87話 異変の解決に向けて
「キュオォォオオン」
《あはは、擽ったいよ》
正気を取り戻したタイダリアが俺たちに頭を擦り付けてきた。
ルカも頭を擦り付けてくることがあったし、これがタイダリアの感情表現の方法なのだろう。
しかし……
《ひゃんっ、そこは駄目だよー》
このタイダリア……レイチェルの胸の感触が気に入ったのか、さっきからずっと頭を擦り付けている。
ぐっ……こいつ、多分雄の成体だな。
このエロタイダリアめ! なんて羨まし……じゃなくて、けしからん!
暫くすると、満足したのかそのタイダリアはレイチェルから離れ、ルカとなにやら会話を始めた。
《リディ、何を話してるんだ?》
《んー、この子の言葉はしっかりとは聞き取れないんだけど、この近くにいる他の仲間にもさっきの光魔術を使ってもらいたいみたい》
《他のタイダリアも暴走してしまっているのか?》
《えーと、暴走しちゃってたのは多分この子だけみたいだよ。ただ、汚染の影響を多少は受けているだろうからって。この子、他の暴走しちゃった仲間の様子を頻繁に確認しに行っていたみたいだよ》
《成程、影響が表面化しないうちに治療したいってことか。分かった。何処へ向かえばいいんだ?》
「キュオオ、キュオオオォォオオン」
《あ、今仲間をここに呼んでるみたい》
《うわっ、沢山の気配がこっちに向かって来てますよ》
《……見えた。あれがこの辺りにいたタイダリアか。やはり、子供の個体が多いのだな》
《確か、子供を連れて逃げたって話だったからな》
泳いで来たタイダリアたちが俺たちの前に到着する。
さっき正気を取り戻したタイダリアが、他のタイダリアたちに何かを話している。
おそらく、今の状況と俺たちのことを説明しているのだろう。
ふーむ、タイダリアって個体によって模様が全然違うんだな。
見た所、群れの中に全く同じ模様のタイダリアは見付からなかった。ただ、時々似た模様をしたタイダリアはいるんだよなあ。もしかして家族かな?
《か、可愛い!》
大人たちの後ろにいる子供のタイダリアたちが、興味津々に俺たちのことを覗いている。
子供は好奇心旺盛だって話だったけど……確かにその通りのようだ。
「キュォォン」
大人のタイダリアの一頭が軽く鳴くと、一斉に子供のタイダリアたちが俺たちに向かって泳いで来た。
「「「キュィ、キュイッ」」」
子供たちは代わる代わる俺たちの周囲を泳いだり、興味津々に体に触れてきたりしてくる。
《きゃああああああ! 可愛いぃぃいいいい!》
どうやら、女性陣はタイダリアの子供たちの仕草にノックアウトさせられたようで、黄色い『念話』を上げながらタイダリアたちを撫で回していた。
《はっ! ち、違うからな! これはタイダリアを落ち着かせる為であって、決して衝動のままにやっている訳では》
《今更取り繕っても遅いよ。それに、せめて表情と『念話』の内容を一致させてから言ってくれ……》
顔を全力でにやけさせながら言っても説得力無いぞ、アガーテよ。
その後は、暫くタイダリアの子供たちと戯れ合うこととなった。
そして、タイダリアの子供たちが落ち着いた後、俺はここにいるタイダリアたちに順に光魔術による治療を施していった。
見た目の上では大丈夫そうでも、やはり汚染は少しずつではあるが蓄積していたようで、治療が終わったタイダリアは嬉しそうに周囲を泳ぎ回っていた。
《よし、これで終わりだ》
「キュオオオン」
《はっはっは、こら、擽ったいだろ》
《おにい、お疲れ》
《お疲れ様です、師匠》
《お、おおお疲れ様……だ》
アガーテは言い慣れてなくて恥ずかしかったのか、ちょっと顔を赤く染めていた。
《おにい、この後はどうするの?》
《うん、一度陸に戻ろうと思う。結構魔力を使っちゃったし、帰りのことを考えるとそろそろ戻った方が安全だ》
《暴走しちゃったタイダリアたちを治療していくとなると、かなり大変かもしれませんね……》
《ここまでの移動もあるしな。せめて、休憩出来る陸地が近くにでもあればいいのだが》
《ルカ、この近くに陸地はある?》
《キュッキュゥ》
《この辺りには無いって》
うーむ、一度サイマールでギルドに相談してみるべきなのかもなあ。
《そうだ。もし良かったら、一度サリヴァンに相談してみないか?》
《サリヴァンさんに?》
《ああ。サリヴァンは私たちより経験豊富だし、何よりギルドに顔が利く。何か力になってくれるかもしれん。なに、余計なことをしようとしたら、私が責任を持って止めるさ》
《そこまでは心配してないけど……そうだなあ。二人もそれでいいか?》
《うん》 《はい》
リディとレイチェルは、タイダリアの子供たちと戯れながらそう答える。
ちなみに、アガーテの左手もタイダリアの子供を撫で回している最中だ。
《よし、それじゃ一旦戻ろう》
《皆、他のタイダリアたちも助けにまた来るからね》
「キュオオオオン」
「キュ? キュイッ!」
《え? おにい、この子たちが陸まで乗せていってくれるって!》
《何!? 本当か!?》
うおおおおおおおおお!
俺もタイダリアに乗ってみたかったんだよなあ!
すると、二頭の大人のタイダリアが俺たちの前にやって来た。
俺とアガーテは同時に乗せる必要がある為、中でも体の大きい個体が担当するみたいだ。
リディはルカに乗っているから問題無い。
レイチェルの方は、最初に暴走を治療したタイダリアが担当みたいだな。
ぐっ、こいつ、またレイチェルの胸に……!
「「キュォォオオオン!」」
「キュイィィイイ!」
そして、一旦他のタイダリアたちに別れを告げ、俺たちは乗せてくれるタイダリアに跨り陸地に向けて出発した。
うおおおおおおおおお!!
早い!! 楽しいぞおおおおおおおおおおおお!!
◇◇◇
「「キュオォオオン!」」
「またなー!」
「他の子たちにもよろしくねー」
「ここまでありがとうねー」
「他の仲間も助けてやるからな。待っていろ!」
「キュッキュイイイイ」
俺たちを乗せて来てくれたタイダリアたちに礼を言う。
タイダリアたちは俺たちに向かってひと鳴きし、住処へと帰って行った。
ふぅ、楽しかったぜ!
俺たちは、行きの数倍のスピードで海に潜った岩場まで戻って来た。
お陰で今の時間は夕暮れにはまだ早いくらいで、予定より大幅に早くサイマールに帰れそうだ。
ちなみに昼食は、子供のタイダリアを落ち着かせる目的もあり、タイダリアたちと一緒に食べてきた。
タイダリアの子供たちは俺たちの食べ物に興味津々で、俺たちもついそんなタイダリアたちに食べ物を与えてしまっていた。勿論大人のタイダリアたちにもだ。何故か、その中にルカも混じっていたけど……
まあ普段からルカも食べているし、地上の食べ物なら海の汚染の影響は殆ど無いだろう。
そして、俺たちはサイマールの入り口での手続きを終え、町の中へ入って行った。
「さて、今の時間ならまだ大丈夫だろうし、サリヴァンさんの所へ向かおうか。今日は宿にいるのか?」
「いや、ジェットたちは先に潮騒亭に戻っておいてくれ。私がサリヴァンを連れて来る」
「え、いいのか?」
「ああ。一度潮騒亭を見ておきたい、と言っていたし丁度良い機会だろう」
どうやら、何だかんだ言ってもアガーテの様子が心配なんだろうな。
それにしても、よく考えたらアガーテとサリヴァンさんってどんな関係なんだろう?
兄妹と言った感じでもないしパーティーを組んでいる訳でもない、どちらかと言えば主従関係に近い感じなのかな?
まあ、詮索せずともいずれ分かることだろう。
俺たちは一旦アガーテと別れ、潮騒亭へと向かった。
道中、やはりルカが視線を集めるけど、出来るだけ気にしないようにしながら進んでいく。
「おや、おかえりなさい。今日は遅くなると聞いていましたが……」
「「「ただいま」」」
宿に入ると丁度アントンさんがいたらしく、俺たちを出迎えてくれた。
「ちょっと色々あって予定が早まっちゃって、それで」
「よう君たち。あれ? お嬢は一緒じゃないのか?」
そして、アントンさんの後ろからなんとサリヴァンさんが現れたのだ!
「え!? なんでサリヴァンさんがここに?」
「ん? ああ、一度お嬢が泊まっている潮騒亭を確認しておきたくてな。宿も綺麗だし飯も上手いしなかなかいい宿じゃないか!」
「ははは、お褒めに預かり光栄です」
丁度今のタイミングで潮騒亭の確認に来ていたようだ。
「それで、お嬢は? もしかして、またなんかやらかしたか?」
サリヴァンさんは少し真剣な顔つきになる。
「ああ、そんなことはないから安心してくれ。少しサリヴァンさんに相談したいことがあって、それでアガーテは宿にサリヴァンさんを呼びに向かったんだけど……」
「あちゃー、タイミングが悪かったなそりゃ。まあ、下手に出て行っても行き違いになるだろうからここで暫く待ってようか」
「それなら食堂でお茶でもどうぞ。今の時間は普段閉めているので人もいませんし。よければ、そのまま相談にも使っていただいて構いません」
「おお、それならそうさせてもらおうか。君たちもそれでいいか?」
「ああ、問題無い」
そうして、俺たちは食堂で用意してもらったお茶を飲みつつアガーテを待つことにしたのだった。
◇◇◇
「全く……なんと間が悪い!」
「たはは、災難だったなあお嬢」
そう言いながらサリヴァンさんがケラケラ笑う。
あれから暫く待っていると、アガーテがミューさんと共に潮騒亭へと帰って来た。
どうやら宿を留守にしているのを確認した後はギルドにも行っていたらしく、そこで丁度早番で仕事終わりだったミューさんと一緒になったそうだ。
そして、現在俺たちモノクロームと従魔たち、アガーテとサリヴァンさん、アントンさん一家が食堂に勢揃いしている。
「私たちもお話を聞いて大丈夫なのでしょうか?」
アントンさんが俺にそう聞いてくる。
「ああ。この町に関することだし、寧ろ何か意見を貰いたいくらいだ」
そう言う訳でアントンさんたちにも聞いてもらうことにしたのだ。
ミューさんも帰ってきているし丁度いい。
「そんじゃあ、まずは何があったのか聞かせてもらおうか」
さっきまで笑っていたサリヴァンさんが真剣な表情になる。
その姿に俺たちも姿勢を改める。
そして、ルカから聞いた異変の原因、俺たちが水中で活動する為にマール湖で修業していたこと、実際に海で遭遇したタイダリアたちの様子、暴走したタイダリアを治療可能なこと……
サリヴァンさんやアントンさんたち一家に、今までの経緯を全て話していったのだった。
◇◇◇
「……何と言うか……まるで御伽噺を聞いているようだな」
「だが事実だサリヴァン。私自身もこの目でしっかり確認している」
サリヴァンさんやアントンさん、リュシーさんは驚きのあまり口を開けて呆けてしまった。
まあ、普通こんな話そうそう信じられることじゃないよな。
俺たちだけじゃなく、アガーテがいてくれて助かったな。
一方、
「うわ~、海の中ってそんなに綺麗な景色なんだね~」
「本当ねぇ。サイマールにずっと住んでいるけど知らなかったわぁ」
ミューさんとカミーユさんはこんな調子だ。
この二人はある意味大物だと思う。
「うーむ、少し待ってくれ。頭を整理したい」
そう言って、サリヴァンさんは用意されていたお茶を一気に飲み干した。
そして、ポケットからペンと手帳を取り出し何かを書き記そうとする。
その時、ポケットから謎の物体が入った小瓶が床に落ちた。
幸い小瓶は割れはしなかったが、床に落ちた衝撃で栓が取れてしまったようだ。
「キュッイィイイイイ!」
すると、ルカがその小瓶に大きな反応を示す。
「うおっ、びっくりした! 何だ!? こいつに反応してるのか!?」
「ルカ、落ち着いて!」
リディがどうにかルカを窘める。
サリヴァンさんは慌てて小瓶の栓を閉め直した。
すると、ルカは次第に落ち着きを取り戻していった。
「サリヴァン、それは?」
「ああ、こいつはこの前君たちが大百足を討伐した山、そこで見付けた大百足の卵の殻だ」
そう言えば、サリヴァンさんはギルドの山の調査に同行してたんだったか。
「なあ、大百足の卵って確か」
「ああ、タイダリアが興味を示すものの一つだ」
「え?」
リュシーさんとアントンさんのその言葉に、俺たちは首を傾げる。
どうしてそんな変なこと知ってるんだ?
「え、えっと、一度全部の話を聞いて整理した方がいいんじゃないでしょうか?」
「ああ、どうやらその方が良さそうだ」
レイチェルの言葉に俺たち全員が頷く。
そうして、俺たちはサリヴァンさん、アントンさんたちからもそれぞれ話を聞くこととなった。
うーむ、これが異変の解決への手助けになればいいんだけど。




