78話 合同依頼⑤
「俺が右の二匹を引き受ける! 残りの二匹は任せた!」
「分かった! ポヨン、キナコ、あの大百足をやっつけるよ!」
「はい! 師匠も気を付けて!」
さて、流石に這いずり回る二匹を同時に相手するのは面倒だ。
片方の動きを止めるか。
俺は亜空間から槍の穂先を出し、ビッグボアに絡みついていた個体に狙いをつける。
そして、亜空間を強制的に閉じると、その大百足に向かって槍が勢いよく発射された。
ドズンッ
放たれた槍は、ビッグボアの死体ごと大百足を地面に縫い付けた。
大百足は突き刺さった槍から逃れようと体をくねらせ、槍に牙を突き立てる。だが、そんな程度の攻撃ではミスリル製の槍には傷一つ付かない。
よし、これで暫く時間は稼げる筈だ。
今のうちにもう一匹を始末するか。
俺は残りの大百足に火属性『エンチャント』の剣で斬り掛か……ろうとして、寸での所で後退する。
すると、さっきまで俺がいた場所を毒液が飛び去っていった。
あっぶな!
俺は毒液が飛んで来た方向を見る。
すると、茂みの奥から更にもう一匹の大百足が姿を現した!
他の大百足が普通の黒い体表をしているのに対し、そいつは暗い紫色の斑模様が体の至る所に存在し、更に他の大百足より一回り大きい。
この群れのボスか!?
「おっと!」
さっき斬ろうとした大百足が飛び掛かって来たので、横に躱して炎の剣で体の節を斬り付けた!
体が真っ二つになった大百足は、それでものたうち回るくらいの生命力は残っているようだ。俺は止めに頭の部分を斬り付けた。
よし、徐々に動きも弱くなってきているし、こいつはこのまま放っておいても大丈夫だろう。
そこへ斑模様の大百足が噛みついてきた!
普通の大百足より更に動きが俊敏だ!
俺はその攻撃を躱しながら斑大百足を斬り付けるも、斑大百足は普通の大百足より硬い表皮を持っているようで、俺の放った一閃は表面に多少の切り傷を負わせただけだった。
もっとちゃんとした態勢で斬らないとあいつは斬れそうにないな。
俺は槍で串刺しにした大百足の所まで移動し、槍を手にして火属性『エンチャント』を魔力を多めに込めて発動する。
すると、槍から大百足の体内に炎が流し込まれ、内側から焼かれた大百足は異臭を放ちながら絶命した。
そして、俺は槍を引き抜き左手に持つ。
……この槍は後でちゃんと洗っておこう。
剣と槍を持ち、再度斑大百足と対峙する。
斑大百足の感情の見えない目が俺を見下ろす。
そして、連続で毒液を吐きかけてきた!
これを剣や槍では払いたくないので、俺は素早くその場から飛び退く。
降り注いだ毒液によって、ビッグボアの死体がグズグズに溶けていった。
大百足の死体は毒に耐性があるのかそのまま残っていた。
おお、大百足の死体は盾になりそうだな。
俺は真っ二つにした大百足の尻尾の方を持ち上げ、『限界突破』を使って斑大百足の牙目掛けて投げ付けた!
すると、大百足の死体は見事に斑大百足の牙に突き刺さり、死体が蓋となり奴は毒液を吐くことが出来なくなった。
激高した斑大百足は、俺目がけて突進してくる。
無数の鋭い足で俺を刺し殺す気か!
ドグォオオオン
俺の数歩前まで迫った斑大百足の足元から炎が吹き上がった。
そして、その衝撃を受け斑大百足は仰向けにひっくり返った。
死体を拾う時に仕掛けておいた火の『設置魔術』が炸裂したのだ。
俺は仰向けになった斑大百足に飛び乗る。
そして、頭に真っ赤に燃え盛る炎の槍を突き立てる!
よし、こいつも食らえ!
俺は炎の剣を両手で持ち、体の節の部分を全力で斬り付けた!
すると、今度の一撃は斑大百足を一刀両断することに成功した。
頭を焼かれ体を真っ二つにされた斑大百足は、しばらく蠢いた後完全に動きを止めた。
ふう、他にもこんなのがいたとはな。
そうだ! リディとレイチェルはどうなった!?
俺は急いで二人の方を見る。
……どうやら大丈夫だったようだな。
二匹の大百足は体中に矢が刺さり、キナコのミスリル糸によって縛り上げられていたところだった。
脚がバラバラになっているのはポヨンがやったのかな?
そこに、『融合魔術』による熱湯弾が放たれる。
数度熱湯弾を受けた大百足たちは、もがき苦しんだ後硬直して動かなくなった。
二人もこちらに視線を向けて来たので、『俺の方も終わったぞ』と手を振る。
すると、何故か二人は焦った表情を見せる。
ん? なんか様子がおかしいな。
「師匠! 後ろにまだいます!」
レイチェルの叫び声が俺の耳に届く。
な、まだ生きていたのか!?
俺は前方の地面に飛び込んで転がり、体勢を立て直し後ろを振り返る。
すると、そこには更に斑大百足の姿があった。
そして、俺が立っていた場所には大量の毒液が吐き掛けられていた。
さっき倒した個体の死体は残っているので他の個体のようだけど……どんだけいるんだよ!
俺は剣と槍に火属性『エンチャント』を発動し、
「おにい、伏せて!」
リディの言葉と同時に後方から強力な魔力を感じてその場に伏せる。
すると、光の塊が斑大百足の体を抉り取った。
俺はそれを見届けた後、斑大百足に斬り掛かる。かろうじて繋がっていた頭と体を斬り離し、落ちた頭に槍を突き立てた。
止めを刺したことを確認し、俺はリディとレイチェルの所まで駆け付けた。
「おにい、大丈夫だった?」
リディがレイチェルに支えられながら俺に問い掛けて来た。
リディ、ポヨン、キナコによる合体攻撃、『光の矢』を放った影響でリディとキナコは暫くの間あまり動けない。これでも最初よりは反動もましになってきたのだ。
「俺は大丈夫だ。助かったよリディ、レイチェル」
「いえ、何ともなくて良かったです。少なくとも、これで周囲にもう気配は感じません」
「そうか。よし、リディの回復を待って大百足の死体を回収しよう。その後はここで一泊して少し周囲を調べてから下山しようか」
「うん、分かった」
「あ、レイチェル。念の為に周囲に水魔術を使っておいてくれ。今回は火属性をいっぱい使っちゃったからな。俺は大百足の毒液をどうにか出来ないか試してくるよ」
「了解です」
さて、この毒液をどうにか出来たらいいんだけどな。
このままだとこの周囲が汚染されてしまいそうだし。
やっぱり、こういう時は光魔術だよな。そう考えて、俺は毒液の溜まりに光魔術での浄化を試みる。
すると、毒液に汚染されかけて黒くなっていた地面が元の土色を取り戻す。毒液そのものも無害な液体に変わったようだ。
よし、リディが回復するまでにこの辺を徹底的に浄化しておくか。
大百足本体は……そのまま持って帰るか。証拠として提出もしなきゃいけないだろうし。
食われてたビッグボアは消却して埋めておくか。
それから、俺とレイチェルで手分けして周囲の浄化と念の為の消火を行っていく。
リディが回復した後は全ての大百足の死体やパーツを回収し、それを仕舞い込む。
その後、周囲の安全を確認し野営の準備を整えこの場で一泊した。
翌日、手早く周囲を片付け周辺の広い範囲を調査する。
だけど、大百足がこれ以上見付かることは無かったので、報告の為に俺たちはそのまま下山することにしたのだった。
サリヴァンさんは三日待つと言っていたけど、早めに報告するのは問題無いだろう。
勿論、下山する時に『設置魔術』の解除は忘れずにやっておいたぞ。
◇◇◇
「うおっ! こいつぁ大百足か……こっちは斑大百足か!」
どうやら見た目通りの名前だったらしい。
俺たちはその日のうちに下山し、アガーテさんとサリヴァンさんに山であったことを説明する。
どうやらこっちにもまばらにビッグボアが出没していたらしく、二人が全て倒したそうだ。
時間が経ってアガーテさんも落ち着いたのだろうか? 少なくとも、今は表面上は何も無いように見える。
「こいつらは一家で行動する習性があってな、この斑模様の奴らが親で他の大百足がその子供だ。まあ、十中八九ビッグボアの移動はそいつらが原因だろうな」
「一応周囲は確認してきたけど、他に大百足は見付からなかった。ただ、山全部を確認した訳じゃないから確実に他にいないとは言えないけど」
「ああ。こんなのが出たとなると、もうこの村だけの問題じゃない。おそらくこの件はギルドで受け持つ案件になるだろうよ」
サリヴァンさんが言うには、この件はギルドが取り仕切って調査を行うことになるだろうとのこと。
それなら……モルドの村がこれ以上金銭的な負担はしなくても大丈夫だろう。
「そんじゃ、念の為ここでもう一泊して様子を見てから村長に報告してサイマールに戻るか。そっから後はギルドに任せるとしよう。お嬢もそれでいいか?」
「……ああ」
その後、以前と同じようにビッグボアの襲撃を警戒するも、この日は山からビッグボアが現れることは無かった。
◇◇◇
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
「い、いや、まだギルドの調査が残ってるだろうから……」
村長に大百足の件を説明すると、涙を流しながら順に俺たちの手を握り、何度も何度もお礼を言ってきた。
それと、今回の件で困っているだろうから山の中で狩ったビッグボアを何頭か村に渡しておいた。勿論安全な奴をだ。
「ここまでしてもらって……私どもからも何かお返しが出来れば良かったのですが……」
「いや、いいよ。困った時はお互い様だ」
こうやって人同士で助け合う。
エルデリアでずっとやってきたことだ。
「ですが……」
どうやら村長は気が済まないようだ。
うーん、どうしたもんか。
「あー、それなら、あの畑で廃棄している野菜を貰ってもいいか?」
「え!? そんなものでいいのですか? し、しかし」
「まだ食べられる部分はあるだろうしな。今回はそれで十分だよ」
そう言うわけで、無理矢理これで村長を納得させた。
サリヴァンさんたちは、俺たちが倒したビッグボアを渡しているだけだから特に言うことは無いとのこと。
その後、畑で廃棄された野菜のうちまだ食べられそうなものを回収し、俺たちは村長たちに見送られながらモルドを後にした。
そして、モルドから少しだけ歩いた道中、
「いやぁ、今回は君たちに驚かされてばかりだったなぁ。CランクとDランクだって聞いてたけど、こりゃ近いうちにランクが並ばれそうだな、たはは」
「いや、俺はランクなんて特に気にしてないし別に」
「――ぶしろ」
「ん?」
「私と勝負しろ、モノクロームのジェット! やはり、このままでは私の気が収まらん!」
さっきまで黙り込んでいたアガーテさんが、武器を俺に突き付けてそう言い放った。
その目にはどこか焦りの様なものも見える。
「いい加減にしろお嬢! いつまでガキみたいなこと言ってんだ! 流石に俺も怒るぞ!?」
「おにい、こんな勝負受ける必要ないよ!」
「そ、そうですよ師匠」
「いや、いいよ。その勝負受けてやる」
「「「えっ?」」」
「ただし、これで後腐れなしだ。これ以上俺たちに関わらないでくれ。俺たちもあんたには関わらない」
「いいだろう。武器を構えろ!」
結局、俺とアガーテさんがこの場で一騎討ちをすることになり、仕方なくサリヴァンさんが立会人を務めてくれることになった。
俺はリディとレイチェルにも謝っておいた。
こう言ったことは、後に遺恨を残さずその場で殴り合いでもして解決しておいた方がお互いの為だ。
子供の時のグレンともそうだったしな。
結局、あれからグレンとは普通に仲良くなったけど……この人とも仲良くなったり出来るんだろうか? 全くそんな未来が見えないけど……
「それじゃ、お互いに殺しや後遺症が残るような攻撃は無し。危ないと思ったら俺の判断で止めさせてもらう。いいな?」
「分かった」 「問題無い」
「それじゃ、始め!」
「『闘気槌』! 『闘気盾』!」
アガーテさんはその掛け声と共に、槌と大盾に無属性『エンチャント』を施す。
自身にも『身体強化』を使っているようで、全身から魔力が溢れ出ている。
「うおおおおおっ!」
そして、俺に向かって槌を振り下ろす。
やはり、潜在能力通り無属性の扱いが巧い。
体の動きや武器の振りに勢いがある。
受け止めたくはないので俺はそれを躱す。
更に、躱した所に大盾での追撃が来たので、盾を蹴って後方に跳ぶ。
「おのれ、ちょこまかと!」
アガーテさんは更に魔力を絞り出す。
うーん、殴り合うとは言ったものの、どうにも女の人を殴るのって抵抗あるよなあ。
まあ、あれだけ派手に魔力を垂れ流してるんだ。暫く躱し続けてチャンスを窺おうか。
その後も、俺はアガーテさんの攻撃を躱し続ける。
『身体強化』で魔力を放出しっぱなしのアガーテさんは徐々に精彩を欠いていく。
対して俺は、『身体活性』で体内循環を行っている為、魔力の消費はそこまで多くない。
「くっ、馬鹿にしているのか!? 何故攻撃してこない!?」
肩で息をしながらアガーテさんがそう叫ぶ。
そろそろ大丈夫かな?
再度アガーテさんが俺に向かって来たので、俺はその場から跳び退いた。
「あぐぁっ!?」
アガーテさんの足元で、さっき足で仕掛けておいた『設置魔術』が炸裂する。
普段だったら流石に見切られていただろうけど、体力と魔力を大幅に消耗し、冷静に周囲が見えていない今ならそうもいかなかったようだ。
「こ、これは……あの時の……うっ……ぐ……か、からだが……し……び、れ」
そう、踏み抜いた『設置魔術』は雷属性を付与しておいた。
勿論、多少体が痺れる程度にだけど。
そして、体が痺れ膝をついたアガーテさんに近寄り、額に手を当てる。
「ぐっ……く、そっ……」
そして闇魔術を使い、アガーテさんの意識を刈り取った。
アガーテさんはそのままその場に横たわった。
「お嬢!」
サリヴァンさんが慌てて駆け寄って来る。
「大丈夫。ちょっと眠らせただけだから」
アガーテさんの寝息を確認し、サリヴァンさんはほっとした表情を浮かべた。
「あー、すまなかったな。お嬢の代わりに俺が謝るわ」
そう言ってサリヴァンさんは、俺たちに頭を下げた。
「お嬢はな、所謂天才ってやつでな。子供の頃、今の能力に目覚めてからそっちのリディと同じように、未成年で大人の冒険者に混ざって活動していた。周囲もやれ天才だ、やれ神童だって煽てるもんだから、どんどんお嬢自身もその気になっちまってな……」
俺たちはサリヴァンさんの話を黙って聞いていた。
「まあ、実際能力はあったもんだから、成人してからも順調に功績を挙げていってな、あれよあれよと言う間にBランクまで上っちまったんだ。俺はまだ早いと思ったんだが……まあ、なっちまったもんは仕方ない。そのうちBランクに相応しい冒険者になってくれれば、と考えていたら今回の件だ」
「なんでアガーテさんはあんなに……」
「あー、同世代で自分より実力が上の相手がいるのが悔しかったんだろうな。冒険者のランクではなく、な。実際に同じ依頼を受け、君たちのことを見て相当焦ったんだろう。それが態度にも出てしまったって訳だ」
その話を聞いて、俺は父さんや母さん、ブルマンさんの顔を思い出していた。
もし、俺にもちゃんと叱ってくれる相手がいなかったら、アガーテさんと同じようになってしまっていたのかもしれない。
「まあ、俺としちゃ今回の件はジェット、お前に感謝してる。取り返しのつかないことをやらかす前に、伸びきってたお嬢の鼻をボッキリ折ってくれたんだからな。お嬢にとっちゃ初めての挫折になる訳だが……いい薬にはなったろうよ」
そう言ってサリヴァンさんはアガーテさんを背負ってモルドの方向に戻ろうとする。
「君たちは先にサイマールに戻っててくれ。俺はお嬢を休ませてから後で戻るよ」
「……分かった。今回の大百足の件、ギルドには俺たちが伝えておくよ。二人は事情があって遅れて帰って来ることも」
「悪いな。戻ったら俺たちの方からもちゃんとギルドに報告するから安心してくれ」
サリヴァンさんは軽く手を振るとその場を去って行った。
そして、俺たちもサイマールへ向けて出発する。
なんだか、ちょっと後味の悪い依頼になっちゃったな。
俺はそんなことを考えていた。




