表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

第八部 戦闘

   ※※※※※


 古くから存在している大家、魔法という力を受け継いできた、代表的な四つの家。その中には攻撃的な力も数多く存在しており、それを行使してきたことも少なくない。過去の歴史を探ってみれば、大家の頂点同士の言い争いが先頭まで発展し、町が一つ大火事で焼き尽くされたこともあるほどだ。

 しかし、そういった大惨事に発展してなお魔法の存在が愛撫に流出した事は一度もない。

 なぜか。

 回答はひどく単純。大家が戦闘行為に発展したとしても外部に情報が流出しない術を保持していたためだ。

 その名を、『闘領』という。

 魔法使い同士が全力で戦闘使用とも、内側でどれだけど派手に動こうとも、『結果以外の全てを流出させない』戦闘のためだけの領域。

 この内部に存在する限り内側で核弾頭を破裂させようとも、何百人を虐殺しようとも、『街が破壊された』『人が死亡した』という結果以外の事象は闘領の外部へと流出せず、結果魔法の秘は守られる。

 が、重要なのはそこではない。

 闘領は完全に世界から隔離された空間である。広大な広場であろうとも、通路の中であろうとも、展開者が定めた空間以外が闘領内部には存在しなくなり―――平たく言えば、闘領内部から出られなくなるのだ。

 そして、外側から内側へ干渉することも出来なくなる。

 つまり、今。

 俺は、この屋上から外へ出られなくなっているということだ。

 光景は変わらず、肉体の感じる部分に変化はない。

 が、俺の精神、魔法使いとして今までの人生全ての半分を生き抜いてきたこの精神だけが、この場の異常を理解する。

 完全に隔離された、この状況を。

 ただ一人の女帝、その人物が支配する箱庭と化した、この状況を。


「闘領」

 つぶやくように、女帝が宣言する。

「使うのは趣味じゃないけど、やっぱり便利なものだな……この使い古された魔法も」

 一歩。己の箱庭の中、歩を進める。

「外に出ることも、内に入ることも出来ない閉ざされた箱の中。内側の惨劇は外に届かず、あがきは世界に届かない。それでも外は進み続け、箱庭の中にいるものは閉じ込められる――――」

 天を仰ぐように、女帝は両手を広げる。

 その仕草は女神の慈悲、悪魔の飛翔。

 女神の持つであろう救いの感覚と、悪魔の持つであろう破滅の予感、二つを併せ持ったそれは、まさに中間である人の王の仕草そのものの雰囲気を纏った女帝そのものであった。

 女帝は、続ける。

「――しかし、お前はそうでないだろう………」

 顔をゆらりと、伏せるように一度床に向け、


「なあ――――巫女ヶ浜、明!」


 凄絶な笑みと共に、狂気に満ちた目線が俺に向けられた。

「くっ……」

 確かに、俺はやろうと思えばこの箱庭から抜けることも出来る。闘領はどれだけの規模のものを展開するにしても、必ず術者の意識を起点として行われる。ならば、いつか行ったように意識の焦点をぼやかしてやれば領域が曖昧化し、結果この闘領から抜け出ることが出来るようになる。

 が、それを事前に知られてしまった以上。

 その手段は、行えなくなる。

 行う暇が、なくなる。

「そんな面白みのない手段、させてたまるか」

 ゆらりと、右手が上がる。

「あなたには、私の遊びに付き合ってもらう義務があるわ……」

 胸の前に掲げられた手、その感触を楽しむような笑みと共に、二三度拳を握る。

「逃げよう、なんて考えるなよ。そんなことをすれば、間違いなく大怪我では済まんぞ」

 俺を殺す可能性、それを、小米姉さんは笑みと共に提示した。

 逃げようとしなければ生かしてやる、逃げようとすれば殺してやる。はっきりと、そう宣言した。


 ………やるしか、ないのか……

 内心で決意し、右半身を後方に引く。

「……わかってるなら、話が早い……」

 さあ、はじめようか。

 そんな穏やかな言葉とともに小米姉さんは右手をはじく構えを取り、


「《乾きの響きは、無双の戦斧に》」


 言葉と共に、右手をはじいた。

 パチン、と乾いた音が屋上に響き、

 カランッ、と鈍い金属音がそれに答えた。

 小米姉さんの足元、そこに落下した、鈍い金属の塊。

 夕日の紅鈍く照り返すその銀弧は、子ぶりながらも明確な破壊力と切れ味を予感させる武器であり、樹木に対して使用するにはありえない恐怖心を掻きたてる装飾を持つ、まごうことなき『殺しのための金属』の風格を所有していた。

 名を、戦斧という。

 片手で扱えるほどの小振りでありながら、対象を殺害しえるだけの殺傷能力を秘めたそれは、間違いなく戦のためだけの斧、その姿だった。

 金属の響き、その響きがやまぬうち、眼前の女帝は再び指をはじく。

「《乾きの音は無双の戦斧》――――」

 出現した斧、それが地に落ちる前に拾い上げ、


「《わが魔によって作られしもの、金の響きに呼応して量産せよ》」


 屋上、それを取り囲む柵に投擲した。

 投擲された戦斧は銀弧を銀月へとその身を変じさせ宙を渡り、そして柵に激突、金属同士が激突しあう硬質な音が響き、


 それに呼応して屋上を取り囲む柵、それらの全てから大量の戦斧が吐き出された。


 十で数える事はありえない、百を持ってもまだ不可能、千をもってようやくその数を定めらることのできる、それほどの数の、戦斧。

 柵の付近に散乱した無数の戦斧、それらに女帝は一瞥のみを持ってうなずき、


「《被造物よ、わが意に従え》」


 その一言を持って、全ての戦斧を飛翔させた。

 飛翔した戦斧は一点、下向きに開かれた女帝の左手に向かい殺到する。殺到した斧は、しかしその場においては一切互いに激突することなく浮上し、規律を持ってそこに形を成していく―――


 そして、

「ふむ、こんなものか………」

 形成されしは戦斧によって織り成されし『球体』。

 女帝の意思につき従う、従順なる戦斧の塊だった。

 女帝はその斧球を眺め、そして笑みを浮かべる。

「長い間待たせて悪かったな、明。だが、それもここまでだ」

「!」

 全身に緊張がみなぎる。

 今まで漫然と存在していただけであった危機感が、一気に現実のものとして襲い掛かってくる。

「さあ、死合うとしようか、明……」

 斧球の付き従う左手を頭上に掲げ、

「《斧球天(ぶきゅうてん)()》」

 一気に振り下ろした。

 落下地点に存在するのは、俺。

 それを俺は、

「ぬ……っ!」

 右に転がって、寸でのところで回避する。瞬間、先ほどまで俺が存在した場所に戦技無双の斧球が叩きつけられる。直径二メートルほどの斧球が三分の一ほどめり込んでいるのを目の渡りにし、いまさらながら俺は確信した。


 …………小米姉さんは、本気だ。


 御涯小米。

 魔法大家最大勢力である御涯家、その当主跡取りの座に若くしてその名を掲げた一大人物である。その一声は下位に位置する大家の長の意思まで捻じ曲げ、その名の下に従わぬものは存在しない。

 その力の根源は、なんと言ってもその強大な魔法にある。

『己の定義した概念を世界に植えつける』。

 それが、御涯小米のもつ魔法。

 彼女が定義した概念はその瞬間から本人が解除を望むまでその世界に存在するものとして扱われ、それがどれほど無茶なものであろうと、どれほど不可能であろうとも、世界にそれを実現させることが出来るのだ。先ほどのように『これは、これ』と定義すればその条件となる行動を行うだけで結果を生み、あるいは己の望みのままに世界を捻じ曲げ、ありえないものこそを存在させる。

『概念彎曲』。

 それが大家の頂点を告ぐもの、その座につく女帝の所有する魔法、そしてその女帝を女帝たら占めている魔法そのものだった。

 しかし、その魔法にも欠点はある。


「………………………」

 立ち上がり、右手に神経を集中。ここ最近当たり前になってきた、三種を混濁させた認識を脳裏に浮かべ、一つの物体、刃渡り十五センチほどのナイフをイメージする。

 そして、創造…………

「ほう、やる気になった、ということか?」

「………………………」

 俺は答えず、右手に創造したナイフの刃を返した。

 概念彎曲の弱点、それは『術者の集中』である。

 いくら強力な魔法といっても、術者が概念を捻じ曲げている以上そこには『その概念がそうで有らしめている意識』が存在する。手を挙げる、一歩足を進める、そういった当たり前の行動と同一の意識であるかもしれないが、とにかく、そこには術者の意思が存在しているのだ。

 つまり、その意識を刈り取ればいい。

 逃走しか選択できないような、命の極限。それを認識させてやれば、この術は破れるはず。


「…………恨むなよ、御涯小米……」

 言ってナイフを右側に振りかぶり、


 俺は駆け出した。

 彼我間距離、八メートル。

 魔法という力に期待できないがために毎日の鍛錬を欠かさなかった俺にとって見れば、あってなきが同然の距離である。所要時間は多く見積もってせいぜい三秒、少なければ一秒ちょっとで到達できる距離だ。

 が、俺の全力での疾走も、

 女帝の腕の動きの前には、遅すぎた。

「…………!」

 前方の女帝、その左手が手前に引きこまれる。

 その動作の意味を認識する前に俺は全力疾走を中断、大きく右側へ、

 跳、躍――――

「遅い」

「!」


 ――したのだが、

 ………速すぎる!

 跳躍と同時、俺の背を何か刃の塊のようなものが擦るのを感じた。

 全てがスローになった感覚、背を擦る不気味な違和感、俺の跳躍によって違和感は左側にスライドし、それに伴い違和感も一瞬ごとに深くなり、胴体から違和感が消え肩口に移り、そしてそれはそこで冷たい激痛となって――――


「………ほう」

 そして俺は着地した。

 再び女帝の左手に戻った斧球、その中に僅かな赤が認識できる。その赤の元となった存在は俺のこそげ取られた肩口から流れ出続けており、それを奪われたことによって灼熱の痛みが神経を這い上がってくる。

「………ぐっ」

 痛みで一瞬、頭の中から現実が消失しそうになるが、思わずへたり込んでしまいそうな足、左肩に向かいそうになる右手、それらを押しとどめ、再び前進するための力に変えて疾走を続行、残っていた僅かな距離を一気に駆け抜ける。

 痛みが全身を蝕む。

 流れ落ちる血液が、恐怖をあおる。

 そして何より、眼前の女帝が浮かべる笑み、それが絶対敗北を、予感させる。

 それでもなお、俺は走った。

 走りながらも右腕を後方に流し、いつでも振りぬけるように姿勢を形作る。

 斧球の動きは女帝の腕の動き。ならば、その腕が動くよりもなお速く、腕の向きに反応しなお早く、行動を起こせばいいだけのこと。

 女帝の腕が振りぬかれる。こちらへ向かって、押し出すように。


「………!」

 いち早く反応し、左へ。

 斧球は構成する戦斧を平面に広げつつ、床に突き立った。

 はずしたことを認識したのか、女帝濃では再び手前へ。が、

 ………届く…!

 右腕、そこに握った刃を振り上げ、

 驚愕の表情を浮かべている女帝のその首を容赦なく狙い、

 振り下ろす…………

 しかし、

 斬、という破音は、

 豪、といううねりによって、止められた。

 女帝が有する支配の左手、その『指の動き』により斧球から僅かに一本だけ飛来した、戦斧によって。


「………惜しかったな、明」

 言いながらも、ナイフを受け止めた戦斧を自らの右手で掴み取り、

「もう少し速けれ……ばっ!」

 振りぬいて俺のナイフをはじき、俺の胴体を晒させ、

「お前が勝っていたかも!」

 胸部に向かって蹴りを放ち、俺は膝で受け止め、

「しれなかったのに………なぁ!」

 降り戻しの戦斧、受け止めたナイフ、双方の勢いをまともに受け、俺の体は後方に大きく吹き飛ばされた。

「――ぐあ……」

 したたかに背を強打し、俺の創造したナイフが床を回転し、絶対に手の届かない位置まで滑っていく。


 ………勝てない。

 振るわれる魔法は並ではなく、

 使われる武器は戦技無双で、

 所有する体術でさえも、上。

 デキソコナイと、その頂点。

 戦技無双の戦姫と、それに従うただの従者。

 力の差は歴然、敗北は必然、勝負にならぬは当然。

 それが、俺と女帝の、御涯小米の差。

 仮に俺が一生を戦うことに費やしたとしても、

 この人物は、それを軽々と打ち破るだろう。

 でも、だけど、だからこそ――――

「……負ける、わけには………」

 俺が敗北を辞するという事は、イコールで雨鏡令の死を意味する。

 雨鏡、雨鏡令。俺のであった、大切な人。

 失うわけには、行かない。

 身を起こす。脳裏に思い描く。ナイフじゃ駄目だ。もっと重くて、長くて、使いやすい。そんな武器が必要だ。ナイフは確かにいい。が、そんなものでは足りない。この現実を否定するには、そんな小さなものでは足りない。もっと長い剣、そう、剣だ。無骨ながらも優美なフォルムを持つ西洋剣。それなら俺でも使えるし、長く、重い。思い描け、適当で言い。RPGに登場する最弱よりマシ程度の性能を持つ西洋剣でもかまわない。単純でいい、とにかくこの現実を否定するための武器を、思い描け。

 創造(クリエイト)…………


「……まだ、やるつもり?」

 険を増した女帝の声に、俺は手の中に創造した装飾も何もない片手持ちの西洋剣を構えることで答えた。

 しばしの間、そして………

「……いいだろう」

 女帝が、両手を掲げる。

「それほど『鏡』にご執心と言うなら――――」

 その左手に、戦斧が集い斧球と化す。

「とことんまで、やってあげようじゃないか」

 にやりと、女帝は笑った。


「《支配物は己が響きと共に複製される》」


 言葉と同時、左手の指が鍵盤を謳うように蠢いた。

 付き従うように動くのは斧球を構成する戦斧が動く音。その動きは斧球の中で他の戦斧と触れ合うことで鈍い金属音を奏で、そしてその音は設定されたとおり、『その斧とまったく同じ戦斧』を生み出す。

 ――― ―――――― ―――

 もはや一つ一つの音として捉えることの出来ない、金属音の連撃。それと同時に次々と斧は複製され、その体積を増していく。直径はどんどん膨らみ、その大きさは二メートルから三メートルへ、三メートルから四メートルへ、四メートルから六メートルへ、六メートルから十メートルへと、見る見るうちに肥大する。


「《わが被造物よ、その時代を形成せよ!》」


 言葉に答え、その斧球が『バラけた』。

 幾千幾万もの戦斧、それらがいっせいに宙に舞い上がる。ドームでも構成するかのごとく、戦斧は屋上を半円形に覆い隠し、夕闇の空を鈍色の刃へと変えていく…………

「………《斧の時代》…………北欧神話ではスケッギォルドといったか。神には及ばぬが、見事なものでしょう?」

 くすくすと、楽しむように女帝は言った。

「『鏡』のところへ行きたいなら、この時代を生き抜いてみたらどうだ? それが出来れば、私とてもうお前を止める事はできまい」

 女帝は託宣するかのごとく、その腕を俺に差し伸べた。

「……己の中に目を向けろ、そして己の力を思い出せ。さすれば道は開かれるだろう。巫女ヶ浜明、お前の本質を、見せてみろ」

 俺の本質。

 その言葉に疑問を抱く暇もなく、女帝の腕が上空に向かって掲げられ、そしてその腕は俺に向かって振り切られる。


「《斧の時代よ、その意を示せ》」


 命じるような言葉。

 それに従うかのように、上空から一つの『時代』が飛来した。

 俺はその時代、飛来する斧の雨に立ち向かうべく西洋剣を後方に振りかぶって――――


   ※※※※※


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ