第十六話『気持ち一つで元には戻らない』
つまらない日常、つまらない生活。
俺が求めていたはずの、誰にも関わらない学校生活を手にすることができた。
なのになんだろうな、この気持ちは。今なら、史奈さんの面白いものを求める気持ちが分かる気がする。
騒がしい場所から静かな場所に移動したら、静寂をやけに強く感じる。みたいなものだろう。直になれるさ。昔と変わらないのだ。大丈夫。
チャイムが鳴った。クラスメイト達が先生の合図よりも前に教科書を仕舞い始める。おいおい、今から重要なこと言われるかもしれないだろ、ノートくらいは残しておけよ。
もう昼休みか、早く行かないと史奈さんに怒られる。立ち上がり、気付いた。……ああ、もう行かなくていいんだったか。無意識に空き教室に行ってしまいそうだった。
これはあれだ、慣れだ。仕方ない。席替えをしたときに前の席だった場所に間違って座ってしまうようなものだ。
気付かず座り続け、その席の女の子が登校してきて、めちゃくちゃ嫌がられて……うん、思い出すのはやめておこう。思い出の中でじっとしていてくれ。マジで。興味ないね。
「マジで一人だな」
買ってきたパンを頬張りながらそう呟く。
自由時間に一人だった期間はそれほどじゃないはずなのに、新鮮に感じた。
そうか、一人ってこんな感じだったな。それを忘れてしまうくらいに、史奈さんと一緒に居たのだ俺は。
史奈さんと一緒に居た俺が教室で一人でいれば、誰かしら話しかけてくるかな。なんて思ってたんだけどな。ははっ、自惚れんなよ。分かってただろ、誰も俺に興味ないさ。
「ギャハハハ! マジで!?」
「ウケるー!」
久しぶりに聞いた気がするな、ギャルの呪文。マジ。進化系はマジデ、マジデイン。もちろん雷呪文だ。
しかしあれで何故会話ができるのだろうか。あれが社会に出て必要なコミュニケーションだとしたら、俺は家でできる仕事を選ぶ。オフィスワークだけが仕事ではないのだ。
適材適所、家こそがマイホーム。何言ってんの。
パンを食べ終わり一息つくと、スマートフォンがらピコンと電子音が鳴る。
まさかな、と思いながらもチャットアプリをタップする。なにどきどきしてんだ俺。
未読のメッセージを探す。一番上にあるそのメッセージにたどり着いた。
「わぁ、ハンバーガーが安くなってる」
* * *
放課後、当然史奈さんからの待ち合わせのチャットはない。
くそ、なんで期待してんだよ俺は。自分から言い出したことじゃないか。史奈さんのことは忘れろ。
「寒いな、今日は」
ここ最近は雨が続いていた。今日はまだ降っていないが、気温が下がるからやめてほしい。
学生カバンに入れている折り畳み傘には何度もお世話になった。雨が続いているときの天気予報は当てにならない。
雨が降らないという予報の時は振るし、雨が降るという予報の時はめっちゃ降る。結局降るのか。実際そのくらい降るから困る。家が生乾きの臭いで満たされているのでさっさと晴れてほしい。
灰色の空では、気持ちも滅入るというもの。ただでさえテンションを上げる手段がないというのに、ここまで憂鬱だと病気になってしまう。
太陽の光は精神面で重要なのだと再確認するが、休日は太陽の光を浴びようとは思わないのだ。個人的にブルーライトの方が精神が安定する。絶対間違ってるから参考にしてはいけない。
空から目を放す。いつもの帰り道。校門に続く道の途中にある銅像。いつもの、俺と史奈さんの待ち合わせ場所。
そこに、史奈さんがいた。
「……ぁ」
何のつもりですか、と言おうとしたが飲み込む。おそらく、史奈さんも銅像を見て思い出していたのだ。
俺の予想が合っているかは分からない。でも、少しくらいは自惚れていたかった。今くらいは、そう決めつけなければいけない。
史奈さんと目が合う。気まずくて目をそらしてしまった。何立ち止まってるんだよ俺。
声を掛けることなく通り過ぎる。
「ねえ……」
真横を通ったところで、史奈さんが小さく声を漏らした。
反応してはいけない。今は耐えるんだ。そのうち、史奈さんも飽きる。俺の興味を無くして、後ろめたさも無くなる。
心臓が痛い。だが、このくらいの痛みで済むのなら安いものだ。今耐えればすべてが終わる。
「またね、束紗くん」
…………それは、ずるいだろう。
一瞬足が止まってしまったが、無理やり足を動かす。気付かれてしまっただろうか。
気付かれたのならそれでいいか。こうやって今は関わらないと史奈さんにも強く伝えるのだ。
「痛いな」
どうして心臓が痛くなると呼吸が苦しくなるのだろうか。どうして何もしていないのにここまで疲れてしまうのだろうか。
雨、そうか。雨のせいだ。気圧が低くなると体調を崩すことがあるらしい。頭が痛くなったりもする。だから、これは気圧のせい。
万能だな、これからは気圧のせいにしてしまおうか。古来から日本は何か悪いことがあると妖怪のせいにしていた。現代は気圧だ。気圧時計とか開発したら売れるのではないだろうか。
「恋愛、か」
お互いをどう思っているのか、恋愛が何なのか、そういう気持ちにけりを付ける。
偉そうに言ったものだ。俺は何も知らない。恋をしたこともないし、当然恋愛をしたこともない。
俺がそれを理解する日は来るのだろうか。出来たら、もしかしたら、史奈さんとまた……
ダメだな。まだ忘れられてない。まるで学習していない。考えれば考えるほど記憶に刻み付けてしまう。
どうすんだよ、このジレンマ。
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