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98話 祝宴

「んんん~~、久々の陸地だ!」


「うわぁ、町全体がお祭り状態だね」


「先に戻っていた冒険者や船乗りから話が伝わっていたのだろうな」


「うっ、ここでもなんだか嫌な予感が……」


 サイマールから出港して十日以上が経過していた。

 俺たちは海の異変の調査を終え、一度サイマールへと帰って来た。

 既に町には海の異変の解決が知らされていたらしく、そこかしこの屋台で酒盛りや宴会が行われていた。


 んー、やっぱり陸地ってのは安心するな。

 流石に十日以上も海のど真ん中で過ごしていると、船や海にも段々と飽きてきていたからなあ。

 ああ言った珍しい場所や景色は偶にだからいいんだろうな。


 ちなみに、ルカはそのまま両親の元に帰してきた。

 せっかく仲間や両親と一緒に暮らせるようになったんだ。あいつにとってもそれがいいだろう。

 一生会えない訳でもないし、エルデリアに一度帰った後また様子を見に来る予定だ。


「あっはっはっはっはぁ、おうおうおう、どこもかしこも騒いでやがんなぁ。俺も混ぜてもらいたいぜ」


「あー、リカルドの旦那、まだやらなきゃならねえことが色々あるでしょ?」


「……分かってるよ」


 サリヴァンさんとリカルドさんは、これからギルドや町全体への報告、船の航行が可能かの最終確認、更にクイーンタイダリア号のメンテナンスとやることが山積みらしい。

 ライナギリアへの航路の再開も、それらが終わった後になるそうだ。

 その時は俺たちの都合に合わせて船を出してくれるそうだ。


「えっと、なんか悪いな。後のこと全部任せちゃって」


「あん? 気にすんな。お前たちの働きに比べりゃどうってことねぇよ」


「そうそう。今回一番大変だったのは君たちだったんだ。面倒な後処理くらい俺たちがやらないと立場が無いよ」


 その間、俺たちは好きに過ごしていて構わないと言われている。

 面倒な報告や後処理なんかは全てサリヴァンさんとリカルドさんがやってくれるとのこと。

 なので、クイーンタイダリア号で既に二人には今回の海の中での一部始終は伝えてある。

 ただ、二人にはあまりにも非現実的な話だったようで、どう報告すればいいか頭を悩ませたそうだ。


 港で二人と別れ、俺たちは潮騒亭へと戻ることにした。

 町の移動中も、周囲はお祝いムード一色だった。


「おおー、出港前のサイマールとは違う町みたいに感じるな」


「サイマールは本来は活気ある港町だからな。まあ、最初来た時は流石にもう少し落ち着いていたが……」


「あっ! あの屋台の料理美味しそう!」


 俺たちは周囲を見回しながら町の雰囲気を楽しむ。

 ポヨンとキナコもどことなく楽しそうだ。

 レイチェルだけは、俺の背に隠れて極力気配を殺しているみたいだけど……


「大丈夫だよレイチェル。流石に俺たちの顔は知れ渡っていないみたいだし」


 町を歩いていても、カーグの時みたいに知らない人から声を掛けられることも無いしな。

 現在はルカも連れ歩いていないし、特に俺たちが注目されることは無い。


「ね、念の為このままいさせて下さい……」


「まあ、それはいいけど……」


「とは言え、ギルドや町への報告もあるし、知れ渡るのも時間の問題かもしれんな。何と言うか……君たちは目立つからな」


 アガーテが俺とリディの頭を見てそう言う。


「あー、やっぱりライナギリアでも黒髪って珍しいのか?」


「ああ。まあ、全くいないと言う程でもないが……君たち兄妹みたいに白髪も混じっているとなると……な」


 その時、楽器の音色に合わせて歌が聞こえて来た。

 音の出所を探ってみると、人垣の向こう側で楽器を爪弾きながら歌う男が目に入った。


「おお、なんか凄い人が集まってるな」


「うわぁ、あの人歌が上手だね。音痴なパパとは大違い」


「あれは吟遊詩人だ。酒場や祭りの場でああやって歌を披露して、それで生計を立てている者たちだ」


 アガーテがそう説明してくれる。

 そう言われて改めて見てみると、吟遊詩人の前には箱が置いてあって、歌を聴いている客が時折何かを投げ入れていた。


「あれはおひねり、と言うものだな。要はああやって金を稼いでいるのだ。ふむ、どうやら今回の海の異変のことを歌っているようだな」


 俺たちは少し立ち止まり、『身体活性』を使って歌を聴いてみる。


「おお、確かにそうみたいだな。おっ、ここはクイーンタイダリア号が出港する所か」


「わぁ、歌が盛り上がってきたね! ん? 海姫レチェーリア?」


 何やらどこかで聞いたことあるようなないような名前が出て来た。


「タイダリアたちを従え、冒険者たちと共に海の怪異に挑む……か。ふむ……」


「あ、このリィダってリーダーのことかなあ?」


「多分そうだろうなあ。えっと、海姫レチェーリアは神の雷を用いてクラーケンを討伐し、海の異変に終止符を打った……」


 ここで、客たちは最高の盛り上がりを見せる。


「あー……聞くまでも無いとは思うが、やはりこの海姫レチェーリアと言うのは……」


 俺たちは揃ってレイチェルを見る。


「……きゅぅ」


 トマトのように顔を赤く染めたレイチェルは羞恥心が耐え切れる限界を超えてしまったのか、タイダリアの子供のような声を出して気絶してしまった。

 俺たちは慌ててレイチェルを支え、そのまま背負って潮騒亭まで運ぶのだった。

 ……俺は移動中、背中の幸せな感触を誤魔化す為、必死にポヨンとキナコとルカの数を数え続けた。



 ◇◇◇



「おお! おかえりなさい皆さん! 既に海の異変を解決したことは町にも……って、レイチェルさんはどうしたのですか!? もしかして海で怪我でも……」


 潮騒亭に入るなり、アントンさんが俺たちを迎えてくれた。

 最初は大興奮のアントンさんだったけど、俺が気絶したレイチェルを背負っているのを見て顔色を変えた。


「「ただいま」」


「ただいまアントンさん。あー、怪我とかは無いから大丈夫。ちょっと……ここに来るまでに色々とショックなことが……」


「え、ええ? ま、まあ何はともあれ部屋で休ませてあげて下さい。既に部屋の準備は済ませてますから」


「ああ、そうさせてもらうよ」


 そして、俺たちはレイチェルを部屋へと運びベッドへと寝かせる。

 ああ……背中の幸せな感触が……


「ん、んぅ……あれ? ここは?」


 どうやら丁度レイチェルの目が覚めたようだ。


「気が付いたかレイチェル」


「ここは潮騒亭のお部屋だよ」


「気絶したレイチェルをジェットがここまで背負って来たのだ」


 その言葉を聞いて、レイチェルが少し頬を染める。


「あー、それでなのかなあ。久しぶりに両親の夢を見てました。夢の中では父が私のことをおんぶしてくれていて、そこへ母が来て私の誕生日を……」


 父と母ってことは、ディンおじさんとアルマおばさんじゃなくて実の両親のことかな?

 そして、急にレイチェルが言葉を止めた。

 頭の中で何かを考えているようだ。


「どうしたレイチェル?」


「あ、いえ。別に大したことじゃないんですけど……そう言えば明日が私の誕生日だったなあって。いつの間にかもうそんなに日が経って」


「レイチェルッ!!」


「は、はいっ!?」


「何で誕生日のこともっと早く教えてくれなかったんだよ!? 何の準備も出来てないじゃないか!」


「そうだよ! ああどうしよう!?」


 ポヨンとキナコもリディと共に頭を捻る。


「あ、えっと、わたしもさっき両親の夢を見るまですっかり忘れていたと言うか……二人と一緒に行動するようになってそれどころじゃないくらい色々と濃い経験を」


「それどころじゃあるだろ! 今から用意出来るものは……」


「ジェット、リディ、アントン殿たちに食堂を貸してもらってそこでひゃぅんっ!」


 俺は勢いよくアガーテの手を握る。


「それだ! ナイスだアガーテ!」


「う、うむっ! そ、そそそれはいいのだが……そう手を強く握られては……!」


「おにい、善は急げだよ! 早速アントンさんたちに事情を説明しに行こう!」


「よし! 行くぞリディ!」


 俺たちは勢いよく部屋を飛び出し、アントンさんたちに事情を説明しに向かった。



 ◇◇◇



「師匠! リディちゃん! ああ……行っちゃった」


「ふふ、余程大事にされているのだな」


「わたしは普段からお世話になってるんだから……そこまでしなくてもいいと思うんだけどなあ」


「まあ、二人にしてみればそうもいかないのだろう。少々……レイチェルが羨ましく感じるな」


「んー、この調子だとアガーテの誕生日にも同じことになりそうだけど……」


「そ、そうか? そうだといいな」



 ◇◇◇



「と言う訳で、誕生日おめでとうレイチェル!!」


「「「「「「おめでとーーっ!」」」」」」


「あ、ありがとうございます……!」


 レイチェルから誕生日のことを聞いた翌日、俺たちは潮騒亭でレイチェルの誕生会を開いていた。

 アントンさんたちにお願いしてみると快く了承してくれ、更に忙しい時間以外なら厨房も貸してくれることになった。


 急なことで何もプレゼントが用意出来ていない俺たちは、これまで旅してきて集めた食材を使って、色んな料理を作ってレイチェルのお祝いをすることにしたのだ。

 そこにアガーテも加わり、アントンさんたちも俺たちを手伝ってくれた。


 そして、誕生日当日の夜、俺たちとアントンさん一家、それと丁度いいタイミングで潮騒亭を訪れていたサリヴァンさんとリカルドさんも呼んで、こうやって皆でお祝いしてるのだ。


「あー、なんか俺まで混ぜてもらってすまないねえ。プレゼントも何も用意出来ていないのに」


「いいんだよ。こう言うのは祝う気持ちが大切だ!」


「あっはっはっは! サイマールもタイダリアも助かったし、嬢ちゃんは誕生日だしいいこと尽くめじゃねえか!」


 リカルドさんは既にちょっと酔っぱらっていそうだ。


「まあ、そう言うことなら。それにしても……何やら珍しい料理が沢山並んでるねえ」


 テーブルの上にはカーグのパンやアルマおばさんに貰っていた料理、ヴォーレンドで手に入れた肉の数々、ヴァラッドで貰った米やウナギを使った料理の数々。そして、ここサイマールの海の幸。ありとあらゆる料理が並べられていた。


「ここまで俺たちが教えてもらったり、集めた食材から作ったものなんだ。アガーテやアントンさんたちにも手伝ってもらってこれだけ用意出来たんだ」


「へぇ、お嬢がねえ。お、このパン美味いねえ」


 サリヴァンさんはカーグのパンが気に入ったようだ。

 リカルドさんは豪快に肉に齧り付いている。

 その中でもオーク肉をよく食べているみたいだけど……


「うわ~、お米って美味しいんだね~。この鰻丼なら何杯でも食べられるよ~」


「気持ちは分かるけど……太るぞミュー。私はこの焼きおにぎりが好きだな」


「母さんは炊き込みご飯が好きだわぁ」


「うーむ、これはやはりウチでも米を使った料理を取り入れるべきか……そうなると仕入れを……」


 手伝ってくれたアントンさんたちには既に一通りレシピは渡してある。

 是非、サイマールの海の幸を使った美味い料理を考えてもらいたいな。


 その後、サリヴァンさんとアントンさんとリカルドさんが酒盛りを始めたので、俺は女性陣の方へ移動する。


「あ、師匠! その、ありがとうございます! わざわざこんなに色んな料理まで用意してもらって」


「俺たちがやりたくてやったんだから気にするな。なあリディ?」


「そうそう!」


「それは私も同感だな。皆レイチェルのことを祝いたかっただけなのだ」


 ポヨンとキナコもレイチェルの肩を叩く。


「えへへ、わたしは幸せ者ですね」


 レイチェルが満面の笑顔を見せる。


「ねえねえ~、モノクロームの皆はサイマールに住む気はないの~?」


「そりゃいいなあ。あんたたちみたいな冒険者なら、うちとしちゃいくら滞在してくれても大歓迎だ!」


「あらぁ、私もそれがいいと思うわぁ。サイマールはいい町よぉ?」


 確かになあ。

 海の幸も食べ放題だし、近くに海も湖もあって水遊びもし放題。

 それに、ルカたちタイダリアにもすぐに会いに行ける。


「おお、そうしちまえジェット! なんだったら俺がいい家見付けてやるよ!」


「こらリカルド、勝手に話を進めようとするんじゃない。だけど、私としてもそうしてもらえると嬉しいですな」


「あー、彼らはライナギリアに来るって言ってたし」


「うるせぇ、サリヴァンの坊主! 何だったらお前もここに住め!」


「ちょっ、いや、俺もライナギリアでの立場が色々」


 そうだなあ。

 ここにいる人たちならいいか。


 俺はリディとレイチェルを見る。

 二人は俺に頷いた。


 そして、俺はアガーテの方を見る。


「む? どうしたのだ?」


「アガーテ、それにここにいる皆にも聞いてもらいたい。俺たちがライナギリアを目指す目的を」


 そして俺は、エルデリアのこと、事故でカーグへ飛ばされたこと、そしてエルデリアがあるかもしれない黒獣の森に行く為にライナギリアを目指していること。

 それをここにいる人たちに語ったのだった。

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