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第二部 二ヶ月前:出会い

なんだか異常に長くなりそうです……

   ※※※※


 ―――俺、巫女ヶ(みこがはま)(めい)は魔法使いである。

 俺が偶然にも生まれついた家、『巫女ヶ浜家』はその血脈の中に『力』を宿した家系であり、その家に生まれたものは多かれ少なかれ、何かしら特有の『魔法』を保持して生まれてくる。

 出来ることには極端に幅があり、未来視能力を持って生まれたものもいれば、腕の一振りで大木を両断できるものも存在し、聞いた話によれば過去、能力によって三桁近い人間を殺害した危険な能力者もいたそうだ。

 だがそんなこと、俺にはほとんど無縁な話、少なくともついこの間まではそうだった。

 巫女ヶ浜、とは言っても俺の家系は分家筋だし、当然跡目相続の厄介ごととは完全に無縁、いくつか存在する面倒な役割も、俺よりも遥かに優秀な才能を受け継いだ妹が全て相続した。よって俺にとって、こんな力なんてちょっと便利であるばかりの代物、決して明るみには出せぬ人生の暗部を抱えさせられる、鎖のような代物でしかなかった。

 それが変わったのは、つい二ヶ月ほど前。

 俺の妹が、事故で死んでからだったか…………


 俺の妹、巫女ヶ(みこがはま)(さぎ)は、はっきり言って化け物だった。

 両親死亡、親戚全滅で本家からは見限られる寸前。そんな状況下で、妹はその才能を完全に開花させた。

 異様だった。

 通常巫女ヶ浜の家系が宿す力は強弱の差はあれど基本的に一つであり、それ以上の力を宿すものは存在しない。少なくともそれが本家の能力研究者の意見であり、例外はないはずだった。


 しかし、いとも簡単に妹はその理屈を打ち破った。

 十三。

 それが、妹の宿した能力の数。

 本家の頂点でさえも保有できなかった究極の才能、それを妹は6年前に開花させ、没落寸前であった分家筋を復興させる代償として自らは本家の家筋に入ることを許容したのだ。

 幸いにして、本家の連中は妹の所在に関してはこれといって関与することはなく、俺は唯一の血縁関係者を失わずに済んだ。

 しかしそれも二ヶ月前には終わってしまい、


 そして俺は事故にあい、入院した。


 交通事故、右足骨折、入院期間一ヶ月。

 肉体的には非常に優しく、精神的にはやさしくないという入院生活。しかしそんな生活も、そのときの俺にとって見れば自分の抱えていた少しばかり大きな問題、つまり妹の死とそれに伴う跡目相続の問題を整理するにはいい機会だったわけで、つまりこの一件を悲劇や不運とはまったく考えなかったのだ。

 が、そこにもやはり問題はあった。


 眠れない。


 どれだけ夜遅くになろうと、どれだけベッドの上で目を閉じていようとも、妹の死という原因に整理をつけるためにカウンセリングを受けようとも、眠りという安息がやってきてくれない。

 まあ、眠ったとしても悪夢を見るだけなのだろうが。

 そんなわけで俺は入院5日目から睡眠を促される時間、すなわち夜の消灯後になると毎日のように病室を抜け出すようになった。

 どうせ眠れないなら朝まで退屈な病室に縛られるよりは、というわけだ。

 向かう先はもっぱら休憩所。自販機も腰を落ち着けられる場所もあるし、トイレも近く距離的に足にも優しい。何度も通っていればそのうちこの入院生活とやらにもなれて、連日の徹夜から来る疲労によってもたらされる睡眠がやってくるだろう。

 少なくとも、俺はそう考えていた。

 まさかその生活が二日で終わるなんて、まったく思っていなかったが。




 はじめに感じたのは、小さな違和感だった。

 完全に消灯された院内。そんな中であればこそ、唯一明かりが灯る部屋は、はっきり言って目立つ。その部屋に通じる廊下の端にでも立てば、その部屋の内装まできっちりと見えてしまうほどである。

 だから、見えたのだと思う。

 その、小さな違和感の塊は。

 休憩所、その入り口。壁にすえつけられた四台の自動販売機と、それを背景にする二つのソファ。正面には大型のテーブルが置かれ、天井には当然、明かりの灯った蛍光灯。

 部屋の入り口、そこから見て左手のソファの上に、それはいた。

「…………………」

 馬鹿みたいに体を硬直させてしまったのは、こちらの落ち度ではないと思う。

 全体的な印象がはっきりしない、ただ『長髪』の『女性』であることしかはっきりとせず、年齢、顔立ち、服装、そういったものが完全に消失しているのだ。

 いうなれば、霧の向こう側のものを見ている感覚。

 確かにそこに存在していて、ある程度姿が見えるはずなのに、そこにいて何をしているのか、どんなものを身に着けているのか、どんな表情をしているのか、そんな細かな情報がまったく認識できないのだ。

 けど、俺は。

 何故なのだろう。

 俺は、



 その姿を見た瞬間、全体的な印象が不明瞭であるにもかかわらず、先日他界したはずの妹があたかもそこにいるかのような感覚にとらわれたのだ。



「………………………」

 不可思議な、感覚だった。

 頭ではわかっている。妹はつい一週間前に他界していてここには存在しておらず、故にここにいる人物は似ているだけで妹ではない。

 だが、そうわかっていてもなお、言い聞かせていてもなお、眼前の人物を妹と切り離して考えることが出来ない。その上いくら言い聞かせ、眼前の人物の特徴をつかもうと模索しようとも、その人物をきっちりと認識することが出来ない。

 何かによって認識をずらされている感覚。

 あるいは、自らの認識を上書きされている感覚。

「……………『魔法』――――」

「………………え?」

 俺の漏らしたつぶやき、それに呼応するように眼前の『違和感』が、似ていないはずなのに『妹に似ている』と認識してしまう声を上げ―――


 そしてようやく霧が晴れた。


 眼前のソファ、そこに座るは少女。漆黒の長髪をゆったりと背に流し、上品なデザインの制服と思しき服を見事に着こなしている。物腰は全体的に落ち着いた雰囲気で、顔立ちは微妙に幼い部分を残しているもののひどく落ち着いている。正面のテーブルにおいている紙コップの中身はコーヒーだろうか。

 そうはっきりと、認識できた。


 ゆえに、今ならはっきり言える。


 妹とは、似ても似つかない。

 ………なんだったんだ…………

 内心でつぶやきつつ、まだ慣れない松葉杖を使って自販機前まで移動、節制のためにカップ式自販機から好物であるフルーツオレを購入する。

 慣れない松葉杖では立っているだけでしんどいので、とりあえずソファに移動した。

 L字に配置されているソファのうち入り口が正面に見えるほう、つまり少女の座っているほうとは違うほうへ座り、正面のテーブルにカップを配置する。


「………………………」

 俺の無言と、

「………、………、…」

 少女の無言の類似品。

 ……なんだろう、先ほどの呟きが気になっているのだろうか。

 まあ確かに、いきなりやってきた少年Aがこれまたいきなり『魔法』なんてわけのわからない単語をつぶやけば気にならないほうがどうかしているだろう。

 しかし、何も言ってこないのなら無視してもいいだろう。もともと知らない人間と話すのは好きではないし、得意でもない。

 俺の得意分野はもっぱら肉体・頭脳両面での労働。他人との付き合いだとか詩情だとか、そういう『生きるのに必要じゃない』分野はもっぱら妹の…………


「……――…」

 ため息が漏れた。

 ………なんだよ、さっきから妹妹って……

 そんなこと、いまさら思っても始まらない。

 死んでしまった事はもう変えようがないし、それはもう事実として受け止めてしまっている。なら、このまま停滞してるわけにも行かないだろう。

 背もたれにもたれながら、俺は大きく嘆息した。


「……………巫女ヶ(みこがはま)(めい)……」

「……え?」

 無言の類似品をもらしつつコーヒーの液面を見つめていた少女がゆったりとした仕草で顔を上げた。

「………俺の、名前だ…」

 言いながら背もたれから身を起こし、少女の表情を伺う。白磁というより雪というより鶴の白。整った造型と、深淵を映した深い瞳。浮かんでいる表情は困惑だろうか。

「…………………巫女ヶ浜さん、ですか」

 俺から目線を切り、少女は再びコーヒーに目線をやった。

「変わったお名前、ですね………」

「まあな………」

 女ならまだましだと思うが、男だとちょっと辛い。妹は随分気に入っていたし、母親も嫌ってはいなかったように思える。けど親父は気に入っていない感じだったし、俺もどっちかといえば気に入っていないほうに入る。


「ご入院、ですか?」

「ああ――つい一週間前に事故って、そのまま……」

「消灯時間、過ぎてますよ………」

「面会時間も、な」

「…………………」

「…………………」

 そして再び訪れる、無言の時間。

 お互いに何も話すことがなく、お互いに何かを話そうともしない、そんな空白。

 十秒か、一分か、それとも十分か、あるいは一時間か。

 連日の徹夜のせいで完全に狂った体内時計で、それだけの時間を観測した。


「………………心配、なんです」

 その沈黙を先に破ったのは、少女のほうだった。

「家族が、その……入院してまして………昨日まで元気だったのに、今日病状が悪化してICUに………」

 ICU。

 Intensive

 Care

 Unit

 集中治療室、か…………

「こんなところにいたってしょうがないって、わかってはいるんですけど―――」

「…………それでも心配、か………」

 わからないでもない。

 俺も、つい一週間前まではそうだった。

「……巫女ヶ浜さんは、どうしてこんな時間に?」

「俺か?」

 お互い手持ち無沙汰なせいか、お互いに初対面名はずなのに会話がつながっていた。

 ――俺のほうは、もっと単純なんだよな……

「単純に、眠れないだけだ」

「眠れない、ですか?」

 ああ、とつぶやき、俺は続ける。

「もう七日になるか………ほとんど寝てない」

「……失礼ですけど、ご病気か何かですか……?」

 顔を上げ、こちらに向き直る。

「いや、そういうわけじゃない……」

 不眠症に近いものがあるが、少なくとも診断はされなかった。

 まあ、だから困っているんだが………

「だから、ここに?」

「ああ、部屋にいるよりはましだし」


 少なくとも。

 誰もいない個室、無機質な白、窓の外を見ても目に入るのは誰もいない中庭と白亜の壁面、そして人工的な明かりだけ。聞こえる音も遠くから響く関係者の足音と、時計の立てる時間を刻む音の二つがいいところ。

 そんなところにいるよりは、人工的であろうとも明るみの中にいたほうが幾分かましだ。


「――――眠れない夜、ですか…………」

 何かが琴線に触れたのか、それとも神経に触れたのか、少女がわずかに微笑んだ。

「奇遇ですね、私もなんですよ」

「あんたも?」

 ええ、と少女。自らの体を抱きこむように身を前に倒し、

「家族が、入院してからでしょうか………眠りが、浅いんですよ。完全に眠れないときも、少ないですがありますし……」

「慣れてないから、なのかな………」


 らしくもない口調でつぶやき、天井を仰いだ。

 そして内心で、大きく嘆息する。

 ………ホントウは、わかってるんだろう? 巫女ヶ浜明。

 自分が何で、眠れないかぐらい。

 それがどうにもならない理由だからこそ、毎日毎日こんなところにいるんだろうが。


「……いいえ、そうでないとは、はっきり言い切れますよ。もう、わかってますから…………」

 眼前の少女の顔に、自嘲するかのような笑みが浮かんだ。

「……ホント、わかってるのに………こんなにも、わかりやすい理由なんですから―――」

「俺も、なんだよな………なんで眠れないのか……わかってるくせに………」

 俺は天井を仰いだまま、

 少女は、目線を落としたまま。

「気付きますよね………自分が、何を望んでいるのかぐらい」

「ああ――わかりやすいよな、ほんと………」

 言葉を、続ける。

「眠れないのは……」

「……眠れないのは」

 ポツリと、



「「…………さびしい、から………」」



「え?」

「っ?」

 思わず顔を見合わせた。

 少女の表情に浮かんでいた表情、それは驚愕。無理もないだろう、俺も同じ感覚だ。

 一人の静寂に押しつぶされるような不安感、求めた手を払いのけられる孤独感、暖かさを与えられることのない寂寥感、それらにまとめて襲い掛かられて始めて感覚できる、絶対的な『さびしさ』。

 それを知る人が、いた。

 いてくれた。

 それは一体どれだけの幸いに……?

「……………………」

「……………………」

 視線を交わすだけの、無言の時間。

 俺の目線は少女の深淵を捕らえ、

 その深淵は俺の眼を捉える。

 お互いの心中で様々な感情が渦巻き、

 そして、


「…………ふ……ふふふふ」

「……くっ……くくくくく」


 どちらからともなく、忍び笑いをもらしていた。

「……なんだよ、俺ら、一緒かよ…………」

「ふふ、みたいですね」

 笑いの残滓を表情に残しつつ、どうにか笑いをとどめた。

 表情を笑みにしたまま、続ける。

「馬鹿みたいに他人にすがり付いて、馬鹿みたいに自分ひとりだけになったことを怖がって………で、眠れないからこんなところに出てきた、と」

「そして勝手にその感覚が自分の専売特許のように思い込んで、だからこそ同じ孤独感を知る人物がいたことに驚愕している……そんな感じですね」

「ホント……馬鹿みたいだよな」

「そうでもないと思いますよ、私は」

 そうか? という俺の疑問の声に、ええ、と少女がこたえる。

「だって、他人を求めるのは人にとってみれば当たり前の感覚でしょう? 当たり前なら、そんなに卑下するようなことでもないはずです」

「とは言っても、情けない願望ってことには変わりないわけだ」

「情けなくはないと、思いますよ」

「どうして?」

 だって、と少女は前置きした。



「それだけ、いなくなった人が大事だったって、それだけの話なんですから」



 一気に氷解した。

 そして、思い出した。

 妹の、ことを。

 俺のことをいつも他人行儀に『明さん』と呼び、料理以外の家事を完璧にこなし、家の財布の管理を完璧に行うほどのしっかり者であるくせに、いざというときは弱く頼りない。

 今思えば、背伸びしていただけなのかもしれない。

 俺と二人でやっていくために、必死になって。

 親から引き継いだ役目をこなすために、家族という形を保ち続けるために。

 頼りにならない兄を、支えるために。

 それは、

 それは一体、俺にとってもどれほどの重みとなって……?

「…………………(さぎ)…」

 もれたのは、妹の名前。

 両親が俺たちの前からいなくなったその日から。

 俺のたった一人の家族となった、大切な人の名前。

 今はもう、いなくなってしまった。

 俺に、こんな寂しさを残して。



 いや、

 残していったのは、それだけではない。

 役割。

『巫女ヶ浜』の家が持つ、唯一つの大切な役割。

 妹は、母から引き継いだ。自分のあとに、つながるように。

 なら俺は、妹からそれを引き継ぐ必要があるだろう。妹の残した置き土産、母から受けた役割を。

 腹は、決まった。


「………………名前、」

「え?」

 いたわるような視線で俺を見ていた少女が、最初のつぶやきのときと同じ声を上げた。顔に浮かんだ表情は驚き、意表を付かれた、という表現が一番近いだろうか。

「なまえ、教えてくれないか?」

「私の、ですか?」

 と、言うかそれ以外に誰がいるんだ?

 きょとんとした表情で、少女はこちらの顔色を伺っていた。

「そう。あんたとは、なんだかんだで長い付き合いになりそうだからな」

「……………………」

 そのままの表情で、少女は沈黙した。いや、正確に言えば考えにふけって回答することを忘れているような、そんな心ここにあらずな状態になった、といったほうがいいだろう。

 そのまま、数秒。時間だけが流れていき、

 やがて少女は、花のような微笑を浮かべた。

 見るものの目線を思わず釘付けにするかのような笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

「……(あま)(がみ)(れい)と申します……」

 つぶやくように、しかししっかりとその名を告げた後、

「今後とも、よろしくお願いしますよ。巫女ヶ浜、明さん」

 少し気取ったような、しかし非常に丁寧な仕草で、ゆったりと頭を下げた。

 俺が眼前の少女、雨鏡令の身に纏っている服が、先日合格通知をもらった大学付属高校のものであることに気付いたのは、そのとき。


 安眠の夜を得たのは、その夜からだった。


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