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第一部 急転


 ―――ゆったりとした風が、木々の間を吹きぬけた。

 木々は手を引かれるように自らが広げた枝葉を揺らし、そして辺りは葉のこすれあう何処か快い音に満たされる。満たされた音は風がやむと同時に鳴りを潜め、そして風に耐え切ることの出来なかった幾枚かの若葉を、宙に舞い落とす。

 舞い落ちた葉は踊る。木々を揺らすには足りぬ、しかし人の心に届くには十分な微風の中を。

 波に揺られる船のような流れの動き、命を断ち切る刃物のように鋭く空を切る落下の動き、そして風と戯れるかのような回転の動き。

 そういった動きを重ねながら、木の葉は風と遊ぶかのように宙を舞い―――


 そしてぺたりと、一人の人の足、つまり俺の脚に張り付いて、止まった。


「……………………」

 夜半過ぎの広大な公園。その中央に存在する、木々に囲まれた広場。

 昼間であれば多数の来訪者によって賑わいを見せるはずのその場所も、日付が変わる時刻となれば完全に無人の空間と化す。林の中に目をやればわずかながら人も存在するのだろうが、日と目に付かないのであればそこに存在しないのと同義である。


「……………………」

 その広場の端のほう、木々の並木とのはずれから、俺はその広場の中央を見る。

 微風吹き抜ける公園の広場、その中央に鎮座するのは『大樹』。数百年をゆうに数える樹齢と二桁を数える高さ、そして片手の指の数の人数を動員して回りきることが不可能なほどの直系を持つそれは、見るものに命の威光というものを直接的に感じさせた。

 が、この木はそれだけではない。


 その木が咲かせる、その花。

 木々によってそれぞれ変わる、しかし枝々の違いによって決して変わることのないはずの美しさ。

 だが、俺の目の前に存在する木に、その理屈は通じない。


 眼前に存在する大樹、その木が枝につけるその花の種類は、四種。

 春の薄紅、

 夏の深蒼、

 秋の夕茜、

 冬の純白。

 本来一つの木に対して一種類しか存在を赦さないはずの花、しかしその花は、四季それぞれを思わせる彩りを取り揃え、眼前の大樹の元でひとところに集う。

 救いなき者に救いをもたらす神、あるいは数多の命を大地に転がる石のごとく踏み潰す支配者。

 それが、この大樹の持つ威厳。

 どんな形にしろ、一目見たものを完全に圧倒する迫力こそ、この大樹がこの大樹たるゆえんだろう。


「……………………」

 広場の入り口付近で大樹を眺めていた俺は、本来の役割を果たすために大樹に向かって歩を進めた。

 頬をなでるのは心地よい夜風、体に僅かばかり降りかかるのは大樹から零れ落ちた四種の花弁。この場、この時間でしか感覚することの出来ないそれらの感触が、否応がなしに俺の目的を自覚させ、自然と精神のスイッチが切り替わる。

 数秒間の歩行を経て、大樹の根元へ。

 根元から見上げたその風景は、まさに荘厳の一言に尽きるだろう。

 その荘厳さを確かめるがごとく、俺は大樹に右手を伸ばした。

 手に伝わるのは確かな樹皮の感触。これだけの巨木となりながらもいまだその木の表面は瑞々しく、その感触だけで木の年代を特定することなどは不可能だろうと思わせた。


「………さてと、」

 いつもの仕事を始めるべく、俺は一言つぶやいた後左手も樹皮に伸ばし、目を閉じた。

 そして、内心で呟く。



 ―――― 同調、開始………



 瞬間、自分という存在全てが『溶けた』、少なくとも、そう感じた。

 自分の輪郭があいまいになり、自分の感覚がおぼろげになり、自分の意識が朦朧と化し、そして自分の記憶が魍碌化する。

 自分と世界の境目を完全に消失した感覚、その中に流れ込むのは記憶。流れる速度が速すぎてじっくりと認識することはできないが、確かに自分の中に蓄積し、そしてもっとも重要な一言だけが聞こえていく。


『――友達が、ほしいです』

『――あの娘のことを、助けてあげてください』

『――おかあさんをしあわせにしてあげて』

『――お金が、足りないんです』

『――成績が上がりますように』

『――私が、彼の隣にいられるようにしてください』

『――私の孤独を、取り払ってくれはしないか?』

『――教えてください。ホントウのことを』


 老若男女十人十色。

 俺の中に堆積していく記憶、その中で告げられる最も単純な思いの形。

『願い』。

 身勝手なもの、他者のことを省みるもの、誰かを助けようと願うもの、誰かとの幸いを望むもの。

 多種多様、まったく違った願いの形が、流れ込んでくる。


 世界との境が完全に取り払われたかのような感覚の中、願いの中にたゆたうまま、俺は選別する。


 身勝手な願いは放り捨て、自分がかなえてやりたいと心のそこから願ったものを拾い上げ、冷静鑑みて必要であるものを拾い捨て去り、純粋な願いだけに調整していく――――

 単純な作業、それでいてミスは赦されない精密作業。

 自分の中に堆積されている願いを選別し、自己に問いかけ、取捨を選択し、そして叶える。

 一つの願いを叶えるのに要する時間はそれこそほぼ一瞬であり、堆積されている全ての願いの選別を行うまでに要する時間はそれこそ一時間程度。単純ではあるが、非常に疲労感の付きまとう一時間である。


 半ば溶けかけた自意識の中、俺は思考する。これまでこの役割を背負っていた人物のことを。


 俺の前任者、それは、俺の妹。

 大人びてはいたがまだ中学生、それなのにだらしない俺に代わり、この役割を背負ってくれた。

 背負わせて、しまった。

 先月に、他界するまでの、間。

 だからこそ、この役割は俺が引き継がなければならなかった。妹に背負わせてしまった役割を、正しい人物が行うために。自分の家の役割を、きちんと引き継ぐために。


「…………………っ……」

 一瞬妙な方向に傾きかけた思考を強制的にもとの方向に戻し、再び作業にもどる。

 今日の願いは、いつもより少ない。

 この分だと、いつもより早く終えることが出来そうだ。

 ――――よし、とっとと、終わらせるか。

 疲れを見せる自分の体に鞭を撃ち、俺は自らの自意識を、再び願いの記憶の中に埋没させた――――


 ………………………

 ……………

 ……


   ※※※※※


 俺の人生の価値は、半分だった。

 いつからかは知らない。が、確かに俺が自らの人生について考察したその瞬間から、俺の人生が『半分』であることを自覚したのだ。

 もしかすると、俺の人生の価値は生まれたときから半分だったのかもしれない。

 こんな家に生まれた、その瞬間から――――



 半分だけの人生、その明るみの側。

 私立時瀬大学付属高等学校の教室は陽気に満ちていた。

 春と夏の境目、その期間特有の温かみ。暑すぎるということもなく、かといって肌寒いというわけでもない。人が生活するのに最も適した温度が、その期間には満ちている。


 その空気の中、

 夢幻をたゆたう至福の感覚の中に、俺はいた。

 今がいつなのかは、わからない。朝だったかもしれないし、昼だったかもしれない。夕方だったかもしれないが、夜ということはなかった。つまり、日中のいつかだろう。

 どんな姿勢をしているのか、そんなことさえもあいまいになる。最後に残っている記憶から机に突っ伏すような姿勢である可能性が最も高いが、もしかすると姿勢が崩れて別の姿勢になっている可能性も否定できない。

 が、今はどうでもいいだろう。

 手間隙を惜しまず、ようやく合格できた大学付属高校だ。その中での時間のすごし方ぐらい好きにさせてくれ………


「……――? ―コ?」


 誰かが、俺を呼んでいるような気がした。

 体もゆさゆさと揺すられているような気がするし、心なしか俺を夢幻の世界から引っ張りあげようとする声に聞き覚えがあるような気もする。


「ミコ? ほら、起きる起きる起きる起きる!」


 ミコ? ああ、って事は今俺をこんな風にゆさゆさしているのはあいつなわけね。まったく、昔のあだ名を使えるのは幼馴染の特権ってわけか? だからといって至福の時間から引きずり出すのは勘弁してほしい。


「ミコ〜? 本気で熟睡中?」


 あいにくだが本気で熟睡中なのだ。起こさないでほしい。


「まったく……ならいつもの手、使うからね……」


 いつもの手?

 俺、あいつに起こされた経験ってそんなに数あったっけ? それに妙に不吉な印象が伴うのはどうしてだろう。俺の危機対応器官が無意識の警鐘でも鳴らしてるのか?

 そうだとしても、一体何を…………


 ――――  ズズッ ゴトッ ――――


 俺の右方向、距離にしておよそ三メートル圏内からなにやら重量物と思われるものを引きずる音が聞こえた。そして恐らく、その重量物は引きずった人物が持ち上げたのだろう。


「……っと、ちょっと重い、かな………けどま、ミコだし大丈夫、か………」

 よたよたとこちらに向かって接近する不吉な足音。そして何か硬質なものを硬質なものにぶつけたときに発生する、独特の鈍い音。

 もしや、あいつがやろうとしている方法とは……………

 足音が、隣で停止する。


「よし、準備はおーけー………っとと」

 ふらついたようだ。と、言う事は少なくとも隣にいる危険人物が持っているものはそれなりの重量があるということ。

 間違いない、こいつ、殺る気だ……

 しっかりと腰をすえるかのような重みのある足音。


「よし、と。これで大丈夫。じゃあ……せ〜の〜」

「されてたまるか!」


 一声と共に意識を一気に覚醒させ、顔を伏せていた机に左手を突いて一気に飛び越える―――!


 背後で轟音が響いたのは、その瞬間だった。


「………………」

 駆け抜けたのは戦慄。命を略奪される可能性を寸でのところで回避できたものだけが実感できる、究極の生命の実感。

 全身から冷や汗が吹き出る感覚を無視し、着地と同時に背後を振り返る。


「あ、おはようミコ」


 それと同時に俺に向けられた挨拶は、つい先ほどまで俺が着席していた椅子、それに向かって別の椅子を振り下ろした危険人物Aのもの。


 ………さすが文部科学省推奨の教室机セット。全力で振り下ろされた同一規格の椅子からの衝撃に見事耐え切っている。すばらしきはその耐久力、およびそんなものを振り下ろそうと考えた発想だろう。


「なあ、(はるか)………」


 俺はその危険人物A、何事もなかったかのように武器として利用した椅子を元の席に戻している、半端美少女に恐る恐る声をかけた。


「ん? ミコ、どうかした?」

 その人物、(とき)(のせ)(はるか)はまったく悪びれた様子も見せずに言った。

「お前、人を永眠させる気か?」


 殴られたほうの椅子のバランスがまったく崩れていないためわかりにくいが、打撃された側の椅子にも相当のダメージが入ったらしい。

 殴られた側の椅子、その被打撃部位は、陥没していた。

 そこに人の頭があっても、同じことになっていただろう。いや、もしかすると陥没ではなく分割だったかもしれない。


「起こそうとしたんだけど、まずかった?」

 常識未満のことを質問するんじゃない。

「いや、普通に考えろわが幼馴染。睡眠中、危機対応能力がゼロとなっているに等しい状況下

で後頭部に対し、相当な威力を持つ椅子という物体をたたきつけて存命できる人間が存在すると思うのか?」

「えと………うん、植物状態になる可能性もあるから一応生存率は高いと思うよ」

 末恐ろしいことを言う娘だ。それはあくまで可能性の一部であり、つまり死亡する可能性も含まれる、というか植物状態も実質死んでるのとなんら変わらないだろう。

「実際になったら、どうする気だ?」

「ならなかったでしょ?」

 そういう問題か、といいかけたがぐっと飲み込む。我慢だ、ここで突っ込めば埒が明かなくなる。


 大きく息を吐くと、俺は元の席に座りなおした。

「まったく、昔から変わらないよな、お前って」

 悠も俺の正面、たまたま空席になっているその席に俺の方向を向いて座り、表情を笑みに変えた。

「まあね。変わらないのが美徳ってとこかな?」

「いや、変えたほうがいいところもあるだろ………」

「どこ?」

 身を乗り出し、ひざの辺りで手を組む。

「手近な武器で殴って起こす癖。家に来たときならともかく、教室でやるな」

「え〜」

 完全に不満顔だった。

「問答無用。うちに出入り禁止にするぞ」

 ちなみに家でなら許可できる理由は単純に武器になるようなものがないからだ。それに教室でやられるといろいろと目立つ。ただでさえこいつのせいでいろいろと目立ってるんだから、これ以上の注目は勘弁してほしい。


「う〜了解…………」

 不満顔、というか微妙に泣きそうな顔になりながらも渋々承諾する悠。少し目元が潤んでいるところを見ると、本気で拗ねているらしい。子犬かこいつは。


 まったく。

 俺は内心でつぶやくと、視線を窓の外へと移した。



 ―――日本列島某所に存在する島、白樺(しらかば)(とう)

 それが、俺の居住する島の名前である。

 小さい面積ながらも各種商業娯楽施設を数多く保有し、広大な住宅街や医療機関、はては大型の学校まで取り揃えた、観光客や住人にとっても居心地のいい島である。

 面積と住人数に対して明らかに不釣合いな設備の揃い具合であるが、この島に関して特筆するべきはそこではない。


 特筆するべきは、ただ一点。

 島のほぼ中央、そこに位置する公園のほぼ真ん中に存在する『大樹』である。

 樹齢およそ三桁、太さは片手の指の数の人間が手を繋がなければ回り込むことが出来ず、その高さは見上げるほどに大きい。印象は荘厳であり、それでいて美しくもあるという。

 古い大樹に関しては大抵の場合、噂話や民話レベルで何らかの逸話が付加されているのが通例であり、そしてその大樹に関しても例外ではない。

 爆発的な勢いで人々の間に広まり、そして真実であると囁かれる、それは一つの伝説。



『あの大樹は、どんな願いでもかなえてくれる』。



 普通ならばよくある民話、ただの御伽噺。それで済ませることも出来ただろう。

 だがあの大樹に対し、そんな言葉は通じない。

 あの大樹は、四季によってその枝につける花が変わるのだ。

 ある年の春には桜が咲き、その年の夏には梅が咲いた。その年の秋には桃が咲いて、その年の冬にはシクラメンが咲いた。

 そして次の年、春に咲いたのは桜ではなく金木犀だった。

 あらゆる季節の花を咲かせ、そしてそれらを絶やすことのない神秘。


 それが、伝説を代弁する。


 伝説が事実である可能性を示唆し、虚構であることを否定する。

 それが、あの大樹が伝説を保持し続けることの出来た由縁である。


 そして今年。

 今年は何をどう間違えたのか、俺の見た中ではもっとも奇妙な花のつけ方をしている。

 例年通りであるのなら、一つの季節に咲く花は一種類。色の違いはあれど、そこにつけられる花は常に一種類だけであり、複数種類咲くことはなかった。


 だが今年。今年は何をどう間違えたのか、あの大樹には四種類もの花が同時に咲いているのである。

 おかげでその大樹を一目見ようと観光客の数が跳ね上がり、島の財政関係者は懐が潤ったと大喜びしているらしい。

 俺にとっては、迷惑極まりないけどな。

 俺の人生、もう半分。

 明るみに出せないほうの人生にとっては…………


「………お〜い、ミコ?」

「…………………ん?」


 悠の声で思考は現実に帰還する。それと同時に冷静な思考も帰還し、今が昼休み一コマ前の授業の直前であるということ、クラスの視線がみょーにこっちへ移ること、悠がなにやら言いたそうに俺のほうを見ていることなどを認識した。

 ………大抵、こういうときは………


「……なんだ? もしかして、またお守りなくしたのか?」


 うっ、といううめき声じみた声と共に大げさな仕草で肩を落とす悠。

 どうやら図星だったらしい。そのままうなだれ、

「そうなんだよ……今度こそ大事にしようって思ってたのにまたなくしちゃって……」

 このお守り好きめ。たかだかお守り一つなくした程度でなんでそこまでへこむ必要が…………


「おかげで上手くいきそうだった小テストも最後の最後で大どんでん返し食らうしお弁当は落として食べられなくなるし大事にしてたペンはなくしちゃうしで………うう」

「…………………………………」

 訂正、へこむ必要、大有り。

 ………これはしょうもない不幸、なのだろうか。

 それがここまで乱立するとそれはとてつもなく大きな不幸のように思えてくるから不思議だ。

「………ちなみに、いつなくした?」

「今朝家を出るときに気がついた…………」

 と、言う事はさっきの小さな不幸の連続は全て登校時〜現在までの数時間の間に起こったことらしい。

 それだけ短期間に連続してそんなことが続けば、そりゃこうもなるわな。


「………よし、わかった」

「くれるの……?」

 先ほどまでの元気はどこへやら、ひどく弱々しい様子だった。

「千円で売ってやる」

「……………………………うぅぅ」

「冗談。ロハでいい」

「ほんと………?」

 疑いのまなざしで俺を見つめる悠。それでも小動物じみた印象が抜けないのはこいつが童顔だからか。

「ここまでへこんでる奴を蹴落とす趣味はないって……減るもんでもないし……」


 言いながら俺は女子制服と同様、上品な意匠である制服のポケットに右手を滑り込ませた。

 ポケットの中は、空である。悠の期待するような『お守り』どころか、埃の塊すら入っていない。

 ………まったく、こんなときに人生のもう半分のお力添え願うとはね………


 内心でぼやきつつ、俺はポケットの中で拳を握った。


 そして想像する。材質は硝子、形状は小瓶。蓋にはコルクをはめ込まれ、硝子部分に花の細工。中には花びら、薄紅深蒼茜と純白。

 そして創造する。湧き出るような硝子の粒子、溶けて崩れて形を成し、曇り一つなく細工と本体を製作、中から出現するのは蓋たるコルク。中身を創造、形を成さぬ無形から、形を成した有形を。

 右手の中に含まれる確かな感触、それを確かめるように俺はその拳をポケットの中から出した。

 期待に満ちた悠の視線を浴びつつ、右の拳を開く。


 そこにあったのは、小瓶。


 表面に上品な花の細工が施され、小さいながらも立派なコルク栓を持ち、そして中には見るも美しい四色の花びらが入れられている。

 そう、俺の想像通りに。

 確かに何もなかったはずの握り拳の中に、想像から創造された小瓶が確かに存在していた。


「……ほら、これだろ?」

 一部学生、主に時瀬大付属の生徒の間で流行中のお守り、『四季の小瓶』。それ自体は大樹の花四種類全てを同じ小瓶に入れただけの単純なものだ。

 もちろん、花は全て枯れていてはならないという制約付き。


「うんうん! これこれ!」


 おやつを目の前に差し出された子犬のように、俺の右手のひらの上から小瓶を高速で拾い上げる悠。そしてそのまま愛しげに両手で握りこむ。

 ……子犬か、こいつは。


「やっぱり、自分で拾うよりもミコからもらうほうがいいね……」

 ポツリ、と悠。

 まったく、この面倒くさがりが。自分で拾っても今時分の季節だと大量に咲いてるし、落ちてるのも多いからそれほど面倒じゃないだろうが。


「……まったく、そういうの好きだよな、お前って」

「む…………いっつもいくつか持ち歩いてるミコの言えたことじゃないと思うけど?」


 俺の一言に対し、悠は唇を尖らせた。


「いつも持ってるみたいだし、それに私にくれるって事はそれなりに数持ってるって事でしょ? それってどうして?」


 おっと、痛いところを突いてくる。まさか『その場で出してる』なんていえないし………


「ちょっと知り合いに好きな奴がいるだけだ。別に俺がほしいわけじゃない」

 とりあえず嘘を落ち混ぜた真実を振りまいて誤魔化してみる。すると悠はふ〜んとつぶやき、不審そうに目を細め、

「それって誰?」

「………疑ってるのか?」

「うん」


 即答だった。


「……あのなあ、お前、俺が毎日毎日放課後になるたびどこ行ってると思ってるんだ?」

「あ、そういえば放課後っていっつもすぐいなくなるよね。それって、そういうこと?」

「そういうこと」


 少なくともこの部分に関してはまったく嘘ではない。少なくとも毎日放課後にある場所に出かけているのは事実だし、四季の小瓶を収集している人物というのも嘘ではない。


 その答えに満足でもしたのか、悠は下世話な笑みを浮かべ、こちらに身を乗り出してきた。

「へへぇ〜ミコがねぇ…………この面倒くさがりが毎日毎日、か……」

 一瞬で下世話な笑みを収め、元の楽しげな表情になって俺を見る。はい、なんかいやな予感がします。


「で? どこまで行ったの? A? B? C?」


 はい、予感的中。

 と、いうか性別すら質問せずにいきなりこれかよ。たいした飛躍だな。ネタも古いし。わかる人、いるのか?

 さて、面倒くさいので一発で沈めてみましょうかね。


「………気になるのか?」

「別に。けど面白いでしょ?」


 確かに、クラスの奴らも相等面白がってるだろうな。さっきからこっちをチラ見する視線の数が大量増加してるし、悠自信も相等楽しんでいることがあけすけだ。

 だったら………


「……なら進めてやろうか? お前と」

「はにゃ?!」


 お〜お〜予想通り。ものの見事に茹で上がりましたよ。

 追い討ち開始。


「うん、考えてみると悪くない選択肢に見えてきた」

「はわわわわわわわわ………」

「悠って案外可愛いし、」

「ちょっ……何言って……」

「性格も微妙に難ありだけど悪くないし、」

「び……びみょうって……」

「案外家庭的で、世話焼きなとこもあるし、」

「そ………そう?」

「はっきり言ってしまえば俺の好みは家庭的な奴だ」

「なっ………………」


 お、効いてきた効いてきた。ギャラリーも妙に騒がしくなってきたし、さっきから教室への人の出入りが多い気がする。おいそこの新聞部員、写真撮影は厳禁だぞ。

 って、


「おい! そこのバスケ部! 椅子の投擲準備は禁止だ!」


 教室の前方側出入り口付近、そこで椅子を抱えあげている短髪の男に向かって一声。するとその男は、


「……という意見があるようであるが………皆の衆! わがクラスの秘宝、時瀬悠学長令嬢に白昼堂々と告白(きたないまね)を行った巫女ヶ浜明御当主の意見を聞き入れるべきだとお考えか!」

「「「否っ!」」」


 完全に同タイミングだった。女子まで含めて。


「しかも、現在進行形で見た目麗しい女子生徒が悲愴な面持ちで尋ねてきているというこの状況! 男子諸君に問う! これほどの幸いに囲まれた男をゆすることを是とするか!」

「「「否!」」」


 今度は完全に男子の声が重なる。

 というかちょっと待て、


「板橋! 俺に尋ねてきてる人がいるのか?」


 それも『見た目麗しい』『悲愴な面持ちをした』人物が。

 心当たりは、一つしかない。

 しかも後者の特徴が真実であるのなら、恐らくその人物が望んでいることというのは…………

 視線を板橋から、教室の左右の出入り口へ移す。

 いた。

 これはもう、ふざけている場合ではない。


「そんなこたぁどうでもいい! 今すぐ先ほどの事実の釈明を………ってどこへ行く!」


 椅子を抱えたまま俺を呼び止めようとする板橋を完全に無視し、俺は教室後方側出入り口から教室の外へと移動、前方側入り口からこちらを伺う一人の女子生徒の元へと向かう。



 そこに、完全に異質な空気が展開されていた。



 黒く背に流れた長髪、思いつめた悲壮感に満ちた黒曜石の瞳。見るもののため息を誘うほど整った造型であるその顔は悲壮な感情に満ちており、今にも倒れそうな危うささえも見るもの、すなわち俺に感じさせた。

 この人物の名前は、雨鏡(あまがみ)(れい)―――

 二ヶ月前に出会い、そして友人となった人物。

 そして、俺の人生を両方とも知る数少ない人間――――


「………明、さん……」

 俺の姿を視認するや否や、令は安堵の息をついた。


「………令、」

 とりあえず教室から覗く好奇の目線を遮るため、窓を閉める。

「……妹か?」

 そうでなければいい、頼むからそうでない返答が帰ってきてくれ。

 そんな俺の小さな願望は、

「――――――はい」

 粉々に、砕け散った。


「………わかった」

 状況は完全に把握した。

 これ以上の言葉は不要、行動に移すのみ。


「行くぞ、令。あいつ、お前のこと待ってるだろ」

「……はい」

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