第三部 二ヶ月前:病室にて
他の連載そっちのけで書いてたら、かなりの速度で更新できてる……
※※※※※
その出会いから、一週間がたった。
はっきり言おう。非常に忙しい一週間だった。
まず妹が背負っていた役目を全て相続するための手続き。これは早い話、俺が巫女ヶ浜家分家の事実上の当主に就任するための手続きであり、当たり前のようにその手続きは難航した。
何しろ今まで跡目相続に関してまったく意欲を示していなかったしょーもない魔法使いが跡目を相続しようというのだ。
当然本家の横槍が山のように入り、その作業はそう簡単には進展してくれなかった。
それに加え、今まで放置していた友人連中のお相手もある。
今までは精神的に相手できるような状態じゃなかったのでお帰りいただいていたのだが、いざ迎える準備が出来てみればくるわくるわ……学校の担任に始まり、幼馴染であり何気に時瀬大の学長の孫である悠、中学からの付き合いがあるクラス裁判長板橋学人、妹の友人とその関係者(担任であった人物に始まり、妹の役目の『協力者』を名乗る中学生)まで。嵐のごとき勢いだった。
いやはや、決断するのは簡単でも、実践するのはやはり難しいということだろう。
まあ、そんなわけでいろいろな役目やら厄介ごとやらを一気にこなし、本格的な療養期間に入れる程度まで身辺の整理を終えるのになんと一週間もかかってしまったのだ。一応、その間にも令との付き合いもあったのだが、実質的にはほとんどお手伝い状態だったので、これでようやく普通の友人の状態まで落ち着けるだろう。
しかし、入院期間は残り半分。今まで微妙にしか意識しなかった自分の人生のもう半分が完全に食われるまでの準備期間だ、せいぜい楽しもう。
そんな心境で新しい一週間を迎え始めたというのに―――
――――なんでいきなり、厄介ごとが食いついてくるかなぁ
ベッドでのんびりと足を伸ばしつつ、俺は内心で思い切り嘆息した。
入院16日目、昼下がり。
俺は一人の見舞い客を迎えていた。
女性である。
割と美人である。
ベッドの右脇、入り口を背にしてパイプ椅子に腰掛ける仕草は上品なもので、身に着けている衣服も上品かつ気品と高級課員あふれるものであり、良家のお嬢様といっても通りそうな雰囲気をたたえていた。
それだけ見れば、歓迎してもいいだろう。
が、俺はこの人物の来訪を歓迎していない。
つまりそれはどこかしら問題点があるということで、その問題点は隠れているような部分ではないということで、つまり早い話が、
「――しかしお前も思い切ったことをしたな、明。あれだけ沈んでいた状態からいきなり復活した挙句、私に連絡を取って本家に対してあんな手紙を突きつけるとはな。……っ正直なことを言わせてもらうと、正直笑えたぞ」
――――性格面に、問題ありなんだよな………
「……実際笑ってるだろ、姉さん」
内心をおくびにも出さず、俺はいつもどおり返答する。怒らせたらとんでもないことになるし、最悪の場合当主就任の決定を揺るがされかねない。
その見舞い客はのどの奥に笑いを引っ込め、
「いや、これは失敬。しかし実際、本家の連中の顔といったら見ものだったぞ。あの堅物の唖然とした顔など、この先十年見られるかどうかわからん」
「……そんなに、面白かったのか?」
ああ、と言葉を続ける。
「あの能力至上主義の連中だぞ? 分家筋とはいえ、自分の認めた奴ら以外が当主を張るなどという知らせを受けたらどんな表情になるか、想像してみろ」
言われて俺は想像してみる。巫女ヶ浜本家の重鎮。絵に書いたような能力至上主義な人間で、自分に絶大な過信があるためか大抵のことには動じない。
脳内で驚愕させてみよう。
………あ、確かにすごい顔。
「………まったく、そこまでびっくりするようなことかねぇ」
「どうも連中はお前の家を本家に合併させるつもりでいたらしい。才覚がお前の血の中にも相当な量眠っているはずだからな、お前という存在を本家に引き込むことで、その才覚を本家の中に組み入れたかったようだぞ」
だが、と前置き。そして浮かべる、心底面白そうな笑み。
「それも当主となる資格があるものが名乗り出なかった場合の話。跡取りの資格があるものがなかったから『しかたなく』取り込むつもりにしていた向こうにしてみれば、随分とでかい誤算だろうな」
「だろうな……あの堅物、結構茶々入れてきたし」
まったく、直系血筋=資格者一人だけならすっぽり納まってもおかしくないものに、何でこれだけ時間がかかったんだか………
「まあ、これだけやったんだ、これで当面問題は発生しないだろう。巫女ヶ浜の連中とは言えど、『御涯』の後ろ盾のあるお前に突っかかりはしないだろう。やってくるとしたら、その後ろ盾をどうにかしてからになるだろうな」
まあもっとも、と見舞い客は含みのある笑みを浮かべた。
「そう簡単に懐柔されてやるつもりはない。お前の安全は確保されたも同然だ。資金に関しても今までどおりの待遇を保障してやる。しっかりやれよ。巫女ヶ浜第二分家筋御当主殿」
「ご忠告ありがとうございます、『御涯』本家党首跡取り殿」
とりあえず慇懃無礼に返答してみた。
その解答に満足したのか、見舞い客は不敵に笑う。
「わかってるならそれでいい。この貸しはでかいからな、いつか返却してもらうぞ」
「わかってるよ。苦労、かけたし」
いくら力と発言力のある大家とはいえ、巫女ヶ浜本家の半ば決定させた事項を無理やり動かしたのだ。その労力は並ではなかったはずである。
まあ、そのあたりこの人ならさらりとこなしてそうで怖いんだけど…………
「しかし、明。お前本気で思い切ったことをしたな……」
「そうか?」
見舞い客の女性はああ、と返答しつつパイプ椅子を立ち、俺から見て左側にある窓際へと移動した。
そしてそのまま、もたれかかる。
「巫女ヶ浜といえば、御涯の仲間内でも重鎮に融通が聞かないことで有名だ。何せ自分の才能が第一でそれ以外のことを重要視しない絵に書いたような堅物ばかりだからな。そんな中にたいした力も持っていない若造が意見する………たいしたことじゃないか」
「………………………」
「そしてその結果、御涯の力を借りたとはいえその意見を押し通している。本気で感心させてもらうぞ、今回ばかりは」
「………そりゃどうも」
言いながら俺は自らの右手に目を落とした。
何の変哲もない、人よりちょっと大きいだけの右手。それを握りこみ、なんとなしに金平糖を想像する。
一瞬の後、拳を開く。
そこにあったのは想像通りの金平糖。赤、黄、白、薄桃の四色が各二つずつ。
「………俺のできることなんて、この程度だしな」
食べる? と見舞い客に差し出してみる。いただこう、と見舞い客はするりと四つほど受け取り、かりっと一つ。
そして不満そうに見舞い客は不満そうな表情を浮かべた。
「この程度ではないと何度も言っただろう……使い方さえ間違えなければ相当なことも出来るはずだ」
とりあえず残ってる金平糖を一ついただく。
普通に金平糖の味がした。
「………『自分のイメージしたものを顕在化する魔法』……か。便利なんだか不便なんだか………」
しかもこの魔法、自分が実物を目にして正確なイメージを持ったことのあるものでなければ創造できないのだ。精度の高い写真ならギリギリ出来ないこともないが、はっきり言って劣化する。一度見たものであれば限りなく本物に近いレベルのものを創造できるのに、どうしてなのか………
「……だからその認識が間違いだといっているだろう」
見舞い客の女性は不満そうに唇を尖らせた。
「自分の認識次第で力の使え方は大幅に変わるんだ。その部分を自覚しない限り、いつまでたっても自分の本質は見えないぞ」
「そんなこといわれたってなあ…………」
金平糖の乗っていない左手で広口ビンを創造する。ともすれば花瓶とも見えるほどの大きさを持つものだ。
「わからないもんは、どうしようもないって……っ!」
ビンを見舞い客に投げ渡す。女性は軽く片手で左手で受け止め、窓の縁に立たせた。
「ならせめてもっとましな創造が出来るように精進しろ。この程度の茶菓子では、ティータイムにもならん」
言いながら女性は左手に俺の創造した金平糖を握りこんだ。そしてそのままビンの上に突き出す。
一瞬の間、そして、
「茶菓子というなら―――」
言葉と共に、握りこぶしをゆっくりと開く。
「これぐらいはやってほしいものだ」
―――― ざらざらざらざらざらざらざらざら………
その左手からあふれたのは、俺の創造したのとまったく同じ金平糖だった。
が、その数。
一桁では到底足りず、二桁でも数え切れるかどうかも不明、三桁にしてようやく数え切れる希望をみいだし、そして数えている最中に四桁への恐怖がわきあがる、そんな数。見る間に俺の創造した花瓶サイズの広口ビンはとんでもない数の金平糖によって埋め尽くされ、そして口のところで山を成す。
「…………………」
そのビンに女性は目を落とし、満足そうに軽くうなずくと再び左手から一瞬で広口ビンのサイズに合うような蓋を創造、ぱこっとはめてそのまま口の部分をつかみ、窓際から離れると、
「………見舞いだ、とりあえず受け取っておけ」
ドン、とベッド脇の小机に置いた。
そのまま自分はぐるりとベッドを回りこんで、元のパイプ椅子に収まった。
――――魔道大家、御涯。
巫女ヶ浜と同じ系列に並べられている、魔法使いの大家である。力が血脈に宿るという点も、何かしらの役目を負っているということも、才能によって当主が選択されるという点も同じである。
違う点といえば、巫女ヶ浜本家の役割が『託宣』であったのに対し、御涯は『錬金』であったことぐらいだろう。
しかし、時の流れというものはいつも面白い作用をもたらしてくれる。肩を並べる力を持っていた大家にも例外は存在せず、その家の力は繁栄、衰退が行われ、そしてその中で御涯家は大家のトップに、巫女ヶ浜は大家の中でも微妙な位置に収まった。
そしてその跡取り。大家のトップの家系、その中でもトップの才能を持つとされた人物こそが………
「―――では、本題に入ろうか」
この人物。
俺と妹が昔から魔術の師、あるいは近所にいた面倒見のいい人として慕っており、そして現世代において敵う者の存在しないとまで言われた才能の持ち主であり、魔法大家の全てをほぼ完全に掌握している存在である。
その名を、御涯小米といった。
「本題?」
少し裏返った声が出た。
今日小米姉さんがここへ来たのは、俺が頼んだ巫女ヶ浜本家への話通しの結果がどうなったのかの報告のためであり、その他の用件を頼んだ覚えはない。まあ、向こうがいろいろと聞きたいだけかも知れないけど…………
………何故だろう、すごくいやな予感がする。
「ああ、本題だ」
小米姉さんはそういうと、いや〜な感じに微笑んだ。
「不眠症だったそうだな、つい最近まで」
「ああ………ジャスト一週間前まで……」
「五日ほど眠っていなかったそうだが………よく回復できたな。妙に他人への執着心の強いお前が」
「執着心が強いって………」
「事実だろう? シスコンという表現がお前ほどしっくり来る奴を、私はほかに知らないがね」
いやいや、確かに鷺の事は唯一の肉親だし、大事にしてたけど、シスコンはないだろう。
「家族を大事にして何が悪い………」
「開き直ったか……まあいい。とにかく、お前があれほど執着していた人物であるところの妹を亡くして、沈んでる期間が一週間だけというのがどうにも腑に落ちない。あれだけ大事にしていた人物が死んだんだ、もっと大きな反応があってもおかしくはないだろう?」
「…………………」
読めてきたぞ、姉さんの聞きたいこと………
間違いなく、姉さんは…………
「お前、一体誰にあった? あれほど溺愛していた鷺の穴を埋める人物を見つけるにしても、早すぎるだろう。一体どんな人物を見つけたんだ?」
………やっぱり、か。
しかもいきなり『何があった?』じゃなくて、『誰と会った?』か。さすがだ、姉さんよ。
しかし一応、しらばっくれたほうがよさそうだ。もしばれたら何を言われるやらわかったものではない。
「別に、誰かと会ったとかそういう浮ついた話は一切なし。ただ単に鷺の引継ぎやらなきゃな、って思っただけ」
「ほう…………」
一応それらしく聞こえたらしく、小米姉さんは意味ありげにうなずく。
「そうか、誰とも会っていなかったのか……」
そして小米姉さんはパイプ椅子から立ち上がり、
「なら今この病室の外の廊下でなにやら初々しいことをしているかなりの美少女がいるのは何の間違いなんだろうな………」
「!」
瞬間的に首がドアのほうを向いた。
ドアにはめ込まれた曇り硝子、その向こうにあるシルエット。なにやらきょろきょろと左右を見回し、そしてドアのノブに手を伸ばし、そしてやっぱり考え込むようにしてうつむくその影。
特徴的な黒の長髪、影だけでわかる上品なデザインの制服、そしてどことなく引っ込み思案な感じの仕草は間違いなく………
「………ちなみに、いつからいた?」
ん? と小米姉さん。
「先ほど窓際に寄りかかったときだ。そのときにはもうすでに今の状況になっていたぞ。なかなかに珍しいものを展開してくれていたのでな、止めるのもなにやら惜しかった」
「と、言う事は部屋の中で俺たちのお家に関していろいろと秘密会談を行っている間中、ずっと病室の前にいたわけだ……」
「安心しろ、明。須藤総合病院の病室は全室防音仕様だ。たとえ部屋の中で魔術戦をやらかしたとしても、病室の前にさえ音が漏れないというすさまじい効き様だと聞いている。盗み聞きされた心配はない」
「いや、そういうこと言ってるんじゃなくて………」
雨鏡、一体何の用があってそんな長い間病室の前でうろうろと………
「まあ、あれだな明」
言いながらパイプ椅子を片付け始める小米姉さん。
「最後の一線だけは、越えるなよ」
「超えるか!」
「ははは………まあ、青春と出会いは大切にしておけということだ。年食ってから後悔しても遅い。謳歌できるうちに謳歌しておけ」
じゃあな、と背中越しに手をひらひら。そのままドアを開け放って病室の外へ―――
―――― ごん ――――
「…………………」
ちなみにさっきのは、姉さんがドアを廊下にあった障害物にぶつけた音である。障害物が何のことなのかは………言うまでもないだろう。
「……………大丈夫か?」
「……はい、……すみません」
頭を抱えているところを見ると、うつむいていたその瞬間に頭部をドアによって殴られたらしい。かなり、痛そうだ。
「いや、謝るべきはこっちのほうだ。見えていたのに、開けるなんて馬鹿な真似をしたものだ………」
言いながら姉さんは令が完全にどけるのを待ってからドアを開け放ち……………
「――――――――」
二秒ほど、惚けた表情で令の顔を見つめ、
「…………『―――』、か………」
何事かをつぶやき、
「じゃあな、明。また気が向いたら来るからそのときには少しはマシになっておけよ」
「言われなくてもやるって」
ふむ、と一言。
「ならいいのだ。せっかく救い上げてやったんだから、そう簡単に没落させるなよ」
それだけ言うと、もう言うことがなくなったのか小米姉さんは姿を消した。
残されたのは俺と、あの日と同様時瀬大付属の制服に身を包んだ令。
しばらくの間、そして、
「………………………変わった人、ですね」
「………だろ?」
令のもっともな感想に、俺は笑った。
「とりあえず座れよ。立ち話も、何だし」
「はい、ありがとうございます」
律儀に礼を言いつつ、小米姉さんの使っていたものとは別のパイプ椅子をベッド脇から引き出し、ベッドの左側に展開して座る。
「…さっきの人、お姉さん……ですか?」
ぶっ。
確かに、さっきの一連のやり取りを見てみればそう見えるだろうが、それはないだろう……
「……そう見えたのか?」
はい? と令は首をかしげた。
「ええ……仲のいい姉弟のように見えたんですけど……違いました?」
「ああ……残念ながらな」
まあ立場的には姉のようなものであったから否定もしづらいのだが、血縁関係は遥か大昔、大家がまだ原型状態であった頃までさかのぼらねば見いだせないだろうが。
「親戚の方、ですか?」
「いや、親戚でもない。ただ単に、近所に住んでた仲のいい人。昔からいろいろと世話になってて、今でもあんな感じ」
「そうでしたか………」
ふらりと、令の目線がベッド脇の小机に移動した。
そこにあるのは小米姉さんが俺の作った金平糖を基に大量生産した金平糖。とんでもないサイズのビン一杯に入った金平糖は、はっきり言って鮮やかだ。
「……金平糖?」
「………姉さんの趣味なんだ、砂糖菓子」
「こんなに、大量に?」
「ああ………」
昔一度、これと同じサイズのリアル金平糖入りビンをもらったことがある。あの頃は両親も健在だったからどうにか一月かけて全滅させたけど、今度は独り身だからなあ……何ヶ月かかることやら。
「………食べるか?」
「いいんですか?」
と、言いつつ気がついたその瞬間からずっと目線が釘付けになってるぞ。
「いいって別に。これだけあったら、食いきれるかどうかも定かじゃないし」
つかむのに苦労するほどのサイズのビンを無理やり片手で持ち上げ、開封し一掴み。
「ほら」
「……すみません……」
少し小さくなりながらも、きっちり両手で受け取る令。それでも微妙に嬉しそうなのは、甘党だからだろうか。案外子供っぽいところもあるらしい。
とりあえず俺も膝の上に重たいビンを載せ、金平糖をかじる。
普通に俺の創造したのと同じ味がした。
微妙に劣等感を感じつつ、会話を続行する。
「でも、綺麗な方でしたよね、お姉さん」
「だから姉じゃないって………けど、綺麗なのは認める。昔から評判だったし、クラスの奴らに恨まれたことも二度や三度じゃない」
特にやかましかったのは板橋だったか。『クラス諸君に問いたい! これほど美人の知り合いを持ちつつ我らに紹介しなかった罪はいかなるものか!』。判決は『無罪』。当然だ。
「クラスの方に?」
「ああ。いろいろと問題ある奴が一人いて………まあ、美人の知り合いとかいるといつも攻撃される。令とのことも、ばれたらどんなことになるやら……」
「ぽ」
……何赤くなってるんだ。
まあ、とりあえず無視して続行するとしよう。
「幼馴染が一人いるんだけど、そいつに連れられて西側行ったら案の定向こうで出くわして……次の日学校でひどかった」
何しろクラスの半数に追われたからな。よく生き残れたもんだと感心する。あの状況でも悠は否定しないし、むしろなんか嬉しそうに炊きつけてた感も否めない。
……そういや、あいつも見舞い、来てたよな………
うん、板橋には黙っておこう。小米姉さんの時には無罪判決だったけど、今回のことと令のことがダブルでばれた場合、間違いなく判決は『有罪』だろう。
注意せねば。
「…………って、さっきから何赤くなったまま固まってるんだ?」
さっきお上品に口に入れていた金平糖を租借する動きでさえ完全に停止している。目線も何処かぼんやりした感じだし、見えてるのかどうかさえはっきりしない。元の顔がいいだけに、そんな表情をされるとなんというか、新鮮だ。大正ロマンな感じ、というのだろうか。なんというか、初々しいなぁ…………
はっ、と。
効果音がはっきり聞こえそうな風に、令がピクリと動いた。
「あ、すみません………」
そして縮こまる。
「……………どうしたんだ?」
「いえ、少しぼんやりしてしまっただけです……すみません」
……はじめてあったときにも思ったが、相当引っ込み思案なほうに入るな、令。
ちょっと思考してみよう。
……あ、
「もしかして、遠まわしに美人認定されて照れた、とか?」
「………!」
あ、また赤くなった。
うん、図星らしいな。わかりやすくて大変助かります。
令はそのまま、どこかもじもじした様子で、
「いままでそんなこと言われたことがなかったもので……動揺してしまいまして………」
「そうか?」
少なくとも、噂になっているのを耳にしてもまったくおかしくなさそうな容姿であると俺は判断するのだが……
「……もしかして令、友達いない?」
「いえ、お友達は普通に何人かいるんですけど、いろいろと家のことが忙しくて…………」
金平糖を二人同時に口に放り込む。そのままこりこり。
「……そういえば、明さんの苗字って、巫女ヶ浜でしたよね?」
一週間前に名乗っただろう、と一瞬言いかけて思い直す。そういえば令、名乗ってから今まで俺を苗字で呼んだことなかったな。
「……そうだけど……」
「それって、あの東側にある大きなお屋敷の、あの巫女ヶ浜ですか?」
「俺の家以外にこんな奇矯な苗字を持ってる奴がいたとすればその人物の家である可能性もあるんだがあいにくこんな奇妙な苗字に出会おうと思えば島の外へ向かわねばならない」
「………回りくどいですけど、つまりあの巫女ヶ浜なんですね?」
「簡略化すれば、そうなるな」
俺の家はとにかく目立つ。東のほうにある住宅街、そこから島の中央の山へ少し歩けば否応がなしに目に付く。和風建築の大型家屋、しかも両隣二軒もほぼ同サイズの豪邸だ。同じ住宅街に住むものならばこの三軒並んだ豪邸のことを知らないものは存在しないだろうし、もし住宅街に住んでいなかったとしても噂ぐらいは聞くはず。
「……そうでしたか…………」
令は考え込むように口元に手をやり、そして手の中にさりげなく忍ばせていた金平糖を口に入れた。
「じゃあ、この間眠れないって言っていた原因というのは……妹さん、ですか?」
「え?」
ちょっと待て。
なんで令が、俺の妹の存在を知ってるんだ?
俺は自分の家族に関してはまったく話していない。それはお互いが話したくなったときに話す、という暗黙の了解があの日依頼結成されたからで、そうであるから俺はまだ自分の中で整理がついていない妹のことを令には話していないのだ。
それなのに、どうして?
どうして令が、話してもいない妹の存在を知ってるんだ?
「………やっぱり、そうでしたか」
俺の顔色だけで判断したのか、令が納得したようにうなずく。
「……初めて名前を聞いたときに、もしかしたら、と思ったんですけど……考えても見れば、当然ですよね。こんなに変な名前、ほかに聞いた覚えありませんから」
「ちょっと待てよ、令。俺、お前に話してないよな、妹のこと」
これで俺が話したことを忘れていた、という展開なら、ただの間抜けで済むだろう。そして恐らく、それで済むはずだ。
が、
「……はい。明さんから聞いた覚えは、ありませんよ」
簡潔に、令は言った。
「………なら、一体どこで―――」
言いかけて、俺は口を噤んだ。
「…………………」
令の表情。
決して幸いそうではない、むしろそれを告げることが苦痛につながってしまいそうなその表情は、紛れもなく拒絶の色だ。
恐らく、ここでたずねても無駄だろう。
向こうから話してくれるのを待つしかない、か………
「―――聞いたか、なんてのは後でもいい、か……」
「…………え?」
令の顔に、驚きが走った。
「……気にならないん、ですか……?」
「ならないといえば、嘘になる」
少なくとも、今すぐに聞かねばならないことではないだろう。令が話したくなってからで、問題はないはずだ。
「けど、別段今でなくてもいいし………それにお前、話したくないんだろ? 勝手な理由とかじゃなく、他人がらみな方向で」
「…………………――――」
数秒、呆然とした表情で令が俺を見、
「……よく、わかりましたね………」
金平糖を口へ。
「慣れてるからな」
俺も同様に。
「けど、そのときが来たら話してくれよ。妹のこと知ってる奴、俺はあまり知らんから」
「そうでしたか」
ただでさえ、俺と妹の接点は少なかった。同じ家に住んでいるといっても、妹はお役目のせいで帰ってくるのがとんでもない時間になることがざらだったし、俺のほうも家のことをこなしているうちに眠ってしまうことが多く、なかなか話す時間というものがなかったのだ。
今となっては激しく後悔。後を継いでからの妹をほとんど知ることなく、今まで来てしまった。
「多分、その娘も明さんのことを知ったら会いたがると思いますよ」
「そうなのか?」
はい、と令。
「鷺……妹さんにお兄さんがいるのは知っていたみたいなんですけど、直接の面識はなかったみたいですから」
と、言う事はまだ見舞いには来ていない人間ということか。見舞いに来てくれた妹の友人連中はみんな俺と面識のある人物ばかりだったし。
令はちらりと金平糖の大瓶を見て、
「――もしあってもいいといわれたときは、甘いものも持参してあげてください。その娘、かなりの甘党なんですよ」
……自分が食べたいだけなんじゃないだろうな……令。
まあ、そうであったとしてもこの巨大な荷物がどうにかなるのならそれはそれで歓迎するべきことだろう。ぜひその人物の元を来訪する機会があればこのビンを持参して進呈するとしよう。
処分のあてが見つかったので、俺が食う必要もないだろう。あとでビンでも創造して、必要分だけもらっておけばいいはず。
膝の上の大型ビンに蓋をした。
「あっ………」
それと同時に、横合いから何処か残念そうな声。
目線を移動、声の主を捕らえる。
「……………………………」
令が物欲しそ〜にビンを見つめていた。
「………………………………………いくらか、持ってく?」
「…………………………………すみません」
返事は、茹蛸から返ってきた。