第五話『バイト先でも、呪いの装備は外れない』
史奈さんと二人で帰宅するのは、想像していたよりも嫌ではなかった。
普段帰るときは、特に面白みもなくただ歩くだけだったので一人の時間を邪魔される、というような心配はなかったのだ。逆にいい暇つぶしにもなった。周りからの視線は痛いが。
そして翌日も、史奈さんと帰宅した。
俺から話題を出すことは基本的にないので、史奈さんが質問をする、それに応える。といった会話を家に到着するまで繰り返していた。
帰宅や昼休みに拘束される程度なら、デメリットはないので今後も続けていきたいと思う。
「先輩? せーんぱい?」
なんて思っていると、隣から声を掛けられる。
声を掛けてきたのは、バイト先の後輩である夜桜だ。下の名前は覚えてない。名前を覚えるのは苦手なんだ。
髪型はハーフアップのポニーテール。そして眼鏡を掛けている。如何にも普通の女子高生といった女子で、クラスであまり陽の当たらない陰の者である俺が苦手としている人種だ。年下なので無下にするのも躊躇われる。
「…………あ、ああ。どうした? 客か?」
「いえ、お客さんは来てないです」
相変わらず客は来ないか。夕方になるにつれて客足が伸びるので、今は暇だ。
俺のバイト先はとあるカフェだ。親の知り合いの店で、ぶっちゃけるとコネでバイトをさせてもらっている。
店長が小さい頃からの知り合いということもあり、他人と関わろうとしない俺にとってはこれ以上ない職場だった。後輩ができるまでは。
「それより。どうしたんですか? なんだかボーっとしてましたけど」
「最近人と関わることが増えて疲れてんだ。それだけ」
「先輩が人と? どんな人ですか」
「どんな? あー、悪魔かな」
あの人との契約は、まさしく悪魔との契約だった。
交際すると言っても、休みの日に出かけたり、たまに一緒に行動する程度だと思っていた。
だけど違った。どこにいても付きまとってくる。昨日は家に入ろうとしてきやがったくらいだ。男避け関係ないだろ。
昨日も今日も、バイトということで何とか突き放すことに成功した。
明日はバイトが休み。ああ、憂鬱だ。
「悪魔!? 想像できないんですけど」
「別に面白い話題じゃねーよ。仕事しろ」
いくら客が来ないからといって、仕事がないわけではない。
店内の清掃、レジの精算処理、在庫の確認。などなど。やろうと思えば仕事は山ほどあるのだ。まあ今やらなくてもいいことだらけだから結局暇になるんだけども。
「あ、お客さん来ましたよ。いらっしゃいませー」
カランカランと、ドアが開くと同時に夜桜が声を出す。
珍しいな、この時間に客が来るなんて。働いている人ではない、そうなると学生か、主婦か、おじいさんおばあさんかな。
なんにせよ、働いている身なのでいらっしゃいませくらいは言っておかねば。
「いらっしゃいま…………うわ」
「あはっ、来ちゃった」
悪魔一名様ご来店です。
なんてふざけている場合ではない。なんで来ちゃったんですか史奈さん。
史奈さんはカウンター席の端に座ると、鼻歌を歌いながらニコニコとメニューに目を通し始めた。
俺への反応は最初に声を掛けただけで、特に会話を仕掛けてくる様子もない。それでも、最初の言葉を聞いた夜桜は当然疑問を持つ。睨む顔めっちゃ怖い。
この顔はあれだ。「え、先輩陰キャのくせに天道先輩と知り合いなんですか? どういう繋がりですか?」って顔だ。
「ご注文はお決まりですか」
夜桜に質問される前に、俺は史奈さんの目の前まで移動し話しかける。これで夜桜が入ってくる心配は無くなった。
「じゃあ、束紗くんをください」
「コーヒーっすね。アイスですか? ホットですか?」
「愛す!」
面白くない。
「アイスコーヒーでよろしいでしょうか」
「うんっ!」
「かしこまりました。少々お待ちください」
くそ、どうせならもっと注文してくれればよかったのに。
調理時間が少ないので、夜桜から質問攻めされる未来が近づいてしまった。
「あ、私運びます!」
「ん、そうか」
アイスコーヒーを淹れると、夜桜がそう言ってきた。
よかった。正直これ以上会話をしたくないのだ。『知り合いとバイト先で会うと気まずい』という知り合いがいる前提のあるあるを経験することになるとは。これで俺も陽キャの仲間入りだ。
「せ、先輩」
陽キャになれた喜びに浸っていると、夜桜が怒ったような、困惑しているような表情で話しかけてきた。
ど、どうした。あの人にいじめられたか。可哀想に。
「どした」
「なんか、「私の束紗くんに手出さないでね?」って言われたんですけど……どういうことですか?」
なんてことを言っているんだあんたは!
史奈さんをキッと睨むと笑顔で手を振ってきやがった。こいつ……
「何を言ってるんですか史奈さん」
俺は思わず史奈さんにそう言った。会話をしやすいように、史奈さんの前まで歩く。
こうなったらバレるとかどうでもいい。どうせそろそろ噂になる頃なんだ。隠していたわけではないし、知られても構わないだろう。
「えー? 本当のことじゃない」
「えっ、えっ、お、お二人はどういう関係なんですか?」
とてとてとついてきた夜桜がそう質問した。
仕方がない、素直に話そう。
「俺と史奈さんは交際している、っていう設て――――――――」
「私、この人の彼女でーーーっす!」
設定、と言う前に史奈さんが肩を組みながら割り込んできた。
ちょ、胸が当たっているんですけど。これは精神的によくないと思います。この人ならあててんのよくらい平気で言いそう。
「何のつもりですか」
夜桜に聞こえないように、小さな声で質問する。
「え、私嘘ついてないよ?」
確かに。最初は男避けが目的と言っていたが、本来の目的は俺が面白いから、興味を持ったから一緒にいたいというものだった。
身体の関係を持つわけではない。それでも、俺と史奈さんの関係は設定とは呼べない。
史奈さんの言う通り、彼氏彼女の関係だろう。
「そ、そんな……先輩に、彼女……?」
「まあな。たまたま目を付けられたんだ」
目を付けられた、という言葉は本当に合っていると思う。
休みの日に家でゲームをしていたら、姉の友達に興味を持たれ、特殊な条件で付き合うことになった。改めて状況を整理したらわけがわからないな。
「……騙されてないですかそれ?」
「さあ、それは分からん。けど」
「けど?」
「今のところ、退屈はしない……かな」
俺の言葉を聞いて、史奈さんは満足気に笑った。