第十二話『好きという気持ち』
店員がお好み焼きの生地を運んできたため、会話は一旦中断となった。
料理に自信ネキは自分で言うだけのことはあり、見事にお好み焼きの調理を仕切っていた。ないだろうがこの人と鍋をする時は任せよう。
焼いている間に、再び会話が始まる。ああ、どうか会話を振られませんように。
「御子柴くんってさ、史奈とどこで知り合ったん?」
「接点なさそうだよね」
知ってた。知ってたよ。普段の仲いいメンバーの中に入ってるんだもん。そりゃターゲットにされるよ。
それに、こういったリア充は恋バナというものが大好きなのだ。キスをしていないという情報だけで満足するわけがない。
二人が知りたいことは、俺と史奈さんがどこで知り合ったのか。確かに接点なんてない。というか、俺も知り合ったのが不思議なくらいだ。
「自宅っすね。姉貴と遊びに来てたみたいで」
「なるほどねー。じゃあさ、いつ告白したの?」
告白か。今でも覚えている。付き合ってよ。そう言われて思考を整理するために一度誤魔化したのだ。
それも史奈さんにはお見通しだった。それが今までにない気持ちで、心がざわついた。そして心のどこかで期待してしまった。この人なら、と。
「告白は会ったその日にしたよ。私からね」
「わっ、すごいねそれ。当日なのもすごいけど、史奈からだったんだ」
「んねー、男らしくなくない? あんた」
「いや、初対面で告白されるとは思わないでしょ普通」
「あー確かに。それな」
でた、それな。それなというものは同調するときにとても便利な言葉であり、どのくらい便利かと言うとマジ便利。それな、マジそれな。
これを使いこなすことができれば、見事にリア充検定に合格だ。ちなみに、それなはリア充検定三級だ。
チャットアプリで笑を多用する人がリア充一級。SNSに学歴乗せてるヤツはリア充五段。了解を『り』と表現する奴はリア充二級くらい。竜王まで上り詰めると言葉を交わさなくてもコミュニケーションが取れる。
つまり何も喋らない陰キャこそが本物のリア充なのではないだろうか。Q.E.D.証明完了。できてねーよ何言ってんの。
「あ、聞きたかったんだけど、束紗くんは天道のどこが好きなんだ?」
三谷ィ!
なんてことを聞いているんだ三谷先輩。俺と史奈さんに恋愛感情はないのだから、この質問に答えることはできない。
が、答えなければ怪しまれる。答えられないのなら最低だし、答えたとしても納得がいく答えかは分からない。
「そうですね。史奈さんの好きなところは……同じ何かを求めているところですかね」
「何か?」
「ええ。何かです。それはまだ上手く言葉にはできないんですけど」
これは嘘ではない。嘘をついたら、意味がない気がするから。嘘をつくのは、嫌だったから。
恋愛感情とは違う。それは分かっていても、そういう部分に魅力を感じてしまっているのは事実なのだ。だから、俺は史奈さんのそういうところが好きだ。好きであり、嫌いだ。
「よくわかんなーい。史奈はどうなん?」
「……私? そうだねぇ、私を私として見てくれるところかな。それがとても面白くて、嬉しい」
「うん、史奈もよくわからなかったけどラブラブなのは伝わってきたわ」
私を私として、か。確かに、俺が史奈さんを見る目にはフィルターが掛かっていない。
他の人は、天道史奈という存在をもっと綺麗なものと信じて接しているのだろう。
それに、俺は最初史奈さんに興味がなかった。自分に興味がない人間、それだけでも彼女にとっては面白い人間なのだ。
「ははは……あんまり参考にならなかったな」
「参考?」
「ああ。俺さ、紗耶香……お前のお姉ちゃんに告白しようと思うんだ」
「えっ」
思わず声が出てしまった。三谷先輩が、もうそこまで決めているとは。
俺は普通の恋愛に詳しくないのでその告白がいいのか悪いのか分からないが、とにかくその覚悟は尊敬する。凄まじく勇気がいるだろう。その告白の相手が自分の姉というのは少々複雑だが。
「三谷さぁ、あたしたちに手伝うなって言うんだよねー。手伝いたいのに」
「みんなで協力して振られたら、その協力した全員が気まずくなるからだと思いますよ」
姉貴はあの性格だ、三谷先輩の好意には気づいているだろう。
だから、それを手伝ったりしたらきっと嫌な気持ちになる。仮に振ったとしたら、手伝った友達はせっかく手伝ったのにという気持ちが出てしまう。仕方ないとは思っていても、そういう気持ちは生まれる。
それは仕方がないことなのだ。恋愛に関わらず、自分が関わったことが失敗した時に必ずそうなる。
「そ、そうだよ。邪魔しちゃダメっ」
「んー、そっかぁ。色々考えてんだね」
結局最後まで料理に自信ネキはピンと来ていないようだったが、なんとなくでそれがいけないことなのだということは理解したらしい。
「でも、告白したらどちらにしろ空気は悪くなっちゃうかもだよ?」
「告白して、雰囲気悪くなったらその程度の関係だと思ってるんだ。一回告白してダメでも、まだ次がある。その時は嫌われない程度に頑張るさ。もちろん、紗耶香が嫌がるなら離れるけどな」
史奈さんの言葉に、三谷先輩はそう答えた。
その恋は、俺が嫌いな軽い恋愛とは違った。本当に好きで、本気で恋してるんだ。
そんな人には、幸せになってほしかった。頑張った人が報われてほしかった。そういう世界であってほしかった。
「今の紗耶香の好感度どうだろうね、上手くいくかな?」
えっと、誰だっけ。料理が得意じゃない方の女の先輩だ。普通に可愛い先輩。特別これといった特徴がない。その人がそう言った。
俺は三谷先輩と姉貴がどのくらい仲がいいのか知らない。だから、告白がどうなるかは分からない。
でも、成功してほしいな。これだけ本気だから、姉貴も真剣に向き合うだろう。
「こういうのは成功しそうとか、上手くいくとかじゃないんだ。好きだから、告白するんだよ。それを伝える、それだけだ」
「おー、なんか、あたしあんたのこと初めてかっこいいと思ったかも」
「男の子だねぇ」
羨ましかった。恋愛に、そこまで本気になれることが。本気で、人を好きになっていることが。
いつか、俺も本気で誰かを好きになるのだろうか。後悔しない選択を選べるだろうか。
ああ、少し前の俺なら考えないようなことを考えてしまっている。これもすべて史奈さんのせいだ。
これがいいことなのか悪いことなのかはまだ分からない。でも、確実に何かが変化している。知らないことを知ってしまっている。
知識が増えて、考え方も変わってくる。見えている世界も変わる。
そうして、最終的に俺の思考が行きついた自分への問いがあった。
俺が史奈さんに対して抱いている感情は、どういったものなのだろうか。と。
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