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第十九話『叶わぬ恋』

 放課後。帰ろうかと思い席を立つと、スマートフォンが聞き覚えのない電子音を流しながら震えた。

 着信音からして、チャットアプリの通話機能ではない通常の電話アプリからの電話だ。通話料金掛かっちゃう。


 って、そんなことを考えている場合ではない。誰からだろうか。俺の電話番号を知っているのは家族くらいだ。

 画面を見ると知らない番号だった。親が機種変更でもしたか? それとも会社の資金横領しちゃった?

 開幕「オレだよ、オレオレ」とか言い始めたら即切ろう。親父絶対そんなこと言わないし。


 教室を出ながら通話ボタンを押す。人気のない校舎裏に向かおうか。そのまま帰ることもできる。


『あ、もしもし。聞こえているかい』

「うちにそんな金ないです」

『何の話だい?』


 しまった、つい詐欺に対する返しをしてしまった。どうやら詐欺師ではないらしい。

 というか、誰この人。喋り方に聞き覚えはあるけど。思い出せない。


「あの、どちら様でしょうか」

『あ、僕だよ僕。一真先生』

「いやなんでだよ、あんたさっきまで教室にいただろ。というかなんで電話番号知ってるの」


 学校側が知っている番号は家の電話番号と、親の電話番号だけだ。俺の電話番号は伝えていない。

 だから、先生が知っているわけがないのだ。当然史奈さんにも伝えていない。伝える意味がないし。


『僕の趣味は情報収集だよ? そのくらい知ってるさ』

「え、やだこわい。切っていいですか」


 本能的に恐怖を覚えた。この人、素が詐欺師っぽいんだよな。俺が最初に疑ってしまったのは仕方ないんだ。

 俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!! 悪いのは先生だ。


『話がしたいんだ。十分後に職員室に来てくれるかい』

『いいですけど、今日はバイトがあるんで短めにお願いします』

『それはちょっと難しいかな。確か、キミのバイト先は夕方のお客さんが少なかったよね。それに今日は店長さんと夜桜ちゃんがいるから、別にいなくても店は大丈夫なはず』


 え、逃げたい。


 なんだろうな、怖いとか通り越して、逃げたい。

 情報を知り尽くしていることもやばいし、そこまで調べていることを堂々と言えちゃうのもやばい。

 やはり切るべきだろうか。しかしそこまで言うのなら大事な知らせのはずだし。


「はぁ……ちなみに、どんな内容ですか」

『キミの想像通りの内容さ。じゃあ、頼むね』


 想像通りの、となると。そうなるよな。

 ああ、バイトに遅れる知らせくらいはしておかないと。夜桜のチャットは……持ってないわ。店長に連絡しようかな。


「あれ、先輩どうしたんですか? こんなところで」


 背後から声を掛けられる。聞き覚えのある声に振り向くと、バイト先の後輩である夜桜がいた。

 ああそうだ、この近くには一年生の駐輪場があるんだ。自転車通学をしている夜桜がここに来るのはおかしくない。


「丁度いいところに」

「ふぇ?」


 はい、ふぇ罪で現行犯逮捕。少年法とか適応されないから。残念だったね。

 ともかく、面倒な手間が減った。今ここでバイトに遅れることを伝えて、職員室に向かおう。


「今日バイト遅れるんだ」

「あ……そうなんですか」


 俺が遅れることを伝えると、夜桜は暗い顔をしながら返事をした。なんだ、今日は混むのか?

 まああの店に限って混むってことはないだろう。できるだけ早く行けるように努力はするが。


「じゃあ頼むな。もう行くから」

「っ! あの! 少し、話いいですか!」


 その場を去ろうとすると、夜桜は突然大きな声を出した。どうしたんだよ。

 周りに人がいないか確認し、改めて向き直る。話とは何だろうか。


「あ、ああ。何?」

「先輩とは、その……まだ知り合ったばかりですけど、それなりに話もしてきました」

「……うん」


 真剣な話なのだ。そう感じ取った。

 周りの雑音が気にならない。野球部の掛け声も、どこかから聞こえてくる下校途中の話し声も、何もかもが入ってこなかった。

 ただ、夜桜の声を聞くことに集中する。


「ずっと近くで見てきて、話しをしていると楽しくて……」

「……」


 夜桜の言葉の一つ一つを受け止める。そして、どう返事をすればいいのかを真剣に考えた。


「その……好き、です。好きなんです。先輩のことが」


 好き。そう伝えられた時点で、俺の思考は真っ白になっていた。

 あれ、何を言おうとしたんだっけ。何を伝えようとしたんだっけ。どうすればいいか分からない、こういう時、どう返事すればいい。

 それは勘違いだ、なんて言えるわけがない。ここでそれを疑えるほど、鈍くはない。


「俺は…………」

「いいんです、返事は。ただ伝えたかったんです」


 目の前で俯く彼女は、いつかの三谷先輩と重なって見えた。


『こういうのは成功しそうとか、上手くいくとかじゃないんだ。好きだから、告白するんだよ。それを伝える、それだけだ』


 それと同様に、今の夜桜菜沙は真剣なのだ。

 そう考えれば考えるほど、心の中がきゅっと締まる。

 俺は、史奈さんが好きだ。その気持ちは変わらない。だから。


「……悪い」

「ちょっと、なんで……先輩が泣いてるんですか……」


 涙声で夜桜がそう言う。あれ、俺も泣いてんのか。これ。

 なんだこれ、なんでこんなに涙が出てくるんだ。わかんねぇ、なんで止まんないだよ、これ。どうなってんだ。

 どう止めればいいのか分からなくなっていると、夜桜が俺の胸に顔を埋めた。

 ……今くらいは、いいか。


「う、ぁぁ……!! ぁぁぁぁぁ…………!!!」

「ぐっ……くそっ」


 お互いひとしきり泣き合った。

 しばらくすると、夜桜は先程まで号泣していたのが嘘のような笑顔で向き直った。それでも、目元は赤くなっている。俺も多分、赤くなってるんだろうな。


「さ、先輩は早く行ってください。あと、今日のバイトは休みでいいですよ」

「……ああ」


 夜桜はそれだけ言うと、逃げるように駐輪場に向かった。

 正直、すぐに視界からいなくなってくれて助かった。また泣いてしまいそうだ。

 自分のことをそこまで気にかけてくれる相手が居た。それだけで俺は今後の人生を少しは前向きに生きていくことができるような気がした。


「ありがとうな」


* * *


 泣き崩れた顔を鏡を見ながら確認する。よかった、ぱっと見では分からない。

 その後、職員室へ向かう。ああ、もう帰って寝てしまいたい。なんでこんな気持ちであんな情報屋に会わなければいけないんだ。内容が内容じゃなかったらすぐ帰ってやろう。


「失礼します」

「お、御子柴くんこっちこっち。少し遅かったね」


 やめて目立つ。前に呼び出された時と同じ場所なのだからわざわざ呼ぶ必要はないだろうに。

 ソファまで移動し、座る。ニヤニヤとしながら俺の顔を観察する先生、こ、怖い。

 そして。


「どうだい? 女の子を振る気持ちは」


 とびっきりニコっとしながらそう言った。やべーやつだ。


「……見てたんですか」

「あ、本当に告白されたんだ。やるね、夜桜ちゃん」


 しまった。流石にそこまでは知らないか。

 まあ、俺の目が赤いことに注目して鎌をかけたのだろう。してやられた。


「それで、史奈さんについてですよね」

「そうだね。事情を知って、キミの意見を聞いてみたくなったんだ」


 ふむ、つまり俺が史奈さんに告白しようとしていることは知っていないと。

 おそらく、史奈さんから相談を受けたのだろう。その時に今の関係性を知った。というところか。

 観念して話そう。どうせ何から何まで知られているのだ、ここで吐き出して、史奈さんに対する気持ちを再確認しよう。


「最初は、もう史奈さんとは関係を終わらせるつもりだったんです」

「うん」

「でも、いつまで経っても諦めきれなくて。俺の中から史奈さんがいなくならなくて」


 先生は、静かに聞いていた。

 もう自分の気持ちに迷いはない。語りを続ける。


「店長と夜桜に相談して、それが好きってことなんだと知って……まあとにかく、俺は史奈さんと一緒に居たいんです。それが、今の気持ちです」


 言った。言ってやった。緊張しすぎてなんか告白したみたいな気持ちになってきた。男相手だぞやめとけ。

 でも、本人相手は今以上に緊張するんだろうな。勇気を出すために言ったつもりが余計に怖くなってきたぞ。


「驚いた。もうそこまで行ってたんだ。なら、僕の役目は背中を押すことくらいか……」

「はい?」


 背中を押す? それはつまり、応援してくれるとかそういうことだろうか。

 そういえば、最初に史奈さんの兄として会った時にも肯定的な反応をしていた。

 先生はお茶を一口飲むと、ゆっくりを口を開いた。


「今まさに史奈は迷っている。そして助けを求めている。キミには何ができる?」

「史奈さんを救いに行けます」


 史奈さんがどう思っているのかは分からないのだ。絶対に救える、だなんて言えない。

 しかし自分でも大きな成長だと思う。昔の俺は、救いに行くことすらできなかったのだから。


「救える、とは言えないんだね」

「確証はないですから」

「まあ、合格かな」


 品定めするような目で見ていた先生の目つきが変わる。胡散臭さは拭えないが、優しい目になった。

 合格か。赤点じゃなくてよかった。昔の俺なら赤点を取っていたんだろうな。

 先生と話して勇気も出た。決めた、明日にでも史奈さんに告白しよう。


「……空き教室だ」

「え?」


 空き教室……? どういう意味だろうか。


「史奈はそこにいるよ。場所は言わなくても分かるよね」

「っ! ありがとうございます!」


 迷わず、職員室を飛び出していた。

 空き教室、俺と史奈さんにとっての空き教室はあそこしかない。図書室の隣にある空き教室。毎日一緒にお昼を食べたあの思い出の場所。

 帰ろうとする生徒とは逆方向に進む。息を切らしながら扉の前までやってきた。


 ――――そして、ゆっくりと扉を開ける。

次回、最終回。

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