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92話 海中での戦い②

「おい、おいおいおいおいおいおい! タイダリアたちが協力してくれただとぉ!?」


 リカルドさんが俺の肩を両手でがっしり掴んで大声を出す。


「ちょ、リカルドさん落ち着いて! 唾! 唾が滅茶苦茶飛んできてるから!」


 俺たちは一旦協力してくれたタイダリアたちと別れ、体を休める為にクイーンタイダリア号まで戻ってきた。

 タイダリアたちは近くに待機していてくれるそうなので、ルカが呼べば次からも共闘が可能だ。

 後で光魔術を使って暴走の予防もしておいてやらなきゃな。


 それで、このことをサリヴァンさんとリカルドさんに報告したら、リカルドさんが大興奮でこうなっちゃった訳だ。


「タイダリアにとっても自分たちの生活と仲間の命が掛かってるってことか。いやぁ、君たちを見てると本当飽きないよ」


「うおおおおおおお! 俺はこの感動をどこにぶつければいいんだぁあああ!」


「いや、ぶつけなくてもいいだろ……」


 とりあえずリカルドさんは置いておいて、なんかさっきから違和感があるんだよな。

 違和感の正体を探ろうと、俺は船の上を見渡す。


「あれ? 知らない人が多いな。どこに乗ってたんだ?」


「ん? ああ、君たちが海の中にいる時、補給と共に人員をいくらか入れ替えたのさ。ずっと何もない海の上だとどうしても細かなストレスが蓄積しちまうからな。冒険者も船乗りもローテーションで時々入れ替えてるって訳だ。あ、そう言えば説明してなかったか」


「ああ、今初めて聞いた。そう言うことか。それにしても、よく海の真ん中なのに補給の為の船が来れたなあ」


「今回はギルドにあるのと同じ通信用の魔道具を使って位置情報をやり取りしてるのさ。魔道具を使えば正確な位置は分からなくても、ある程度の方角なら絞り込めるからな」


「それに、長年の勘もあるからな! サイマールの船乗りにとっちゃここら辺は庭みたいなもんだ」


 リカルドさんはようやく正気に戻ったようだ。


「二人はこのまま船に残り続けるのか?」


「ああ。一応現場の指揮を任されてるもんでね」


「船長が船から離れることなんて出来っか! それに、タイダリアたちを放って帰るなんて無理に決まってるだろ!」


 どうやら二人はこのまま残り続けるらしい。

 まあ、リカルドさんの場合、今の状況だと梃子でも動かないだろうなあ。


 その後、俺たちは部屋へと戻り、今日は回復の為に早めに休むことにした。



 ◇◇◇



「キュィィイイイイイ」


「「「「キュォォオオオオン」」」」


 ルカが鳴き声を上げると、どこからともなくタイダリアたちが泳いで来た。


 タイダリアとの初共闘の翌日、十分に休息を取った俺たちは海の中へと舞い戻った。

 今日からはタイダリアたちと共に、暴走したタイダリアの救助を進めていくのだ。


《よし、よろしく頼むぞ!》


 俺は一頭一頭に光魔術を使っていく。

 早め早めの予防が大切だからな。


《わわっ、もう、駄目だったら》


 ぐっ、あのタイダリア、またレイチェルの胸に……!


 ただこいつ、最初に助けた影響か、俺たちの指示をちゃんと聞いて仲間たちにも伝えてくれるんだよなあ。

 他の個体より人間への興味が強かったりするのかねえ?

 まあ、何にせよ俺たちにとっては助かる話だけど。


《よし、タイダリアたちの協力もあるし、今日からは複数を相手取っていく。焦らず着実にやっていくぞ!》


《うん!》 《はい!》 《ああ!》


《リディ、レイチェル。タイダリアたちの位置を探って案内してくれ》


《はい! えーと……向こうの方はかなり多くの気配を感じますね》


《あっちはそれよりは少ないみたい》


《ジェット、まずは少ない方からか?》


《ああ。行くぞ!》


 俺たちはタイダリアを引き連れながら、リディの探った方角へと向う。

 暫く進むと、タイダリアたちが海流を操りながら暴走している姿が確認出来た。


《えーと……全部で四、いや五頭か》


《ねぇおにい、あたしもタイダリアの治療やった方が良くない?》


《そうだなあ。出来るか?》


《うん。おにいみたいなスピードじゃ無理だけど》


《よし、それじゃあリディ、一頭を確実に捕らえて治療してくれ。その間は俺たちで他をどうにかする。治療が済み次第次の一頭だ》


《分かった!》 《キュイッ!》


 ポヨン、キナコからも『任せろ』と言う感情が届く。


《レイチェルは暴走したタイダリアたちを索敵しながらタイダリアたちに指示を。ちょっと大変だと思うけど、レイチェルなら出来る筈だ》


《は、はい! わたしはタイダリア相手じゃ出来ることが無いですから、これぐらいは頑張ります!》


「キュォン」


 レイチェルの横にいる最初に助けたタイダリア……長いな。

 他のタイダリアに指示も出しているくらいだし、リーダーでいいか。

 リーダーも短く鳴いて応える。


《アガーテはいつも通り俺と一緒に前へ出るぞ》


《ああ、任せておけ!》


 丁度その時、暴走したタイダリアたちがこちらに気付いたようだ。

 濁った瞳で俺たちを睨み付け、海流の向きをこちらに定めて来る。


《よし、手前の二頭は受け止める! 残りを頼む!》


《分かった! タイダリアたち、あっちの二頭を抑え込んで!》


「キュオオオオオン」


 レイチェルの指示を聞いたリーダーが、他のタイダリアにも指示を出す。

 そして、少し横から向かって来るタイダリアに対し、タイダリアたちは協力して複数の海流をぶつけその動きを制限する。

 流石に泳ぎの達者なタイダリアとは言え、あの状態ではまともに泳げないようだな。


《はああああああああああっ!!》


 ドゴァァアアアアンッ


 アガーテがタイダリア二頭を受け止める。

 よし、これで四頭。

 残り一頭は……あそこか! 


 一頭だけ突進せず後方から様子を窺っていたようだ。

 そのタイダリアは、近くの石礫を海流で操りこちらに飛ばしてこようとする。


 だけど……いいのか?

 後ろががら空きだぞ?


「キュオッ……!」


 タイダリアは後ろから接近していたリディたちによって拘束される。

 そして、リディがタイダリアの治療を開始したようだ。


 すると、アガーテが押し止めていたタイダリアたちが後退しようとする。


《させるか!》


 俺はアガーテを伴い素早く回り込み、後退しようとしたタイダリアたちの前に立ちはだかる。

 ある程度『潜水魔術(アクアウォーカー)』の扱いにも慣れてきて、これくらいのことなら出来るようになってきたのだ。


《こっちは通行止めだ》


 そして、俺たちの元へ一頭の正気を保ったタイダリアがやって来る。


《師匠、こっちは大丈夫なので、その子をそっちに行かせました!》


《ナイスだレイチェル! よし、タイダリア、こいつらを逃がさないよう協力してくれ!》


 その後、タイダリアと共に暴走した二頭の足止めをする。

 暫くすると、片方のタイダリアをミスリル紐が捕らえた!


《お待たせ! こっちの子は任せて!》


《よし! アガーテ、タイダリア、もう一頭を押し止めてくれ! その隙に治療する!》


《了解した!》


 タイダリアが海流を操り暴走した個体をアガーテの方向へ無理矢理向かわせる。

 そして、それをアガーテが盾で受け止める。

 海流と盾に挟まれたタイダリアは、一切身動きが取れないようだ。

 その隙に、俺がタイダリアに治療を施す。

 タイダリアの濁った瞳が徐々に光を取り戻していく。

 それからやや遅れて、リディの方もタイダリアの治療が完了したようだ


《正気に戻ったな。レイチェルの方に向かうぞ!》


 俺たちはレイチェルの援軍に向かう。


《あ、そっちは終わったんですね。こちらはこの子たちのお陰で大丈夫でした》


 どうやら、タイダリアたちが完全に足止めしていたようだな。

 ん? なんか数が増えているような……


《身体を休めた子たちも援軍に駆け付けてくれたみたいですね》


《成程なぁ。となると、この調子で味方のタイダリアを増やしていくのが正解だな。よし、治療するから一頭をこっちに流してくれ》


《こっちもお願ーい》


「キュオオオオン」


 リーダーが一鳴きすると、タイダリアを拘束していた海流の向きが変わり、一頭ずつ自由を奪われたまま俺とリディの元へ流れて来る。

 俺の方はアガーテが受け止め、リディの方は普段通り拘束して治療を開始する。


 こうして、五頭全てのタイダリアの救助に成功した。

 よーし! この調子で行くぞ!



 ◇◇◇



 タイダリアたちの救助が始まってから一週間が経過した。


 その間に救助したタイダリアの数は、七十を超えたあたりからはもう数えていない。

 多分、百頭前後くらいなんじゃないかな?


 そして、その救助したタイダリアの中にルカの両親もいた!

 ルカは両親の周囲を何度も何度も泳ぎ回り、その喜びを表していた。

 そして、ルカの両親もルカに対して優しく頭を擦り付けていた。


 その姿を見た俺は、ふいにエルデリアの父さんと母さんを思い出す。

 二人も、俺たちが無事帰ったらこんな風に喜んでくれるのかな?


 どうやらリディも同じ気持ちだったようで、少し目を腫らして俺の手を握ってきたので優しく握り返してやった。

 ……海の中で良かったな。

 俺もちょっと泣いてしまってたことは、多分誰にもバレてないだろう。


 更に、助け出したタイダリアたちが続々と援軍として俺たちに加わっていく。

 そうなって来ると、俺たちの方が数の上でもどんどん有利になっていき、救助はどんどんペースアップしていく。


 ただ、残りの魔力の量も考えなきゃいけないし、タイダリアの数が増えるに従ってリーダーに対して指示を出しているレイチェルがどんどん大変になっていた。

 なので、もう少しいけるかな? と思っても無理をせず休憩を取りながら救助を行っていた。


 そしてついに、待ち望んだその瞬間が訪れる。


《よし、お前で最後だ。正気に戻れ!》


「キュォォオ……」


 タイダリアの瞳に再び光が宿る。


《ルカ、この子が最後で間違いないんだよね?》


「キュィィイイ?」


 リディの問い掛けを受け、ルカが両親や他のタイダリアたちに確認を取る。


「「「キュオォォオオン」」」


 すると、タイダリアたちがそれに答える。


《キュウゥウイッ!》


《間違いない、だって!》


《おおおおおおおおおおおおお!! やったぞぉおおおお!!》


《はいっ! 良かったね、リーダー》


「キュォオン!」


 リーダーがレイチェルに頭を擦り付ける。

 あいつ、どさくさに紛れてまた胸を触っているな……!

 だけど、今は許してやるか。


《そうか……やり遂げたのだな、私たちは》


 アガーテは静かに喜びを噛みしめているようだ。

 繋いだ左手が少し強く握られたのを感じた。


《キュッキュゥゥウウイッ!》


《あはは! ルカ、はやーい!》


 ルカは大喜びでリディたちを乗せたままタイダリアたちの周囲を泳ぎ回る。

 偶然立ち寄ったヴァラッドであいつを釣り上げてなかったら、今のこの光景は無かったんだよなあ。


 ……っと、全部終わった気分になるのはまだ早い。

 最後の大仕事、暴走の原因の排除が残っているんだから。


 とは言え……それを今言うのは野暮ってもんか。

 俺だって今は喜びに浸りたい気分だ。

 どの道、万全の態勢で臨む為、今日はタイダリアたちを光魔術でケアしてから休憩を挟まなきゃならないしな。


 その後、タイダリアたちのケアを終え、俺たちはクイーンタイダリア号へと戻る。

 そして、そこで野太い歓声が響き渡ったのは言うまでもないか。

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