色の瞳と蒼の髪を携えた男が、そこにいた。
フェティスは唖然とした。
王家の者は、先程自らが逃がした四人以外に存在していない。
フェティスの母親は確かに王家の血筋ではあったが、様々な血が混ざり合ったその容姿に王家の者だと言う証はなかった。
フェティスにも、もちろんない。
「き、貴様はっ、」
「そんな目で見ないでよ、汚らわしい」
べーっと舌を出しながら不快だと言うその男こそ、幼き頃に王家から逃げ出した第三王子、シオン・フュエンテであった。
「貴方は、本当に変わらない」
コツコツと靴音を響かせ、ゆっくりと歩き出す。
フェティスに向かうわけではなく、部屋の中を周回するように歩を進める。
「王国のためならば、民の犠牲など見えていないその心根は、心底軽蔑する」
「本当に、出来損ないの第三王子か、……あの日、死んだはずでは」
「あぁ、ここではそうなっていたのか。確かに、あんな消え方をすればそう思う者がいても何らおかしくはない」
ふむ、と思案するように手を顎に当てて考えているような表情をする。
「僕はね、自分からこの城を出たんだ。この、地獄から」
「地獄、だと」
「そう。この城は、この王国は地獄以外の何物でもない」
伏せられた瞼が徐々に開いていく。
その瞳には悲しみが宿っていた。
「民は王国のために存在しているのではない。王国が民のために存在しているのだ」
小さく呟くように紡ぎ始めた声は、言葉を重ねるにつれ大きくなっていった。
「そんなことすら理解できない存在が王家などと、片腹痛い!」
瞳孔が開ききり額にピキピキと青筋を浮かべたシオンの表情は、誰がみても理解できるほど怒りで満ちていた。
シオンはローブで隠れていた剣を鞘から抜き取ると我流のような持ち方で構えだした。
「僕は、この王国で革命を果たす。そして、民のための国を作るんだ!」
そう言いながらシオンはフェティスに向かって走り出した。
シオンは確信していた。
この場でフェティスを殺さなければ、たとえ逃げた王家の者を皆殺しにしようと悲願の達成はないと。
きっと王家の者を始末したシオンを含めたクーデター起こしたものだけでなく、無関係の民衆までもを皆殺しにするだろう。
フェティスとは、そういう男だ。
「うらぁぁぁぁああ!!!!」
振り下ろした剣は空を切る。
シオンもそう簡単に刃が届くとは思っていなかったのですぐに体制を立て直した。
何度も振り下ろされる剣に振り回されることなく淡々と対応するフェティスは、まるで蝶のように舞っている。
虎視眈々と、一撃必殺を狙っている。
シオンとフェティスの戦いは、意外にも早くに決着が着いた。
「ぐあっっっっ!!!」
フェティスの一撃が、シオンの心の臓を貫いたのだ。
剣を刺し抜くと同時に溢れだす血しぶきに、フェティスは顔色を変えることはなかった。
剣を一振りし付いた血を払い落とす。
びちゃっと床に血が落ちるが、すでに他の者の血や体液で汚れていたからか、あまり変化は見られなかった。
「……口ほどにもない」
声にならない声を上げ、胸を押さえながら呻くシオンにフェティスは冷たい視線をやった。
無様だと思っていた。
自分の中の理想を掲げ、愚かにも王国に歯向かった。
その末路がこれだ。
大多数の犠牲者を出し、クーデターの首謀者、シオンは虫の息。
一人でフェティスに向かった結果の死。
まぁ、ゴミが束になって向かってきたところで、全てねじ伏せる実力がフェティスにはあったので関係はないのかもしれないが。
「げぽ、……ぁ、な、た、は、……じご、くに、お、ちる、……」
血を吐きながら、床と仲良くキスした状態で、息も絶え絶えにシオンは話し出す。
最後の気力を振り絞っているのだろう。
すでにこと切れていてもおかしくないほど、温かい血だまりは広がっているのだから。
「ぉ、ぅ、こ、くの、た、めの、……きょ、う、き、し、は、……た、みの、た、めに、……じ、ご、くに、おち、る、……」
「負け犬の遠吠えか」
フェティスは、自分が天国なんてものに行けるとは思っていない。
王国のために何十人も殺してきた。
罪の意識こそなくても、人を殺したという事実は彼の心の中に根付いている。
フェティスは初めてシオンに殺意以外の感情を向けた。
同情という名の情けを。
この男は心底かわいそうだと、そう思った。
だが、フェティスにとってはシオンが王国に牙をむいた時点で、その命は刈り取るべき命と選別された。
この結果に後悔なんてものはない。
王国に歯向かうかわいそうな元王子を殺した。
ただ、それだけなのだから。
シオンは光を無くした瞳をその目に嵌めたままこと切れていた。
最後のフェティスの言葉が聞こえていたのかは定かではない。
死人の表情から読み取れることなど何もないのだから。
「王家の方々のお迎えに上がらねば」
フェティスはぼそりと呟き、隠し通路の出口へと歩き出す。
クーデターは失敗に終わった。
首謀者である元王子は、自身の手で殺した。
残骸の片づけは残った騎士たちに任せた。
なにも問題ない。
そう、思っていた。
「ぐあっ!!!」
フェティスの胸からは真っ赤に染まった剣先が見えている。
背後から一突きされたようだ。
ゆっくりと引き抜かれた剣先が再び体内を抉る。
身体から消えた異物によって開けられた穴を埋めることはフェティスにはできない。
的確に急所を貫かれ、立っていることすら難しい。
片膝をついて耐えようとするが、耐えきれず両膝が地面につく。
ゴプッっと口から大量の鮮血が溢れて零れる。
自分がどうして血を吐いているのか、今の状況さえわからない。
「だ、れだ、」
背後を振り返ることもできず、言葉だけで問いかける。
フェティスを刺し殺そうとした者を確認するために。
クーデターの首謀者は殺した。
城に攻め入った民衆も皆殺しにした。
なのに、誰が……
「初めまして、と言った方がいいか」
その声は、聞いたことのない声のはずなのに、何故か懐かしい気がした。
「き、さま、は、だ、れだ、」
「あぁ、そうだな。名乗らず失礼した」
フェティスを刺した男は、ゆっくりと回り込み身を屈めた。
顔を覗き込むように屈み込み、髪が一房落ちる。
艶のない黒髪の男の顔は、やはり見覚えなどなかった。
「俺は革命軍総司令官、ヒェヴァンシュ・ディパンエル」
「……っ!?」
その名前は、かつて何度も王や王妃から伝えられた…………
「お前の父だ」
にっこりと不敵な笑みを浮かべる男は、自分を父だと名乗った。
「ごぽっ、……お、ま、えは、しんだ、はず……」
フェティスは、自分が生まれてすぐに死んだはずの父が、目の前にいる男だと到底信じることはできなかった。
ヒェヴァンシュは笑みを絶やすことなくフェティスに向かって話を進める。
「俺は妻を愛していた。政略結婚だとしても、優しく朗らかな妻は俺の光だった」
そう話し出す男の瞳は、愛おしさで溢れていた。
男はさらに続ける。
いかに妻が大事な存在だったか。
いかに妻を愛していたか。
そして、子は望んでいなかったということも。
「俺と妻の血を引く子はきっと愛おしいだろう。だが、妻の命を奪ってまで得たいとは思わなかった」
冷たい声音で言い放し、ゆっくりと立ち上がった。
「だが、妻は子を希望していた。元々、長くは生きられないと医師に言われていたらしい。俺との子を産みたいと、妻は言った。だから、俺は……」
拳を握りしめ歯を食いしばる男の顔は、悔しさで溢れていた。
ギリッと音が聞こえそうなほど握りしめられた拳からは、薄く血が滲んでいる。
「お前が産まれた日、俺は遠方での仕事を王に命じられていた。出産日が近いから、仕事は近場で済ませてほしいと懇願していたにもかかわらず、王は、……」
ふっと拳の力が緩み、だらんと腕を投げ出す。
そして、フェティスをその瞳の中に捉えた。
「お前が産まれ、妻は命の灯を消した」
フェティスはすでに大量の血を流していた。
身体はもう動かず、霞行く意識を何とか現に縛り付けているような状態だった。
いつ意識を失ってもおかしくない。
それでも何故か、この話は聞かなければと思ったのだ。
「妻が死んで、お前が産まれて、俺が自暴自棄になる前に戦の話が出た。最初から、俺と妻を亡き者にするつもりだったんだろう」
そう語るヒェヴァンシュの目は、どんどん虚ろになっていた。
すでにフェティスの顔すら見ておらず、空虚に向かって語っている。
「だから俺は、戦で死んだことにした。いつか、いつの日か、この悲願を達成するために」
身振り手振りを駆使して、声高らかに語りだす。
シオンと出会ったのは、計画に難が出始めたころだったそうだ。
民衆を引き入れようにも、王家に恐れをなして動かない。
指導者が必要だった。
元王国騎士団第一軍団長よりも強い肩書の指導者が。
そんな時に出会ったシオンに、ヒェヴァンシュはいるはずのない神に感謝したという。
虐げられた第三王子が、民のために国を変えようと飛び出した。
その事実は、瞬く間に渋っていた民衆の心を射止めた。
そして今回の惨劇が生まれたと、まるで物語のようにヒェヴァンシュは語った。
「シオンは優秀だった。シオンがお前を殺すのなら、それでもよかった。俺は妻の仇である王族を殺せたし、どちらでもよかったんだよ」
ニコニコと笑いながら首をこてんと傾げる。
身体の自由が効かないフェティスが、その姿を見ることは叶わなかった。
「ま、シオンはお前の殺害に失敗して死んだが」
幼子が自分で仕掛けた悪戯がバレた時のような声色で言う。
血で汚れた掌を凝視し、笑みを絶やすことなく紡いだ。
「だから、俺の手で終わらせらたんだ。王国のための狂騎士。お前を」
褒めてくれ、と言わんばかりに手を空に掲げる。
見つめる瞳に光はない。
「シオンは、王国を救いたいと、民の為にと、奮闘していたよ。あまりにも、憐れな奴だった」
かわいそうな奴だった、とヒェヴァンシュは笑っている。
「民衆はみんなシオンについて行った。自分たちを救ってくれる英雄だと信じて。馬鹿みたいに」
ヒェヴァンシュは高笑いをする。
目元に皺を寄せ大きく声を上げる。
両手を左右に広げ、空を見上げる。
「この国は終わる。復興なんてさせない」
案の定、瞳には一筋の光すら存在していない。
すでに、ヒェヴァンシュは壊れてしまっている。
妻を亡くしたその日から、復讐のみを原動力にして生きてきたのだから。
「王国内の民衆は全員殺した。隠し通路から逃げ出した王族の息の根も止めた。お前が片付けを命令した騎士共も、とっくに冥府を渡っているだろう」
フェティスの意識はもうほとんど現にはない。
聞こえているかの判断はつかなかった。
ヒェヴァンシュはゆっくりと腰を下げて手を差し出し、開いたままのフェティスの瞼を閉じさせる。
「じゃあな、フェティス。地獄で会おう」
「はぁ、やっと終わった。終わったよ、クルーピス」
この時代では珍しい銃を取り出し、ヒェヴァンシュは自身のこめかみに突き付けた。
「俺は、クルーピスと同じところには逝けないだろうが、……それでもきっと、きっと……会いに行くよ」
安らかな笑みを浮かべ、安心したように目を閉じる。
「クルーピス、愛してる」
バンッ!
一つの銃声が響き渡った。
ドタッと倒れたヒェヴァンシュの顔は、死ぬ前と変わらず安らかで、そして、幸せそうな表情をしていた。
:
:
:
西暦××××年 ×月 ×日
フュエンチュール王国、クーデターにより崩壊。
死亡扱いとなっていた第三王子率いる革命軍が、今回のクーデターの首謀者と断定。
王族は逃亡中、刺殺による全員の死亡を確認。
王国民は王国騎士団により制圧され、全員の死亡を確認。
革命軍所属の民衆は、城内及び城外にて騎士団との戦闘の末、全員の死亡を確認。
これらの報告により、
西暦××××年 ×月 ×日を以てフュエンチュール王国の崩壊を断定する。
フュエンチュール王国所有の土地については、近隣諸国に平等に分け与えることとする。
以上
【詳細・補足】
第三王子(蔑まれた善人)
シオン・フュエンテ 由来:革命のレボルシオンと使命のミシオンから”シオン” 狼煙のフュゼから”フュ” 勇敢なのヴァリエンテから”エンテ”
根っからの善人だったが、折檻+独房監禁の後から歪んだ。 民のために、王国のために、実の両親・兄たち、また王家に従属する貴族・騎士を手にかけることに躊躇がない。 民の救世主ヒーローとして、革命軍のリーダー広告塔として、日々切磋琢磨。 ヒェヴァンシュに利用されていたことには気づいていないが、シオン的には革命軍の一員になれて幸福だった。 シオンが出会えて幸福だった”彼”はヒェヴァンシュのこと。
騎士団長(王国のための狂騎士)
フェティス・ディパンエル 由来:忠誠心のフェデルタから”フェ” 忠誠心のピスティスから”ティス” 依存するのディペンデレから”ディ” 依存するのデパンドルから”パン”と”ル” 盲目ののシエゴから”エ”
0歳からの英才教育洗脳により王国王家に忠誠を誓っている。 圧倒的な強さは自身の鍛錬の成果と受け継いだ才能。 最期の最後まで王国王家に仕えることができて幸福だったと思っている。 でも父親敵を殺せなかったことだけが悔い。
革命軍総司令官(壊れた復讐鬼)
ヒェヴァンシュ・ディパンエル 由来:狂ったのヒェックから”ヒェ” 復讐のルヴァンシュから”ヴァンシュ” 依存するのディペンデレから”ディ” 依存するのデパンドルから”パン”と”ル” 盲目ののシエゴから”エ”
王家の狙い通り妻が死んで、世界に色が無くなりひび割れて壊れ狂った。 妻とは相思相愛() 王家からは要子供!と言われていたが、妻の方が大切なので要らなかった。 妻からの希望・願いは基本的・・・になんでも叶える。 この度復讐を達成できて満足。 作中ではこの人が一番幸福だと思う。
総司令官の妻(狂騎士の母)
クルーピス・ディパンエル (旧姓):クルーピス・サアーダ 由来:残酷なのクルーアルから”クルー” 希望のエルピスから”ピス” 依存するのディペンデレから”ディ” 依存するのデパンドルから”パン”と”ル” 盲目ののシエゴから”エ” (旧姓)幸福のサアーダから”サアーダ”
夫とは政略結婚であり、それ以上でもそれ以下でもない。 子供はずっと欲しかったし、夫は私を愛してくれていたので、万が一自分が死んでも子供はちゃんと育ててくれるだろうと思っていた。 一度「家族の元に帰りたい」とお願い・・・したら軟禁以上監禁未満なことをされたので、それ以降はお願い・・・は言わないようにしていた。 死ぬ前になんとか、一目我が子を視界に入れ記憶に残すことが出来たので幸福であった。
王国の名前
フュエンチュール 由来:狼煙のフュゼから”フュ” 勇敢なのヴァリエンテから”エン” 独裁のディクタチュールから”チュール”
建国された当初は、緑が豊かで王家と民との仲も良好な国だった。 王家が私欲に狂い始めたのは百年程前から。 第三王子は久方ぶりに生まれた先祖返りのようなイレギュラー。
狂った王国は
たくさんの人々を壊し
たくさんのモノを犠牲にし
塵となり
跡形もなく
消えてゆきました
閉幕
一人一人の大義を押し通した結果の最期ですね。
読んでいただきありがとうございました。