82話 ルカと潮騒亭
ブックマーク登録と評価ありがとうございます!
とても創作の活力となっております!
「ルカ、前みたいに町中では大人しくするんだよ。ただし、危険な目に遭いそうな時は反撃していいからね」
「キュッ!」
サイマールが目前に迫り、リディがルカに町中での注意を言い聞かせる。
まあ、ヴァラッドからここに来るまでずっと同じように教えてきたからな。念の為の確認と言った所か。
サイマールの門に近付くと、シャールさんが俺たちに気付き手を上げ挨拶してくる。
そして、遅れてルカの存在に気付き、驚き固まって上げた手が徐々に下がっていった。
「……おかえり。一応確認するが、その浮いた水の中にいる魔物はタイダリアの子供で間違いないよな?」
「ただいま。ああ、タイダリアで間違いない。ちょっと事情があって……」
俺たちは、ヴァラッドの近くの川でルカを釣り上げたことから、海まで連れて来て帰したこと、そしてついさっき再び釣り上げて再会したことをシャールさんに説明した。
「そんな訳で、久々に会えたのが嬉しかったのか俺たちについて来たんだ」
「成程なあ……」
ルカが語っていた異変の原因については、今は周囲には伏せることにしておいた。
レイチェルが言っていたように、リディがルカから聞いたって話したところで普通の人には信じてもらえないだろうし、万が一それが原因でタイダリアの討伐なんて話に発展したら最悪だ。
これについては、俺たちでちゃんと確認出来てからどうするか考えようと言うことに落ち着いた。
「君たちは随分とそのタイダリアに懐かれているんだな。好奇心旺盛な子供が船に寄って来ることは偶にあるが、ここまで人に懐いたのを見るのは初めてだよ」
「サイマールでは海の守り神って呼ばれてるんだっけ」
「ああ。サイマールではちょっとした有名人……まあ人ではないが、とにかくそんな感じなんだ。だからな、正直ちょっと君たちが羨ましいよ」
そう言ってシャールさんは俺たちのカードと共に、一枚別のカードを差し出してきた。
「これは?」
「君たちとそのタイダリアの子供がここを通る為の許可証だ。急遽用意したものだが……これを見せれば俺以外が門の担当の時でも大丈夫だろう」
「「「ありがとう」」ございます」
「キュキュッキュ!」
俺たち三人に合わせ、鞄から頭を出したポヨン、リディが抱きかかえたキナコ、水球から顔を出したルカも揃って頭を下げる。
「いやぁ……稀にだがテイマーとその従魔を見ることはあったが、こんな頭のいい従魔たちは初めて見たよ」
「皆あたしの自慢の友達だから!」
リディがフンスと胸を張る。
「ははは、いい関係を築いているようだな。お、そうだ。君たちから仕入れたって言うオーク肉、美味かったよ。ごちそうさん。その魚籠の中身も早く届けてやるといい」
どうやらシャールさんは楽しみだと言っていた通り、お昼を潮騒亭で食べたみたいだな。
満足してもらえたんなら良かった。
シャールさんに別れを告げ、俺たちは潮騒亭へと向かう。
ふと俺たちをつけ回していた彼女のことが気になり、俺はこっそり背後を確認する。
すると、アガーテさんがガックリと肩を落として何処かへ向かっていく姿が見えた。
多分、宿泊している宿へと向かっているのだろう。
俺たちをずっと尾行した後は大体あんな感じなんだよなあ。
「おにい、早く行こう」
「おう、分かった」
「分かっていたことですけど……ルカちゃんへの周囲からの視線が凄いですね」
レイチェルの言うように、周囲の住民は足を止めて俺たち……と言うよりはルカを見ている。
ひそひそ話を始める者やルカを見て興奮して燥ぐ子供、一部の老人はルカに向かって手を合わせ拝んでいた。
当のルカは特に気にした風でもなく、水を操りながら元気に泳ぎ回っている。
潮騒亭に到着するまではずっとそんな調子だった。
レイチェルは蛸との格闘より町中の移動の方が疲れた様子だ。
「さて、アントンさんたちにも事情を説明しなきゃなぁ。それと、魔術の修業が出来そうな場所も心当たり無いか聞いてみないとな」
「釣ってきた魚も買い取ってもらわなきゃだしね」
「あの蛸って買い取ってもらえるんでしょうか……」
「まあ、もし無理だったら俺たちで食べたらいいさ」
そして、俺たちは宿の扉を開け中に入る。
すると、丁度そこではミューさんを除くアントンさんたち一家全員が宿の掃除をしている所だった。
「おや、おかえりな……さ……」
アントンさんが俺たちを見て、驚いて持っていたモップを手放してしまう。
モップは音を立てて床に落ちた。
「何やってんだよ父さん。お、あんたたちか、おか……え!?」
リュシーさんもアントンさんに続いて驚き固まってしまう。
まあ、やっぱりこうなるよな。
「あらぁ、なんだか可愛らしい子も一緒なのねぇ」
カミーユさんだけは特に動じた様子は無い。
むしろ、ルカに小走りで向かって行き頭を撫でていた。
母親のカミーユさんの様子を見るに、ミューさんもルカを見たらこんな感じになるんだろうな。
「えっと、ただいま。あ、これ釣ってきた魚」
俺たちは持っていた魚籠を、唯一正気を保っているカミーユさんに見せる。
「あらぁ、いっぱい釣ってきてくれたのねぇ、助かるわぁ。ちょっと、あなたぁ。リュシーもいつまでボーっとしてるのぉ?」
カミーユさんの呼び掛けに、アントンさんとリュシーさんが同時に再起動する。
ミューさんは間違いなくカミーユさん似だけど、リュシーさんはアントンさん似なのかもな。
「お、おお。いやはや、すみません、あまりのことについ……」
「い、いや、母さんはなんで平気なんだよ……」
「それはねぇ、母さんだからよぉ!」
カミーユさん、それ答えになってないんじゃ……
「は、ははは。皆さんはなかなか釣りがお上手なようだ」
「そ、そうだな。まさかこんなおっきいもんまで釣って来るなんてな!」
アントンさんとリュシーさんが冗談めかして笑う。
「え、アントンさんとリュシーさん、なんでルカのこと釣ったって分かったの?」
「「……え、本当に?」」
「うん」
冗談で言ったことが本当だったので、二人は乾いた笑いを浮かべていた。
「ほらぁ、お魚も買い取らなきゃいけないし、お話も聞きたいから食堂の方へ行きましょう」
こう言う時、動じない人がいてくれると話がちゃんと進んで助かるな。
俺たちは、ルカを伴い既に昼営業を終えた食堂の方へと通されたのだった。
◇◇◇
「そうなのぉ……ルカちゃん、大変だったのねぇ。あ、これも食べるぅ?」
「キュゥイ!」
「はい、どうぞぉ。ポヨンちゃんもどうぞぉ」
俺たちは食堂で、アントンさんたちにもシャールさんにしたのと同じ説明をした。
どうやらカミーユさんはリディの従魔たちがお気に入りな様子で、説明をしている最中も頻りに食べ物を与えていた。
キナコには食べ物を与えられないので、代わりに髪を手櫛で梳いていた。
「ぐすっ、お前……大変だったんだなぁ」
リュシーさんは話を聞いて涙ぐんでいる。
この人はどうやらとても涙脆いらしいな。
「事情は分かりました。ウチとしましては特に問題ありません。是非宿泊させてやって下さい」
「「「ありがとう」」ございます」
ふう、良かった。
ゴーレム水槽も使用の許可を貰ったし、ルカの分の食事代金も払っておいた。
これで宿屋の方は問題無いな。
「タイダリアが泊まった宿屋なんて、町中に自慢出来るわねぇ」
「そうだなあ。こんな縁起のいいことは滅多にあるものじゃない」
「……何かこのことをうちの売りに出来れば……」
そう言えば、サイマール前の宿場でも同じようなこと言っていたな。
リュシーさんはこのことで何か出来ないか考えているようだ。
「おお、それと、魚の方ありがとうございました。まさか鰈や蛸まで釣っているとは」
リディたちが釣っていた平べったい魚は鰈と言う魚らしい。
煮付けにすると美味いらしく、今晩早速出してくれるそうだ。
うん、楽しみだな!
「特に蛸とか、知らない人だったら釣り上げても捨てたりするんだけど、あんたたちはよく持って帰って来ようと思ったな」
「俺たちの住んでた村でも偶に食べてたから。そこではから揚げにしたりしてたんだけど」
「おお、から揚げですか。それなら今晩蛸のから揚げも用意しましょう」
おお、やったぜ!
俺はついガッツポーズをしてしまう。
「ははは、もしまた釣りに行くことがあったら是非持って帰ってきて下さい。今回同様買い取らせてもらいますので」
「分かった。その時はよろしく」
「ただいま~」
裏の方からのんびりした声が聞こえてきた。
どうやらミューさんが帰って来たようだ。
「ああ、そう言えばミューは今日は早番だって言ってたな」
リュシーさんがそう教えてくれた。
暫くすると、足音が食堂の方に向かって来た。
「「おかえり」」 「おかえりなさぁい」
「「「おかえり」」なさい」
「あれ~? 皆ここにいたんだね~。ただいま~。モノクロームのみんなも一緒ってことは、お魚釣れたの~?」
「ああ、今日は鰈の煮付けと蛸のから揚げを用意することになったよ」
「うわ~、美味しそうだね~」
ミューさんが飛び跳ねながら喜ぶ。
くっ! わざとやっているのか!?
ポヨンが一匹キナコが二体ルカが三頭っ!
そして、ミューさんはやや遅れてルカの存在に気付く。
すると、次第に目を輝かせ始めた。
「うわ~、なになにこの子~? かわいい~~」
そう言ってルカの頭を撫で始めた。
やはり、カミーユさんと行動パターンが同じだな。
ミューさんにもアントンさんたちにした説明をする。
「成程~。ルカちゃん頑張ったね~、よしよし」
ミューさんはポヨンとキナコを膝に乗せ、ルカの頭を撫でる。
ポヨンもキナコも膝の上で大人しくしてるし、撫でられたルカも気持ちよさそうだ。
……この人、テイマーの素質とかあるんじゃないか?
あ、そうだ。
みんな揃ってるし、魔術の修業に使えそうな場所が無いか聞いておかなきゃな。
「えっと、ちょっと話は変わるんだけど、この辺にそれなりの深さのある川とかって無いかな?」
「川? 海じゃ駄目なのかい?」
リュシーさんがそう聞いてくる。
「ああ。ちょっと水の中でやりたい魔術の修業があって、海だと海水が……」
「ああ、成程」
「それだったら~、マール湖とかいいんじゃないかな~」
「マール湖?」
「サイマールの北西にある湖です。皆さんがこの前向かったモルドへ行く道を、途中で北へ向かえば到着しますよ」
「夏場は避暑地にも使われているのよぉ。この子たちが小さかった時に何度か行ったわねぇ。海でも湖でも水遊びが楽しめるのがサイマールの自慢なのよぉ」
「その時期は~、冒険者にマール湖周辺の警護や魔物狩りの依頼がいっぱい出るんだよ~」
ほう、話を聞いた感じ結構いいんじゃないか?
「まあ、今の時期は人なんていないだろうけどな。と言うか、こんな寒い時期にその修業ってのはやらなきゃいけないのかい?」
「別に今じゃなきゃ出来ない訳じゃないんだけど、どうしても急ぎでやりたいから」
「あ~、それなら水着も買わなきゃだね~」
「水着?」
「水に入る為に着用する衣類のことです。よそではそう言ったものは無いんですか?」
俺たちは揃って頷く。
「ああ。普通に下着で水に入っていたよ」
そんなものがあったんだな。持っていたら何かと便利そうだ。
「だったらぁ、明日買いに行きましょう」
「私も明日は休みだから~、一緒に選んであげるね~」
「……母さん、宿の仕事」
「まあいいさ。リュシーも行っておいで」
「はぁ。まあ父さんがそう言うなら」
そう言いながらも、ちょっとリュシーさんは嬉しそうにしていた。
やはり、衣類の話になると女性同士だと盛り上がるらしく、リディとレイチェルはミューさんやリュシーさんに水着とはどんなものか見せてもらうことになり、女性陣に連れられて食堂を出て行った。
残った俺にアントンさんがお茶を出してくれる。
「ははは、周囲が女ばかりだとお互い苦労しますな」
「はは、確かに」
その後、お茶を飲みながらアントンさんと海釣りについて色々と盛り上がったのだった。
機会があったら一緒に行ってみたいものだな。
それと、今日の夕食は沢山おかわりしてしまったのは言うまでもないか。
◇◇◇
一方その頃、とある宿屋にて。
「あああああああ! 今日もまた謝れなかった! そもそもどうやって声を掛けたらいいんだ!? 誰か教えてくれぇぇぇぇええええ!!」
小柄な金髪の女冒険者は、そう言って枕に思い切り顔をうずめるのだった……




