101講師時代〜秘密
あれから数日後。
再び早朝から仕事をしたかった私は始発電車で大学に向かっていた。この前、槇君に会った。また会えるといいな、と思ってしまった。
大学生の頃からアイドルのようだったという槇君の噂は絶えなくて、彼の内面はわからなかった。その中で、同じ大学で講師をしている、槇君のお母様である『るり子先生』の門下生からの言葉が印象的だった。
「私達、るり子先生の門下生は、小さい頃からの慎一君を存じ上げています。直接存じ上げなかった時代のことも、先輩方から伺っています。お小さい頃から努力家で、年に数回行われた試演会では、必ず最高レベルまで仕上げてありました。私達は教師になったら、このように生徒を育てていくのだと自覚させられました。慎一君は指導力も卓越している素晴らしいピアニストで、私達は皆、彼を尊敬しています」
人気講師と噂のるり子先生の門下生は人数としては少なく、人気がありながらも各学年二人と限定されているのだそうだ。とても面倒見がよく、プライベートな相談にも乗ってくれる、お姉さん的な存在のようだった。数少ない門下生のうち、もう少しだけ話しやすい学生さんからは、
「仕事に理解のある素敵な御主人様と、ピアノが上手な格好いい息子さん、理想的なご家族」
と聞いたこともある。
槇君が大学を卒業する頃は、学生結婚したらしい、否あの指輪は女避け、そんな噂があった。留学もしない、大学院も受けていない、音楽大学附属教室の講師になるらしい、と具体的な話題にも発展した。
門下生は皆真実を知っているようだったが、興味本位に聞くのは憚られた。指導力にも定評があるという言葉は、どのあたりから出てきたのかがわからなかった。ある時、音楽雑誌で日本ピアノコンクールの記事に槇君の名前を見つけた。その後に、最優秀指導者賞という文字を見つけた。そして、史上最年少と括弧書きで補足されていた。
幼少からるり子先生の手ほどきを受け、『世界の教授』と称されたロシア人教授の薫陶を受けたという槇君。槇君自身が大学三年生でグランプリを受賞したのは、この音楽大学初の快挙と有名だったから知っていた。誰を教えたのかは、すぐにはわからなかった。その音楽雑誌のバックナンバーを探して読み返してみた。
他の雑誌に、同じコンクールの記事を見つけた。年齢制限のない一般部門の一位に『グランプリ受賞 藤原かおり(史上最年少) 指導者 槇慎一』という文章を見つけた。知らなかった。若いのに、指導者としてこんな結果を出している人なんだ。素晴らしい。どのくらいすごいことなのか、見当もつかない。
そんなことを思い出しながら、大学のある駅についた。
途中に小さな公園がある。都会にありながら、木々の緑を感じるこの場所が好きだ。ぼんやりしていると通りすぎてしまうような小さな公園。この前偶然、ここで槇君に会った。赤ちゃんを抱っこした槇君に。結婚しているのは知っていた。お子さんがいたなんて。
公園が近づくと、私は密かに何かを期待した。
公園を見ると……いた!しかし、仁くんを抱っこしているのは女性だった。まるで少女のような……背は高いけれど、お人形さんのような可愛らしい女性だった。真っ直ぐにおろしただけの長い髪。女の子らしい色のカーディガンに長いスカート。
ゆっくりとその場でまわるように、何かを話しかけながら、公園の中を歩いていた。
ふんわりとした雰囲気で、そこだけ絵画から抜け出た空間のようだった。私は話しかけなかった。母親の豊かな胸に頬をうずめた、赤ちゃんの幸せそうな表情。そんなわが子を見る母親の微笑み……。
こちらまで幸せな気持ちになった。
私は何故か嬉しかった。
槇君が奥様を隠している訳がわかった。
確かに私でも、あれは誰にも見せたくないかもしれない。
なんて綺麗な一瞬だっただろう。
昼食時、大学の教員室から出てきた槇君に会った。
「槇先生、お昼ご一緒しませんか?」
「あ、如月先生。一度家に帰る予定なんです、すみません」
「残念」
私は少しだけ近づいて、小さな声で話した。
「今朝、公園で素敵な親子さんをお見かけしました」
「あ、本当?」
「ふふっ、可愛らしい方ね」
槇君は照れていた。そんな顔もするのね。
「ちょっとでいいから、顔を見てきたいんだ。じゃ、また」
「ええ、また」
長身の槇君は、裏門へと走っていった。
私も、あんな素敵な旦那様がいたらいいなと、教員専用の学内レストランに向かった。




