97話 穏やかな海
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「お、おい、何だこの異様な音!?」
「な!? あそこ見てみろ! 海底から何か巨大なものが物凄い勢いで泳いで……いや、流されているのか!?」
「うわっ、飛び出してきた! わぁああっ! 波が!」
「おいおいおい、ありゃクラーケン……か?」
「クラーケンだと!? ここらの海域にゃいねぇ筈だが……なんだありゃ、百足?」
「水球に包まれて浮いてる……彼らが何かやったのかうおっ!? 雷!?」
「今、浮いたクラーケンが何かを叩き落としたが……クラーケンに隠れてよく見えん」
「ま、まだ動いてる!? マスター、どうすれば!?」
「海の男が船の上で狼狽えるな! 加勢に向かうぞ!」
「いや、あそこ。彼らはまだ諦めてないみたいだ!」
「あ、あの胸の大きい冒険者の嬢ちゃんがクラーケンに向かっている!? ん? 何かに乗っているみたいだけど……」
「タイダリアだ! レイチェルの奴、タイダリアに乗ってやがる! くそぅ、羨ましいなオイ!」
「いやいや、今はそんな場合じゃ……クラーケンの下まで移動して何かやってるみたいだが……おおっ! また雷が!」
「おう、レイチェル!! なんか分からんがやっちまええええええ!!」
「「「おおおおおおおおお! 頑張れええええええええ!!」」」
「雷が止んだ……ク、クラーケンはどうなった!?」
「……ピクリとも動かねえ。うおおおおおおおおおおおおお! あいつら、あのバカでけえ烏賊を倒しちまったのかっ!?」
「……海姫様だ。タイダリアを従え雷を操り、俺たちに代わって海の化け物を倒して……」
「うおおおおおおおおおおおおっ! 海姫様ああああああああ!!」
「海姫様ばんざぁぁぁああああああああああああああいっ!!」
「海姫様ああああああああああ!! 俺と結婚してくれぇぇえええええ!!」
「テメエ何ぬかしてやがる! 結婚すんのは俺だ!!」
「ああっ!? なんだとゴラッ!?」
「やめろ馬鹿どもがっ!!」
「「……すんません」」
「たはは……レイチェルの嬢ちゃん、後で苦労しそうだねえ」
船から見ると、空に浮かんだクラーケンが邪魔でジェットの活躍は一切見えず、代わりにレイチェルの活躍は非常によく見えたのだった。
故に、彼らのことをある程度知っているサリヴァンやリカルドはともかく、それ以外の冒険者や船乗りがレイチェルの活躍だけを見て色々と勘違いしてしまったのも無理のないことだろう。
そんなやり取りが船の上で行われていたことなど露知らず、激闘の末クラーケンを討伐したジェットたちは、タイダリアに運んでもらって船を目指すのだった。
◇◇◇
「ふう、助かったよ。お前たちがいてくれなきゃ泳いで船まで戻らなきゃならない所だった」
「「「キュォオオン」」」
俺とリディたちがルカの父親、アガーテがルカの母親、そしてレイチェルがリーダーの背に跨り、俺たちは今クイーンタイダリア号まで移動している。
ルカは水球の維持で体力を使い果たしたらしく、今はリディが抱きかかえている。
ちなみにポヨンとキナコはスペースの関係上、リディの腕に装着された状態だ。
「それに、クラーケンを運んでもらえたのも助かったな」
そう言ってアガーテが後ろを振り向く。
そこには、海面を滑るように移動しているクラーケンの死体があった。
これは、他のタイダリアたちが運んでくれているのだ。
さすがにタイダリア二頭分はあろうかと言うこの大きさは、俺では収納し切れないしリディでは分割しないと亜空間に入れられない。まあ、俺の場合亜空間を空っぽにすればどうにか収納出来たかもだけど、どっち道今は魔力が足りない……
そんな訳で、今回はタイダリアたちに頼ることにしたのだ。
「あ、皆が船縁から手を振ってますよ。ん? 何か言っているような?」
確かに何か歓声のようなものが聞こえるな。
今の状態だと聴力を強化するのもしんどいからこの距離じゃ上手く聞き取れない。
「なんか皆レイチェル姉の方を見てる気がするんだけど……」
確かに、リディの言う通りほとんどの船乗りや冒険者がレイチェルの方を見ている気がするな。
単純に今リーダーが先頭を泳いでいるのもあるかもだけど。
「お、徐々にだけど声が聞き取れるようになってきたな」
『――めさま! ――み姫様! 海姫様!!』
「うみひめさま? 何それ?」
「うーむ、私は聞いたことも無いな」
「安心しろ、俺もだ」
「うっ……、なんだか、凄く視線を感じる……物凄く嫌な予感が……」
『うおおおおおおおおおおおおおおおお!! 海姫様ぁぁあああああああああああ!!』
俺たちが船の近くまで到達すると、船の上から割れんばかりの歓声が響き渡った。
しかも、レイチェルの嫌な予感は当たっていたらしく、船乗りや冒険者たちはレイチェルの方を見て海姫様コールを始めてしまった。
「え、えっ!? な、何? なんで皆わたしを見て海姫様なんて言ってるの!?」
数多くの視線と声援を受け、レイチェルは完全に混乱状態だ。
……これはあれかな。最後レイチェルがクラーケンに止めを刺す所が見えたのかな?
「おらぁ!! おめぇらちっと黙れ!! まずはあいつら引っ張り上げて休ませてやんなきゃなんねえだろうが!! さっさと縄梯子の準備しろ!!」
「そうそう。それに、君たちにはあのクラーケンを船に引き上げる力仕事が待ってるんだからな」
リカルドさんとサリヴァンさんの言葉に周囲の声がぴたりと止んだ。
一部の男たちは、俺たちの後方のクラーケンの大きさを見て嘆きの表情を浮かべている。
まあ、あの大きさだもんな。相当重い筈だ。
「お疲れさん。船に引き上げた後、休む前に簡単な事情だけ教えてもらえると助かる」
「おう! おめぇら、なんかよく分からんがやってくれたようだ……な!?」
サリヴァンさん、リカルドさんが船縁から俺たちに声を掛けてくる。
何故か、リカルドさんが驚いたような顔をしているけど……
俺たちがタイダリアに乗ってるのが羨ましかったとかか?
「……お前……だよな? 俺のこと覚えてるか? 船から海に落ちちまった子供の頃の俺を、まだ小さかったお前が必死に助けてくれたんだが……」
「キュォオン」
リカルドさんの言葉にリーダーが反応を示す。
もしかして、海に落ちたリカルドさんを助けたのがリーダーだったのか!?
「へへっ、お互いデカくなっちまったなあ。だけど、その流れるような模様を見て一発で分かったぜ……どうだ? 今回のことで、俺はちったぁお前に恩を返せたのか?」
「キュォォオオオ」
リーダーとリカルドさんがお互いを見つめ合う。
その時、船乗りたちが縄梯子を用意してくれたので、まずは俺とリディ、その後はアガーテと続き、ルカの父親がレイチェルも連れて来てくれて船への帰還を果たす。
俺たちを運び終えたルカの両親は、ルカと共に群れの方に戻っていく。
そして、
「キュォォオオオオオオオオオオオオオオン」
リーダーも大きく一鳴きをし、海に潜り群れの方へと戻っていった。
「へへっ、潮風が目に染みらぁ」
そう言ってリカルドさんは目元をぐいっと拭う。
「よぉおおし! クラーケンの引き揚げ準備を始めるぞ!!」
リカルドさんはいつもの調子に戻り、船乗りたちに指示を出していくのだった。
そして俺たちは、サリヴァンさんに異変とクラーケンの関係を簡単に説明して部屋へと戻る。
風呂にも入りたいし、海水に濡れた装備のメンテナンスもしなきゃいけないけど……今は……ねむり……
緊張から解き放たれた俺は、ベッドに辿り着く前に倒れ、そのまま泥のように眠ってしまうのだった。
◇◇◇
《よし、これでこの辺りは問題無いな》
《キュィイイ》
《嫌な感じは無くなった、だって》
クラーケンの討伐に成功した翌日、ぐっすり眠ってバッチリ回復した俺たちはもう一度海の底へと潜っている。
タイダリア暴走の大元であるクラーケンを討伐したと言っても、奴の吐き出したイカ墨が所々に固まって残ってたからな。今はそれを除去している最中なのだ。
そうそう、冒険者や船乗りたちがクラーケンの引き上げにどうにか成功していたので、そこからミスリルの槍とミスリル紐の回収にも成功した。
今回のクラーケンの変異体の死体は、タイダリアたちの暴走も収まり、海が穏やかになって船の航行が可能になったから先にギルドが引き取りに来るそうだ。
その後、ギルド所属の専門家が色々と調べるとのこと。
討伐した俺たちにはクラーケンの買い取り料が支払われるらしい。
まあ、その辺のことはサリヴァンさんがやっておいてくれるそうなので今回は任せることにした。
「キュォオオン」
「キュイ、キュゥウイ」
《ふんふん、あっちの方にも残ってるだって》
周囲を探っていたリーダーがイカ墨の溜まり場を見付けたようだ。
《よし、それじゃあ行こうか》
リーダーの案内に従ってイカ墨の溜まり場まで移動する。
それにしても、まさかリーダーがリカルドさんの命の恩人……いや、恩タイダリアだったとはなあ。
ルカがリーダーに確認してみた所、どうやら間違い無いそうだ。
そもそも、リーダー自身が昔魔物に襲われて大怪我していた所を当時の船乗りたちに助けられたそうなのだ。
以来、船を見ると嬉しくなって寄って行っていたのだとか。
そんなある時、船が大きく揺れて身を乗り出してリーダーを見ていたリカルドさんが海に落ちたのだそうだ。
リーダーは人間たちに恩を返そうと、波に攫われ溺れそうになっていたリカルドさんを必死に助けたらしい。
そんな事情もあって、リーダーは人間に強い興味を持っていたそうなのだ。
俺たちの簡単な指示くらいなら聞いてくれたのは、こう言うことがあったからなんだろう。
もしかしたら、生物学者が出会ったって言うタイダリアもリーダーなのかもな。
……なんか、いいな。
人間とタイダリア、種族は違うけどこうやってお互いを助け合うことだって出来る。
今回の戦いだって、俺たちとタイダリアたちが協力したからこそクラーケンの変異体と言う脅威を撃破出来たんだし。
その後、周囲の浄化を終えて一度待ち合わせ場所までやって来た。
今回はレイチェル、アガーテとは別行動なのだ。
《お、二人ともお疲れ。こっちは大体浄化出来たと思う》
《お疲れー。あとは時間と共に薄まっていくから大丈夫だって》
《あ、もう来てたんですね。お待たせしました》
《お、お疲れ様だ。沈没船の内部は特に異常は無かった。幾つか密漁者たちの資料らしきものあったので一応回収して来たが……まあ、何が書かれているか判別は難しいだろうな》
《それと、密漁者たちの死体は発見出来ませんでした。多分、どこかに流されちゃったんじゃないかと》
俺たちが周囲を浄化している間、レイチェルとアガーテは沈没船の調査を行っていた。
『潜水魔術』の維持はレイチェルが可能だし、光属性はまだ難しいことは無理だけどアガーテが扱える。
それに、ルカの両親について行ってもらっていたので道案内も万全だ。
今回の沈没船だけど、異常が無いのならこのままにしておいて欲しいとのこと。
リカルドさん曰く、そのうち魚の住処になってタイダリアたちのいい餌場になるらしい。
合流した俺たちは、報告の為一度船へと戻ることにした。
ただ、レイチェルはどうにも戻りたくないようで……
《はぁ、なんでわたしだけがあんな扱いを……師匠たちの方がよっぽど頑張ってたのに》
《ははは、海姫様だっけ?》
《うううう、師匠まで……止めて下さい!》
《お、おう。ごめん》
《多少推測も混じるが、おそらくクラーケンへの止めの場面が船から良く見えたのだろう。確かに、あの場面だけを見てしまえばな。タイダリアと冒険者を従え、雷を操り海の危機を救った海姫様、か。……ぷっ》
《もう! アガーテまで! わたしにとっては笑い事じゃないんだよ!?》
《す、すまん……だが、実際レイチェルが活躍したのは事実なのだし》
《よくないよ! そもそも、頑張ったのは皆一緒なんだし、雷魔術は師匠が使ったんだよ!? タイダリアを従えてるのだって、わたしじゃなくてリディちゃんなんだし!》
《あたしは別に気にしないかなー。全然知らない人だとちょっと嫌だけど、レイチェル姉なら気にならないし》
《ああ、それは俺も同じだな。むしろ、弟子の成長が喜ばしいくらいだ》
《わたしが気にするんですぅぅううううううっ!》
《一度尾ヒレがついて広まった話を修正するのは難しいだろう……それに、タイダリアに乗った美女が巨大なクラーケンを討伐するのはさぞ絵になっただろうからなあ……》
アガーテがそうしみじみと語る。
その後、船に戻った俺たち、と言うよりレイチェルに野太い歓声が上がる。
当のレイチェルは、顔を真っ赤にして足早に部屋へと籠るのだった。
流石にレイチェルを引き摺り出すのは酷なので、サリヴァンさんやリカルドさんへの報告は俺たちで行った。
あー、よく考えたら、先にサイマールへ戻った冒険者や船乗りから周囲に変に話が広まってないといいけど……




