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君が奏でる部屋  作者: 槇 慎一
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4ハッピーバースデー




 僕が彼女と初めて対面したのは、彼女が産まれてから30分後くらいだと聞かされている。


 僕たちの母親同士は、幼稚部から高等部まで同じ敷地にある女子一貫校の出身で、結婚後は母校の近くにある社宅で暮らしている。つまり父親同士は同じ会社だ。


 彼女のお母さんのお腹に赤ちゃんがいることは母親を通して教えてもらっていて、産まれたら僕にも会わせてもらう約束だった。


 予定日は3月の終わり頃と聞いていた。僕は幼稚園も休みだったから、赤ちゃんが産まれるのを毎日楽しみにしていた。


 産まれた連絡を受けてすぐ、僕は母親と一緒に病院に行った。

 先に母親が呼ばれて病室に入り、後で僕も入れてくれた。彼女のお母さんは、僕の母親と違ってほとんどしゃべらず、話をしたことはなかった。色白で髪が長くて綺麗な女性だった。病気だと聞いたことがあるが見た目にはわからず、詳しくは知らなかった。


 病室の小さなベッドに赤ちゃんがいた。赤ちゃんというものはギャーギャー泣いているのかと思ったけれど、その子は眠っていて静かだった。

 誰かが、僕が赤ちゃんをだっこしたいかどうか聞いてくれた。僕はもちろんだと返事をした。


 僕は手を洗ってから低い椅子に座った。看護師さんが僕の両腕に赤ちゃんを抱かせてくれた。


 赤ちゃんの目は開いていなくて、口許がむずむずと動いている。タオルにくるまれて、ぎゅっと握った手が、顔の横で少し動いている。

 お腹の中にいた赤ちゃんに会えたことがうれしくて、こんなに小さくて、生きていて、僕にだっこされて、いやがらない。かわいい。


 さっき産まれたばかりで、お風呂に入って綺麗になったばかりなの女の子だと教えてくれた。赤ちゃんはあたたかくて大きなタオルにくるまれただけだった。僕は、タオルの中を見ないようにしてだっこした。


 女の子と聞いて、僕は余計にかわいいと思った。

 産まれたばかりで僕にだっこされている、この子に何かを伝えたいのに、特に何も考えていなかった。自分も小さいながらに大急ぎで考えた。


 まだ、お話してもわからないかもしれない。自己紹介とかは、いらないか。そうだ、歌を歌おう! 何の曲にしよう。今日産まれたんだから『ハッピーバースデー』だ。いつもお誕生日会で歌うけど、この子は今日がお誕生日なんだ。きっと初めて聴くだろう。


 僕は、いつもピアノを弾くように背中を伸ばし、発表会で最高の演奏をするための呼吸をした。ドの音を思い浮かべた。4分の3拍子。アウフタクト、ドードレーと始まって、レの音に向かって。


 1・2・3・1・2、

 ハッピーバースデートゥーユー

 ハッピーバースデートゥーユー

 ハッピーバースデーディア、あかちゃ~ん、

 ハッピーバースデートゥーユー


 心をこめて歌った。

 すごく上手に歌えたと思う。

 何か伝わったかな。


 赤ちゃんの顔をのぞきこんだら、お顔いっぱいに笑っているように見えた。お手々も、さっきより動いていた。そして同時に、この子の泣き顔を見たくないという強い気持ちが芽生えた。



 僕は赤ちゃんをしっかりだっこしたまま離さなかった。


「赤ちゃん、そろそろお母さんのところに戻りましょうね」

と看護師さんに言われるまで、ずっと見つめて離さなかった。



「慎一くん、まるで妹ができたみたいね」

「いいお兄ちゃんになりそう」

なんて周りの人達が言っていた。



 この子は妹じゃない! 僕はお兄ちゃんなんかじゃない! 僕はこの子と結婚するんだ! だから、妹じゃない! 妹より大切にするんだ! と、心の中で強く思っていた。そんな大切なこと、まだ言えない。誰にも言いたくない。初めての決意だった。


 それまでの僕は、何でも母親に話をしていたし、どんなことでも母親に聞いてほしかった。


 それなのに『この子と結婚したい』この気持ちは口にしてはいけない、母親にも言わない、そう決意した。











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