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第十七話『正解は確信できない』

 バイト中、コップを拭きながらひたすら時間を潰す。

 こういう何もない時間を過ごしていると、どうにも余計なことを考えてしまう。

 仕事がないのがいけないのだ、今日は夜桜が少し遅れていて店長と二人なのに、そもそも客が来ないせいでやることがない。


「束紗、最近元気ないよね」


 ふと店長が話しかけてきた。店長もやることがないのだろう、カウンター席に座りながらくつろいでいる。おい社会人。

 最近元気ない、か。昔に比べるとどうだろうか。史奈さんと会う前に戻っているのなら何も問題はないが、もしそれよりも元気が無いように思われていたら、少しは取り繕わなければ。心配を掛けさせてはいけない。


「……別に、何もないですよ」

「そのセリフは何かあった人のセリフだよ。何があったのか話してみそ?」


 言い方と表情でバレてしまったようだ。無表情なのに表情に出やすい、どうなってるんだ。

 店長には敵わないな、少し大人に相談してみてもいいかもしれない。


「最近、恋愛について考えていまして」

「ほう? 例の彼女さん?」

「まあ、それも含めてです。最近姉貴に彼氏ができまして、それで考えるようになったんです。なんだか、急に近くに感じてしまって」


 できるだけ簡単に説明した。距離を置いている、と言うと余計に心配させてしまうかもしれない。

 相談したいことだけを話そう。


「んん? 彼女ちゃんと付き合ってるなら束紗も恋愛してるよね?」

「いや、それがお互いに恋を知らない状態で付き合ってるんですよね。本物の恋愛じゃないというか、特殊な関係というか。それで今お互いに恋愛が、恋が何なのかを知ろうとしてるんです」

「面白い関係だ」


 面白いか。史奈さんは、この関係を面白いと思っていたのだろうか。

 史奈さんも今、恋と恋愛を知ろうとしているのだろうか。話をしていないから、史奈さんが今何をしようとしているのか分からない。

 ああ、なんでそこまで知ろうとしているのだか。確かに興味はあるが、全てを知れるわけないのに。


「それで、恋ってなんですかね」

「そうだねぇ、私も彼氏はいないから何とも言えないけど。恋は分かるよ。その人のことしか考えられない。みたいなのが恋かな。私の経験談でしかないけど」

「なるほど、ありがとうございます」


 それが恋、なのか。しかし恋をすると絶対にそうなる、とは言い切れないだろう。

 現実の恋愛をくだらないと思っていた俺だが、今となっては興味津々だ。不思議だな。それを理解すれば少しは史奈さんを理解できるようになると期待してしまっている。


「店長、俺どうすればいいんですかね。何をすればいいのか分からないんです」


 どうすればいいか分からない。ただ時間が経つのを待って、何かをしようとしていない。

 だから、進むべき道が欲しかったのだ。その道を探す手がかりだけでもいい、何かヒントが欲しかった。


「辛そうな顔をしてるよ。少なくとも、今のままって選択肢は間違ってると思う」


 間違っている。このまま、史奈さんとの関係を終わらせようとしている今の選択肢が?

 なら、ならどうすればいいんだ。できるだけ傷つかない選択肢を選んだつもりだった。しかし本当にそうだろうか。

 俺も史奈さんも、ダメージは少ないと思っていた。


 史奈さんは俺との関係がリセットされたことに何かしら心残りがある。それは、この間銅像の前で会った時に確信した。

 それなら、確かに今のままではいけない。俺一人が傷ついて終わると思っていたのに、史奈さんも傷ついてしまったら意味がない。


「それなら、俺はどうすれば……」

「束紗はどうしたいの」

「俺、ですか」


 俺はどうしたいか。そんなの、一緒に居たいに決まっている。

 楽しかったのだ。史奈さんに対して何度も面倒だという感情が出たことはあったが、それでも一緒に居た期間は楽しかった。

 それに嘘はつけない。でも、一緒に居てもダメなんだ。俺は史奈さんの期待に応えられるような人間じゃない。俺は主人公ではないのだ、失敗を恐れずに前に進むことなんてできない。


「俺は……」

「っはよーございまーす」


 店長の問いに応えようとしたその瞬間、夜桜が出勤してきた。流石に夜桜の前では言えないな。この話はまた後にしよう。

 挨拶を済ませ、夜桜が更衣室に入ったタイミングで店長に目線を向ける。


「?」


 気付いてない。マジかこの人。なんとなくわかるだろ。察しが悪いからモテないのでは? いけない、悪口になってしまう。

 そのまま会話を続けようとしていたので、シッと人差し指を口の前に持っていく。よかった、一応黙ってくれた。


「そういえば先輩、最近天道先輩と一緒に居ないですよねー。喧嘩でもしたんですかー?」


 校内でも噂になっていたな。まあ、だとしても誰も俺に興味はないようだったが。しかし夜桜にも知られているとは。

 まあ、これ以上話が広がることはないだろう。なんて思いながら応えようとした瞬間、店長が肩を組んできた。

 いきなり何!? 近い! おっきい! いい匂い! あとおっきい! よくない!


「束紗ぁ! 本物の恋愛じゃないとか言いながらしっかり喧嘩してるじゃん!」

「おい馬鹿ほんと馬鹿。おバカさん」


 店長はおそらく喧嘩するほど仲がいい、というようなことを言いたいのだろう。

 まあ確かに本物の恋愛じゃないだけで仲はよかった。ってか、そもそも喧嘩してない。

 そして夜桜の前で本物の恋愛ではないなんて言ってしまったら確実に問い詰められるに決まっている。


「先輩! 本物の恋愛じゃないってなんですか!?」

「うるせぇさっさと着替えろ」


 これは誤魔化すことはできなさそうだ。

 夜桜が興味を持ったが最後、答えなければバイトが終わるまで問い詰められる。何かと俺のことを知りたがる傾向があるからな。手玉に取られないように気を付けよう。

 俺は観念して夜桜に俺と史奈さんの関係について話すことにした。まあ、こいつなら恋愛に詳しそうだしな。

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