第十八話『御子柴束紗は恋を知る』
店長と夜桜に、俺と史奈さんが今どういう状態なのか、元々どういう関係だったのかを説明した。
口に出して再確認すればするほどわけの分からない関係だなとも思う。しかし、それが俺と史奈さんなのだ。周りから理解されるとは微塵も思っていない。
「それで、束紗はどうしたいんだっけ」
「俺は、史奈さんと一緒に居たいです。自分でもよくわかってなくて、言葉にできないんですけど、一緒に居たいんです」
「なら、どうしてそうしないの?」
「片や人気者の完璧美少女ですよ。当然釣り合わない、周りからの目も刺さる。どうしてあんな奴と、って。実際学校でもそう噂されてました」
最初は使われているだけだと思われていたが、流石に毎日一緒に昼食を取ったり、帰ったりしているうちにそう評価されるようになっていた。
いじめまではいかなかったが、元々仲がいいわけでも悪いわけでもない連中から目の敵にされることも増えてきた。おそらく史奈さんも、周りから嫌な視線を受けているのだろう。それが、たまらなく嫌だった。
俺が迷惑をかけてしまっているという事実が、考えれば考えるほど心に突き刺さって。嫌になって。
だから、一緒に居ちゃいけない。俺も史奈さんも傷つくから。
「そんなこと気にしてたら一生何もできない、って言おうと思ったけど束紗じゃそんなの関係ないか。気にしながら耐えてるもんね」
だてに小さい頃から俺を見ているだけのことはある。店長は家族に次いで……いや、家族以上に身内という感じがある。親が放任主義だからだろうか。
こうして俺を深く知っている人間が近くにいるだけで何度も救われてきた。だから、相談しようと思えたのだ。
「正解です。他はどうとでもなるんですけど、今回ばかりは耐えられないんです」
「束紗はさ、彼女さんに確認した?」
「確認?」
確認とはなんだろうか。付き合うということは向こうから言い出したことでお互い納得していたし、今回の距離を置く、という処置も確認はした。
「うん。だって、それは束紗が勝手に彼女さんが傷ついてるって思いこんでるからだよね。もちろん他にも色々な理由はあると思うけど、それも全部想像でしかない。私は会ったことはないけど、その彼女さんはそういうのも受け入れてくれると思うよ」
想像でしかない……? そう言われてしまえばそうだ。史奈さんは別にそう思われるのが嫌だとは言っていないし、それ以外の話についても嫌な思いをしているとは直接聞いていない。
実際はどうなのだろうか。本当に、受け入れてくれるのだろうか。
もしそれが本当は嫌がっていたとしたら、本当にこのまま一人で生きていく道を選ぶことになる。
余計に傷つくくらいなら……
「先輩は史奈さんのことが好きなんですか?」
沈黙を決め込んでいた夜桜が口を開いた。どん底に落ちていく思考から解放される。危なかった、このままだともっとネガティブな思考になるところだった。
好き、か。俺はまだ史奈さんのことが好きなのか分からない。もしかしたらそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「……どうだろうな。これが好きってことなのかな。わかんねぇや、ははっ」
いきなりこれを恋だと認識するのは難しい。本当は違うかもしれない。
そもそも恋を知らなかったのだ、今、俺は恋をしているのだろうか。史奈さんと出会ってから何度か感じていたこの感情は、恋だったのだろうか。
過去に恋をしていると勘違いしていたことは何度もあった。今の感情はそれとは確実に違う。それだけは分かる。
「……そんなの、もう無理じゃないですか」
「? どうした?」
夜桜が店の外を見ながら何かを呟いた。客でも来たか? 来てないな。来いよ、潰れるぞ店。
「い、いえ。多分、それが恋ですよ」
「そうか……」
夜桜が言うのだからこれが恋なのだろう。様々な感情が入り乱れているが、この全てが恋なのだろうか。いや、それはどうでもいい。
俺は、史奈さんに恋をしているんだ。その事実が分かっただけで十分だ。
オサレなカッフェで働くカリスマJKが言うんだからそれで合っているはずだ。
でも。
「もしこれが恋だとしても、俺じゃ怖くて言えないな」
改めて、三谷先輩がすごいことを確認する。
好きだと伝えること。そして相手が受け入れてくれなくても折れない心。
俺には無理だ。弱い男だ、告白なんてそんな大それたことじゃないだろうと思っていたのに、ここまで弱くなるなんて。
軽い告白に対する気持ちは変わらないが、これからはしっかりとした告白をする人に対して尊敬の目を向けなければならない。
「それって、ただ勇気が出ないってことじゃないですか」
「……言っちまえばそうだな。情けない限りだ」
「本当にそれでいいんですか!?」
「なんだよ、急にでかい声出して」
ビクッって身体が震えちゃった。でっかい声出すなよ、お客さん怖がっちゃうだろ。
お客さんいないわ。いろよ。なんでいねーんだよ。
「好きなら、伝えてあげないと可哀想です!」
「あのな。可哀想とか可哀想じゃないとか、そういうのは押し付けだろ。史奈さんはその告白を待っていないかもしれないんだ」
周りの人間がその人の感情を決めつけてはいけない。そうかもしれない、という意見は出るが、絶対にそうだと外の人間が言っていいはずがない。
「でも……その気持ちを伝えられなかったという後悔は、一生残ります」
「一生って……」
「それも、先輩みたいなうじうじしてる弱虫なら死んでも後悔し続けますよ!」
「そ、そうか。そうだな……そうかもしれない」
夜桜の強い語気に気圧されてしまったが、確かにこのまま気持ちを伝えずに離れ離れになるよりも思いっきり振られて傷ついて、完全に関係が終わった方がいい。一生引きずるのは怖い。
そう考えたら気持ちが楽になってきた。依然として受け入れてもらえなかった時の恐怖は残っているが、一生残り続ける後悔に比べたらどうってことない。心配するな、致命傷だ。
「俺、少し勇気出してみるよ」
「よっ、それでこそ男だ」
そう言いながら店長は頭を撫でてくる。あの、もう子供じゃないんでやめてもらっていいすかね。
撫でるならせめてもう少し優しく撫でて。優しくして。男の子は精密機械なんだぞ。
「あ、お客さん来ましたよー」
何はともあれ、二人に相談したおかげで自分の気持ちをはっきりさせることができた。
二人には感謝しないとな。こういった思考が出ることに自分でも驚く。丸くなったな。坂道に気を付けないと転がるんじゃないの。
なんて思いながら、俺はバイトを続ける。いつ、史奈さんに気持ちを伝えるかをジッと考えながら。
* * *
その日の夜。夕飯を済ませ風呂にも入った俺はすることもなくなり、リビングでテレビを見ていた。
液晶に映る恋愛ドラマ。今まではまるで興味もなかったのに、やけに注目して観てしまう。
夫婦のふりをしていて、いつの間にか本当に好きになってしまう……か。なんだろう、親近感が湧いてきた。
「ふぃー」
風呂上がりの姉貴がリビングに入ってくる。着ているのは中学時代のジャージだ。身体がまるで成長していない。
まあ、ジャージは部屋着として優れているから仕方ない。どうしてあんなに着心地いいんだろうな。宅配とか対応するとき恥ずかしいことを除けばトップクラスだろあれ。
「ふんふんふーん」
愉快に鼻歌を歌いながら冷蔵庫を漁っている。
一応言った方がいいよな、相談ってほどじゃないがとりあえず報告というか。話題に出しにくそうにしてたし。
「なあ」
「ほえ? なにさ」
麦茶を持ちながら振り向く。
高校三年生ならギリギリ少女なので、ほえ罪は適用されない。命拾いしたな。
ちなみに大人になってほえ? とかリアルに言っちゃう人はやばい。近づいちゃいけない。あ、俺の場合そういうの関係なく近づきませんね。
咳ばらいをし、呼吸を整える。
「俺さ……史奈さんに告白するわ」
「おっ、やるじゃん。おねーちゃんは見直したよ」
反対はされなかった。
少しだけ、反対されてしまう可能性は考えていた。友達を傷つけたとか、そういう理由で怒られてしまうのではないかと思ったのだ。
「んで、いつ告白するん?」
「……まだ決めてない」
それで迷っていたのだ。どうせ告白するならしっかりしたい。場所を選んで、気持ちが落ち着いたらだ。
やはりまだ怖いのだ。覚悟はできていても。
「うわヘタレだ」
「うっせ。まあなんだ、近いうちに告白する。史奈さんには言わないでくれよ?」
姉貴の口から史奈さんに知られたらお終いである。
いや、そっちの方が向こうも心の準備ができていていいのか? 分かんなくなってきた。
呼び出しておけば史奈さんも準備できるだろうし、やっぱり知らせない方がいいな。うん。
「言わない言わない。いやー、ついに束紗も彼女持ちかー。はっはっは」
なんで告白が成功する前提で話進めてんだ。
ツッコミをする暇もなく、姉貴は自室に向かってしまう。あ、麦茶取られちゃったよ。緑茶でいいか。
……近いうちに、か。いつになるかな。
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