86話 タイダリア
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「ルカ、ここからでいいの?」
「キュイッ!」
俺たちは、海の調査を開始する為に、以前ルカを釣り上げた岩場までやって来た。
ここから海へ入り、まずは正気を保ったタイダリアの様子を見に行ってみよう、と言うことになったのだ。
タイダリア自体は温厚な魔物らしいし、リディとルカがいればある程度の意思の疎通も可能だろう。
「暴走したタイダリア……か。もし襲われたらどうするのだ?」
「殺したくはないし……その時はどうにか生け捕りにしたいかな。それに、魔術で暴走を抑えられないか試してみたい」
「もし暴走を抑えられるなら、それで海の異変は解決するでしょうか?」
「んー、それだけじゃ難しいかもな」
「タイダリアが沈めたと言う密漁船か」
「ああ。暴走の原因をどうにかしないと一時しのぎにしかならないだろうな。場合によっては、ギルドに協力を要請する必要もあるかもしれない」
「分かりました。その為にも、今回しっかり調査しなきゃですね」
「おにいー、こっちは準備出来たよー」
リディが海から顔を出し、俺たちに向かって手を振る。
「分かった、今行く。よし、俺たちも行こうか」
右手をレイチェル、左手をアガーテと繋ぎ、俺は意識を集中し『潜水魔術』を発動する。
水属性と風属性の魔力が融合し、俺たち三人を覆っていく。
そして三人で海へ飛び込み、『潜水魔術』が問題無く発動していることを確認した。
《師匠、もう大丈夫です》
レイチェルからそう『念話』が届く。
どうやら自力での維持に切り替えたようだな。
俺はレイチェルに頷き、繋いでいた右手を離す。
《よし、問題無いな。それで、どっちへ向かえばいい?》
《キュイッキュキュイ》
《えーと、あっちでいいの? うん、分かった。皆、ついて来て》
ルカに跨ったリディの案内に従い、俺たちは海中調査を開始した。
◇◇◇
《マール湖でもそうでしたけど、やっぱり水の中の景色って幻想的で素敵ですね》
《一度依頼や調査など関係なく訪れてみたいものだ》
調査を始めて数十分程経過したか。
レイチェルとアガーテは目の前の景色に心躍っているようだ。
確かに、絶対に地上では見ることが出来ない景色が目の前には広がっているからな。二人がそうなってしまうのも無理はない。
かく言う俺も、正直ワクワクしてしまっている。
だってそうだろ?
目の前には水と差し込んだ光が織りなす幻想的な世界がどこまでも続いていて、色とりどりの魚や見たことも無い海の生き物が俺たちの目の前を泳いでいるんだ。
他にも、ゆらゆら揺れる謎の海藻や海を漂う海月、まるで木や花を連想させる綺麗な色をした珊瑚と呼ばれるものが俺たちの目を飽きさせない。
この珊瑚、こう見えて実は動物の一種らしい。言われなきゃ絶対分からなかっただろうな。
宝石類として加工されたりもするそうだが、海洋ギルドが徹底的に管理しているらしく、勝手に採取すると犯罪となるのだそうだ。俺たちも気を付けなきゃな。
《キューイキュキューイ》
リディ、ポヨン、キナコを乗せたルカは、俺たちを案内しながら気持ち良さそうに海の中を泳ぎ回っている。
くそー……楽しそうだな、おい!
そして、どんどん進むにつれて海が深くなってきたようで、段々周囲が青一色に薄暗くなっていった。
どうやら深く潜ると見える景色がどんどん青くなっていくようだ。不思議だな。
ただ、この薄暗さだとちょっと視界が悪いな。
《この辺りまで来ると、随分暗くなるんだな》
《ポヨン、お願いね》
そう言ってリディは右腕のポヨンに光属性の『エンチャント』を施す。
すると、ポヨンの一部がまるで蛸の触手のように伸びていき、先端から光を放ち行く先を照らした。
お前、そんなことも出来たのか。
《本当に器用なスライムなのだな……》
アガーテがポヨンを見て驚嘆していた。
安心しろ。俺やレイチェルも毎回同じように驚いているから。
《師匠、その状態で光魔術は使えそうですか?》
《んー、出来るけどあまり難しいことは……そうだ!》
さっきのポヨンを見ていて思い付いたことがある。
俺は、アガーテと繋いだ左手に少しだけ力を込めた。
《ん? どうした?》
《じっとしてろよ》
そう言って、『潜水魔術』を維持しつつ左手に光属性の魔力を集める。
そして、それを繋いだアガーテの手に向かって流し込んだ。
《ぴゃうっ!? こ、こここんな所でい、いきなりなぁあん》
リディ、レイチェルから軽く非難の眼が向けられる。
《うおっほん! 別にふざけているんじゃないぞ! アガーテ、その魔力を使って盾に『エンチャント』を使ってみてくれ》
《わ、分かった……ぁんん、ガ、『闘気盾』!》
掛け声とともにアガーテが左手に持った大盾に『エンチャント』を発動する。
すると、盾から眩い光が溢れ出す。
《こ、これは!?》
《アガーテ、盾にも『身体活性』の要領で魔力を巡らせてみろ》
《よ、よし。んんん……》
アガーテが集中すると、盾から溢れ出ていた魔力が徐々に収まっていく。
そして、盾本体が光を放つようになり、その光が俺たちの周囲を照らした。
《それが属性を利用した『エンチャント』だ。ポヨンを見て出来るんじゃないかと思ったが……上手くいったな》
《こ、このようなことが出来るのか……》
《アガーテ自身が属性魔術を扱えるようになれば、自力で発動出来るようになる筈だ》
《しょ、精進しよう》
《師匠、おそらく魔物です!》
俺たちはレイチェルが指さした方向を見る。
すると、上半身が醜い人型で下半身が魚の魔物が数体こちらに向かって泳いで来ているのが確認出来た。
《マーマンか。船を襲うこともある魔物だが……海中での戦い方など聞いたことも無いぞ》
《なーに、普段通りやればいいさ。レイチェル、ここでは雷のナイフは使うなよ》
《分かりました!》
そう言ってレイチェルはミスリルナイフ二本を構える。
さて俺は……よく考えたら左手はアガーテと繋いでいるんだよな。
『潜水魔術』の維持の為、手を離す訳にはいかないし。
すると、アガーテが光の盾を構えた。
《奴らの攻撃を受け止める! 守りは私に任せろ。ジェット、お前は攻撃に集中しろ!》
初めて会った頃のアガーテだと信じられないような言葉だな。
だけど……今だと頼もしく感じるのだから分からないもんだ。
《……分かった! 行くぞ!》
「「「ギョペエェェェエ」」」
謎の奇声を発しながら、マーマンが俺たちに襲い掛かって来た!
ガッ!
マーマンは、その鋭い爪で俺たちを引き裂こうとするも、その攻撃はいとも容易く全てアガーテが受け止めた。
《ふん、この程度か。大したことないな》
そして、その隙に俺とレイチェルで動きの止まったマーマンに斬り掛かる!
「「ギュピョアピャアアアアァ」」
よし、二体仕留めた!
だが、残った一体は俺たちには敵わないと見ると、物凄いスピードで逃げ出そうとする。
そして、少し逃げ出した所でそのマーマンは大量に魔力弾を浴びせ掛けられ、体に大量の穴をあけながら絶命した。
《よし、キナコ、よくやったね》
どうやらキナコがルカの上から狙撃したようだ。
褒められたキナコはご機嫌な様子で足を揺らしている。
《よし、問題無く戦えるな》
《アガーテが前にいてくれると安心感があるね》
《そ、そうか。よし、守りは全て私に任せておけ!》
《おにい、マーマンたちも回収する?》
《ああ、頼む》
その後、リディにマーマンの死体を全て回収してもらい、俺たちは更に海を進んでいく。
それからも時々襲い掛かって来るマーマンたちを撃破しながら、俺たちはルカの案内に続く。
マーマン以外にも、魚型や蟹型の魔物にも遭遇した。
だけど、先程の宣言通りアガーテが全て攻撃を盾で受け止め、その隙に俺たちが攻撃して仕留める必勝パターンで特に苦戦することもなかった。
むしろ、こいつらの味の方が気になる所だ。食べたら美味いんだろうか?
《あ、なんだか周囲の様子が変わりましたね。うわぁ、綺麗な所》
《これは……珊瑚が淡く光っているのか。美しいな……》
《おお……海の中にはこんな場所もあるんだな》
ここら辺は灯りが無くても大丈夫そうだな。
《おにいー、そろそろタイダリアたちの居場所に着くみたいだよー》
どうやらこの辺りが目的地だったようだ。
ルカ以外のタイダリアって初めて見るんだよなぁ。
どんな感じうおっ!!
《何だ!? 急に流れが!?》
急に海流に巻き込まれ、俺は咄嗟にレイチェルの手を取りどうにかその場に踏み止まる。
《師匠! 何かが凄いスピードで泳いできます!》
「キュオォォオオオオオオオン」
何かの鳴き声と共に海流の向きが変わり、そしてその海流に巻き込まれた石礫が俺たちを襲う。
《アガーテ!》
《ああ! 私の後ろへ!》
ガガガガガガッ!
物凄い勢いで石礫が叩き付けられるも、全てアガーテが大盾で防ぎ切った。
「キュイィィイイイ」
《え、どうしたのルカ? タイダリア? これタイダリアの仕業なの!?》
すると、俺たちの上を何か大きい生物が横切るのが見えた。
「キュイイィイッ! キュイキュゥゥウウ」
ルカがその生物に向けて必死に何かを訴え掛けている。
だが、その声は相手には届いていないように見える。
そして、その生物が一度動きを止め、俺たちに向き直った。
体長は俺の倍近くだろうか。ルカと同じく鱗が無くツルっとした体表で、体付きは真ん中が太くて両端が細くなる紡錘型。流れるような流線型でもある。
背中はルカの鮮やかな青とは違い、渋めの暗い青色だ。だけど、腹に向かうにつれて白くなるのは同じようだ。
だが、体の模様はルカとは違い、頭から尻尾にかけて流れるような白いラインが見える。頭に星型の模様も見当たらない。
《こいつがタイダリアの成体か……》
《でも、タイダリアって温厚な魔物な筈じゃ……》
《皆! あのタイダリア暴走しちゃってるみたい!》
《確かに……ルカとは違い、何やら濁った瞳をしているな》
その濁った瞳でタイダリアが俺たちを睨み付けてくる。
「キュオオオオオオオォオオオオン!」
タイダリアは大きく一鳴きすると、海流を操りこちらに向けてくる。
そして、自身がその海流に乗って、凄まじいスピードで向かって来る。
あの速度で体当たりして来る気か!
《リディ!》
《うん分かった! ルカ!》
《キュイッ!》
ルカは海流に巻き込まれないよう、リディたちと共に一度この場から離脱する。
《いけるかアガーテ!?》
《ふっ、誰に聞いている? 『闘気盾』!》
アガーテが気合と共に大盾に『エンチャント』を発動する。
そして、俺たちの前に立ち、その大盾を構える。
《来ます!》
《任せておけ! はぁああああああああああああっ!!》
「キュオオォオオアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ドゴアァッ!!
周囲に凄まじい衝撃音が響き渡り、土埃が舞い上がる。
《レイチェル!》
《はい!》
レイチェルが水魔術で流れを作り、その土埃を払う。
すると、そこにはアガーテに突進を受け止められたタイダリアの姿があった。
《タイダリアよ、なかなかいい一撃だったぞ》
《ナイスだアガーテ! 今だリディ!》
《オッケー! ルカ、お願い!》
《キュッキュイ!》
岩陰に潜んでいたリディたちが躍り出てきて動きの止まったタイダリアに接近する。
そして、亜空間から大きなゴーレムメタルを取り出す。
それと同時に、リディの懐からミスリル紐が放たれる。
ミスリル紐はまるで意志を持ったように自在に動き、タイダリアをゴーレムメタルに縛り付けていく!
「キュオッ! キュオオオオオ!」
タイダリアはどうにか抜け出そうとするも、縛り付けられた影響で体に思うように力が入らないようだ。
《よし! ルカ、よくやったね!》
《キュッ!》
そう、このミスリル紐はリディが水属性の『エンチャント』を施し、それをルカが操っていたのだ。
マール湖での修業中、この方法を身に付けたそうなのだ。
まあ、流石に水中でしか使えないそうだが、かなり便利な能力だな。
これは、事前にタイダリアに遭遇した時、どう対処するかと皆で話し合って考えた捕獲法だ。
この為に、海に入る前にミスリル紐はリディに渡しておいたのだ。
勿論、今回がぶっつけ本番だったけど、どうやら上手くいったようだな。
《さて、暴走が収まるか試してみようか》
俺たちは縛り付けたタイダリアの近くまで慎重に移動する。
「キュオオオオオオオオオッ!!」
タイダリアが濁った瞳を俺たちに向け、恨みがましい鳴き声を上げる。
構わず俺は、タイダリアの頭に右手で触れる。
そして、光魔術を使っての治療を試みる。
「キュォオオオオオオオオオオオオオン……」
すると、徐々に濁った瞳が光を取り戻していく。
お、これは上手くいったんじゃないのか?
「キュイイイ」
「キュオオン」
今度は、ルカの問い掛けにもちゃんと反応しているみたいだ。
《おにい、レイチェル姉、アガーテ姉、この子正気に戻ったんだって!》
《よっしゃ!》
俺たちは拳を突き上げ喜び合った。
そして、タイダリアを拘束しているミスリル紐を解き、ゴーレムメタルと共に亜空間へと仕舞い直した。




