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第八話『観光は、想像よりも楽しめる』

 移動中、普段電車を使う機会がない俺は乗り換えに戸惑ってしまった。

 その姿を見た史奈さんが楽しそうに笑っていたので、今度から乗り換えなどが分かるアプリを入れておこう。いや、なんで次を想定してるんだ俺は。次があるとすればせめて近所がいい。

 駅から乗ったバスを降り、背伸びをする。続いて深呼吸。新鮮な空気だ。


「いやぁ、移動も大変だね」

「ですね。座ってるだけなのに疲れましたよ」


 主に人が密集してるとか、そういう部分のせいで精神的に疲れるし、移動中の揺れなどで体力的にも疲れる。

 身体能力は悪くないのだが、如何せん体力がない。筋トレも三日坊主で続いてないし。引きこもりの体力事情はどうにかならないものか。


「何はともあれ、流石観光地。賑わってるね」

「人が多いところは苦手なんですがね……」


 右も左も人人人。まさか埼玉県にこんなにも外国人観光客が集まる場所があるとは思わなかった。

 小江戸川越、知ってはいたが来るのは初めてだ。黒ずんだ木造の家がちらほら見える。そのすべてがお店になっており、まさに観光地といった雰囲気だ。

 中学の頃の修学旅行で行った京都もこんな感じだったな。古い建物がお店になっている。

 何度も言うが埼玉にこんなところがあったなんて。次から修学旅行は埼玉でいいのではないだろうか。もうだ埼玉なんて言わせない。神社や寺以外でも歴史を感じることはできるのだ。


「大丈夫。手を繋げばほら、迷子にならないよ?」

「はぐれる心配はしてないんだよなぁ……」


 この人も分かっていて言っているのだろう。俺が人混みが苦手なことを。

 電車でも人が多くて吐きそうだったし、もし、もし次があるとしたら空いているときがいい。

 手を繋ぎながらの観光は流石に断った。付き合い始めのカップルがすることではない。

 しばらく歩くと、テレビや雑誌で何度か見た観光名所が見えてきた。塔のような建造物だ。


「わあ、時の鐘だね。初めて見た」

「おお……すごい。なんだろう、すごい」


 言葉が上手く出てこない。でも、こういう歴史的な建物を見た時の感想ってだいたいこんな感じだと思う。

 修学旅行でも、同じような感想しか出てこなかった。特別興味があるわけではないが、いざ目の前にすると感動する。そんな感じだ。


「ねー。昔はこういうのが使われてたんだって、不思議な感じ」

「そうそう、それです」


 史奈さんが言いたいことを言ってくれた。むしろなんでその言葉が出てこなかったんだ俺。

 写真撮影は、外国人観光客が並んでて無理そうだな。まあそんな記録に残そうとか思っているわけじゃないし、写真は別にいいだろう。


「ちょっと、どこに行くの?」

「え、いや向こうには何があるかなーと」


 遠くに見えたお店が気になって向かおうとしたところ、史奈さんに声を掛けられた。

 一応、デートなので別行動をするわけにはいかない。止められたってことは、まだ用があるのだろうか。


「写真、撮ろうよ」

「なんでです?」

「初デート記念?」

「なんで疑問形……」


 世のカップルは、初デートの記録を大事にするのだろうか。そもそもそんな情報を知らなかったのでピンとこない。

 だがまあ、記録に残しておきたいという人は確かにいるかもしれない。アルバムとかを作るのもそういう目的だしな。軽い気持ちで付き合って、すぐ別れるカップルには地獄かもしれないが。


「とにかく、恋人っぽいでしょう? 初めて一緒にお出かけした写真を残すの」

「確かに、言われてみればそうですね」


 そして、史奈さんの目的の一つに恋人っぽいことは何かがあるのだ。それを体験して、どういう気持ちになるのかを知りたい。というもの。

 恋愛感情があるわけでもない俺でそれを体験してもあまり意味がないのでは? と思ってしまうが、疑似体験だからまあいいか。それに、そもそも史奈さんは誰にも恋愛感情を起こさなそうだし。

 外国人観光客が写真を撮り終え、去っていく。その隙に写真を撮ろうかと思ったが、別の外国人観光客が割り込んでくる。ああっ! 譲り合いの精神! 文化の違い!


「人増えてきてません?」


 観光バスでも来たのだろうか、外国人観光客の集団が増える。

 日本人の観光客も増える。流石休日だ。


「あーもういいや、ここで撮ろうよ」

「ここで? 他の人映っちゃいません?」

「大丈夫」


 そう言うと、史奈さんは俺の腰に手を回し身体を近づけてきた。

 人混みや日差しで汗を掻いていたからか、史奈さんの真っ白な肌が俺の肌にピタッとくっつく感覚。え、柔らかい。そしてなんかひんやりしてる。本当に同じ人間?

 じゃなくて、何してるんですかあんた!


「な、なにをっ!?」

「はい、チーズ」


 慌てて史奈さんを見る。

 史奈さんは、スマートフォンのカメラアプリを開き、顔アップで背後に時の鐘が写る構図でシャッターを切った。

 見事な一枚。咄嗟に撮ったのにブレも少なく、時の鐘もはっきり写っている。


「電車だとあんな反応だったのに大胆ですね」

「それとこれとは別。私がやったことだからいいの」

「はあ、そうですか」


 てっきり電車の時のように照れている姿を期待していたのだが、全く照れている様子はない。

 残念だ、照れてる時の史奈さんは可愛いのに。あの時の顔はいつもの冷静で何考えてるか分からない表情よりかはよっぽど魅力があった。


「それで、さっきは何を見つけたの?」

「えっと、あれです。芋の饅頭? みたいなやつが売ってたんで」


 ここ小江戸川越では、芋を使った名産品が大量にある。芋の麺だとか、芋羊羹だとか、それこそ芋饅頭とか。

 せっかくなので、食べ歩きも経験しておこうか。芋饅頭を買い、一口。うん、美味しい。

 モチモチした生地の中には餡子と、輪切りにしたサツマイモが入っていた。甘い、甘いぞこれは。好きかもしれない。


「んーーーっ、美味しい」

「ですね。おっ、ソフトクリームもありますね」


 紫芋のソフトクリームだ。なんだここは、芋パラダイスか?

 甘党の俺にはたまらない。やばい、思っていたよりも楽しい。


「食べ過ぎてお昼食べられなくなるよ?」

「うっ……何とかなります、多分。あ、でもこれから菓子屋横丁にも行くし、抑えるべきか……?」


 史奈さんの言う通り、最初に食べた芋饅頭が想像よりもお腹にたまりこの先が不安になってくる。

 菓子屋横丁、北海道の旅行番組で見た。世界一長い麩菓子が売っている場所だ。


「意外と子供っぽいんだね」

「男の子はみんなこんな感じです」


 ムスッとしながらそう言った。女の子には分からないかもしれないが、男の子はみんな子供なのだ。

 お菓子は美味しい、甘いものは美味しい。ならテンションが上がってしまうのは仕方がない。

 俺でここまでテンションが上がっているのだから、他の人なら奇声を上げて喜ぶのでは?


「ふふっ、なるほどね。普段と違う彼が見られるってことかぁ」


 他にどんなお店があるのかスマートフォンで調べていると、史奈さんが独り言を呟いていた。

 周りの声がうるさくてよく聞こえなかった。俺、何か悪いことしたか? ひたすら考えるが、全く思い当たらない。

 まあ、表情からして不機嫌になったというわけではないだろう。どうせ俺に対する悪だくみとか、そういうのだ。


「どうしました?」

「ううんなんでもない。さ、行こ」


 その後も、俺と史奈さんは二人で小江戸川越を観光した。

 お昼には、パンが異様に大きい喫茶店で食事をした。案の定、食べ歩きをしたせいで食べるのが大変だった。


 その後も適当に観光し、写真を撮り、電車で帰った。

 帰りの電車は空いていて、座ることもできた。ゆっくりできるからこそ、今日のデートを振り返ることができる。


「ねえ。今日、どうだった?」

「……楽しかったです」


 楽しかった。それが素直な感想だった。

 デートなんてくだらない。俺が行っても、どうせ楽しめない。

 そう思っていたのに、楽しめてしまった。また、認識を改める必要があるな。


「よろしい」


 そう言ってフフフと笑う史奈さんの顔は、行きの電車で見た目をそらす照れ顔とはまた違う。

 心から嬉しそうな、素の笑顔であった。そんな顔に、少し見惚れてしまったのはここだけの話。

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