93話 沈没船に潜むもの
「……俺ぁよう、もう明日死ぬことになっちまっても満足だ」
「いや、こんな所で死なれたら困るから……」
さて、リカルドさんが何故こんなことを言っているのかと言うと……
俺は船の周囲に視線を向ける。
「キュオォオン」 「キュオッ」 「キュオォォ」
数頭のタイダリアが船の移動に合わせて海を泳ぐ。
そう、今回救出したタイダリアたちだ。
そして、船の少し先では二頭の大人のタイダリアと一頭の子供のタイダリアが道案内をしてくれている。
あれはルカとその両親だな。
現在、俺たちはタイダリアたちに道案内をしてもらい、沈んだ密漁船がある海域へと向かっている。
どうやら、暴走したタイダリアたちが操っていた海流に流されて移動してしまったようなのだ。
「いやぁ、お前たちのお陰でタイダリアたちも助かったし、この辺りの海もすっかり落ち着きを取り戻したなぁ」
船縁から海を泳ぐタイダリアを見ながら、リカルドさんがしみじみと語る。
ちなみに、今船の操縦は他の船乗りに任せているそうだ。
「だけど、タイダリアが暴走した原因を取り除かないと、また同じことの繰り返しになってしまうかもしれない」
「ああ、その通りだ。最後までお前たちに頼ることになっちまうが……どうかよろしく頼む」
「勿論だ。それに、俺たちも半分は自分たちの為にやってるだけだから」
「確か、ライナギリアへ渡るんだったな。そん時ゃ任せとけ! 俺たちがきっちり送り届けてやるからよ」
リカルドさんの言葉に俺は頷く。
「キュィィイイイ」
丁度その時、ルカがこちらに向かって来て大きく一鳴きした。
何かあったのかな?
「おにいー、リカルドさーん、そろそろ船を停めた方がいいってー」
リディからそう声が掛かる。
「おうよ。よーし、徐々に速度を落とせ!」
そして、速度を徐々に落とした船は海の真ん中で停止した。
その時、マストの上の船乗りたちが何かに気付いたようで、遠くを指さし他の船乗りと共に驚きの表情を浮かべている。
「おーい、ちょっと来てくれ」
船乗りたちの様子も気になるけど……船首の方にいたサリヴァンさんに呼ばれたので、俺たちはそちらに移動する。
「どうしたサリヴァン?」
「いえ、説明するより見てもらった方が早いでしょうよ」
サリヴァンさんが何か筒のようなものを渡してくる。
何だこれ?
「こいつは……」
すると、同じようなものをリカルドさんも取り出し、それを通して海を見ていた。
どうやら何かを見付けたようだな。
「ジェット、リカルド殿と同じように使えば大丈夫だ」
アガーテがそう教えてくれた。
「成程」
俺は筒から海を覗いてみる。
んー、よく見えん……
「って、逆だ逆!」
どうやら向きが逆だったらしい。
俺は慌てて筒の向きを変え、再度それを通して海を見てみる。
おお! 何だこれ! 遠くの景色が近くに見えるぞ!
ん? あれは……
「海が……黒い」
そう、ここから向こうの海域が黒く濁っているのだ。
流石に船の周囲ともなると、薄まったからか特に変色している感じはないけど……
「キュイ、キュキュイ」
「ふんふん、あそこに沈没船があるんだって」
成程、見るからにあれが原因としか思えんな。
「ジェット、あの中に入っても大丈夫なのか?」
「んー……一度近付いて調べてみたいな」
「タイダリアたちは近付けない方が良さそうですね」
「そうだな。まずは俺たちだけで近付いてみよう」
「ルカもお留守番だね。え、ついて来る?」
「キュゥイ! キュゥキュキュイ!」
「ふんふん。あたしの作った水を鎧代わりにする? それに、自分がついて行かないとあたしたちが海に潜れなくなる……両親にはちゃんと伝えているから大丈夫……んー、いいのかなあ?」
「それだったら一度ルカの言う通りにしてみようか。無理そうだったら留守番だぞ、ルカ」
「キュッ!」
どうやらルカは気合十分なようだ。
「それじゃあ、あの海域の調査に行ってくる」
「おう、頼んだぞ!」
「こっちの警護は……って、さっそくお出ましか」
「「「ケルゥゥアアァ!」」」
空からけたたましい鳴き声が聞こえる。
どうやら鳥型の魔物が獲物を探してやって来たようだ。
そして、その鳥型の魔物の一部が船に向かって急降下してきた!
「炎よ。触れるもの全てを焼き払う壁となりて、我が脅威からの一切を阻め。フレイムウォール!」
おお、初めて聞く詠唱だな。
サリヴァンさんが短杖を構え、鳥に向かって魔法を唱える。
すると、短杖の前に炎が現れ、それが壁のような形になって鳥へと向かっていく。
急に目の前に炎の壁が現れ、一部の鳥はどうにか空へと逃げたものの、逃げ切れなかったものはその炎の壁に巻かれて火だるまになる。
「ほら、早く行け」
他の冒険者たちも武器を構え、鳥の魔物を迎え撃っている。
「おにい、こっちは大丈夫!」
「よし! レイチェル! アガーテ!」
「はい!」 「ああ!」
二人と手を繋ぎ、『潜水魔術』を発動する。
そして、魔力が全身を覆うのを確認した後、俺たちは海へと飛び込んだ。
「ギョッペアァァアアア!!」
海へと潜ってみると、どうやらこっちにも魔物が寄って来ていたみたいだ。
俺たちに向かってマーマンが数体向かって来る。
「「キュォオオオオン!」」
すると、そのマーマンたちを二頭のタイダリアが相手取り始めた。
《ルカのお父さんとお母さんだね! ありがとう!》
ルカの両親が俺たちの援護に来てくれたようだ。
それに、他のマーマンたちも正気に戻ったタイダリアたちが受け持ってくれていた。
そして、俺たちはタイダリアたちのお陰で特にマーマンと戦闘になることも無く、海底へと降り立った。
《あれは……リーダーか》
頭から尻尾にかけて流れるような線の模様が入ったタイダリアを見付けた。
リーダーは俺たちに気付くと、相手をしていたマーマンを軽く噛み殺し、こちらに泳いで来た。
「キュオォオン!」
「キュイィ、キュイ!」
「キュオォ……キュオン」
《えっと……なんて?》
《ちょっと待ってね。ルカ。ふんふん、えっとね、この先に一緒に向かいたいらしいけど、無理そうなのを悔しがっているみたい》
《流石にあそこにはな……リーダー、俺たちが行ってくるから船の周囲を守ってやってくれ》
「キュォオオ、キュオオオオオオオン!」
《ふんふん、ここは任せろ。そして、あの黒いのさえどうにかなったらすぐにでも駆け付ける、だって》
《分かった。なら、まずはあの黒いのの発生を抑える方法を探そう》
「キュォオオオオン!」
「キュイッ!」
《あ、今のはわたしでも分かりました。きっと『よろしく頼む』ですね》
《ならば、期待に応えるしかあるまい》
《よし、行こう!》
《ルカ、無理そうだったらすぐに言うんだよ?》
《キューイッ!》
この場はタイダリアたちに任せ、俺たちは黒く濁った海域へと急ぐのだった。
◇◇◇
《ルカ、平気?》
《キュイッ!》
《周囲の海水がどんどん黒く濁ってきましたね》
《そうだな。だけど……》
《ああ、私に任せておけ!》
レイチェルの言うように、周囲の海水が徐々に黒く濁ってきた。
だけど、俺たちの周囲とリディたちの周囲の海水は澄んだままだ。
まずは俺たち。
こちらは俺の魔力を使ったアガーテの光属性『エンチャント』によって、周囲の濁りが浄化されている。
どうやら、タイダリアの治療に光属性が有効だったのと同じく、この黒い濁りも光属性によって浄化可能なようなのだ。
そうなると、異変の大元も光属性を使えばどうにか浄化出来るのかもな。
そしてリディたち。
あちらはルカの宣言通り、ルカがリディの生み出した水を使って周囲の黒い海水の侵入を遮断している。
陸地で水球を操って移動しているのを海中でも行っているような感じだ。
そして、光属性『エンチャント』を受けたポヨンが更にそれを安全なものにしているようだ。
キナコは何が来ても大丈夫なよう周囲を警戒している。
《どんどん濁りが濃くなっているな。そろそろ近いのか?》
そしてその時、黒く濁った海水が一瞬うねったように見えた。
《ん? 今何か見えたような……アガーテ! 盾を構えろ! リディ、レイチェル、後ろへ!》
《あ、ああ! 『闘気盾』!》
ドッガァアアッ
アガーテの構えた盾に何かがぶつかってくる。
俺は剣に光属性『エンチャント』を施し、盾にぶつかってきた何かに向けて振るった!
《逃げられたか! それに、どうしても『潜水魔術』を維持しながらだと魔術の精度が落ちるな》
《な、何だったのでしょうか? 全く気配が読めませんでした……》
《受け止めた感じ、かなりの衝撃だったぞ》
《おにい! この黒いの一旦どうにかした方が良くない!?》
《出来るならそうしたいけど……》
《ルカ、出来る?》
《キュウイ!》
ルカに何かをさせるのか?
もしかして、他のタイダリアのように海流を操って濁りを晴らすつもりなのか?
すると、リディが俺の右手を握ってきた。
《おにい、あたしにもアガーテ姉みたいに光の魔力を頂戴!》
《それはいいけど……そうか、その魔力をルカが》
《周囲は私とレイチェルで警戒しておく。急げ!》
《こ、今度こそ見逃しません!》
そうと決まれば善は急げだ。
俺は、リディに向かって光属性の魔力を一気に流し込む。
リディは擽ったいのを我慢しながら周囲の水に光属性の魔力を浸透させていく。
《キュゥゥウウウウウウイッ!》
そして、大量の光の魔力を含んだ水を、ルカが一気に周囲に広げていった。
すると、周囲の濁りが晴れ渡っていき、次第に景色を確認出来るようになっていった。
《あれは……!》
《沈没船……おそらくタイダリアたちが沈めたものだろう》
どうやら沈没船の近くまでやって来ていたようだ。
濁りが晴れることでそれを確認することが出来た。
《あ、何か大きな気配が……! あの沈没船からです!》
レイチェルは何か大きな気配を感じ取ったようだ。
さっきぶつかって来た奴が沈没船に潜んでいるのか?
すると、沈没船に開いた大きな穴から何かがうねりながら出て来る。
その何かには無数の鋭い刃の様な足が生え、先端には牙のようなものも見える。
《な、大百足!? 海の中に大百足だと!?》
《さっき私が受け止めたのはあれか!》
《で、でも、何か変です! あの大百足、大百足の気配がしないと言うか……》
当たり前のことだけど、どうやらモルドの山で退治した大百足とは根本的に違うようだ。
そして、大百足は海底を這いながら俺たちに向かって来る!
《海の中じゃ火属性は使えない! 異変のことを考えると、おそらく光属性が有効だ!》
《ならば、このままもう一度受け止める!》
アガーテが盾を構える。
そして、そこへ大百足が迫って来た!
《おおおおおおおおおおおっ!!》
アガーテが盾の『エンチャント』の出力を増し、大百足の突進を受け止める。
お、少し光が強くなってるな。もしかしたら、今回のことでアガーテの属性の扱い方が成長したのかもしれないな。
って、感心している場合じゃない!
《食らえっ!》
光の剣でアガーテが受け止めた大百足を斬る!
すると、容易く大百足の頭を斬り落とすことが出来た。
あれ? なんか斬った時の感触が予想より柔らかかったような……
《大百足の体が下がっていきます!》
なんと、頭を斬り落とした大百足の体が沈没船の中へと引っ込んだ!
《頭を斬り落としたのに……だが、やはりあれが沈んだ密漁船で間違いなさそうだ》
《船に残っていた大百足の卵が海に適性を持って孵化してしまった、と言うことでしょうか……》
《多分そんな所だろうな。ん? 何だ?》
沈没船の方から何かが這いずる音が聞こえて来た。
暫く警戒していると、今度はさっきの穴と更に別の穴からも大百足が出て来た!
《もう一匹出て来たぞ! なっ、俺がさっき斬った大百足の頭が徐々に再生している!?》
《ど、どうなってるの!?》
《あ、あれ? 大百足二匹の気配なんて……何か大きな気配だけしか》
《考えるのは後にしろ! 来るぞ!》
くそ! 厄介だな!
俺たちは、今度は再生する二匹の大百足の相手をすることとなってしまった。




