83話 マール湖にて
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俺たちはマール湖のことを聞いた翌日、まずはミューさんたちに案内してもらって水着を選ぶことになった。
どうやらサイマールの衣料品店では普通に取り扱っているらしく、こんな寒い時期にも拘らず水着専用の棚が設けられていた。
男性用と女性用で売り場が分かれていて、俺は一人寂しく水着を選ぶこととなった。
棚にある水着を手に取って見てみるも、普通の下着よりやや派手めなぐらいで何が違うのか分からない。
これは黒地に白で波の模様が描かれてるのかな?
そんな感じのシンプルだけど履きやすそうなものを見付けたので、それを購入することにした。
自分の買い物が終わって待つこと数十分……ようやく水着を選び終えたリディたちが売り場から戻って来たのだった。
どんな水着を買ったのか聞いてみるも、明日まで内緒だとはぐらかされてしまう。
どうにもレイチェルが恥ずかしそうにしてたのが気になるけど……
その後は皆でお昼を食べに行ったり、色々と必要になりそうな物を買い揃えていく。
ただ、やけに俺に対して男たちの殺意のこもった視線が向かって来るんだよなあ。
確かによく考えたら、俺の周りには美人の女性ばかりと言う状況だけど……別に遊んでる訳じゃないんだぞ?
そしてそこから更に翌日、俺たちは早速教えてもらったマール湖へとやって来た。
「おおおおお、結構広い湖だな」
「うわあ、水が透き通っているよ!」
「確かに人気の避暑地になるのも頷けますね!」
湖の周囲は避暑地として利用する為か綺麗に整えられていた。
とりあえず周囲の確認をするも、特に魔物の気配はしない。
湖の中も、少なくともこの近くは安全そうだ。
「よし、早速水着に着替えてから修業を始めようか!」
「分かった。レイチェル姉、着替えに行こ」
「うぅぅ、アレを着なきゃいけないのかぁ」
リディとレイチェルは、俺が地魔術で造り出した囲いの中に入っていく。
レイチェルの言葉がちょっと気になるけど……俺も早く着替えるか。
とうっ!
俺は素早く衣服を脱ぎ去り、亜空間へと仕舞い込む。
ふふふ、今日は下着代わりに水着を着用していたのだ。
「当たり前だけど、二人はまだ着替え中か。うー、寒い」
こんな時期にする格好じゃないなこれ。
このまま二人を待ってるのも退屈だし、先に湖に入ろうかな。
俺は軽く体を解し、湖に向けて思い切り助走をつけて飛び込んだ!
バッシャアアアアアアンッ
うおおおおおおおおおおっ!
水が冷たい!
だけど、この程度ならエルデリアで毎年体験してたことだ。何も問題無い。
体を慣らす為にしばらくゆったりと泳いでいると、
「あー、おにいもう湖に入ってる!」
着替えを終えたリディが従魔三体を引き連れて囲いから出て来た。
白地のワンピース型の水着に黒で海豚の模様がある可愛らしい水着だ。
所々フリルがあしらわれ、それがいいアクセントになっている。
「おお、似合ってるぞリディ」
「えへへ、そうかな?」
俺の言葉にリディは嬉しそうにはにかんだ。
そして、ポヨンとルカはともかく、キナコは普段通りの格好だった。
まあ、ルカの能力があれば濡れずに済むみたいだし問題無いのか。
「ほら、レイチェル姉も恥ずかしがってないで出ておいでよ」
リディがそう呼び掛けると、囲いからおずおずとレイチェルが姿を現した。
「うぅう、寒いし恥ずかしい……」
ぐはっ!
な、何だあのけしからん格好は!
レイチェルは、水着の色は髪の色に合わせて明るい青を選んだようだ。胸の部分と腰回りだけの水着を着用し、寒さと恥ずかしさに腕を組んで震えている。
あ、あんなの下着同然ではないか! サイマールだとあんな如何わしい恰好をするのが普通なのか!?
そして、腕を組んでいる影響でその豊かな胸部が余計に強調されてしまっていて……
「おぐあっ!」
し、しまった!
つい見惚れていたら足を攣ってしまった!
溺れそうになりながらどうにか岸までたどり着く。
「お、おにい!」
「だだだ大丈夫ですか師匠!?」
リディとレイチェルが駆け寄って来て、俺を引き上げようとする。
そ、そんな前屈みになったら胸の谷間が……!
「がぼぁ……」
あまりに刺激的な絶景を前に俺は力尽き、湖に沈んでいってしまった……
「おにいぃぃぃいいいいいいいいいいいいいっ!」
「師匠ーーーーーーーーーーーーーっ!」
◇◇◇
「キュッイィィイイイイイイイイイインッ!」
「あはははははは、ルカはやーーい!」
ルカが高速で湖を泳ぎ、その上にポヨンとキナコが乗り、リディがルカの尻尾を掴んでいる。
うん、楽しそうだな。
リディ自身はちゃんと泳げるし、体が冷え切ってしまったら湖から上がって暖を取るよう言い聞かせているからまあ大丈夫だろう。
そして、俺とレイチェルは共に湖の中に入っていた。
レイチェルは実の両親に泳ぎを教えてもらっていたので問題無いとのこと。
「うううううううううう、づ、づづづ、づめだい……」
「む、無理しなくていいんだぞ?」
「い、いえ! わだじもじじょうのでじどじで、ごれぐらいのごどやっでみぜまず」
どうやらレイチェルは俺流の修業にとても前向きになっているようだ。
ならばこれ以上は何も言うまい。
俺について来い、レイチェル!
「よし、早速やってみるか」
そう言って俺は湖の中に潜った。
さて、リディ曰く、水魔術を応用して水を空気に変えているって話だったな。
ルカは水を操るのが得意だし、納得出来る話だ。
俺は目を閉じ集中し、水の魔力を全身に纏ってみる。
まあ、やれることから色々試してみようか。
そして、その状態で息をしようとしてみるも、水を吸い込みそうになったので慌てて止めた。
あ、危なかったな。また溺れる所だった。
俺は集中を解き目を開いた。
「ごぶふぁっ!」
目を開いた途端、レイチェルの豊かな胸が視界に飛び込んで来る!
不意を突かれた俺は、思いっ切り息を吐き出してしまい、大量の水を飲んでしまう。
このままじゃまた溺れる!
俺は急いで水面から顔を出し、どうにか空気を取り込むのだった。
「ぶはっ、ごほっ、げふっ、はぁはぁはぁ……」
……前途多難だな。
その後、体が冷えてきてしまったので一度湖から上がり、火魔術と風魔術で体を乾かす。
また後で湖に入る予定なので服には着替えず、水着と一緒に購入しておいた水着と共用の上着を着用する。
俺一人だったらずっと湖に入ってたかもだけど、それだとレイチェルが俺に合わせて無茶をしそうだったので適度に休憩を挟むことにしたのだ。
「はい、おにい、レイチェル姉」
リディから昼食の暖かいスープとパンが手渡される。
「おう、ありがとう」
「ありがとう、リディちゃん」
俺たちは早速食事にありつこうとする。
くぅぅぅぅぅ……
……近くの大きな木の方からそんな音が聞こえてくる。
俺はリディとレイチェルを見る。
二人とも苦笑しながら頷いた。
はあ、仕方ない。このまま無視し続けるのもアレだしな。
「おーい、良かったら一緒に食べるか?」
木の方向にそう問い掛けると、ビクッと木の周囲の茂みが揺れた。
そして暫く待っていると、木の裏から編み込みの金髪を靡かせながら、ここ最近俺たちに付き纏っていた人物が姿を現した。
「き、奇遇だな。こんな所で会うとは」
アガーテさんは、少し顔を赤らめながらそう切り出した。
どうやらそう言うことにしておきたいようだな。俺たち全員気付いてたんだけどな……
リディもレイチェルもそのことを指摘したりはしなかったので、俺もそれに倣う。
「あ、ああ、本当偶然だな。そ、それで、そろそろ昼食の時間だったから誘ってみたんだけど」
「そ、そうだな。誘ってもらって毎回断るのも悪いし、お邪魔させてもらおう」
顔を真っ赤に染めながら、アガーテさんは俺たちの方へやって来た。
あれ? 今日はやけに素直なんだな。最悪また断られるのを覚悟してたんだけど……
「はい」
リディがスープとパンをアガーテさんに手渡す。
「あ、ありがとう」
アガーテさんはそれを礼を言って受け取る。
うーん、妙に態度が柔らかいな。一体何があったんだ?
「っ! お、美味しい」
スープを一口飲んで、アガーテさんはそう呟く。
「わたしたちが泊まっている宿で用意してもらったんですよ」
「そ、そうなのか。なかなかいい宿に泊まっているのだな」
その後も、アガーテさんは小動物のようにパンを両手に持って齧っていく。
……うん。サニーちゃんを見ているようで、つい頭を撫でてしまいそうになった。危ない。
「こ、このパンも美味いな!」
「わたしの故郷のパンなんですよ。このスープに浸して食べるのも美味しいですよ」
レイチェルの言葉に従い、アガーテさんはスープにパンを浸して食べる。
そうやって食べているうちに、スープとパンはあっと言う間に無くなってしまった。
「「「ごちそうさま」」でした」
「? 何だそれは?」
「俺たちの育った村で食事が終わった後にする挨拶だよ」
「な、成程。ならば、ここは私も倣っておくとしよう。ごちそうさまでした」
……うーん、間違いなくアガーテさんだよなこの人?
一体、あれから何があったんだ?
「キュッキュゥゥウウウウイ!」
丁度そこへ、ポヨンとキナコを乗せたルカが湖から上がってきた。
「キュ?」
アガーテさんを見て、ルカが首を傾げる。
ポヨンとキナコは既にアガーテさんを知っているからか、特に大きな反応は無い。
「このまぇ……じゃなくて、今日は……変わった魔物も連れているのだな」
「えっと、この子はルカ。この近くの海に棲んでいるタイダリアだよ」
「こ、この魔物がタイダリアなのか……」
「キュッ!」
ルカがそうだよ! と言わんばかりに誇らし気に胸を張る。
「そのスライムと人形もそうだったが……君の従魔たちは本当に賢いのだな」
アガーテさんが感心したようにポヨンたちを見る。
「えっと、アガーテさんは何でこんな所に?」
何で俺たちをつけていたんだ? とは聞けないので遠回しに聞いてみる。
「そ、そそそれはだな、今サリヴァンはこの前の山の本格的な調査にギルドと共に赴いていてな。その間私も周囲の魔物の退治でもしようかとここに赴いたのだ! 決して君たちの後について来てたんじゃないぞ!」
「そ、そうか」
なんか墓穴を掘っちゃってる気もするけど……まあ黙っておこう。
「そ、そう言う君たちこそここで何を? 見た所、随分……は、破廉恥な格好をしているが」
ちらっとレイチェルを見てアガーテさんがそう聞いてきた。
破廉恥と言われた当のレイチェルは、ショックを受けて俯いてしまった。
「えっと……」
うーん、どう説明したもんか。
すると、アガーテさんが溜息を吐き、首を横に振った。
「……違う、言うことはそうじゃないだろう。この期に及んで私は……」
何かを呟き、おもむろに立ち上がる。
そして佇まいを改め、真剣な眼差しを俺たちに向けた。
「君たちに……ずっと言わなければならなかったことがある」
アガーテさんの真剣な表情を見て、俺たちも姿勢を改める。
すると、アガーテさんは俺たちに向かって勢いよく頭を下げた。
「先の依頼では色々と非礼な態度を取ってしまい、本当に済まなかった! こんなことを言う資格は私には無いのかもしれないが……どうか愚かな私を許してはくれないだろうか。この通りだ!」
よく見ると、アガーテさんは小さく震えていた。
……これを言いたくて俺たちのことをつけ回してたのかな。
俺はリディとレイチェルを見る。
二人とも、笑って俺に頷く。
「頭を上げてくれ。俺たちはもう気にしていないよ。これからは、普通に接してくれると嬉しいかな」
「そ、そうか!」
アガーテさんは花が咲くような笑顔を浮かべた。
この人、ちゃんとこんな表情も出来るんだな。
「……良かった……本当に良かった……」
そして、緊張の糸が切れてしまったのか、アガーテさんはその場にペタンと座り込んで涙が止まらなくなってしまった。
俺たちは慌てて彼女にハンカチを渡すのだった。




