73話 浴室を造ろう
「「「ごちそうさまでした!」」」
「はっはっは、気持ちのいい食べっぷりで、こちらとしても腕によりをかけて作った甲斐があったと言うものですよ」
俺たちは宿に戻った後、用意してもらった夕食にありついた。
今日のメニューは魚介のスープと、スパゲッティと呼ばれる小麦を使った細長い糸みたいな食べ物だった。
このスパゲッティの具材やソースにも魚介がふんだんに使われていた。
初めて見る料理にどう食べたらいいのか迷っていると、スパゲッティに具材やソースを絡めて食べればいいと教えてもらえたのでその言葉に倣う。
もちもち食感のスパゲッティと魚介の旨味が凝縮されたソースの相性は抜群で、一口食べるとフォークが止まらなかった程だ。
スープの方も魚介の旨味がふんだんに溶け出しており、最初口にした時はあっさりした味わいなんだけど、喉を通る頃には複数の魚介の深い味が染み渡る。具材にもそのスープの味がよく染み込んでいてとても美味しい。
どちらも、あまりの美味さにおかわりをしてしまった程だ。
本来なら追加料金が必要だそうだが、今回は宿の主人、アントンさんの厚意で料金はサービスしてもらえた。
ちなみに、ポヨンのこともちゃんと説明をして料理を用意してもらっている。これについてはちゃんとその分の料金は払っている。
キナコは食事が出来ないので、食事中はリディから魔力を供給していた。
ただ、時折何やら美味しそうな蕩けた表情をすることがあったので、もしかしたらリディの魔力から食事の味が流れ込んだのかもしれない。
まあ、俺たちには魔力の味なんて分からないから想像になってしまうけど。
「ふぅ、美味しかったね」
「こりゃシャールさんがお勧めするのも頷けるな」
「うむむ、やりますね……それにこのソースやスープ、うちのパンとの相性も良さそうな気が」
レイチェルはどうやらこのソースやスープの味が気になっている様子だ。
あ、そうだ。
暫く滞在することになるんだし、あのことをダメ元でお願いしてみようか。
「あのーアントンさん、一つお願いしたいことがあるんだけど」
「はい、何でございましょう?」
「駄目なら断ってもらって構わないんだけど、どこか風呂に入れるスペースを貸してもらいたいんだ」
「風呂……ですか。すみませんが当宿には風呂は用意されてなく、湯の用意なら」
「あ、浴槽なら俺たちが持っているから、それを暫く設置出来る場所を貸してもらえたら」
「え? あなた方がそんな荷物を持っているようには見えませんでしたが……」
「ああ、それは」
俺は『亜空間収納』から荷物を取り出してみせる。
「なっ!? い、一体どこから!?」
「荷物はこんな風に持ち歩いてて。その中に浴槽もあるんだ」
俺は『亜空間収納』に荷物を仕舞い直す。
「…………はっ! し、失礼しました! あまりのことに気絶しそうでしたよ……えーと、実物を見せてもらうことは可能ですかな?」
「勿論。何処に出せば?」
「では裏庭の方へ移動しましょうか」
俺たちはアントンさんに案内され、宿の裏庭に通される。
そこには水を汲む為の井戸と、アントンさんが住んでいるのであろう家があった。この辺の立地はレイチェルの実家の満月亭と似ているな。
「では、この辺りに」
「ああ。リディ」
「うん」
アントンさんの指定したスペースに、リディが『亜空間収納』からゴーレム風呂を取り出した。
さっきより更に大きなものが急に現れたことに、アントンさんは腰を抜かしてしまった。
俺は慌ててアントンさんを引き上げる。
「す、すみません。こ、これは凄いですね……こんな大きなものを簡単に持ち運び出来るなんて……」
「ただいま~。あれ~、お客さん入ったんだ~」
どうやら丁度アントンさんの家族が帰って来たようだ。
のんびりした女性の声が聞こえてきた。
あれ? この声どこかで……
「お、おお。おかえりミュー」
やはり!
声の主は最強の胸部装甲の持ち主ミューさんだった。
「あ~、さっきぶりですね~。こんばんは~」
「ど、どうも、こんばんは」
くっ、平常心だぞ俺!
「「こんばんは」」
「ミュー、この方たちとは知り合いなのかい?」
「そうだよパパ~。さっき冒険者ギルドで会ったばかりなんだ~。確か~、モノクロームの皆さんですよね~」
どうやらこの二人は親子だったらしい。
そしてミューさんは、ゴーレム風呂の存在に気付くと目を輝かせ始めた。
「うわ~、素敵なお風呂ですね~。これ皆さんが~?」
「あ、ああ。どこか使わせてもらえる場所が無いか頼んでて……」
「わぁ~、私もこのお風呂入ってみたいです~」
ミューさんと風呂の組み合わせ……い、いかん!
ポヨンが一匹ポヨンが二匹ポヨンが――
うおおおおお! キナコが一体キナコが二体!!
はっ! 背後から氷点下の視線を二つ程感じる。
今振り向いては駄目だ!
「……一つ、条件を聞いていただければここを使ってもらっても構いません」
「ほ、本当か!?」
アントンさんの提案に、背後から感じていた氷点下の視線も和らいでいく。
「ええ。その条件なんですが、私たち家族にもこの浴槽を使わせて頂ければ、と」
「ジェットさんお願いします~!」
「そ、それくらいならお安い御用だ! なあ?」
「うん」 「はい」
「おお、なら決まりですな!」
「やった~! それなら早速お湯を用意しなきゃ~」
「これミュー。まずは周囲を囲ってからじゃないと丸見えになってしまうぞ?」
くっ、アントンさんの言葉が俺に効く。
「あのー、それだったらあたしたちで出来るよ?」
「え?」
「おにい」
「お、おう。まずは壁を作るか」
俺は地魔術を使っていつもの要領で目の前に浴室を作り上げていく。
ここは町中だしな。今回は覗き防止に壁は高くして、登ったり出来ないようツルツルにしておこう。
ただ、これだと夜になると内部が真っ暗なので、ヴォーレンドのクロードさんのところで買っておいた灯りの魔道具を設置する。
排水場所は、後でアントンさんに相談して考えるか。
よし、こんなもんでいいか。
星を見ながら入る風呂って気持ちいいんだよな。
あー、雨の時は何か屋根になるもの用意しとかなきゃな。
今回の浴室の出来に満足して外に出ると、アントンさんとミューさん親子が呆気に取られた表情で浴室を眺めていた。
「な、ななな、ななななな……ま、魔法……初めて見ました」
「うわ~! ジェットさん凄いです~! これだったらギルドでお仕事もいっぱい頼めそうですね~」
「あー、えっと、良く勘違いされるんだけど、魔法じゃなくて魔術なんだ」
「魔術……ですか」
「ああ。それと、湯の用意も俺かリディが出来るから、宿にいる時なら言ってもらえたら」
そう言って、俺は浴槽に湯を張ってみせる。
「……あなた方が普通ではないと言うことがよく分かりました」
「わ~、入るの楽しみです~」
その後、アントンさんと話し合って排水の為の溝も地魔術で作成する。
俺たちは魔力操作の修業があるので、風呂は先にミューさんに入ってもらうことになった。
日課の魔力操作の修業を終え、そろそろミューさんが風呂から出た頃合いかな、と風呂の方に向かう。
だが、アントンさん曰く、ミューさんはまだ風呂から出ていないようだ。
レイチェルが言うには中に人の気配はあるそうだけど……どうにも静かすぎるんだよなあ。
俺が中の様子を見る訳にもいかないので、リディとレイチェルに様子を見てもらう。
すると、
「……ミューさん、湯船で寝ちゃってるね」
「ゴーレム風呂、気持ちいいですからねえ……」
「溺れたら危険だから早く起こしてやってくれ!」
その後、リディとレイチェルに起こされて、ミューさんが風呂から上がった。
「あはは~、気持ちよくて寝ちゃってました~」
ゴーレム風呂で温まった肌がほんのり桜色に染まっている。
「う、うん。湯船で寝ちゃうと危ないから気を付けてな」
「は~い」
その後、リディとレイチェルも風呂に入り、二人が出た後俺も風呂に入った。
それから湯を張り替え、アントンさんたちに全員が風呂を出たことを伝えておく。
「えーと、湯船で寝ないように気を付けて」
「ははは……善処します」
ミューさんのことを既に聞いているアントンさんは苦笑いを浮かべていた。
念の為、もし長い時間出てこないようなら誰かが様子を見てやってくれ、とアントンさんの奥さんのカミーユさんと、もう一人の娘のリュシーさんにも伝えておく。
リュシーさんはミューさんの姉だそうで、母親のカミーユさんはミューさんと同じくのんびりした性格、リュシーさんはもっとしっかりした性格なようだ。
ちなみに、ミューさん以外は標準的な胸部装甲の持ち主だった。
伝えることは伝えたので部屋へと戻る。
今回は、客も少ないとのことなのでちょっと広めの部屋を用意してもらえた。
とりあえず、衝立でちゃんと着替えのスペースも確保出来ているし問題無いな。
「さっきはちゃんと見てなかったですけど、部屋の掃除もきちんと行き届いているようですね……合格です」
どうやらレイチェルチェックは合格だったらしい。
「よし、明日はギルドでミューさんに依頼のことを聞いてみようか。それじゃあおやすみ」
「「おやすみ」なさい」
こうしてサイマールでの初日が終わった。
◇◇◇
「いやぁ……お恥ずかしい」
翌日、朝食を食べ終えた後にアントンさんが風呂について礼を言ってきた。
風呂はとても気持ちが良かったようで、ゴーレム風呂の効能もあって今日は普段より調子がいいそうだ。
ただ、結局アントンさんも湯船で寝てしまったようで、そのことを俺たちに話して少し照れ臭そうにしていた。
「あはは、まあでも皆にも気に入ってもらえて良かったよ」
「それはもう。家内や娘たちには今後も風呂に入れるように、本格的に浴室を作るよう催促されましてなあ、ははは」
やはりここでも女性陣の方が風呂への情熱が強いようだ。
「今日は冒険者ギルドの方へ向かうのでしたかな?」
「ああ。ミューさんが何か依頼を紹介してくれるみたいだし。もし泊まり掛けの依頼になっちゃったら、その時はミューさんにも伝えておくから、風呂は自由に使ってくれ」
「畏まりました。その時は風呂の方は自分たちで準備して使わせてもらいます」
その後、俺たちはゆっくり準備を整えてから宿を出て、朝の混雑する時間を避けて冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドでは、朝のピークの時間は過ぎて冒険者の数はまばらだ。
それでも、相変わらず併設された酒場では酒を呑んでいる冒険者が数人存在した。
「やっぱりこの時間でもお酒呑んでる人っているんだね」
併設された酒場って、不思議なことに大抵どんな時間に見ても必ず誰かが酒を呑んでるんだよなあ。
まあ、個人の自由だから、酔って絡んで来なければ別にいいんだけどな。
「あ~、お~い。こっちこっち~」
のんびりした声が聞こえてきたのでそちらを見ると、既に出勤していたミューさんが手を振って俺たちのことを呼んでいた。
……相変わらず、凶悪なまでの存在感だ。
なんだかこの町での俺たちの担当って、このままミューさんになっちゃいそうな雰囲気だな。勿論俺としては一切異論はない!
「あのお風呂凄いね~。なんだか今日は肩凝りが随分解消されてるんだ~」
「分かります」
そのミューさんの言葉にレイチェルが頷く。
そう言えばレイチェルも肩が凝るって言ってたな。
ミューさんなら尚更だろう。
「あ、ああ。あの浴槽は疲労回復の効果もあるみたいだから」
「やっぱりそうなんだ~。もう毎日入りたいくらいだよ~」
そう言いながらも、ミューさんの手元には既に幾つかの依頼書が用意されていた。
「それじゃあ依頼を紹介するね~。もし可能だったら全部受けてくれてもいいんだよ~」
ミューさんは笑顔でそう言ってくる。
「と、とりあえず、見てからだな」
そして、俺たち三人は依頼書を受け取り、相談しながらどの依頼を受けるのか決めていった。




