95話 クラーケン変異体①
《リディ、絶対ルカにあれを受けさせるんじゃないぞ!》
《うん、分かってる!》
奴の吐いたイカ墨にタイダリア暴走の原因があるとすると、それをタイダリアの、しかも子供のルカに受けさせる訳にはいかない。
それに……
《あのクラーケンだったか。やはり大百足の卵から作られた薬か何かを摂取してあんな風になったんだろうな》
《おそらくな。私の知るクラーケンは、もっと普通の烏賊のような見た目をしている。この辺りの海域には棲息していない筈だが……偶々ここまでやって来た個体なのだろうな》
《となると、大百足の触腕と同じく奴本体も毒持ちの可能性が高い。俺たちもあのイカ墨を吸い込むのは避けたいな》
クラーケンはその場から動かず、じっとこちらを見下ろしている。
触腕を斬り落とされたり、イカ墨を浄化されたりしたことでこちらを警戒しているのだろうか。
《でも、どうするの? 少しくらいなら光魔術で対応出来るけど、もっと大量に吐き出されたら浄化が追い付かないよ!?》
《皆、クラーケンが動きました!》
クラーケンが俺たちの上部を旋回しながら泳ぐ。
巨大な烏賊の姿なのもあって、泳ぐ姿はまるで巨大な槍が飛び回っているかのようだ。
そして、クラーケンは旋回しながら次々とイカ墨を俺たちに向けて吐き出してきた!
更に、時折イカ墨の濁りに紛れて大百足の触腕が叩き付けられる!
《ぐっ! ジェット、流石に今の私ではこれを受け止め続けるのは難しい!》
盾で受け止める度、イカ墨によって光の魔力が消費されているようだ。
別の手段を講じないと、このままじゃ押し切られる!
どうする? 俺も剣で加勢するか?
上手く攻撃すれば触腕なら斬れるかもだけど、それだけじゃこのイカ墨攻撃を抑えるのは難しそうだ。
それなら、『潜水魔術』に光属性も加えてみるか?
だけど、三属性の魔力を丁度良く融合させるなんて今ぶっつけ本番で試すようなことじゃない。下手をすれば、『潜水魔術』自体が消滅してここで溺れることになってしまう!
ふと、ルカの姿が目に入る。
……そうだ!
ルカは最初にこの辺り一帯のイカ墨による濁りを一気に浄化していた。あれを応用すれば……!
俺は『潜水魔術』を自分の分だけ維持するように切り替え、レイチェルと繋いでいた手を離す。
《え? 師匠!?》
《レイチェルはそのままアガーテを支えてやっててくれ! リディ!》
俺は今度はリディの左手と繋ぐ。
《今から光属性の魔力をお前に渡す! その魔力を水球内に満たして全員を覆ってくれ!》
《分かった! ルカ、もっと水を大きくするからお願いね!》
《キュッ!》
リディたちの周囲を覆っていた水魔術で生み出した水がどんどん大きくなっていき、それは俺たち全員を包み込める程になった。
そこで、すかさず俺はリディに光属性の魔力を譲渡する。
リディは擽ったさに耐えながら、周囲の水球にその魔力を満たしていく。水球の外に溢れ出ないのはルカが巧く水を操作しているからだろう。
暫くすると、俺たちの周囲だけが光り輝く水に覆われることとなった。
《むっ、これなら!》
アガーテの盾の光が再び強くなる。
浄化の水の効果で、イカ墨による光の魔力の消費が弱くなったのだろう。
だけど、それでも浄化自体は間に合わず、俺たちの周囲以外は黒く濁ってしまった。
《レイチェル、この状態でも奴の気配は分かるか?》
《……は、はい! 沈没船から出て来たお陰か、大きな気配を感じることが出来ます! 今は泳ぐのを止めてその場に留まっているみたいです!》
《よし、ならそれをアガーテに伝えながら暫く奴の攻撃を凌いでいてくれ!》
《了解した! だがジェット、防いでいるだけではジリ貧だぞ!?》
《こっちも反撃の準備をする! 奴が隙を見せたら……そこに『光の矢』をぶち込む!》
《いいの? あれ使ったら行動不能になるからって、さっきおにいが》
《安心しろ。その為に俺がここにいるんだ。魔力の供給は俺がやる!》
それならリディやキナコの負担はかなり軽減されるだろう。
《……分かった! キナコ、『魔装変形』!》
リディが亜空間から短弓を取り出し、キナコにそれを渡す。
キナコはこくんと頷き、その姿を機工弓へと変え、リディの左腕に装着された。
更に、そこに俺が矢の代わりになるものを用意する。
《ミスリルの槍!? これを撃つの!?》
《ああ! あんなデカい相手だ。普通の矢じゃ効果が薄い可能性があるからな》
ミスリルの槍を機工弓に番え、俺もリディの左腕を支える。
《クラーケンが接近して来ます! アガーテ、左斜め後ろ!》
《ああ! 『闘気盾』!》
ドッゴォォオオオオンッ
アガーテの光輝く盾が、見事クラーケンの触腕を受け止める。
触腕を防がれたクラーケンは、再度濁りの中に紛れ、別の方向から触腕で攻撃してくる。
だけど、これもレイチェルが読み切り、アガーテによって防がれた。
《リディ、俺たちもやるぞ!》
《うん! ポヨン、キナコ、ルカもよろしくね!》
《キュイッ!》
ポヨン、キナコ、ルカからそれぞれ『任せろ!』と言う感情が伝わって来る。
俺も兄として、こいつらには負けてられないな!
俺はリディと共に機工弓を構え、そこに光属性の魔力をリディを通して供給していく。
すると、番えた槍が眩い光を放ち始める。
ぐっ、結構魔力を持っていかれるなこれ。リディたちが暫く行動不能になってしまうのも無理はない。
そして、リディ、ポヨンと共に機工弓の弦を引く。
《よし、準備完了だ!》
《いつでも撃てるよ!》
《はい! アガーテ、右斜め前方!》
《ああ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!》
アガーテが気合と共に、クラーケンの触腕を盾で殴り飛ばした!
その時あえて『エンチャント』の魔力を一緒に放ったようだ。
その影響でクラーケンの周囲は浄化され、クラーケン自身は光の魔力を体に受けてしまったことで一瞬硬直してしまった。
《今だリディ!》
《うん! やぁあああああああああああああっ!》
機工弓から光り輝くミスリルの槍が発射される!
凄まじい反動だが、どうにか踏ん張り耐える。ルカも必死にその場で踏ん張っているようだ。
クラーケンはどうにか避けようとするも、光の槍の着弾の方が早い。
槍はクラーケンがイカ墨を吐き出していた管へと突き刺さり、クラーケンもろとも光の軌跡を描きながら物凄いスピードで吹き飛んでいった。
《よし! 命中だ!》
《おにい、体は大丈夫?》
リディが心配そうに俺を見てくる。
どうやら、キナコ共々行動不能は免れたようだ。
《ああ、ちょっと体が重い気はするけど……まだ動ける》
今日はかなり魔力を使ってしまったからな。
これが終わったらゆっくり休みたいとこだな。
《ならばクラーケンを追うとしよう》
《光の筋が道になって残っているから方向は問題無いですね》
《キュイキュキュイ》
《え、こっちってクイーンタイダリア号がある方角なの?》
《さっきのでかなりのダメージは与えられたと思うけど……急ごう!》
俺たちは、光の道筋に沿ってクラーケンを追って行った。
◇◇◇
「キュオォオオ」 「キュォォオン」 「キュゥオオオ」
《いた! タイダリアたちが泳いでいる下だ!》
そこには、ミスリル槍が突き刺さり、仰向けになって海底に横たわっているクラーケンの姿があった。
遠くから見た限りでは死んでいるようにも見えるんだけど……
《あ、リーダー》
俺たちの方に、お馴染みのタイダリアが寄って来た。
「キュォオン、キュオ」
「キュゥイ? キュキュイ」
《えっと……暫く前に凄い勢いで飛んできて、それから動く気配が無い、だって》
《と言うことは、あのクラーケンを倒せたのでしょうか?》
《いや、ちゃんと生死の確認をするまでは断定しない方がいい》
《その通りだな。魔物の中には、仮死状態となって危機をやり過ごそうとする狡賢いものもいると聞く》
その時、一頭のタイダリアが横たわるクラーケンへと近付いて行った。
俺たちと同じく生死の確認に向かったのかな?
ん? 気のせいか、今クラーケンの大百足の触腕が少し動いたような……
《っ! 駄目! そのクラーケン、まだ生きてます!》
レイチェルから『念話』が聞こえてくるのと同時に、クラーケンの触腕が近付いて来たタイダリアを絡めとる!
タイダリアはどうにか触腕から逃れようとするも、触腕の力の方が強いようで拘束を振り切れない様子だ。
《くそっ! リーダー! 俺をあそこまで流してくれ!》
「キュォオオオオオオオオオオオオンッ!」
リーダーの力強い鳴き声と共に、海流が俺をクラーケンの方まで押し流す。
俺はその海流の向きに合わせて一気に踏み込む!
《うおおおおおおおおっ!》
剣に光属性『エンチャント』を施して、クラーケンの触腕を根元から斬る!
ザシュプスンッ!
ぐっ、ここに来て魔力が切れかけてきた……
どうにか触腕を斬り落としたものの、斬っている途中で『エンチャント』が解除されてしまった。
更に最悪なことに、その斬った部分から触腕が再生を始めてしまった。
くそっ、光属性の魔力が足りなかったか!
そして、クラーケンは無機質な瞳を俺に向け、ミスリル紐が絡まった健在な方の触腕で俺を打ち据えてきた!
しまった! 『潜水魔術』も弱まっている影響で体が上手く動かない……!
「キュオオオオォオオオン!」
すると、さっき助けたタイダリアが俺を庇い、クラーケンの触腕を身体で受け止める。
そして、海流を操って触腕を弾き飛ばす。
タイダリアは大百足の鋭い足で身体を傷だらけにしながらも、そのまま俺の服を咥え皆の元へと連れ帰ってくれた。
《おにいいいいいいいいい!!》
リディを乗せたルカが急いで俺の元に泳いで来る。
《師匠! 早く手をっ!》
俺はどうにか手を伸ばし、レイチェルと手を繋ぐ。
レイチェルが弱まっていた『潜水魔術』の維持を引き継ぎ、どうにか持ち直すことが出来た。
《全く、無茶をする!》
アガーテは口調こそ怒っているが、その表情は安堵に包まれていた。
《すまん、ちょっと失敗した。リディ、そのタイダリアを治療してやってくれ》
《うん。おにいを助けてくれてありがとうね》
「キュォォオオン」
タイダリアの鳴き声は、どことなく申し訳なさそうな鳴き声に聞こえた。
だけど、こいつが近寄らなかったら俺たちが同じ目に遭っていただろうからな。
《そうだ、クラーケンは!?》
《今はタイダリアたちが牽制している。それに、奴が弱っているのは間違いなさそうだ。見てみろ》
アガーテの言葉に従い、クラーケンの様子を見る。
《あれ? あの再生した触腕、大百足の形に成り切っていない……?》
触腕はとても歪な形で再生されたようだった。
それに、奴が弱っているであろうことがもう一つ。クラーケンは一切イカ墨を吐き出す様子を見せない。どうやら奴のイカ墨を封じることが出来たようだ。
《多分、師匠とリディちゃんたちが放った『光の矢』、あの時刺さった槍がクラーケンの再生やイカ墨を阻害してるんじゃないでしょうか》
成程、あの時はこれでもかと光属性の魔力を込めたからな。
それがクラーケンの体に刺さって異常をきたしているって所か。
《よし、それなら今のうちにやつを倒そう!》
《おにい、大丈夫なの?》
《普段通り戦うのは厳しいだろうけど……タイダリアたちを見ていて少し思い付いたことがあるんだ。出来るかどうかは分からないけど……》
そして、俺は思い付いたことを皆に説明していった。
《――と言う訳だ》
《そ、そんなことが可能なのか?》
《どう、ルカ?》
《キュゥゥゥウ……キュイ!》
《やってみる! だって》
《よし、いい子だルカ。タイダリアたちにも伝えてくれ》
《キュイ!》
ルカはリーダーに作戦の説明を始めたようだ。
《レイチェルとアガーテは俺と共にクラーケンの気を引く危険な役目になってしまうけど……》
《大丈夫です! 絶対やり切ってみせます!》
《私もだ。必ずや全てを受け切ってみせよう!》
《よし、皆やるぞ!》
こうして、クラーケンとの最後の決戦が始まった。




