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79話 初めての感情

「ん? よう、気が付いたかお嬢」


 目が覚めると、サリヴァンから声を掛けられた。

 少し呆けていると、どんどん記憶が蘇ってくる。

 どうやら私が眠っている間、書類を書きながら看病してくれていたようだ。


「私は……そうか、無様に負けたんだったな……ここは?」


「たはははは、見事な完敗だったなぁお嬢……あー悪かった、そんな睨むなって。ここはモルドの村長の家だ。今日はこの部屋を貸してもらえるように頼んでる。ああ、勝負については一切話してないから安心しろ」


「……そうか。すまない、もう少し休ませてくれ」


 どうにも起き上がろうと言う気にもならなかった私は、そのままもう一度布団の中に潜り込む。


「ああ、ゆっくり休め」


 そうサリヴァンが優しく語り掛けてくる。

 暫く目を瞑っていると、ペンを走らせる音が聞こえてきた。

 どうやら、書類仕事を再開したようだ。


 負けた。負けた。負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた負けた。

 同世代に……いや、少し年下ではあるが……全く手も足も出せず惨敗だ。それも手加減までされて。


 布団の中でむせび泣きながら、私はふと昔のことを思い出していた。

 おそらく、今回あの男に惨敗したことがそうさせたのだろう。




 ライナギリアのとある家で生まれ育った私は、冒険者の国に生まれた子供の例に漏れず、冒険者に憧れそれを目指すようになった。勿論、その為の努力も怠らなかったし、十歳になってすぐにFランク冒険者としてギルドに登録をした。


 ……少々恥ずかしい話だが、サリヴァンの魔法に憧れて必死に練習していた時期もある。最も、私には魔法の才能は一切無かったようで、魔法を使えることは無かったが……

 だがこれが、後に私の運命を変えることとなる。


 そして十二歳の頃、ギルドには無断で初めて魔物と戦った。

 今にして思えばなんてことの無い魔物が相手だったけれど、当時の私にとってはひどく大きく感じたものだ。

 その戦いの中で追い詰められ打つ手の無くなってしまった私は、咄嗟にサリヴァンが放つ『フレイムバレット』の詠唱を行っていた。

 完全に無意識での行動だった。おそらく、何度も何度も繰り返した魔法の練習あってのことだろう。


 勿論、『フレイムバレット』が発動することは無かったのだが……

 その代わり、私の体から不思議な光が溢れ出した。


 この力を使えば勝てる! 自然とそう理解出来た。


 そして無我夢中で武器を振るい、見事その魔物を打倒したのだ。

 こうやって、私は眠っていた『闘気』の力に目覚めることになった。


 それから一年掛けて闘気を使った戦い方を独学で身に着け、十三歳にしてEランク冒険者として認められた。

 父や兄、それに周囲の大人たちは私のことを天才だ、神童だと褒めてくれて……私もだんだんと自分はそうなんだと思うようになっていった。

 母やサリヴァンは調子に乗ったら駄目だと窘めてくれていたのだが……当時の私はそんな言葉を一切聞き入れることはなかった。


 それからも私は闘気の力を使い、次々と功績を重ねていった。

 成人してすぐにDランク、Cランクと順調にランクを上げ、いつしか周囲からは『闘気姫』などと呼ばれ一目置かれるようになった。


 依頼で同世代とパーティーを組んでみた時もあったけれど、私から見ると誰も彼もがひどく未熟に見えた。

 特にソロでも困っていなかった私は、そのまま単独で功績を重ね続け、今年になってBランクと認められることとなったのだ。

 それと同時に……どんどん自尊心が膨れ上がっていった。


 そして、今回無理矢理サリヴァンの出張について来て、私は初めて自分の小ささを知ることとなったのだった。

 ……身長のことではないぞ。

 ここで、話は合同依頼の受注が決まった日まで遡る。



 ◇◇◇



「サリヴァン、これで問題無いか?」


 私はサリヴァンと共に、合同依頼に向けての準備を進めていた。


「……よし、これだけ準備しとけば十分だろう。ああ、お嬢。例のパーティー、軽くだけど調べてきたぞ」


「聞かせてもらおうか」


 サリヴァンが勝手に話を進めたのだが……今回他の同世代だと思われる者たちと合同で依頼に当たることになったのだ。

 妙に目立つ白黒な三人組だが、CランクとDランクのパーティーだし、正直足手纏いにしかならないとは思うが……


「いやー、ここ最近の実績だけ見てもとんでもないぞ。正直ランク詐欺もいいとこだ。まずリーダーの少年ジェットだが、こいつ、今年十五歳で冒険者登録してひと月と待たずCランクになってやがる。今までの最速記録だ。それに、ゴブリンキングやゴブリンアビスをソロ討伐したとか言う話もあった」


「ゴブリンアビス……黒獣の森のあの殺戮ゴブリンか! よそでも出没したのか!?」


  ゴブリンアビスのソロ討伐なんて、私もしたことないのに……!


「ずっと西の方でゴブリンジェネラルからの突然変異が確認されたそうだ。ただ、正確な変異条件は分かっていない。次にちっこい少女のリディ、ありゃ見た目通り未成年の十歳だったが、既にDランクとして認められているそうだ。これも史上最年少だ。それに、ギルドでも初めて確認された魔物を複数従魔として使役しているテイマーらしい。あの連れていた人形がそのうちの一体だな。他にも変わった魔物を暫く連れ歩いていたって話もあったけど……」


「サリヴァン、流石に盛りすぎじゃないか?」


「いーや、全部ちゃんと記録に残ってる事実だよ。この二人は見たまま兄妹らしいけど、今年冒険者登録するまでの経歴が一切不明だった。最後にもう一人の嬢ちゃんレイチェルだが、元々はお世辞にも腕のいい冒険者ではなかったそうだ。だけど、この兄妹と組むようになってから急激に実力を伸ばしていったそうだ。この三人によって、ヴォーレンドの洞窟ダンジョンからあり得ない量のゴーレム鋼やゴーレムメタルが持ち込まれたって記録もあった。どうにも三人とも魔術って言うよく分からない能力が使えるらしいんだが……」


「……間違いなく事実なのか?」


「ああ、間違いなくだ」


 そのサリヴァンの話を聞いて、私の中で彼らに対する対抗心が芽生え始めていた。

 年下相手に天才の私が劣る筈などない、そんな自尊心と共に。


「ふん。ならば、依頼の中でそれが本当なのか私自身の目で確かめてやろう」



 翌日、待ち合わせ場所に到着すると、既に彼らはそこで待っていた。

 なかなかきっちりしたパーティーなようだ。

 だが、


「おい、君たち。見た所一切荷物も持たず、更に普段着でやって来ているようだが……どう言うつもりだ?」


 つい対抗心が顔を覗かせ、そう高圧的な態度で疑問を口にしてしまった。

 これは私の悪い癖だ。普段誰かと組むことが無いからどうにも相手との距離感を掴むのが苦手なのだ。以前にも指摘されたことがあるのだが、なかなか治せない。


 すると、彼らはどこからともなく出来立てのスープが入った鍋を取り出し、大丈夫だと語った。

 私もサリヴァンも彼らが何をしたのか一切理解出来なかった。


 それでも対抗心が収まらなかった私は、更に防具について指摘するも、それも問題無いのだと言う。

 サリヴァンにも窘められ、自分の行いに恥ずかしくなった私は、ぶっきらぼうな言葉を口にしながら足早に門の外に向かうこととなったのだ。


 依頼のあったモルドへの道中でも、私は自分の自尊心を満足させる為、無理矢理前衛を買って出る。

 だが、ここでも彼らは謎の能力を使い、次々と私たちが気付かないような距離から魔物を発見してしまう。

 せめて戦闘ぐらいは、とゴブリン相手に我武者羅に戦った。


 その後の昼食でも、彼らはどこからともなく取り出した店で出されるような料理を食べようとしていた。

 対して私たちは保存の利く硬い黒パンと干し肉だ。サリヴァンなど死んだ魚のような目をして食べていた。

 つい無意識に彼らを見てしまっていたら、良かったら食べないか? と私たちを誘ってくれた。

 だが、ここでも対抗心が邪魔をしてしまう。私は気が付くと、彼らの提案を突っぱねてしまっていた。

 

 他にも時折私たちを気遣うよう声を掛けてくれていたのだが、つい見栄を張ってしまう。

 このパーティー、特にゴブリンアビスをソロ討伐するこの男には負けたくない。そんな気持ちだけがどんどん大きくなっていく。


 依頼のあった村に辿り着いた私たちは、村の畑に寝泊まりしながら夜な夜なやって来るビッグボアの討伐をすることにした。

 流石にこの人数で土地勘の無い山に入るようなことはしない。


 ここでもあの男、ジェットが謎の能力を発揮する。

 サリヴァンにも分からない謎の魔法を使い、罠を仕掛けビッグボアの襲来を簡単に知ることが出来るようになった。

 その時、あの男が罠を仕掛ける所を見入ってしまい、つい至近距離で目が合ってしまった……顔立ちは整っているとは思っていたが、随分綺麗な目を……って、違うっ!


 それに、ビッグボアが現れた現場に駆け付けると、毎回彼らが既に大半のビッグボアを倒してしまっている。

 最初は彼らが足手纏いになるのではないかと思っていたが、これでは寧ろ私の方が足手纏いなのでは……

 次第に、私の中に焦りのようなものが生まれてくる。


 そして、想定以上のビッグボアの数に依頼の切り替えについて話していると、更にここでもあの男、ジェットが驚くような提案をしてきた。

 なんと、自分たちに山の調査をさせろと言うのだ。しかも、その為の能力はあるから問題無いとも。

 それに、それを自分たちだけで行うと……


 確かに、言っていることは頭では理解出来る。ここの警護は誰かがしなくてはならない。

 だけど、それは私にとってまるで『お前は役に立たないから必要ない』と言われているようで……


「ふざけるな!」


 気が付くと、私はあの男に掴みかかろうとしていた。

 すんでの所でサリヴァンに止められる。


「いい加減にしろお嬢! お嬢だってこいつらの力は嫌と言うほど見ただろ!? 無駄なプライドに拘っても意味無いだろ!!」


 ああ、私だって分かってはいるんだ。

 まだ数日の付き合いだが、それでもその中で見た彼らの力は本物だ。

 特にあの男、ジェット。あの男の存在が、私の心をかき乱す。

 だけど、ここまでに無駄に肥大化した対抗心と自尊心が、彼らを認めることを由としない。


 サリヴァンに促され、彼らは山へと向かって行く。

 私は……ただみっともなく叫ぶことしか出来なかった。



 それから暫くした後、サリヴァンが水を用意して持って来てくれた。


「ほら。少しは落ち着いたか、お嬢?」


「……ああ、すまなかったサリヴァン」


「まあ、対抗心を持つこと自体はいいんだけどよ。お嬢に取っちゃ初めて見た自分より優れた同世代だろうし。だけどな、今はちゃんと依頼に集中しろ。ここの警護が必要なことくらいお嬢だってちゃんと理解してるだろ? 今回はお互いに得意なことを分担している、それだけのことだ」


「……そうだな」


 そんな風に考えられたらどんなに良かったことか……


 その日は、まばらにやって来るビッグボアを討伐しながら一日を過ごした。

 彼らが山で何かしている影響か……明らかにやって来るビッグボアの数は減少していた。


 そして翌日の夕暮れ前、彼らが下山してきた。

 しかも、今回のビッグボア騒動の原因と思われる大百足の群れを発見し退治したと言う。

 この時点で、私の中の対抗心と自尊心は粉々に砕け散っていた。そして、何かドロドロとした感情が生まれてくるのを感じた。


 今日はそのまま畑で様子を見て、更に翌日モルドの村長にサリヴァンが今回の件を伝えると、村長は私たちも含め何度も何度もお礼を言ってきた。

 ……やめてくれ。私はただ彼らの影に怯えていただけなのだから……


 その後、サイマールへ帰る道中、


「私と勝負しろ、モノクロームのジェット! やはり、このままでは私の気が収まらん!」


 私はそう口にしてしまい、彼に武器を突き付けてしまっていた。

 粉々に砕け散った対抗心と自尊心の最後のひと欠片が私を突き動かしてしまったのだろうか。

 もう……このどす黒い感情を抑えることが出来なかったのだ。


「いい加減にしろお嬢! いつまでガキみたいなこと言ってんだ! 流石に俺も怒るぞ!?」


「おにい、こんな勝負受ける必要ないよ!」


「そ、そうですよ師匠」


 周囲から私に対する非難が浴びせられる。

 それでも、あの男、ジェットは私の目を真っ直ぐ見つめてきて、


「いや、いいよ。その勝負受けてやる」


 そう口にしたのだった。


 その後、サリヴァンに立会人を務めてもらった彼との一騎討ちは、まるで勝負にならなかった。


「『闘気槌(アグレッサー)』! 『闘気盾(ガーディアン)』!」


 私は最初から全力で彼に向かって行く。

 だけど……何をやっても彼には通じない。

 それどころか、彼からは一切攻撃をする素振りが無い。


「くっ、馬鹿にしているのか!? 何故攻撃してこない!?」


 そして、私だけがどんどん消耗していく。

 その隙を狙っていたのだろう。

 私は彼の仕掛けた罠を見事に踏み抜き、その後何かの能力を使われて意識を刈り取られたのだった。



 ◇◇◇



 私は真夜中にふと目を覚ました。

 どうやら、昔のことや今回の依頼のことを考えていたら眠ってしまっていたようだ。

 目が冴えてしまった私は、サリヴァンを起こさないように外に出る。


 ふう、今日は一段と冷え込むな。

 だけど、今はこの刺すような冷たい風が心地いい。


 昔のことを思い出したからか、それとも彼に手も足も出せず負けたことが要因なのか……

 どこか心の中がスッキリとした私は、地面に座り目を閉じてこれからのことを考える。


 あの一騎討ちの時のジェット。あの時彼は、薄っすらとだけれど間違いなく私と同じ闘気の力を使っていた。それも、私のものより数段は洗練されたものをだ。


 出来ることなら彼にそのことを聞いてみたい。

 しかし、私には……今更彼にそんなことを聞く資格など無いだろう。

 対抗心と自尊心に突き動かされ、彼らには無礼な態度ばかり取ってしまっていたのだから。

 だけど……おそらく私が今の殻を破る為には、彼の力のことを……


 いや、違うな。そうじゃない。


 まずは……今回のことをきちんと謝ろう。

 彼らに許してもらえるかどうかは分からないけれど、それでも……


 それに……何故だろう。

 ジェット……

 彼のことを考えると、どうにも顔が熱くなるのを感じる。


 何なのだ一体?


 分からない……どうしてしまったんだ私は?


 結局、そんなことを悶々と考えていると、気が付いたら朝になってしまっていた。

 そして、村長に礼を言って私とサリヴァンはサイマールへと戻るのだった。

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