76話 合同依頼③
「ここが村の畑です」
村長の息子さんの案内で、村の畑へと到着した。
おお、結構広いな。
今の時期は白菜や大根なんかが育ってるみたいだ。
この様子だと収穫にはもう少し時間が掛かるのかな?
ただ、外側の区画が結構ビッグボアによって荒らされているようだ。
食い荒らされた白菜や大根が散乱している。
「収穫出来そうなものは慌てて収穫したのですが、流石にまだまだ収穫出来ない野菜も多くて……村の男衆で夜の見張りもしておりますが、やはり魔物に関しては素人なので少ない数をどうにか追い払うのが限界で……」
俺は周囲を見回してみる。
畑の周りには木で作られた柵が設置されている……けど、あれじゃ高さが足りないだろうな。
ビッグボア対策は行っていないのだろうか?
「この辺でビッグボアってよく出るのか?」
俺は疑問に思ったことを聞いてみる。
「いえ、向こうの山の奥地に生息しているらしいのですが、こんな人里まで下りて来たのは私が知る限りでは初めてです」
村長の息子さんは見た所、父さんより幾らか年上くらいかな。
となると、少なくとも四十年前後はビッグボアがこの辺で見られることは無かったのか。
それなら対策が行われていなくても仕方ないか。
「では、あの辺りを野営場所に使わせてもらおうと思うのだが、構わないか?」
アガーテさんが被害の多い一画の少し向こう側を指さす。
「ええ、よろしくお願いします」
「えっと、地面とか使い易く改造しても構わないか?」
「え? え、ええ。畑に手を加えないようにしてもらえたら大丈夫です」
息子さんは少々困惑しながらもそう答えた。
よし、これで言質は取れた。
息子さんと別れ、俺たちは畑の外側で野営の準備を始める。
ただ、村の畑が結構広かったので、別々に見張る為それぞれのパーティーで別れて野営をすることになった。
「ふう、これでようやく落ち着けるよ……」
リディが鞄からポヨンを取り出しながらそう呟く。
「あはは……なんであんなに対抗意識を持たれちゃったんだろうね?」
「うーん……おにい、何かした?」
「する訳ないだろう? ほぼ初対面みたいなもんだぞ?」
地魔術で周囲を整えながらそう答える。
よし、これで風呂とトイレは大丈夫だな。
「あ、それでリディ、どうだった?」
「ああ、うん。ちょっと待ってね」
そう言ってリディは亜空間から二枚の紙を取り出す。
俺たちはその紙を覗き込んだ。
――――――――――――
アガーテ 19歳
身体能力:B
【属性】
地:D
光:E 無:B
【素質】
不動
――――――――――――
こっちがアガーテさん。
見た目の割にレイチェルより年上だったらしい。
やはり、『身体強化』を使っている影響か無属性の扱いが巧いようだ。
そして、地属性と珍しく光属性に適性があるみたいだ。
だけど、この二つは使い込んでいるような感じはしない。
不動って素質は、相手の攻撃を簡単に受け止めて微動だにしていなかったあれかな?
――――――――――――
サリヴァン 28歳
身体能力:C
【属性】
火:B
無:E
【素質】
火属性魔法
――――――――――――
こっちがサリヴァンさんだ。
年齢は見た目通りだったようだ。
やはり火属性魔法の使い手らしく、非常に分かり易く火属性の扱いが巧い。
ただ、アガーテさんとは違って無属性は特に扱ってないみたいだな。
「な、なんだか人の潜在能力を見るのってちょっとドキドキしますね」
何故かレイチェルは少し頬を赤らめていた。
「無属性の項目を見る限り、やはり『身体強化』を使っているのは間違いないんだろうけど、本人は魔術とは認識していないのかもな」
どうにも、誰かに魔術を習っている感じでもなかったしな。
無意識の魔術師って所か。
「サリヴァンさんも、やっぱり魔法使いだったみたいだね」
「そうだな。魔法かぁ。えっと確か……炎よ。その姿を紅蓮の槍と化し我が敵を刺し貫け。フレイムランス! だっけ?」
俺は手を前に突き出しサリヴァンさんの詠唱を思い出しながら呟く。
すると、リディとレイチェルが思いっきり後ずさった。
「お、おにい! 危ない!」
「あっ」
しまった! もしサリヴァンさんがやっていたように、炎の槍が飛んでいったら暴走してしまう!
俺はとっさに身構えるも、特に手から炎の槍が出てくるようなことはない。
「……どうやら、俺には使えないみたいだ」
試しにリディにも同じ詠唱をしてもらうも、やはり魔法は発動しなかった。
「サリヴァンさんが詠唱した時には魔力が独りでに動いているみたいだったんだけどなあ」
「何か、他に使う為の条件があるのかもしれませんね」
「でも、火魔術で同じことは普通に出来るけどね」
リディが火魔術で火槍を生み出す。
まあ、そうなんだよなあ。
「よし、これ以上は考えても仕方ないし依頼に集中しようか」
「そうですね。とりあえず、何日かここで見張ってやって来るビッグボアを討伐するんですよね」
「山に直接行ってビッグボアを探した方がいいと思うんだけどなあ」
「あはは……普通はこんな少人数で山狩りなんて出来ないんだけどね。土地勘が無いから山の地形も分からないし」
「まあでも、俺たちなら魔術での探知とレイチェルの気配察知を駆使すれば出来ると思うんだけどな」
「でも、流石に道に迷ったらどうにもなりませんよ?」
「そうだなあ……あ、ちょっと思い付いたことがある。まあ、見張ってるだけじゃどうにもなりそうになかったら相談してみよう」
そう言って俺は立ち上がった。
「どうしたの、おにい?」
「山から畑の通り道に『設置魔術』を仕掛けて来る。それならビッグボアが来たらすぐ分かるだろ? 二人は夕飯の準備をしておいてくれ」
「分かった」
さて、ささっと仕掛けてきますかね。
あー、でも、一応あっちの二人にも説明しとかないと駄目だろうなあ。
はぁ……
俺は重い足取りで、まずはアガーテさんたちの方へ説明をしに向かった。
「ん、どうした? 何かあったのか?」
俺に気付いたアガーテさんがそう尋ねてくる。
「いや、特に何かあった訳じゃないんだけど……山から畑の通り道に『設置魔術』って罠を仕掛けようと思ってその相談に」
「まいんとらっぱー? 何だそれは? 聞いたこともないな。サリヴァン、分かるか?」
「いんや。どう言う罠なんだ?」
俺は二人に『設置魔術』について実演しながら簡単に解説する。
試しに仕掛けた『設置魔術』を、二人とも異様に熱心に観察していた。
「魔力の塊を散らすことなく設置してるのか……こいつは凄いな。少なくとも俺はこんな魔法聞いたこともない。君たちはビックリ箱みたいな冒険者だな」
サリヴァンさんは魔法使いだけあって魔力のことは知っているようだ。
まあ、他にも色んな属性を付与することも出来るんだけど、それは今回は関係ないし言わなくてもいいか。
「むむむ……確かにこれがあればいち早く接近に気付くことが可能だが……くっ、いいだろう」
何故か、アガーテさんはちょっと悔しそうに設置を許してくれた。
よし、なら善は急げだ。
俺は目の前の『設置魔術』を解除し、そそくさと山への通り道へと向かう。
「待て。念の為設置する所を私も見せてもらう。サリヴァンはここで野営の準備を進めておいてくれ」
「ええー、俺も気になるのに……はーいはい、分かりましたよっと」
どうやらアガーテさんもついて来るらしい。
俺たちは、特に会話も無く設置予定場所へと向かう。
うーむ……ちょっとやりづらい。
お、ビッグボアらしき足跡がある。
なら大体この辺でいいかな。
俺は、少し山寄りの道の上に『設置魔術』を設置していく。
念の為、ビッグボアに気付かれないように地魔術で覆ってカモフラージュもしておく。
しゃがみ込んで作業していると、何故か真横に気配を感じた。
いつの間にかアガーテさんが覗き込むように、熱心に俺の作業に見入っていた。
うおおおおおおお、近い近い近い! 睫毛長っ!
あまり意識してなかったけど……この人、黙ってたら凄い美人なんだよなあ。どちらかと言うと可愛らしいレイチェルとはまた違ったタイプだ。
レイチェル程ではないとは言え胸も大きいし、もっと柔らかい態度だったらなあ。
それに、なんだかちょっと甘くていい匂いが……
ふいにアガーテさんと目が合う。
すると、アガーテさんは顔を真っ赤にして後ろに飛び退いた。
「ち、ちちち違うからな! ただ私はどんなものを仕掛けるのかちゃんと見ておこうと思ってそれでだな!」
「分かった! 分かったから!」
その後、どうにか周囲に『設置魔術』を設置し終わり、俺たちはお互いの野営場所へと戻った。
あー、別な意味で疲れた。まだちょっと心臓がドキドキしてるぞ。
「おにいお疲れ」
「夕食の準備は出来てますよ。ん? 何かありました?」
「い、いや、何でもないよ。さあ、食べようか」
「そうですか?」
どうにか誤魔化しつつ、俺たちはこれまたアントンさんに用意してもらった夕食にありついた。
その後は日課の魔力操作の修業をし、風呂に入って今日やることを全て終える。
さあ、ここからはビッグボアの監視だ。
『設置魔術』を仕掛けているとは言え、流石に全員が眠る訳にはいかない。
リディだけは眠らせておいて、レイチェル、俺の順で起きて警戒しておく。
暖を取っていた火を消すと、周囲が暗闇に包まれた。
「それじゃレイチェル、何か異変があったらすぐに起こしてくれ」
「はい、任せて下さい! それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ、レイチェル姉」
さて、休めるうちにしっかり休んでおくか。
俺は寝袋に包まり横になる。
……ぐぅ。
◇◇◇
「師匠、リディちゃん! 山の方から何かの気配が複数近付いてきます!」
暫く寝ていると、そう言ってレイチェルに揺り起こされた。
俺に続きリディも起き上がる。
山からの気配……ビッグボアか?
ドンッドゴーンッドッ
その直後、仕掛けていた『設置魔術』が炸裂する音が聞こえた。
「どうやら当たりみたいだ! リディ、レイチェル、行くぞ!」
「うん!」 「はい!」
光魔術を使って道を照らしながら音のした方に急ぐと、そこでは『設置魔術』に驚いたビッグボアの群れが大暴れしていた。
「「「ヴゥイィイイイイ」」」
「よし、全て片付けるぞ!」
俺たちは武器を構え、暴れ回るビッグボアを順に始末していく。
すると、アガーテさんとサリヴァンさんも合流してきた。
「ありゃ、既に到着してたか」
「くっ! 私たちも討伐するぞ! 遅れるな!」
流石に五人+ポヨン、キナコだと、ただ暴れているだけの十数頭のビッグボア程度では相手にならず、大した時間も必要とせず群れの討伐は成功するのだった。
倒した全てのビッグボアをリディが『亜空間収納』へと仕舞っていく。アガーテさんたちが倒した分も一旦俺たちが預かっている。
リディの『亜空間収納』について説明すると、これについては流石にアガーテさんも反対することは無かった。
「リディ、こいつも頼む」
「うん」
少し遠くにあったビッグボアの死体をリディの元へと運ぶ。
ん? なんかこのビッグボア、やけに細かい傷が多いな。
それに、今の戦いで付いた傷でもなさそうだぞ。
「これで全部?」
「あ、ああ。お疲れ。『設置魔術』を仕掛け直したら、一旦野営場所に戻ろうか」
ビッグボアの整理と『設置魔術』の仕掛けを終え、俺たちは再びお互いの野営場所まで戻る。
その後はリディとレイチェルを休ませ、俺が見張りの為に起きていたが、今日はこれ以上ビッグボアが来ることは無かった。