第七話『混めば混むほど、距離は近くなるものだ』
時は過ぎ、学校もバイトもない休日。
以前家デート? をした際にした、休日に外でのデートをするという約束を実行しなければならない。
俺が休日に買い物以外で外に出るなんて、と自分で自分に驚く。これもすべて史奈さんのせいだ。
「遅いな……」
スマートフォンで時間を確認する。
集合時間になっても史奈さんは来ない。集合時間の十分以上前に到着してしまったので、俺が遅れたわけではない。はずだ。
集合場所を間違えた? そう思い事前にチャットアプリで送られてきた集合場所を確認する。駅前のうん、ここで合っている。
「ごめん、待った?」
電話でも掛けようかと思っていると、背後から声を掛けられる。
振り向きながら軽く睨んでみるが、この人には効果がない。諦めてため息をつく。
「はい。それなりに」
「ふふっ、そこが好き」
「はあ」
休日でも変わらない性格に、めんどくさいと感じながらも他人と関わるよりかはまだ話しやすいと思ってしまう。
脳内で情報を整理したことにより史奈さんの服装に気付く。白いワンピース、というシンプルな格好だった。
麦わら帽子を付けて花畑か大きな木の前に立ったらギャルゲーのメインヒロインになれるんじゃないかと思ってしまうくらいには、シンプルな格好が似合っている。
本当にこの人は、顔はいいんだ。顔は。
「それで、どこに行くんですか?」
「小江戸川越って言ったら分かる?」
小江戸川越と言えば、江戸時代の蔵造りの商家が並ぶ観光地だ。
そもそも埼玉に観光地が少ないということもあり、俺は埼玉の数少ない有名な観光地の一つとして認識している。旅番組でも時折出てくるので、知っている人も多いのではないだろうか。有名なのは『時の鐘』だ。
「ああ、あの。知ってますよ。ってまさか、今からそこに?」
「うん。お金はあるよね?」
ここは埼玉の上のほう、熊谷だ。そこから川越までの移動となると、電車代も馬鹿にならない。
川越とか、埼玉の下の方は実質東京だからな。本物の埼玉は上のほうだ。畑ばっかりだし、山も少ない。
と、話が逸れたな。とにかく、ここからは東京に行くのと同じくらいの電車代がかかるのだ。
「もちろん。でも高い買い物はできませんよ。そんなに持ち歩いてません」
「ならおーけー。さ、出発出発」
手を握ってくる史奈さん。基本俺は面倒くさがりなので、こうやって強引な行動を取ってくれた方が動きやすい。
ま、仕方がないか。バイトもしているのでそれなりの貯金はある。何度も遠出するというわけではないのだ。
今日くらいは、遠くに行ってみてもいいかもしれない。
* * *
休日の電車というものは、どうしてこうも混むのだろうか。というわけで分析をしてみよう。
我が埼玉県民が休日に出かける場所は東京と相場が決まっている。なので、埼玉から電車に乗ってもそれなりの混雑具合を体験することができる程度に混むのだ。
それにしても、田舎なのになんでこんなに人がいるんだ。どこに隠れていたんだ。ゴキブリか? 北サイタマゴキブリか?
「まさか座れないとはねー」
「それどころかつり革すら掴めな…………」
次の駅に止まると、さらに人が流れ込んでくる。
この電車に乗っている人間のほとんどが東京に行くのが目的なので、当然降りる人は少ない。
俺はそんな埼玉県民に押され、壁際まで追いやられてしまった。
そして俺の前にいた史奈さんもまた、俺に押されて壁際まで追いやられてしまう。
「きゃっ!」
「うおっ!? す、すみません」
史奈さんそんな声出すんだ。なんて思いながらも、史奈さんと密着してしまっているこの状況に焦る。密です。
密着も問題なのだが、それ以上にまずいことも起こっている。
俺の両手が、壁際にいる史奈さんに覆いかぶさるようにドンッと突いた状態になっているのだ。
いわゆる、両手壁ドン。まさか壁ドンをする日が来るなんて。
「は、離れて……」
「無理ですよ、動けません。それに、俺が覆いかぶさってるおかげで痴漢対策にもなります。耐えてください」
史奈さんはスタイルがよく、ワンピースという服装的に露出が少ないわけでもない。
そして、何よりも顔がいいのだ。そういう男のターゲットにされてしまう可能性はある。
守りたいというわけではないが、知り合いが目の前で痴漢被害に遭うのは気分が悪い。ここは従ってもらおう。
「そ、そう。なら、お願いできるかな」
俺の言葉で、状況を利用する合理性を理解した史奈さんは目をそらしながらそう応えた。
……珍しいな、この人が目をそらすなんて。
「…………史奈さん、そんな顔するんですね」
思わず、そんなことを口走ってしまった。
「えっ?」
何を言っているの、とでも言いたげな顔で史奈さんは俺の目を見てきた。
自分に驚いている、そういった顔だ。なら、今のは無意識だったか。
俺の記憶が確かならば、これが、この人の最初に見せた隙かもしれない。
そして、素の彼女を見るのもこれが初めてなのかもしれない。
いつもの作った笑顔は、そこにはなかった。
「あ、いや。目をそらされたんで。いつも余裕だから珍しいなと」
「………………そう、だね。珍しいかも、本当に」
ここで、会話が途切れた。