94話 沈没船の大百足
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《リディ! レイチェル! 新手の方を頼む!》
《うん! キナコ、レイチェル姉、遠距離から狙い撃とう!》
《わ、分かった!》
リディ、レイチェルによる風の刃、キナコの魔力弾が新手の大百足へと飛んでいく!
それらの攻撃は大百足の体を着実に削り取っていく。
《ジェット! 来るぞ!》
どうやら先程の大百足の頭の再生が完了したようだ。
先端に生えた牙をギチギチ鳴らしながら、今度は泳ぐように変幻自在にこちらに向かって来る!
《まさか大百足が海を泳ぐとは……だが、そこだ!》
その動きに見事に対応したアガーテが大百足を受け止める。
そして、俺は光の剣で再び大百足の頭に斬り掛かった!
ザシュンッ!
再び大百足の頭が切断される。
《やっぱり、どうもおかしい! 斬った時の感触が山で出遭った大百足より柔らかすぎる!》
《海に適応した影響か……それとも……ぐあっ!》
《アガーテッ!》
急にアガーテが苦悶の表情を浮かべる。
目の前の大百足は、再び頭を失い後方に下がっている。
一体何が……
《ジェット、斬り落とした頭だ! さっき脚をそいつに噛まれた!》
おいおいおい! 更に敵の数が増えたってのか!?
《師匠! やはりいくら攻撃しても再生されてしまいます!》
《今、ルカと一緒にミスリル紐で押さえ付けようとしてるんだけど……凄い力……!》
《キュ……キュゥゥゥウ》
《気を付けろ! 斬り落とした頭が別行動を取っている!》
アガーテの脚を光魔術で治療しながら、リディとレイチェルにも注意を促す。
くそ、やはり毒のようなものを受けているな。それに……『潜水魔術』を維持したままだとどうしても治療の精度が落ちる!
その時、海底の砂の一部が盛り上がるのが見えた。
そして、そこから牙のようなものが現れて、俺に向かって飛び出してきた!
《こいつ、砂の中に潜んでたのか!》
くっ、今アガーテの治療中だってのに!
一度中断して迎え撃つしか……
《師匠!》
すると、大百足の頭にいち早く気付いていたレイチェルが、大百足の頭を二本のナイフで上から串刺しにした!
《うひゃああ、気持ち悪い!》
《助かったレイチェル!》
《ジェット! 私ももう動ける!》
アガーテの治療が完了したようだ。
俺は素早く右手に剣を持ち直し、光属性の『エンチャント』を施してレイチェルが押さえ付けている大百足の頭に更に剣を突き刺した!
暫く大百足の頭はもがき苦しんだ後、ようやく息の根が止まったようだった。
《ごめんおにい、もう一体の頭は始末出来たけど、ミスリル紐を持っていかれちゃった……》
ルカがこちらに泳いで来て一旦合流する。
どうやら、リディたちは大百足に力負けしてしまったようだ。
ただ、転んでもただでは起きないと言うことか、右腕のポヨンが刃状に変形し、もう一体の大百足の頭を刺し殺していた。
《まあ仕方ないさ。後で取り戻せばいい。どうやら、不必要に斬り落とすと頭だけで動き出すようだな。光属性なら始末出来るみたいだけど……中途半端な威力じゃ駄目みたいだ》
《あの頭も……なんだか気配が曖昧で……今は魔術での索敵に切り替えています》
《『光の矢』を使おうか?》
《いや、ここで行動不能になるのは避けたい》
《あの大百足……ジェットたちが討伐したものより随分細長いのだな。それに、尻尾が沈没船から出て来たのを見ていない》
そう言われてみれば……
海に適応することで、今のような姿になったのだろうか?
それに、アガーテの言う通り俺も奴の尻尾を見た記憶が無い。
そうこうしている間にも、二匹の大百足はどんどん再生している。
俺が斬り落とした頭も半分ほど生えてきているし、リディたちが削り取った体も元通りになりつつある。
今のまま戦っててもジリ貧だな……
せめて、『エンチャント』の精度を高めることが出来たら斬り落とした部位が動き出すのを防げるんだろうけど……
そうなると……方法は一つしか思い浮かばない。
《……レイチェル》
《は、はい!》
《俺たちの分の『潜水魔術』の維持も頼みたい。そうすれば、俺は光属性『エンチャント』に魔力を集中出来る》
現状、俺は『身体活性』、『潜水魔術』、光属性『エンチャント』を同時使用している状態だ。
流石に三種類もの同時使用となると、どうしても精度が下がってしまう。
《そ、そそそんな! 自分の維持だけでも出来てるのが奇跡的なのに》
《奇跡じゃない。それは、今までレイチェルが俺たちと一緒にずっと魔術の修業を頑張ってきた成果だ。レイチェル、もっと自分を信じてやれ》
俺の言葉にリディも頷く。
少し逡巡した様子を見せたレイチェルだったけど、次第に瞳に決意の色が宿る。
《……分かりました。やります。やらせて下さい! わたしは師匠の弟子なんです! このくらい、絶対にやり切ってみせます!》
俺はレイチェルの言葉に頷きで返す。
丁度その時、大百足たちの傷の再生が終わったようだった。
間が悪い奴らだな!
すると、リディたちが俺たちの前に躍り出た。
《あたしたちが時間を稼ぐから! ポヨン! キナコ!》
ポヨンが鞭のように変形し、大百足を打ち据える。
そこにキナコが魔力弾をばら撒き、大百足たちを弾き飛ばす。
どうやら、奴の体を分離させないよう威力を調整しているみたいだな。
《頼むリディ! さあ、レイチェル!》
レイチェルの手が、俺とアガーテが繋いだ手を包み込む。
そして、俺とアガーテを覆っている『潜水魔術』の魔力に徐々に干渉していく。
それに合わせ、俺は『潜水魔術』の維持に注いでいる魔力を徐々に抑えていった。
《……お待たせしました。後はわたしに任せて下さい》
《分かった。信じてるぞレイチェル》
そう言って俺は、『潜水魔術』の維持を解除した。
完全に俺の維持が途絶えた影響か、『潜水魔術』が揺らぎを見せる。
制御が甘くなり、一部体が海水に濡れてしまった。
だけど、俺は焦ってもう一度『潜水魔術』を発動したりはしない。
さっきも言った通り、レイチェルを信じているからな。
すると、『潜水魔術』の魔力が徐々に安定してくる。
そして、俺が維持していた時と変わらない状態へと戻ったのだった。
《……ふぅ。もう大丈夫です!》
俺とアガーテはレイチェルに力強く頷く。
そして、俺は左手をレイチェルと、アガーテは右手をレイチェルと繋ぎ直す。
《お待たせリディ!》
俺は剣に光属性『エンチャント』を施す。
すると、さっきまでより剣に魔力が凝縮される感覚がした。そして、剣から光の刃が現れる。
よし、これなら奴にもっと効果的に光属性を叩き込めるだろう。
《うん! 出来るって信じてたよ、レイチェル姉!》
《えへへ、うん!》
《アガーテ、光属性の魔力は供給出来なくなってしまうけど……》
今は間にレイチェルがいるからな。
レイチェルには光属性の適性が無いし、仮にあったとしても人ひとりを間に挟んでは供給効率は著しく下がったことだろう。
《私も……私もジェット、お前の弟子だ! レイチェルだけにいい格好はさせられない! おおおおおおおおおおおおおおっ!!》
すると、徐々に光属性の魔力を失っていたアガーテの盾に、僅かではあるが光属性の魔力が供給され始めた!
どうやら、本格的に光属性の扱いに目覚め始めたようだ。
……俺の中に、何か熱い想いが込み上げて来る。
ああ、この感覚って、エルデリアでカエデとゴーシュの成長を実感した時と同じ感覚だ。
こんな時だが、俺は弟子二人の確かな成長を感じ、少し感動してしまっていた。
《おにい! 今はそんな場合じゃないって!》
はっ!
リディの言葉に我に返る。
そうだな。
二人を褒めまくってやるのは、この海の異変を最後まで片付けてからだな。
それに、二人にはもっと効果的な修業も用意してやらなきゃな!
《すまん、もう大丈夫だ。さあ、あいつらを倒してとっととこの異変にけりを付けてやろう!》
《うん!》 《はい!》 《ああ!》
レイチェルと手を繋いだまま、俺とアガーテが一歩前へ出る。
《まず近くの大百足から始末しよう! リディ、遠くの奴の足止めを頼む!》
《オッケー! ポヨン、キナコ、ルカ、行くよ!》
《キュィィイインッ!》
ルカが近くの大百足をから大きく距離を取り、遠くの方のミスリル紐が絡まった大百足に向かって泳いで行く。
大百足の攻撃を避けながらポヨンが大百足を打ち据えバランスを崩し、そこへキナコが魔力弾を浴びせ掛ける。
よし、向こうはこのまま任せておいて大丈夫そうだな。
《師匠! アガーテ! 不規則に泳いで来る!》
近くの大百足はちゃんと俺たちの方へ向かって来てくれたようだな。
《さあ来い! 何度でも受け切ってやろう!》
アガーテが大百足を受け止めようと盾を構える。
《駄目! 向きを上に変えた!》
どうやら、何度もアガーテに受け止められて、大百足も学習したようだ。
がら空きの頭上から牙を突き立てようと俺たちに向かって来る!
《アガーテ、上手く受け止めて!》
そう言ってレイチェルは、なんとアガーテと繋いだ左腕を振り上げ、アガーテを無理矢理仰向けにしてしまった!
《うおっ!? む、無茶をする! だがこれなら!》
ドッガァァアアアッ!
アガーテは素早く盾を構え直し、見事大百足を受け止めた!
《今です!》
《やれ、ジェット!》
弟子二人が作ってくれたこのチャンス、師匠である俺が無駄にする訳にはいかないな!
《うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!》
右手の剣に光属性の魔力を循環させる。
剣から現れた光の刃が更に輝きを増す!
ザシュンッ!
そして、俺は大百足の身体を一刀両断した!
弱点の光属性を思い切り浴びた大百足の体は堪らず船の方に後退する。
斬り落とした頭の方はもがき苦しみのたうち回る。
俺は、素早く落ちた頭の方を剣で斬り刻む。
すると、頭は先程のように動き回ることなく、崩れ落ちて海に溶けていった。
《大百足の体はどうなった!?》
俺たちは逃げ出した体の方に視線を向ける。
残った体から頭が再生する様子は無く、苦手な光属性の強力な一撃を受けた影響か苦しむような素振りを見せた。
《効いてますよ!》
どうやら、身体を再生させる能力が光属性の魔力によって阻害されているようだ。
奴が発生させたであろう黒い濁りも光属性で浄化出来ていたし、もしかしたら再生にも黒い濁りと同じ何かが必要なのかもしれないな。
ん? 考察していてふと気付いたんだけど……
そう言えば、あの黒い濁りってこいつがどうやって発生させたんだ?
それに、山で戦った大百足たちと違って毒液を吐いてきたりもしないんだよなあ。
海の中だからなのか、それとも他に理由があるのか。
だけど、 今は悠長にそんなこと考えている場合じゃないか。
《よし、この調子で奴の体を細切れに》
《おにい! こっちの大百足が船の中に逃げたよ!》
どうやら不利と見た大百足は沈没船に逃げ込んだようだ。
《むっ、こちらも逃げてしまったようだ……ん? 何だこの揺れは?》
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
周囲に地鳴りのような音が響く。
ん? もしかして沈没船が振動しているのか!?
《リディ! 一度下がれ!》
《分かった! ルカ!》
《キュイッ!》
ルカがこちらに向かって泳いで来る。
そして、リディたちが俺たちと合流すると同時に、
ドッゴォォオオオオオオオオオンッ!!
沈没船の上部が轟音と共に吹き飛び、周囲に砂煙が舞う。
今、何かが沈没船から飛び出したように見えたんだけど……
《今何かが船から飛び出した! 警戒しろ!》
先程の大百足たちか?
それにしては、かなり大きく見えたが……
《ルカ、この砂煙を晴らして!》
《キュッ!》
ルカが周囲の海水を操り、砂煙を晴らしていく。
すると、砂煙の向こう側に何かのシルエットが現れ、その姿は砂煙が晴れると共に徐々に鮮明になっていった。
《な、なんだあいつ!?》
そいつは、長い頭に三角形の帽子を被ったような頭部を持ち、その三角形の部分がうねっている。
頭の下には目と何やら蛸と同じような筒状の器官があり、更にその下には足が一、二、三……合計八本生えているのが確認出来た。
そう、そいつは大人のタイダリア二頭分はあろうかと言う巨大な烏賊の魔物だった!
そして、何より決定的に普通の烏賊と違うのが……
《大百足が……体から……生えているの?》
《気配が上手く感じ取れなかったのは、あの魔物の体の一部だったから……》
《あれは……クラーケンか! あの大百足は奴の触腕が変異したものだったのか!》
クラーケンと呼ばれた巨大な烏賊の魔物が筒状の器官をこちらに向けてくる。
何をする気だ?
そして、クラーケンはそこから黒い塊を勢いよく吐き出した!
《アガーテ!》
《ああ!》
その黒い物体をアガーテが盾で受け止める。
すると、その黒い物体は周囲に広がり海水を黒く濁らせた。
《ちっ! 厄介な!》
アガーテが盾に魔力を込め直す。
光の盾は、徐々に濁りを晴らしていく。
《師匠、これって、この辺りを黒く濁らせていたものなんじゃ……!》
《ああ、こいつがタイダリア暴走の原因で間違いないな!》
巨大な烏賊の魔物は、感情の見えない目で俺たちのことをじっと見下ろしていた。




