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第六部 一ヶ月前:妹

   ※※※※※


 巫女ヶ浜 鷺。

 巫女ヶ浜第二分家長女、大樹の管理人。その血に宿した力は本家の重鎮たちを悠に上回る才能の塊であり、その才覚を最大限に発揮させ、没落寸前であった巫女ヶ浜第二分家を立て直した人物。

 家族構成は兄、すなわち俺が一人。それだけ。両親は割と早くに死別し、それ以来巫女ヶ浜第二分家の屋敷で二人暮らし。通っていた学校は中高一貫学校である『須玉学院』。成績は中の上程度、参加している部活動は合気道部に所属し、そこではかなり上手くやっていたらしい。

 性格はかなり大人びた性格。俺のことをどういうわけか『兄様』と呼び、話しかけてくるときは大抵敬語、そしてやけに俺の友人関係に対して過敏だった。特に女性関係に対して。断じて言うが、二次元世界に描かれるような関係性は存在していない。そのはずである。

 家事一切は俺の担当であったため、そのスキルに関しては未知数。ただ、学校関連のことで漏れ聞いた本人の話を統合するに、人並みはずれて苦手というわけではないらしい。そう、あくまで人並みはずれて苦手ではない、とか。

 容姿は、はっきり言って『妹』というイメージによって二次元世界に描かれる存在とはかけ離れた外見をしていた。かなり強気な語調に、すっきりと通った目鼻立ち、背中の中ごろまである長髪などに落ち着いた雰囲気と大人びた服装の選び方などもあいまって、同年代にしか見えない外見を形成していた。記憶の中にわずかばかり存在している俺の両親の記憶を探るに、どうも母親化から遺伝したようだ。

 使用することの出来た魔法は多岐に渡る。何せ宿した数が始祖まで遡らなければ存在しない数、すなわち13だ。その中でも本人がよく使用していたのが『四肢遠隔』、『破剛力』、『五行操』と呼んでいた三種類であり、この三つだけで大抵の事はこなせてしまうらしい。

 つまり、巫女ヶ浜鷺という人物はよく出来た人間だった、ということだ。



 しかし、俺にとって見ればそんな事はどうでもいい。

 重要だったのは、あいつが俺にとって唯一の肉親であったことであり、あいつが本家で言われていたような人物ではなかったということだ。

 あいつの中には、『自分』がない。

 いつも他人のためだけに行動し、いつも他人のために自分を傷つけ、他人を守ろうとする。ゆえに自らの痛みを人に見せることがなく、それがゆえに傷つくことも多いのだ。

 だからこそ、妹は自らの願望を呪文に選んだ。


 TWICT・BALLME。The wish comes true by all means。

『全ての願いは、かならず叶う』。


 それが例え、かなえてくれる人物の存在しない自分の願いであったとしても。

 それが、俺の妹の抱えていた弱さ。

 関係者でなければそれを押し込めた言葉を知ることもできず、そして関係者であろうとも、その言葉を解答できる立場にいなければその意味を知ることさえも出来ない言葉。

 知っているだけで、それは『俺のもう半分の人生』に関わっていることを意味する。

 それが、俺の知らない人物であったとしても。




 案内された先は、例の病院だった。

 白樺島唯一の総合病院、須藤総合病院。ほんの数週間前までは俺もここに入院している患者であり、そしてそれ以前まで遡れば俺は雨鏡令の存在を知りもしなかったし、巫女ヶ浜鷺の死を予感することすらなかっただろう。

 慣れた様子で院内に入る令の後ろについて、俺も病院内に入る。

 待合室特有の暗い雰囲気と明るい色彩、明るいざわめきと暗い潜められた声。その中を、なれた様子で令は歩いていき、そのまま受付へ。そのまま受付で何か事務作業を行っている看護師さんに声を――――


「あ、雨鏡さん」

 かける前に向こうから、しかも完全に名前を把握されて声をかけられた。

「今日も、桜守さんのお見舞いですか?」

「はい。ただ………」

 言いながら令は俺の姿を確認させるように手で指し示す。

 一応会釈。すると看護師さんの目が俺に固定され、そのまま意味ありげに上から下まで舐めるように這い回り、その末に顔に固定され、目線が困惑のものへ変わる。

 …………? そこまで不自然だろうか。普通に友人同士に見えると思うけど………

「え……と、桜守さんの、お知り合い……ですか?」

「梓のお友達のお兄さんです」

「ああ、なるほど……そういうことですか」

 看護師さんの目線が納得のものへと変わった。

「はい。そういうことです。梓が今日ならあってもいいといったもので、私からお願いして付いて来てもらったんです」

「わかりました。では、記名しますのでお名前をお願いできますか?」

「あ、俺巫女ヶ浜明って言います。『ミコ』は普通に神社とかの巫女で、『ガ』はカタカナの『ケ』、浜は普通に浜で、『明』は明るいの」

 記名帳を渡してくれないので、仕方なく口で字面を伝える。はっきり言って面倒だが、そこはまあ妥協するとしよう。この話し方から推測するに、令は間違いなく顔パスだ。

「巫女ヶ浜、明……っと。はい、記入完了しました。お帰りの際にはいつもどおりお願いします」

「はい。では、面会後にまた」

 ほら、常連だ。細かい部分の説明が完全に割愛されているし、会話の調子からして相当親しい事は間違いない。


 一礼の後に受付を離れる令に続き、俺も一応会釈をしてから続いた。

 待合室を出てエレベーターホールへ移動し、呼び出す。

「……………………」

「……………………」

 待つことおよそ三十秒、エレベーターが到着し、


「あら、雨鏡さん」

 エレベーターから降りてきた入院着着用のおばさんに声をかけられてしまった。

「今日もまた、お見舞い?」

「はい、今日は梓が会いたいという方がいましたので……」

「あらあら………」

 ……またか。

 何度も通っているためなのだろうか、令はかなりの数病院に知り合いがいるらしい。看護師程度なら確かに仲良くなっても仕方がないとは思うが、まさかここまで年の離れたおばさんまで知り合いにいるとは………

 その人徳、侮りがたし。

 そのまま令はそのおばさんと二三言葉を交わした後、

「では、そろそろ行かねばなりませんので」

 言葉と共に一礼し、エレベーターに乗り込む。


「明さん、行きましょう」

「ああ」

 俺も続いて会釈と共にエレベーターに乗り込む。それを確認した後、令がボタン操作、『3』のボタンを押した後、ドアを閉める。

 重力の感覚が狂う感覚が、三十秒ほど。

 階層を告げる電子音声に追い立てられるように、ドアが開くと同時にエレベーターから降りる。そしてそのまま廊下を右へ、内科病棟のほうへと向かう。

 廊下を曲がり、何人もの人とすれ違う。が、そのすれ違った誰も彼もが令に声をかけていくというこの状況はいかがなものか…………令も令で声かけられるたびにいちいち足を止めて対応してるし、この分では目的地到着までどれだけの時間がかかることやら。


 そんなことを考えていたのだが、

 どうも俺の思っていた以上に、目標地点である病室は近くにあったらしい。


 二つ目の廊下を曲がり、階段を上った先。

 そこに、その病室はあった。

 一見すれば何の変哲もない、それは普通の病室である。曇り硝子の取り付けられた白いドア、車椅子での出入りを考慮されたバリアフリーな創り、ドアの脇についているネームプレートなど、俺が入院していた病室と違うところを探すほうが困難な、個室。

 ネームプレートには、名前。


(オウ)() (アズサ)』。


 それが、この病室の使用者の名前。

 令の妹の名前。

「…………ここか?」

「はい」

 というか、令がここまでつれてきたんだ。これで間違いだったら思い切り笑えること請け合いである。

 俺の隣から令が手を伸ばし、躊躇なくノックする。

 …………しかし、妹の呪文を知る人物、か。

 一体、どんな人物なんでしょうね………


「はい?」

 内側から返ってきたのは令とよく似た雰囲気の、しかしもっと淡い印象を持つ声だった。

「梓、私。明さんを、連れてきたわ」

 さすがに妹相手では敬語を使わないらしい。その分いつもより遥かにやわらかくなった声で、ドアの内側に声を返す。

「どうぞ」

「入るわね」

 言いながら、ドアを開け放つ――――


 目に入ったのは何の変哲もない病室だった。

 入ってすぐ正面が窓、カーテンは開かれており心地よい陽光が室内に差し込んでいる。右側にはベッド、その脇には小机。小机の上にはまさに百花繚乱と表現するにふさわしい量の花が生けられた大型の花瓶が置かれ、その花瓶を囲むようにびっしりと、四季の小瓶が飾られていた。


 そして、そのベッドの上。

 そこには、一人の少女が半身を起こして、こちらを見ている。

 背中の中ごろまであるやや色素の抜けた髪、令とよく似た、しかしそれよりも幾分か丸い印象を受ける顔立ち、全体的に体系は小柄で、雰囲気も独特だった。

 受け入れることの出来ないはずの何かを、受け入れてしまっている雰囲気。

 年相応以上の何かを感得している雰囲気。

 令と非常によく似た、しかしそれ以上に『人並み』から外れた雰囲気を、この少女は持っている。


 そして、初対面のときの違和感も。

 令の場合は『同一』。それではないはずなのにそれであるかのように見える、そんな違和感。

 そしてこの少女の場合は、『懐古』だった。

 何故だろう、そしてどうしてなのだろう。

 初対面であるにも、関わらず、


 俺はこの少女の傍こそが俺の居場所であるということを完全に認識し、その上でこの感覚を「懐かしい」「帰って来た」と感じていたのだ。


 慨視感という違和感、感覚という名の錯覚。にもかかわらず俺の精神(からだ)はこの虚構(げんじつ)こそが世界(しんじつ)だと俺に感覚(さっかく)させ、そして俺はその認識こそを肯定(にんしき)しそうになり………


「…………っ!」

 思い切り拳を握り締め、手のひらに爪を立てることでその認識から自分の体へと、感覚を移動させる。

「…………君が……」

 いつの間にかからからに乾いていた喉で、言葉を紡ぐ。


「君が、俺の妹の……?」

 少女は不思議そうな目で、俺を見ていた。

 部屋に入ってくるなりいきなり自分のほうを見、そしてそのまま固まってしまったのだ。当然といえば当然だろう。

 その表情のまま、その少女はうなずいた。

「はい………わたしが、鷺ちゃ…あなたの妹さんのことを、お姉ちゃんに教えた人物です」

 少しふわふわした印象の声で、少女は言った。

 そしてそのまま蝶のような微笑を浮かべ、

「はじめまして、巫女ヶ浜明さん。お姉ちゃんがいつもお世話になっています。雨鏡令の妹、(おう)()(あずさ)です」

「…………………」

「よろしければ、鷺さんのお話をしても、かまいませんか?」

 そこでようやく、

 俺はそう語る少女の胸元に、見覚えのある指輪が通ったネックレスを見つけた。



     ※※※※※



「……………………」

 令が部屋から退室し、曇り硝子の向こうに不審な人影がないことを確認してから、俺はロッカー脇から見舞い客用のパイプ椅子を引きずり出した。

 パイプ椅子を展開し、入り口側において座る。


「………まずは、鷺ちゃ…鷺さんのことを――」

「いや、別に呼びやすいように呼んでくれていい。俺もそっちのほうが聞いてて気楽だし」

 そうですか? とつぶやき、梓は後ろにもたれかかった。そしてそのまま白い寝巻きに包まれた腕をゆったりと腹の辺りで組んで、

「……なら、そうさせてもらいますね」

 言ってから、梓は俺のほうを姿勢と同様、ひどく穏やかな目で見た。

「私にとって鷺ちゃんは仲のいい友達で、病気が治るのを学校で待っていてくれる唯一の人で、勉強を見てくれる先生で、そして私に『魔法』の使い方を教えてくれた人でした」

「……その前に聞きたい」

「なんですか?」

 微笑んだまま、梓。

「やっぱりアンタも、魔法使いなのか?」

 その問いに、梓はああ、とつぶやいた。

「ええ、ちょっと特殊なんですけど、一応。出来ることもたいした事はありませんが―――」

「……………見せてくれないか?」


 魔法。血脈の中に宿り、脈々と語り継がれる人のみにあらざる不思議、元来ありえるはずのない力、世間にとっての異物。それは血脈の中に語り継がれるものであり、突然芽生える事は早々ないはずなのだ。

 しかし、姉である令にはその兆しがない。

 つまり、令の家系には『力』が宿っていないということになる。

 にもかかわらず、その妹である梓は『魔法使い』。

 これはどう考えても、おかしいだろう。

 梓は少し恥ずかしそうに笑うと、


「……笑わないでくださいね」

 言ってから右手を胸の前で軽く握り締める。そしてそのまま目を薄くつぶり、


「…………《Ivearish Heclohaness》」


 一言、俺の妹の呪文を思わせるような一言をつぶやいた。

 拳を開く――――

 猫の足を連想させる小さな手、その上に乗っていたのは一輪の花。自己の存在を主張することなく、あくまでそこに存在していることを向こうから認識してくれるのを待つかのような、慎ましやかな花。全体的に細身な茎、小さいながらもかわいらしい薄紅色の花弁、大きさは全体的に小さなもので、明らかに『引き立て役』であることが伺えてしまえるようなおとなしい花だった。

 花の知識がないので名前はわからない。が、それでもその花が手品の類でないことぐらいは理解できる。

 茎が脆弱であるにも関わらず、明らかに手からはみ出るほどの長さを持った花を握りこぶしの中から出せるはずがない。


「……それが?」

「ええ、私の魔法です」

 言いながらベッドから身を乗り出し、小机の上に置かれている大きな花瓶の端のほうに、その花を生ける。

 ……なるほど、花瓶が百花繚乱状態だった原因はそこにあったか。確かに魔法の練習に次々と作っていればああもなる。一見すれば綺麗だが、恐らくその下は水分と栄養の取り合いですさまじいことになっているに違いない。


「『イメージしたものを作り出す』、か?」

「はい―――そうなんですけど………」

 ベッドの上で身を縮める梓。

 ………もしかして、

「……ひょっとして、それしか出来ない?」

「………いえ、一応ほかにお菓子も作れるんですけど………」

 恥ずかしそうなまま、今度は左手を握り締める。そしてそのまま恥らうように顔をうつむけ、


「《Ivearish Heclohaness》」

 つぶやいた後、手を開く。

 手の上にあったのは、四枚のクッキーだった。

 たべます? と差し出してきたので、ああ、と二枚ほど受け取る。ナッツ入り、所々に砂糖が見えている。うん、普通に手焼きっぽいクッキーだ。


「……洋菓子しか、作れないんです」

「……なるほど……」

 恥ずかしそうに身を縮めながらクッキーを齧る梓。微妙に小動物じみて見えるのはそういう雰囲気だからだろうか。


「創れるのはどの程度まで?」

「ホールケーキまでは試したんですけど、それ以上はわかりません……」

「ちなみに料理は得意なほう?」

「入院する前にはいろいろ創ってましたから、大抵は」

 と、言う事は『自分の作れるもの』に依存するタイプなわけか。本人の『創れる』という意識に応じて魔法のランクが上がるタイプ。確か、小米姉さんもこの類の奴が使えたはずだ。もっとも作り出すものは『自分が扱えるもの』で、洋菓子じゃなくて武器だったけど。


「……割と便利な魔法だな」

「いえ、そんなことありませんよ。鷺ちゃんのに比べたら、全然」

 あれと比べるほうがどうかしてると思うけど、とは言わない。

「いや、俺も似たようなもんだし」

 言いながら右の拳を握り、握ってから何を創造するか考えていなかったことに気づいて慌てて頭の中を探り………丁度いいものを思いついたのでとりあえず紙コップを二つ、イメージした。

「……………はい」

 完成した紙コップを差し出すと、梓はきょとんとした表情でこちらを見つめた。

「あの、これは……」

「とりあえず持て」

 まだ何か言いたげだったが、言われたとおりに右手で紙コップをつかむ。普通のものより少し小ぶりだが、耐熱加工がされているものだ。

 さて、初めてだけど上手くいくものかね………

 想像する。琥珀色の液体、温度はやや高め、香りはハーブ、味は少し甘みをつけて飲みやすく。

 そして梓が持つ紙コップの上に拳を差し出し、今日抱いたばかりの認識三つをごっちゃにして、

 創造――――


「熱っ!」


 下半分だけを開いた拳、そこから異様なほどの高温を感じた。実質的に手に触れているわけではないのだが、創造物から発せられる湯気だけでも十分熱い。

 ストーブの上に手を置いている、という形容がこれ異常ないほどぴったりと当てはまる状況も珍しい。体感的には一分以上、実質的には三秒ほどかけて、必要な量を創造する。

「………あの、これは?」

「クッキーのお返し」

 拳を完全に開ききり、ひりひりとした痛みを訴えてくる右手をもみながら今度は自分用にぬるめのフルーツオレをイメージする。

「……紅茶、ですか?」

「――に、似たお茶。鷺が好きだった奴」

「……いただいても?」

「そのために創ったんだから、飲んでくれないと意味がないだろ」

 そうですね、とつぶやき俺の創造したお茶に口をつける梓を横目に見ながら、握った右手を俺用のコップの上へ。

「――――不思議な味、ですね……すっきりしてるのに、まろやかで、香りは紅茶みたいなのに甘くて…」

「だろ?」

 言いながらイメージを三種ごっちゃにして創造。手の中央辺りから落下するフルーツオレをコップで受け止める。

「これが、明さんの魔法、ですか?」

 創造したフルーツオレに口をつけながら、クッキーを齧る。

「ああ。といってもイメージしたものを創造する程度だけど」

「……十分便利だと思いますけど………」

 その言葉に、俺は苦笑した。

「いや確かに便利といえば便利なんだけど創れるのはどれもこれもしょうもないのばっかりで、しかも数は作れないし何より創るまでに時間がかかりすぎる」

「それでも、創れるものに制限がないだけわたしよりマシです…」

 うつむいて紅茶っぽいものの液面を見つめる梓。案外木にしてるのかもしれない。

 けど、ひょっとしたら………


「――――もしかして、お前、鷺のお役目のことも?」

「…………ご存知、なかったんですか?」

 きょとんとした表情で視線を向けてくる。その表情に一切の後ろめたさはなく、ただ単に字いつを淡々と語っているだけ、という様子が見て取れる。

「と、いうことは、」

「はい。といってもまだお手伝い程度ですけど、出会ってから何度か。大樹に同調したことも、一度だけあります」

 大樹に、同調。

 巫女ヶ浜第二分家、そのお役目。

 一度だけとはいえ、それを行うという事は、魔道大家によって自らに関係する魔法使いと認められることに等しい。

「……会ったのは、いつだ?」

 考え込むように、梓は口元に指をやった。

「――――よく覚えてませんが、まだ入院してしまう前だったので少なくとも一年………四季の小瓶の中身を集めていた頃なので、確か春ごろだったと思います……」

「春、か………」

 言われて見ればその頃からお役目に向かう妹の足取りが微妙に軽かったような気もする。恐らく妹も、一人で抱え込まずに済んでほっとしたのだろう。人一倍寂しがりの癖に、一人でいろいろやりたがる奴だからな。


 思わず微笑がもれた。

「……どうかしましたか?」

「いや、ただ納得できたから」

「?」

 再びきょとんとした表情。その表情はやはり小動物じみていて、あの妹も喜んだだろう、などと考える。

 可愛いもの、好きだったからな。


「あの時は驚きましたよ、わたし。このことを話していなかったのに、いきなり向こうから声をかけてきたんですから」

「え?」

 その一言。一言で、一気に笑みが収まった。

「それ、本当か?」

 え? と梓。

「……ええ……大樹で花びらを集めていたら、いきなり…」

 まて、それじゃあおかしいだろう。

 妹の力は確かに多かった。多かったが、その方向性は常に攻撃的な部分、主に『何かを破壊するための方向性』『何かを破壊し得る使い方』を持つ力がほとんどで、もはやほとんど存在しないも同然まで薄れてしまった記憶の中に存在する母親や、小米姉さんが宿していたような『本来の方向性から外れた力を関知する』力は保有していなかったのだ。

 つまり、俺の妹には魔法使いを『魔法を行使しているその瞬間を目撃する』以外に知る手段がないということだ。

 にもかかわらず、梓は妹にいきなり声をかけられたといった。

 ならば、妹はどこで梓の力を知ったんだ?


「……………………」

「…どうか、したんですか?」

 考えうる可能性は、二つ。

 一つは本人が気づいていないだけで、実は力の行使の瞬間を目撃されていた可能性。

 もう一つ、ありうるとすれば………

「……そのとき、何か言われなかったか?」

「はい?」

「会ったとき。鷺、なんか言ってなかったか?」

 考え込むときそのままの動作で、梓は再び記憶を探る。

 俺の予想が正しいのなら、恐らくは………

「…………よく覚えてませんけど、何か言われたような気がします………確か………」


『………あれは、現実?』


「…………だったと思います……」

「……………なるほど」


 予感は、的中した。

 あれは、現実?

 その言葉を発するという事は、少なくとも妹が梓の登場する『幻想』を目にしていなければ成立しない。それも、その『幻想』の中に登場した人物と梓とがあまりにも似ていなければその言葉は決して出てこないだろう。

 恐らく、俺が目にしていた白昼夢を、

 鷺は、見ていたのだろう。

 つまり、あの夢に登場した人物は梓であったということになる。


「あの、その言葉がどうかしたんですか?」

「……………………」

 言ってしまっても、いいのだろうか。

 巫女ヶ浜のお役目を告ぐことを決意して数週間後、俺が見た白昼夢。その内容を。

 誰か救済を心のそこから渇望する願いの瞬間、その願いを知っていることを、もらしてしまっても。

「…………いや、あいつらしいな、って思っただけだ」

 言いわけが、ないだろう。

「いろいろと変なことつぶやく癖、あったからな。あいつ」

 本人が隠そうとしているわけではないのかもしれない、知ってしまっている時点で、問題が生じるのかもしれない。

 しかし、それでもあれほど真摯な願いなのだ。

 もらしてしまって、言いわけがない。

「ああ、そういうことでしたか」

 俺の言葉に納得したのか、梓は微笑みながらうなずいた。


「確かにありましたね、そんな癖」

「だろ?」

 笑みを濃くし、梓はうなずく。

「はい。よく『時計ウサギは幸せだったのか』とか、『ナルキッソスの花弁は人の体……』とかつぶやいてましたし」

「あ、そっちでも?」

 嘘偽りなく家でもわけのわからないことをつぶやいていたが、まさか友人相手でも同じ言葉をつぶやいているとは………まあ、そっちのほうが幾分かマシだったけど。

「そっちでも、という事はお屋敷でも同じ言葉を?」

「ああ、たまにな。わけかわらなかったけど」

「ちなみに一番は?」

「わけのわからなさなら『書き物机はカラスに似ている』、頻度なら『時計ウサギに幸せを』、だな」

 ほかにあったのは『一番目は咎人、二番目は一輪花、三番目は女王、四番目は逃走者、じゃあ五番目は?』、『流れるビンの中』、『首切り女王のバラの花』などなど。


 ほんとに、わけがわからん。

「わたし、実は結構気に入ってるんです。鷺ちゃんの言葉、面白いのも多かったですし」

「そうか?」

「はい、呪文にも使ってますよ」

 言いながら梓は両手を組み合わせ、


「《I give a rabbit wish the clock happiness.》」


 時計ウサギに幸せを。

 そうつぶやき、梓は両手を開いた。

 そこには………

「………………」

「……食べます?」

 手の上にあったもの、それは先ほどと同じ、所々にナッツを除かせる手作り感溢れるクッキーだった。

 ただし、数が違う。

 十四枚。

 一見しただけでわかる二桁越えの枚数が、そこにはあった。

 先ほどと同じ程度の所要時間、同じような姿勢、同じような集中、違うのはつぶやいた言葉と手の組み方のみ。その手の組み方にしたところで、恐らく単純に創造する量が多かったという、それだけの話だろう。

「……今のが全文?」

「はい。鷺ちゃんがよくつぶやいていたので、いただきました」


 I give a rabbit wish the clock happiness.

 時計ウサギに幸せを。

「いろいろ気に入ってるのは多いんですけど、一番を選んでしまうと普段つぶやけなくなりますから遠慮したんです」

「一番?」

 はい、と梓。

 確かに日常において自らの呪文として定めた文言をつぶやく事は暴発の危険が伴う。呪文というのは基本的に『魔法を使用する際の精神状態へ反射的に持ち込むキーワード』なので、普段つぶやいてしまうと呪文としての効果が薄れるばかりでなく、その場で力を暴発させてしまう危険性さえ孕んでいるのだ。

 だからこそ、一番のお気に入りを避けた、か……

 まあ、わからないでもない。

 自分で創造したクッキーを齧りながら、俺のお茶をいただきつつ梓は続ける。

「二番目なんです、お気に入りの度合いからすれば。一番は             」



 その言葉の

 音が途絶えた。

「――――――っ」

 嫌な汗が全身から吹き出る。視界が一気に狭窄する。急激にそれだが襲ってきたことにより全身の感覚が完全に狂い、一瞬自分が今何を手に持っているのか、何を見ているのか、聞こえている音は難なのか、つい先ほど考えていたものが何だったのか、全てを消失しそうになった。

「……………ぐっ」

 全身が、溶ける。

 極大の意思の中に、自分が溶けていく。

 たった一言の、言葉で。

「………………明さん?」

 梓の言葉が、耳の中にうつろに響く。が、それによって部分的に自己の感覚が明文化し、それに縋りつくかのようにして自己の感覚を再び現実に押しとどめる………

「………………――っ…はあ……はあっ……」


 どうにか成功し、意識は現実へと帰還した。それと同時に自己の認識も同時に帰還し、自分が今紙コップを握りつぶしているということ、そこから滴ったフルーツオレが制服のズボンをど派手に濡らしていること、全身に汗をかいていること、呼吸がひどく乱れていることなどを一気に認識した。

「………大丈夫、ですか?」

 正面から飛んでくるのは心配そうな梓の声。自分の言葉と共にいきなり正面の人間がおかしな状態になったのだ、当然といえば当然だろう。

 いつの間にか前傾姿勢になっていた姿勢を起こし、椅子にもたれかかる。

「………ああ、大丈夫だ」

「…………なら、いいんですけど……どうしたんですか?」

「………わからん」

 何の予兆もなく、何の前兆もなかった。何の複線もなかったし、何の感覚もなかった。これで何がどうなったのかわかるほうが、おかしいだろう。

「あの言葉で、いきなりだ。俺でもどうなってるのやら……」

「わたしの一番気に入ってる言葉、でしたよね……」

「ああ」

 耳にした言葉は妹の言葉。俺は聴いたことがなかったが、梓は何度も耳にしてるらしい。


『What color is a color of the mirrors?』

『鏡の色は、どんな色?』だ。


 鏡。

「ホントに、何でなんだろうな………」

 雨鏡。

 大樹に祈る白昼夢、俺の知らない妹の言葉、妹を知る令の妹、妹の死、そして大樹に四季の小瓶、ついでに言えば俺の魔法の認識と、小米姉さんの警告。

 何故だろう。

 まったく無関係なはずの事柄なのに、全てがぜんぜん違う方向性を持っているのに、その中の何処かがつながっているような感覚が、離れない。


『あの少女と関わり続けた場合、お前は巫女ヶ浜としての自分どころか、下手をすれば自分の全てをなくしてしまうかもしれん』


 脳裏をよぎったのはそれらの要素の中の一つ、小米姉さんの警告だった。

 今日耳にしたばかり、現実味のカケラもなかったその言葉。それが、今になって重く突き刺さる。

 もしかすると、本当に令と関わりを絶たなければ……?

 その警告どおりの結果が、やってくるのか?

「…………………」

 だが、そうだとしても。

 ………決めてるものは、変えられないよな……

 雨鏡令は見捨てない。

 今日決めたばかりのことだろう。

「…………………」

 思いながら、俺は右手を握る。

 そしてイメージ。硝子の小瓶に包まれた、淡い淡い命のカケラ。薄紅深青茜と純白、線にはコルクを押し込んで、飾りにリボンもつけてみる。

 そして創造―――

「梓、」

「はい?」

 先ほどからずっと神妙な面持ちで俺のほうを見ていた梓の顔の前まで握ったままの右手を突き出し、そこで開く。

「……あ」

 上がった声は意外なものを目にした人があげるもの、そして変じた表情は喜びのもの。

 手の上に創造したそれ、それは―――

「四季の小瓶。お前、好きだろ?」

 ビンの口をつまみあげ、梓に手渡す。すると梓はそれを両手で握り締め、

「はい! 大好きなんです!」

 そりゃそうか。あれだけ真摯に祈り続けた対象を嫌っているわけがない。まだあれが梓だと確定したわけではないのだが、どうもこの様子なら確定だな。

「なんと言っても、昔おねえちゃんを助けてくれた木なんですから、大事にしたいですし」

「え?」

 お姉ちゃんを、助けてくれた?


「昔、願ったのか?」

 はい! と満面の笑みのままうなずく。

「まだ小さかった頃なんですけど、お姉ちゃん、結構病弱でして……入院したときがあるんです。まだ小さかったんですけど、子供心に大変な病気だっていうのがわかっていたので、必死になって一晩中…………」

 いとおしげに、手の中の小瓶を見つめる。

「今から考えると馬鹿なことなんですけど、そのときはやっぱり必死だったもので……一晩中。でも……」

「かなえてくれた、のか」

 はい、とうなずく。

「次の日から、いきなりお姉ちゃんが回復してきて……いきなり退院は無理だったんですけど、一ヵ月後ぐらいに退院できたんです。お姉ちゃんの話だと、治ったのが奇跡みたいな病気だったらしいんで、本当にかなえてくれたのかな、と……」

「多分、そうだろ」

 ええ、と返答。

「そうだと思っています」

 大樹によって命を救い上げてもらった存在、か。

 その存在がどうなるのか、俺は今まで眼にした事はない。お役目を継いでからいくつか本気で洒落にならない願望をかなえた事はあるが、その結果まで大樹は見せてくれず、いくつもこなしていく作業の中に埋もれてしまうのだ。

 しかし、その命は普通に続いていく。

 幾多もの可能性を紡いで、先へ。

 進んでいく。

 そう考えると、自分のやっているお役目も、半分だけの人生も悪くないような気がして…………

「なあ、梓」

「何でしょう?」

「令のこと、好きか?」

「親兄弟の好き、という意味では」

 素直な人だ。

 そう思いながら、俺は久々に微笑んでいた。












     ※※※※※


 そんなやり取りをしたのが、つい二週間ほど前のこと。


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