8話 ジェット10歳
十歳になった。
去年から村長の所できちんとした魔術の練習を始め、この一年で俺の魔術の腕はかなり向上していた。
九歳の時に行った数々の無茶も、ちゃんと魔術の糧となっている。
自分で色々試したり、村長や両親の考察もあって分かったことだけど、どうやら俺は基本的な属性魔術は全て扱うことが出来るが、経験に基づくイメージが貧弱な為上手く発動出来ていないみたいだ。
魔術は己の魔力を操り、イメージを以てそれぞれの属性として現象を顕現する。まあ、これは村長の受け売りだけど。
何度も何度も練習することで、イメージをより正確なものにしていく。
それと、実際に自分の身体で直接体験してみた方がイメージが鮮烈になることも分かった。
女神様が言っていた努力すればするほど巧くなるって言うのはこの事だったのかな。
火渡りとか真冬の川で寒中水泳とか腐ったものを食いまくるとか……皆にも一緒にやろうと勧めてみたんだけど、誰一人としてやらなかったけどね。それどころか、皆は絶対真似するな! と大人たちから言われる始末。
俺については両親含め最早諦められている。流石に命の危険があるようなことは全力(物理)で止められるけど。
リディ? 可愛い妹にそんな危ないことさせて堪るか!
今では村長の授業を受けている子供たちは、リディも含め全員が『身体強化』も『身体活性』も出来るようになっている。勿論練度は大人に比べるとまだまだだけどね。
やはり固定観念の無い子供の方が『身体活性』は簡単みたいだ。
更に、リディとは家でも一緒に魔術の練習をしている。所謂えーさい教育ってヤツだ。
そんな感じで概ね順調なんだけど……
「よぉーし! 命中したぜ! って、うわあああああ! 何処狙ってんだジェット!」
「だああああまたかああああ! グレン、早く逃げろおおお!」
ドグオォオオオオオオオン!!!
俺たちの足元に俺の放った魔力弾が着弾する。
地面が抉られ細かい石礫が俺たちを襲う。
「「いだだだだだだ!!!!」」
この一年で判明した悲しき現実。
俺は魔力を遠くに飛ばすことが壊滅的に下手糞だった。
ほんの少しの距離なら何も問題は無いんだけど、俺から二歩分も離れると途端に暴走して制御不可能になってしまう。
こればかりはいくら練習しようが成功をイメージしようがどうにもならなかった。
「いってぇ。ほんとお前飛ばすの下手糞だなジェット」
「うっせぇ。他のことだったらお前には負けないからなグレン」
「ぐぬぬ」
ちなみに、最初こそアレだったけどグレンとは仲良くなった。
今では魔術の練習をする時はグレンと一緒にやるのが当たり前みたいになっている。何だかんだ言って同年代でもグレンは魔術が上手なんだよね。
『身体活性』も子供たちの中で一番上手なのはグレンだ。但し俺を除く。
「あ、そうだ。色々試してたらこんなこと出来るようになったぞ」
「ん? 何だ何だ?」
俺はしゃがんで地面に手を付ける。
そして集めた魔力を切り離し、地面に固定させる。
「おお!? 地面に魔力が……何だこりゃ?」
ふふふ、魔力を飛ばそうと四苦八苦していた時にたまたま発見したんだ。
普段だったら暴走した魔力が地面にぶつかると弾け飛ぶんだけど、何でかその時は地面に吸い付いたまま固定された。
それを見た俺は何度も試行錯誤を繰り返し、魔力を設置することが可能になった。
しかも、この状態なら俺が遠くに離れても暴走することは無いのだ! まあ、村の中で試したことだから、更に遠くまで離れた場合どうなるかは分からないけども。
「ただ地面に設置させただけじゃないんだぜ? 試しに石でも投げ込んでみろよグレン」
「おお」
グレンが設置した魔力に石を投げ付ける。俺は急いで遠くに離れる。
石が魔力に触れた途端魔力が弾け飛ぶ。
そして再び石礫がグレンを襲う!
「いだだだだだだ!!」
「ははははは、引っ掛かったなグレン!」
この設置した魔力は刺激を与えると弾け飛ぶのだ。魔力の密度を上げることで威力が上昇するけど、その分強い刺激を与えないと弾け飛ばない。今仕掛けたのはごく弱いものだ。
これなんだけど、父さんや母さんがやってみても同じことは出来なかった。どうやっても外に出した魔力が固定せず分散しちゃうんだ。
消費した魔力は、空気や食べ物から徐々に体の中に取り込まれるらしいから大丈夫なんだけどね。
俺は、この魔術の使い方を『設置魔術』と名付けた。
「この野郎! テメェ待ちやがれコラ!」
「ははは! こっちだこっち」
お互い『身体活性』を使い走り回る。
しばらく二人で走り回っているとエリン姉とリディがこっちにやって来た。
俺が見てない時はエリン姉がリディを見てくれているのだ。
「あんたらまたやってんのか。村長が今日はそろそろ終わるってよ」
「あ、もうそんな時間か。今日はここまでだなグレン」
「ぜぇ、はぁ、はあ。くっそー、また追い付けなかった」
四人で村長の所まで戻っていく。
「それでは今日はここまでだ。次は明後日の予定だから忘れんようにな」
「「「ありがとうございましたー」」」
「それじゃ帰りましょうか。エリンちゃんとグレン君もお疲れ様」
母さんが俺たちの方へやってくる。
エリン姉は主に母さんから地魔術を習っていたりする。
「ナタリアさん、お疲れ様です!」
グレンの奴は最初のクソババア発言の影響で母さんに恐怖を覚えてしまったみたいだ。
話し方も気持ち悪いくらい丁寧になるし若干冷や汗も掻いている。
グレンと別れ、エリン姉を含めた四人で家に向かう。
そして、家の前でエリン姉とも別れる。
「お昼用意するから二人とも手伝ってね」
「「はーい」」
三人でお昼御飯を食べた後、母さんは畑の方へ向かった。
最近は俺たちに手が掛からなくなってきたから畑仕事の時間を多くしているそうだ。
「リディ、この後どうする?」
「うーん、練習したいことあるからお昼寝する!」
「? そうか、分かった。俺はちょっと外行ってくるな」
「行ってらっしゃい、おにい」
リディを残し俺は村の南端の防壁の方へ向かって行った。
俺たちの住む村は『エルデリア』と言う、人口約二百人くらいの村だ。
四方を森に囲まれていて、その森には魔獣と呼ばれる危険な生物が存在している。
例えばゴブリンと言う魔獣。こいつは黒い肌をした鬼みたいなやつで、俺よりずっと大きな体をしているそうだ。森の何処にでも生息していて人間を見ると襲い掛かって来るらしい。単独で行動する習性があり、物凄い力をしているそうだ。父さんでも油断すると危ないと言っていた。
でも、村の周辺には魔獣は殆ど寄ってこない。何でも村長宅に魔獣除けの為の大掛かりな道具があるのだとか。稀に近くに寄って来ても大人たちの魔術で始末される。
父さんたちみたいな腕に覚えのある大人はこの魔獣を狩って村の食料にしている。ゴブリンは食べられないけどね。
他にも水や地の魔術が得意な大人は母さんたちみたいに畑仕事を主にしている。エリン姉の両親みたいに鍛冶や裁縫をしている人たちもいる。
周りに他の村は無いようで、こんな環境だから村中が一つになって生活しているのだ。
また、この村は子供がやや生まれ辛いらしく、子供が出来た場合は村人皆が育児に協力してくれる。村長の魔術の授業もその一環だ。
防壁のそばまでやって来た。この防壁は村をぐるりと囲んでいて物凄く頑丈だ。村を流れる川の中は地魔術で檻のような柵が設置されている。
俺は人目につかない場所に移動する。
誰も周囲に居ないことを確認し、俺は地魔術を使って防壁の下に通路を作った。
そして村の外に出ると元に戻して証拠隠滅する。
ふふふ、さあ、今日も秘密基地へ行くとするか。
何故俺が平気で外へ出ているのか。
それは南側の森には全く魔獣が居ないからだ。魔獣どころか動物や虫すら居ない。
南の森をしばらく抜けていくと『静寂の城跡』と呼ばれる所々崩れた遺跡に辿り着く。ここも生き物の気配は全くしない。
村の大人たちも決してこの遺跡には近寄らないそうだ。
ちなみに、北の方は山になっていて主に狩場に、東の方はしばらく歩くと海に出るそうだ。そこで釣った魚で干物なんかを作っている。沖は危険な海の魔獣が出るので近付けない。
西はただただ森が続くそうだ。誰も森を抜けたことは無いらしい。
そんな訳で、誰も近寄らないこの遺跡は俺にとって最高の秘密基地なのだ。
しかも、ここを探検した時ボロボロだけど剣や槍を発見した。これらを使って秘密の訓練もしているのだ。
剣を取って『エンチャント』を発動させる。
そして父さんが目の前にいるのを想定して剣を振るう。
去年から父さんとは何度も模擬戦をやっているが、未だに一回も攻撃を当てることが出来てない。一応、最初は片手しか使わなかった父さんが両手を使うようにはなったので、俺も多少は成長しているとは思う。
そうして夢中で剣や槍を振るい続けると少し日が傾いてきた。
暗くなる前にさっさと村に戻ることにする。
そうしないと心配掛けちゃうし、もし村の外で狩りから帰って来た父さんたちにばったり会っちゃったりしたら絶対怒られるしね。
出て行った時と同じ要領でこっそり村の中に戻り、家路につく。
「ただいまー」
「おかえりなさい。また変なことしてきたんじゃないでしょうね?」
母さんは畑仕事から帰ってきてたようだ。
「そ、そんなことないよ」
「……まあいいわ。ちゃんと手洗うのよ」
「はーい」
水魔術で水を出し手を洗う。
今ではこれくらいのことは簡単に出来るようになった。
「おにいーーー、おかえり! 見て見て、出来た!」
「ただいまリディ。何が出来たんだ?」
リディが興奮気味にこちらに走って来る。
「ふっふっふー、凄いこと! 今やるから見てて!」
どうやら火や水でも出せるようになったのかな?
あれ? そう言えば、練習したいことがあるからお昼寝するって言ってたし違うのか。……と言うか、お昼寝で一体何を練習するって言うんだ?
当のリディは手を前に突き出し集中しているみたいだ。
そして、俺はリディの仕出かしたことに驚愕することになる。
「んんんん……やあ!」
リディの手の前の空間に亀裂のようなものが走る。
そして、そこからポロポロっと石ころや木の枝、蝉の抜け殻なんかが転がり落ちてきた。
「は? ……はあぁぁああああああああああああっ!?」
夕暮れの村の中に俺の絶叫が木霊するのだった。