84話 新たな弟子
「海の調査?」
「ああ、それで水の中でも活動出来るようになる為に、ここで修業を始めたんだ」
「こ、この水着だってその為にちゃんとサイマールで買ったものなんですよ! わたし、破廉恥じゃありませんっ!」
「す、すまない。つい……」
昼食後、休憩も兼ねてアガーテさんに俺たちの目的を説明している。
念の為、ルカから聞いた内容は伏せているけど。
「水の中でも活動出来る魔法……いや、魔術、だったか。そんなことが可能だとは……」
「まあ、簡単に習得出来そうにはないけどな」
だけど、絶対に習得しなきゃな。
それでルカの願いを叶えてやって、海を鎮めた後俺たちはライナギリアに向かわなきゃならないんだから。
折角だし、俺もちょっと疑問に思ってたことを聞いてみようか。
「なあ、アガーテさんはどうやって」
「アガーテ、でいい。それに、変に畏まらなくても構わない。そ、その代わり……という訳でもないが、私も君たちのことはリディ、レイチェル……ジェ、ジェッジェ、ジェジェジェットと呼ばせてもらう!」
「……分かった。そうさせてもらうよ」
何故かアガーテさん、いやアガーテは俺の名前を呼ぶ時だけ顔を真っ赤にして呼びにくそうにしていた。
……え、俺の名前って呼ぶのも恥ずかしい名前なの? ちょっと傷付くぜ……
少し悲しい気分になったけど、気を取り直してもう一度。
「えっと、アガーテはどうやってあの能力を使えるようになったんだ?」
確か、サリヴァンさんは子供の頃に目覚めたって言ってたけど……
「あの能力……それは『闘気』のことか?」
「多分そうかな。体から光が溢れ出て強くなるあれだ」
「ああ、それが闘気だ」
成程、闘気か。
どうやらアガーテは魔力を扱っているとは認識していないみたいだ。
「え、えっと、その……む、昔、サリヴァンの使う魔法に憧れたことがあって……それを真似しようと自分でも色々練習していたのだ。その後、魔物との戦いの中で咄嗟に魔法を放とうとしたら、何故か闘気を扱えるようになってな……」
アガーテが少し赤面しながらそう教えてくれた。
サリヴァンさんの魔法を見た所、魔法も魔力を扱うものだったからな。
それを再現しようとしていたら、偶然『身体強化』が使えるようになったって所か。
やはり、エルデリアの外では魔術と言う概念が伝わっていないのか。
もしかしたら、何かエルデリアに関することに繋がるかと思ったんだけど……
「私もジェ、ジェット、君に聞きたいのだが、君も闘気を扱えるんじゃないのか? 私と戦った時、確かに君も闘気を使っていると感じたのだが」
どうやら、俺の『身体活性』の魔力を感じ取っていたみたいだ。
どう答えようかと思案していると、アガーテが意を決したような表情になった。
「そ、それでだな! ジェ、ジェット! 私に君の闘気の扱い方を教えてもらえないだろうか? 君の扱っていたあの闘気、私が扱うものより数倍、いや数十倍は洗練されたものだと感じた。どうか頼む!」
そう言うと、アガーテは膝をつき俺に対して頭を垂れた。
俺たちはその姿に少し動揺してしまう。
「ちょ、ちょっと、落ち着け! こんなとこ人に見られたら」
「お、おにいも落ち着いて! 流石に今こんな所に他の人はいないと思うよ!」
「ど、どうするんですか師匠?」
どうしたもんかと考えていると、アガーテが顔を上げて更に捲し立ててくる。
「そ、それに! 君たちはライナギリアに用があるのだろう?」
「え、どうしてそれを……?」
「この辺り出身でもない君たちが、船も出せない状況なのに宿に泊まり続けながらサイマールに滞在しているのだ。もしライナギリア以外が目的地なら他へ移る筈だしな。そう考えるのが自然だ」
成程……言われてみれば確かにその通りだ。
「ライナギリアの案内は私が引き受けよう。私はライナギリア出身で、これでも少しは顔が利くつもりだ。どうだろうか?」
再びアガーテが頭を垂れる。
「師匠……」
レイチェルが何かを言いたそうに俺を見てくる。
おそらく、今の必死なアガーテの姿を見て思う所があったのだろう。
もしかしたら、自分だけが俺たちに魔術を教えてもらえているのが後ろめたくなってしまったのかもしれない。
……はぁ、つくづく俺も甘いな。
「リディ」
「……いいの?」
「ああ」
「分かった。おにいがそう言うなら」
そう言うと、リディは亜空間から一枚の紙を取り出し、
「はい、アガーテ姉」
それをアガーテに差し出した。
「こ、これは……!?」
アガーテはその紙を受け取り、穴があくほど熱心に見詰めた。
「それはアガーテの潜在能力を記したものだ。リディは人の潜在能力を見極めることが出来て……申し訳ないけど以前見させてもらったものだ」
「これが……私の潜在能力……だが、これは一体」
「順を追って説明しようか。まず、アガーテが扱っている闘気、あれは『身体強化』と言う魔術によって体の外に溢れ出した魔力だ。こんな風にな」
俺はアガーテの前で『身体強化』を発動する。
リディとレイチェルにも目配せをし、二人にも『身体強化』を発動してもらう。
「こ、これは……!」
アガーテがあまりの驚きに目を見開く。
「それで、こっちが普段俺たちが使っている『身体活性』って魔術だ」
俺たちは『身体強化』を『身体活性』に切り替える。
体の外に溢れ出ていた魔力が徐々に少なくなっていく。
「これは、あの時ジェットが使っていた……」
「ああ。それと、『闘気槌』と『闘気盾』だったっけ。あれも『身体強化』や『身体活性』を応用した武具を強化する『エンチャント』って魔術だな。前に服が防具になるって言っただろ? あれも『エンチャント』の応用だ」
そう言って俺は剣を抜き、無属性の『エンチャント』を施す。
「闘気が……魔力……すると、私は……無意識に君たちと同様魔術を扱っていたのか」
「そうだな。とりあえず、まずはこの『身体強化』と『身体活性』の違いを説明するか」
そう言って俺は再び『身体強化』を発動する。
「『身体強化』は見た通り、強化の魔力を体の外に放出し、その魔力を使って一時的に自身を強化する魔術だ。体への負担も少ないし、放出する魔力の量や質によって強化量が決まる。だけど、体の外に放出している分魔力の消耗が激しい。魔力を消耗し過ぎると、最悪ぶっ倒れてしまう。本来なら要所要所で使っていくのが正しい使い方だ」
そして、次は『身体活性』に切り替える。
「対して『身体活性』は強化の魔力を体の中で循環させている。そうすることで自身の身体能力そのものを高めているんだ。体の中で留めている分、魔力の消耗は少ない。だけど、その分体への負担は大きくて、自身の限界を超えてしまうと恐ろしい筋肉痛に襲われてしまう。こっちは長期戦用の魔術だな」
「成程……あの時私だけがどんどん消耗していたのはそう言うことだったのか……」
「その通りだ。これの合わせ技もあるんだけど……そっちは追々な」
その後は、魔術の属性について実演しながら説明していく。
特に、アガーテ自身が扱える地属性と光属性を念入りに。
「私にも……こんなことが出来るのか……」
「まあ、それはアガーテ次第かな」
「ジェット!」
アガーテが真剣な眼差しで俺に詰め寄って来る。
近い近い!
「私も……レイチェル同様君の弟子にしてもらいたい! どんな修業にでも耐えて見せよう!」
まあ、魔術のことを教えた時点でそのつもりだったんだけどな。
「……俺の修業は厳しいぞ。本当について来れるのか?」
「勿論だ!」
「その意気やよし! それじゃあ、まずは基本の魔力操作の修業からだな」
「魔力……操作?」
その言葉を聞いて、レイチェルが顔を赤らめてモジモジする。
レイチェルのその様子に気付き、アガーテは少し動揺する。
「い、一体何をするつもりひゃんっ!」
アガーテの手を取ると、アガーテは顔を真っ赤にして飛び上がる。
「い、いいいいいいきなり何を!? 急に手を握るなど、そ、そんな破廉恥なこと」
「は、破廉恥じゃない! これは修業の為にやらなきゃならないことなんだ!」
「そ、そうなのか……分かった、一思いにやってくれ!」
そして、俺はアガーテの手を握り直す。
小柄な体格なのもあって、やはり手は小さいんだな。
そんなことを考えながら、俺はアガーテに向かって魔力を流し込んだ。
「な、何だこれは!? ジェットから私に向かって熱い何かが……ひゃぅんっ!!」
おー、やはり無意識でも魔術を使っていた影響か、レイチェルの時よりも魔力の引っ掛かりが少ないな。
だけど、それでも所々魔力の流れが悪い箇所がある。
よし、レイチェルにやった時と同様、多めに魔力を流し込んで魔力の流れる道を開通させようか。
「ぁ、ぁああっ! さ、更にジェットから激しく私の中にっ……ぁ、あぁぁあああんっ!」
……どうしてレイチェルと言いアガーテと言い、こんな艶っぽい声を出すんだろうか。あー、エリン姉の時もそうだったか。
同じことをしても、リディは擽ったそうに笑うだけなのに……
「……良かった。ああなるのはわたしだけじゃなかったんだ」
「んー、あたしは擽ったくて面白いと思うんだけどなぁ」
レイチェルがホッとしたように息を吐き、リディと共にアガーテの体を拭く準備を整えてくれていた。
当のアガーテは初めての魔力操作の修業で大量の汗を掻き、ぐったりした様子で座り込んでいる。
「え、えっと、これを毎日やっていくんだけど……」
「はぁ、はぁ、こ……これを毎日……」
アガーテはどこか呆けたような表情になり、徐々に顔が赤くなっていく。
「……せ、責任は取ってもらうからな」
「? ああ、分かってるよ」
レイチェルに続き弟子にすると言ったんだ。
心配しなくても、ちゃんと最後まで修業は見るつもりだよ。
その後、リディとレイチェルに支えられ、アガーテは体を拭いて着替える為に地魔術で造り出した囲いの中に入って行った。
……ちょっと内股になってたような気もするけど……
ポヨン、キナコ、ルカもそれに続いて行ってしまった。
素質の説明がまだだったんだけど……まあ、後でいいか。
さて、俺一人になっちゃったし、また湖に入って水中活動の修業を再開しようかな。
結局、その日は何度も溺れそうになるだけで、特に成果を得ることは出来なかった。
◇◇◇
ジェットが一人で修業をしている頃……
リディ、レイチェル、アガーテの三人娘はたわいも無い雑談に花を咲かせていた。
レイチェル、アガーテ共にその性格の影響で極端に同年代の友人が少なかったのもあり、リディ含め実際に話してみるとすぐに打ち解けたようだった。
「なっ! 同じ部屋で寝泊まりしているだと!? くっ、なんとふしだらな……」
「ち、違うからっ! わたしたちは別に如何わしいことをしている訳じゃなくて、ただ宿代と借りる部屋数の節約に! それに、その方が師匠との修業にも都合がいいし……」
「な、成程……そうなると、私も同じ弟子となったのだし宿を移った方がいいのだろうか? た、ただ、異性と同じ部屋で宿泊するのはまだ心の準備が……」
「おにいは気にしないと思うけど……アントンさんは部屋はいっぱい空いてるって言ってたし、別の部屋に泊まれば大丈夫じゃない? でも、サリヴァンさんはいいの?」
「元々サリヴァン一人の所に私が無理矢理ついて来たのだからな。パーティーを組んでいる訳でもないし大丈夫だろう。まあ、流石に後で説明はしなければならないだろうが……サ、サリヴァンとは同じ部屋に泊まっていた訳ではないからな!」
「わ、分かってるよ。あ、それだったらアガーテもゴーレム風呂に入れるね。魔力操作の修業をした後は汗びっしょりになっちゃうから、お風呂入るのが気持ちいいんだよね」
「そう言えば、まさかあの時は野外で風呂を取り出すとは思わなかったな……う、羨ましくて見てた訳じゃないぞ!」
(アガーテ姉、結構分かりやすい人だなぁ)
「ま、まさかとは思うが……風呂に一緒に入ったりとかは」
「あー、時々一緒に入ったりもしてるかな」
「なっ、なななっ、なななななななななな」
「?」
「レイチェル姉、多分アガーテ姉はおにいと一緒にお風呂に入ったと思ってるよ」
「ち、ちちち違うから! 時々リディちゃんと一緒に入ってるの! 師匠とは入ってないから!」
「そ、そうか。そうだろうな、うん」
「師匠はそう言う所ちゃんと考えてくれてるから大丈夫だよ。ただ……ちょっとむっつりスケベな所もあるけど」
「……薄々そうかとは思っていたが……時々妙に胸に視線を感じることがあってな」
(おにい、早速バレちゃってるよ)
「あ、あはは……」
「うーむ……や、やはり、男と言うのはレイチェルの様な胸の大きい女性が好きなのか?」
「……アガーテ姉も十分大きいと思うんだけど」
「だが、レイチェルやサイマールの受付嬢を見た後だとな……」
「あー……」
「べ、別にそう言う訳じゃないと思うけど……」
「ま、まあそうか。それに……先程、ジェットは……せ、責任を取ってくれると……」
「え、えぇぇぇえええええええええええええっ!? だ、駄目だよそんなの!」
「……多分、おにいはそんな深刻な意味に受け取ってないんじゃないかなあ」
女三人寄れば姦しいとはこのことか……
その後も、三人娘の話は尽きることなく続くのだった。
今回の話の中に出て来たキャラクターは、分かりやすくカップ数で比較すると、
ミュー(Hカップ)
レイチェル(Fカップ)
アガーテ(Dカップ)
【越えられない壁】
リディ(無)
おおよそこんなイメージです。
リディはまだ十歳なので仕方ないですけどね。