74話 合同依頼①
「師匠、そっちの物陰にも潜んでます!」
レイチェルが気配察知と風魔術を駆使して魔物の居場所を探る。
「おう! あれか! おりゃっ!」
「ヂュゥ!?」
俺は見付けた魔物に向かって光魔術での目つぶしを試みる。
あまりの眩さに魔物の視力が一時的に奪われる。
そして、動けなくなった隙にミスリル槍を使って、物陰の奥に潜む魔物に雷魔術を食らわせた。
「よし、退治完了!」
仕留めた魔物を槍を使って取り出す。
うん、丸々太った立派な大鼠だな。
「おにい、こっちも壁と床の穴塞ぎ終わったよー。あと鼠もポヨンとキナコが仕留めたー」
「おう! レイチェル、他はどうだ?」
「はい……もう倉庫内には気配は感じませんね」
「よし、依頼者を呼んでくるか」
俺たちは倉庫を出て、外で待機していた依頼者に依頼完了を伝えた。
「え、もう終わったのか? 手抜きしてるんじゃないだろうな?」
「ちゃんとやったに決まってるだろ、ほら」
倉庫内で仕留めた大鼠の入った布袋を見せる。
一袋につき大体五匹前後、それが五袋だ。
「な!? こ、こんなに!?」
「あと、鼠が入って来そうな壁や床の穴とひびは塞いでおいたから」
「ちょ、ちょっと確認して来る!」
そう言って依頼者は倉庫内の確認に向かった。
そして数分後、呆気に取られた様子の依頼者が倉庫から出てきた。
「す、凄いな……ここまでのことは期待していなかったんだが……」
「これで依頼完了で問題無いだろう?」
「あ、ああ! 疑って悪かったな。助かったよ、ありがとう!」
依頼完了のサインを貰い、俺たちは一度ギルドに報告に行くことにした。
「これで受けた依頼は全部終わったか?」
「はい、七件とも全て依頼完了のサインを貰っています」
「全く……おにいが鼻の下を伸ばして出された依頼を全部受けちゃうから」
「の、のの伸ばしてないだろっ! それに、全部俺たちなら楽に終わる依頼だったんだからいいじゃないか!」
「まあ、船が出せないから他にやることも無いしいいんだけど」
昨日、冒険者ギルドでミューさんから紹介された依頼、結局全部受けてしまったのだ。
最初は二つ三つだけ受ける予定だったんだけど……ミューさんの巧みな誘導により気が付いたら全て受注することになっていた。
あの制服のボタンがはち切れそうな胸を強調するのは卑怯だと思う。しかも、本人には全く自覚が無さそうなのが余計たちが悪い。あの人、のんびりした性格に反して結構やり手なのかもしれないな。
依頼自体は、主に道の補修や壁の補修等、俺の使った地魔術を見て選んだものだったみたいだ。
中には側溝の掃除なんてものもあった。これは水魔術を見て選んだのかな?
こう言った地味な依頼は、やはり皆やりたがらないらしい。
まあ、俺たちにとっては魔術を使えば大した手間でもないし、訓練にもなるし町の地理を覚えるのにも役立つ。
そんな訳で、昨日今日で全ての依頼を完璧に終えたのだ。
ギルドに入ると、ミューさんが笑顔で手を振って俺たちを迎えてくれた。
それと同時に周囲の男冒険者たちから射殺すような視線を向けられる。
……はぁ、俺が何したって言うんだ?
いちいち相手をしても仕方ないので、そんな視線はサクっと無視してミューさんの元へ向かった。
「お疲れ様~。もう幾つか依頼が終わったの~?」
「ああ。はい、これ」
俺たちは、受けていた七件全ての依頼完了のサインを見せる。
「え~、もう全部終わっちゃったの~? 凄いね~。それに、報酬上乗せの追記もあるよ~。紹介した私としても鼻が高いよ~」
どうやら依頼者にはかなり満足してもらえていたらしい。
「あ、それと大鼠の買い取りもお願いしたいんだけど。あー、解体は数が多いからギルドの方でお願いしたいかな」
倉庫で仕留めた大鼠。町中に出没するけど、れっきとした魔物なのだ。
鋭い歯で壁や床に穴をあけて、色んな場所に侵入してくる困ったやつだ。
町中で大繁殖すると、深刻な食害が発生することもあるらしい。
こいつらは肉は少ないが食べられるらしく、主に干し肉等の保存食になるそうだ。
なので、出来るだけ大きな傷を付けずに退治していたのだ。
「りょうか~い。それじゃあ数を確認するから買い取りカウンターの方へ移動してね~」
ミューさんに布袋の中身を確認してもらい、子供も含んだ大鼠計二十八匹も買い取ってもらう。
ギルドの職員をやっているだけあって、ミューさんは大鼠を見たくらいじゃ何ともないようだった。
それどころか、のんびりした性格に反して数えるスピードはとても早い。
「それじゃあ、報酬を用意してくるからちょっと待っててね~」
ミューさんがギルドの奥へと姿を消した。
俺たちは、酒場の方には行かず、壁際に用意された椅子に座って待つことにした。
「私たちだけで問題無いと思うのだが駄目なのか?」
「すみません……先方からは範囲が広いので最低でも二パーティーは欲しいと」
「だが、この程度なら」
「お嬢、無茶言っちゃいけませんって。すまないねえ」
「い、いえ」
ふいにそんなやり取りが聞こえてきた。
ん、何か揉めてるのか?
俺はその声の方に視線を向ける。
するとそこには、先日酔っ払いを撃退していた金髪の女冒険者と、魔法使いの男冒険者の姿があった。
対応をしている受付嬢はちょっと困った顔をしている。
「えーと、ひとまず依頼を受注しておけばパーティーの数が集まり次第お呼び出来ますが……」
「ふぅぅむ、それだったら他の依頼でも受けた方がいい」
どうやら依頼の受注で一悶着あったみたいだな。
なんとなくそっちの様子を見ていると、ふいに男冒険者の方と目が合った。
すると、男冒険者は何かを思い付いた様子で、なんと俺に向かって手招きをし始めた。
「ど、どうしたんでしょうかあの人?」
「お、おにい、何かやったの?」
「さ、さあ。よく分からないけどちょっと行ってくるよ」
無視をするのも気が引けたので、俺一人で様子を窺いに行く。
「えっと、何か?」
「やあ、すまないねえ。さっき君たちの依頼完了の様子を見ちゃったもんでね。君たちなら大丈夫かな、と声を掛けさせてもらったのさ」
「は、はあ」
どうも胡散臭いなこの人。
年代的には俺たちよりは一回りくらい上か?
「あ、ああ。そんな警戒すんなよ。ただ、俺たちとこの依頼を一緒に受けないか誘ってみただけだから」
どうやら依頼受注についての持ち掛けだったようだ。
「おい、サリヴァン。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですって。依頼内容も完璧だったみたいだし、何よりさっきの大鼠だ。あの数をあんな綺麗に仕留めるのは生半可な実力じゃ不可能だ」
いつの間にか見られていたようだ。
「あー、受けるかどうかは別にして、どんな内容の依頼なんだ?」
「は、はい! 近隣の村の畑で魔物被害が発生したので、それを数日警護、もしくは原因の除去の依頼ですね。達成した内容により報酬内容が変わります。それと、先方は最低でもソロを除いた二パーティー以上を希望しております」
「それで、この依頼を一緒に受けないか君たちを誘ってみたって訳」
「ふん、魔物の始末くらい私一人で十分なんだがな」
どうやらこっちの女冒険者は自分の実力に相当自信があるようだ。
確かに、この前のいざこざを見る限り、実力はありそうだけど。
「お待たせ~、ってどうしたの~」
丁度そのタイミングでミューさんが戻って来た。
二人組の相手をしていた受付嬢がミューさんに事情を説明する。
「成程~。それだったら、モノクロームの三人なら大丈夫なんじゃないかな~」
どうやらミューさん的にも俺たちなら問題無いらしい。
「あー……他の二人とも相談してきてもいいか? それと、さっきの報酬も先に受け取りたいんだけど」
「ああ、勿論だ。俺たちは向こうで少し待ってるから、いい返事を期待してるよ」
「おいサリヴァン! 勝手に話を」
「はいはい、いいからいいから」
「ちょ、おい! 気安く触るな!」
サリヴァンさんに肩を押されて、女冒険者は羞恥からか顔が真っ赤になり、そのまま酒場の方へ連れて行かれた。
とりあえずリディとレイチェルを呼んで、まずは報酬を受け取ることにした。
「は~い。それじゃあ、これが今回の報酬だよ~。内訳はそっちの紙に書いてあるから確認してね~」
俺たちは紙を見ながら渡された布袋の中身を確認する。
おお、結構予定より報酬が多くなっているみたいだな。
「数え終わりました。問題無いみたいですね」
「それで~、さっきの依頼はどうする~?」
「あー、そうだなあ。二人はどう思う?」
「あたしは受けてもいいよ。畑が荒らされるなんて、依頼してきた村も困ってるだろうし」
「わたしも二人が問題無いなら大丈夫です。ちょっと不安が無いこともないですけど……」
レイチェルはちらっと酒場の方を見る。
すると、その視線に気付いたのかサリヴァンさんがレイチェルにウインクを返す。
慌てたレイチェルは俺の後ろに隠れてしまった。
「それなら……ミューさん、俺たち受けてみるよ」
「本当~? わぁ、これでこの依頼も解決したも同然だね~」
「い、いや、それはまだ分からないんじゃ……」
早速、ミューさんはさっきの受付嬢の元へ向かう。
そして、俺たちが受けることを伝えると、その受付嬢はほっとした様子で依頼書をミューさんに渡し、二人を呼びに酒場に向かって行った。
どうやら、この件はミューさんが受け持つみたいだな。
「やあやあ、助かったよ」
「これで受注は問題無いのか?」
「最低限の条件は満たしていますし~、大丈夫だと思いますよ~」
ミューさんが女冒険者にそう答える。
「それに~、ジェットさんたちがいれば依頼は解決したも同然ですし~」
「いや、だからそれはまだ分からないって……」
「むっ!」
どうやらミューさんの中で、俺たちの評価がとんでもないことになっているらしい。
そして、何故か女冒険者に睨まれた。
え? なんで?
もしかして、ちらっと胸を見たのがバレたのか!?
確かに、小柄な体格の割に発育はいいんだけど、レイチェルや特にミューさんを見た後だと……
「お嬢」
サリヴァンさんが女冒険者を窘める。
「……まあいい。一時的とは言え共に依頼に臨むのだ。自己紹介をしておこうか。私はアガーテ、Bランク冒険者だ」
「俺はサリヴァン。お嬢と同じくBランク冒険者さ。よろしくな。ちなみに、俺たちは一時的にパーティーを組んでるだけだからパーティー名とかは無い」
女冒険者はアガーテさんと言うそうだ。
どうやら二人ともBランク冒険者だったらしい。
特にアガーテさんは、俺たちと変わらないくらいの年代だと思うんだけど、それで既にBランクなのか。
次は俺たちの番だな。
「俺はジェット。このパーティー『モノクローム』のリーダーで、Cランク冒険者だ」
Cランク冒険者、と言った所で何故かアガーテさんが勝ち誇ったような表情になる。
「リディです。Dランク冒険者でテイマーやってます。それで、この子はキナコ。あと、今は寝てるけどポヨンってスライムもいます」
キナコは二人に向かってお辞儀をする。
その様子を見て、二人は少し驚いた表情を浮かべていた。
「見たこともねえ魔物だ……そう言えば、ヴォーレンドの方で新種の魔物が確認されたって話があったが……いや、まさかな」
サリヴァンさんが思案顔で何かを呟いているが、周囲の声もあっていまいち聞き取れない。
「れ、レイチェルですっ! Dランク冒険者ですっ! よ、よよよろしくお願いしましゅっ」
ガチガチになっていたレイチェルは最後で噛んでしまい、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「成程な。ランク的にはこちらの方が上だし、リーダーは私が務めようと思うのだがいいか?」
「え? まあ、別にいいけど」
すると、アガーテさんはさも当然と言った表情を浮かべる。
……この人、ちょっと面倒くさい人かもしれないな。
「あー、まあお互い準備も必要だろうし、今日は解散して明日出発ってことでいいよな?」
「ああ、俺たちはそれでいい」
まあ、俺たちは今すぐでも特に問題無いんだけど、相手にも準備があるだろうからな。
「おいサリヴァン! 何故お前が仕切るのだ!?」
「あーもう、いいからお嬢。そんじゃあ明日の朝、町の門の所でな!」
「お、おい! だから気安く触るなと!」
サリヴァンさんに肩を押され、アガーテさんはギルドから出て行った。
はあ、なんか疲れた。
「な、なんだかプライドの高そうな人ですね……」
「あんまり関わりたくないなあ」
「まあ、今回だけの辛抱だ」
その後、俺たちはミューさんから詳しい依頼の説明と村の場所を聞き、明日に備えて早めに宿に戻るのだった。
あ、少し時間が掛かる可能性もあるから、念の為宿泊の延長もお願いしておかなきゃな。




