72話 盾の少女と魔法使い
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「お、見えてきたな」
俺たちは大通りを北に向かい、見慣れた剣と魔物のシルエットの看板を掲げた建物を見付けた。
建物の大きさはカーグの冒険者ギルドと同じくらいかな。少なくともヴォーレンドのものよりは小さいようだ。
となると、ここでも酒場が併設されている可能性が高そうだ。
いちいち酔っ払いに絡まれなきゃいいけど。
「それじゃ入ろうか。まずはサイマールで起こっていることについて把握しておこう」
「依頼はどうします?」
「暫く滞在することになるだろうし、良さそうなものがあったら受けてもいいかもな」
「キナコ、おいで」
リディが念の為キナコを抱きかかえる。
ポヨンは鞄の中で寝ているから特に問題は無い。
ギルドの扉を開き、俺たちは中へと入った。
広さはやはりカーグと同程度で、思った通り酒場が併設されていた。既にそこそこの人数が利用しているようだ。
そしてこれも初ギルドでの恒例行事で、ギルドに入った途端一斉に視線を向けられる。
まあ、正直サイマールに来るまでに何度も体験したから俺としては慣れたもんだ。
リディとレイチェルを出来るだけ目立たない位置に移動させ、今の町の状況を聞く為に受付へと向かった。
「いらっしゃいませ~。サイマール冒険者ギルドへようこそ~。初めての方ですよね~?」
受付の前に辿り着くと、受付嬢が何とものんびりした声で対応してくれた。
声の感じ通り、のほほんとした可愛らしい外見をしており、やはり今までの例に漏れず大きめの町では美人が受付を……な、何だと!?
この受付嬢、顔に似合わぬ物凄い胸部装甲の持ち主だ! その大きさは、俺が今まで出会ってきた胸の中で一番大きく、母さんやレイチェルを凌ぐ程だ!
こ、こんな胸が存在したとは……ゴクリッ。俺は生唾を飲み込んでしまう。
「……おにい」
「……師匠」
はっ!
リディとレイチェルの冷たい声により俺は正気に戻った。
い、いかん。最強の胸部装甲に見惚れている場合じゃない!
「どうかしましたか~?」
「あ、いや、何でもない! そ、そうだこれ!」
そう言って俺はギルドカードを受付嬢に見せる。
リディとレイチェルも俺に倣い、受付嬢にカードを見せた。
「は~い。冒険者パーティー『モノクローム』の皆さんですね~。今日はどうされましたか~?」
「あ、え、えーと、今この町で起こっている海の異変について知りたくて」
「成程~。皆さんは海洋ギルドが沖までの航海を暫く止めたことはご存知ですか~」
既に冒険者ギルドにも通達されていたようだ。
俺たちは揃って頷く。
「えっとですね~、大体ひと月程前からでしょうか~、沖の方で何故か海が急に荒れるようになってきまして~、最初の頃はそれでもどうにか船は出せていたんですけど~、その頻度はどんどん上がって今は船を沖まで出せない程になっちゃったんです~。普段のこの時期はそんなこと無かったんですけどね~」
「そ、それについて原因とかは?」
ぐっ、つい胸に目が行ってしまう。
落ち着け俺! 今は話を聞くことに集中しろ!
「それが全く分からないんですよ~。その異変が発生し始めるより前に不審な船を見たって言う話もありますけど~、特に因果関係は分かっていませんし、その船についても全く情報が無いんですよ~。困りましたね~」
この人が言うと、あまり困っているようには聞こえないな……
「そう言う訳ですので~、今は収まるのを待つしかない状態なんですよ~。自然って怖いですね~」
「そ、そうなのか……それならやはり、暫くサイマールで滞在するしかないのか」
「皆さんは船に乗る予定だったんですか~?」
「あ、ああ」
くっ、なんて存在感だ……!
ポヨンが一匹ポヨンが二匹ポヨンが――
「それは残念でしたね~。今はどうしようもないですし、気持ちを切り替えて依頼を受けましょ~。今だったらこんな依頼が」
「なんだとっ!!」
急に酒場の方から怒鳴り声が聞こえてくる。
何事かと俺たちはそちらの様子を窺った。
すると、顔を真っ赤にした男が編み込みの金髪の女性に対して怒鳴っていたようだ。
「お高く留まりやがって! もう一遍言ってみろ!!」
「お望み通り何度でも言ってやろうか。食事が不味くなる。私の視界から消えろ」
どうやら酔った男が金髪の女性をナンパしようとしていたらしい。
それで断られて逆切れしている、と言った状況のようだ。
「こいつ……表に出やがれ!」
どうやら酔っ払いは相当プライドを傷付けられた様子だ。
全く、迷惑な奴だな。
「喧嘩みたいですね~。怖いですね~」
……どうにも気が抜けるなぁ。
「お、おにい、あの人助けなくていいのかなあ」
「ああ、そうだな」
俺が二人の方に向かおうと思ったその時、
「いいだろう。こちらとしても少々虫の居所が悪かったのだ。手加減は出来んからな」
「上等だ! 俺の前に跪かせてやるよ!!」
酔っ払いは他のパーティーメンバーであろう冒険者の静止も振り切り、武器を持って外へ出て行く。
女性の方も椅子から立ち上がる。
思っていたよりかなり小柄だったようだ。その割に発育はなかなかいいみたいだけど、さっき最強の胸部装甲に出会ったばかりなのでそれほど衝撃は無い。
見た所俺たちと同世代くらいか?
それに、かなり上等な服を着ているように見える。
女性は、その小柄な体格に不釣り合いな大盾と片手で扱える槌を持ち、酔っ払いに続きギルドを出て行った。
どうやら周囲の冒険者たちも様子が気になるようで、ジョッキや肉を片手に次々と外へ出て行く。
一部どちらが勝つか賭け事をしている奴らもいる。
「俺たちも様子を見に行こう。依頼はまた後で見せてもらうよ。えーと」
「はい畏まりました~。私はミューって言います~。よろしくお願いしますね~」
最強の胸部装甲を持った受付嬢の名はミューさんらしい。
ミューさんに一言断った俺たちは、彼らを追ってギルドの外へ向かった。
「うわっ、人だかりが出来ていますね」
どうやら冒険者の他にも周囲から人が集まって来たらしく、睨み合う二人を囲むように人だかりが出来ていた。
どこにこんなに人がいたんだ?
と言うか、だれも止めようとはしないんだな。
まあ、普通の人にしてみれば巻き込まれたら堪ったものじゃないってことなんだろうけど。
「あの女の人、大丈夫なのかなあ」
「ま、流石にいざとなったら止めに入るよ」
「二人とも、動きがあったみたいですよ」
レイチェルにそう言われ、俺たちは睨み合う二人に視線を移す。
「おい、泣いて謝るなら今のうちだぞ? 今だったら今晩相手してくれりゃ許してやるよ」
「ふん、酔っ払いの戯言なぞ聞くに堪えんな。さっさとしろ、私はまだ食事の途中なんだからな」
女性が凛とした佇まいでそう言い放つ。
今の一言で酔っ払いは我慢の限界を迎えたのか、顔がトマトのように更に真っ赤に染まっていく。
「もう後悔してもおせぇからなぁっ!!」
そう言って酔っ払いは力任せに剣を振るった。
「ふんっ、欠伸が出るような振りだな!」
女性が自身の身の丈とそう変わらない大きさの大盾を構える。
そして、酔っ払いの剣をあっさり受け止めてしまった。
一瞬酔っ払いは唖然とした表情を浮かべるも、そのまま力任せに盾ごと押し込もうと試みる。
「す、凄いですねあの人」
「ああ、何より剣を受け止めた後もその場から微動だにしていない。酔っ払いの方は欠陥が切れそうなくらい力を込めているのに……ん?」
よく見ると、薄っすら女性の体全体が光っているのが見えた。
構えている大盾からも光が溢れ出している。
あれって……!
「ぐ、ぬぬぬぬっ! ど、どうなってやがるっ!?」
「己の力の無さを恨むのだな。『闘気盾』!」
その掛け声とともに、女性の大盾から眩い光が勢いよく溢れ出した。
「う、うおおおおおおおっへぶらばぁああ!!」
そして、逆に大盾で酔っ払いを押し返し、そのまま盾でぶん殴って吹き飛ばしてしまった。
「……おにい、あれって」
「ああ、あれは間違いなく『身体強化』の魔力だ」
そう、あの女性は最初から『身体強化』を使っていたのだ。
そして、『闘気盾』と言うのは盾に施した無属性『エンチャント』だった。
「あの人も魔術師……もしかして、師匠たちの村にいた人なんじゃ」
「いや、あんな人見たこと無い。もし村にいたんだったらあんな金髪、忘れる訳がない」
どうしてあの人が魔術を?
そんなことを考えていると、吹き飛ばされた酔っ払いがよろけながらも立ち上がった。
「このアマァ!! ぶっ殺してやる!!」
「貴様から絡んできておいて逆切れとはな……酔っ払いの思考回路は理解不能だな」
女性はそう言って武器を構える。今度は右手に持っていた槌にも無属性『エンチャント』が施された。
「し、師匠! そろそろ止めないと危ないんじゃ」
「……そうだな」
確かにレイチェルの言う通り、そろそろ危ない。
勿論酔っ払いが、だ。
正直自業自得だとは思うんだけど、このまま無視するのも目覚めが悪い。
俺は剣に手を掛け、前に踏み出そうとした。
丁度その時、
「むっ」
女性の背後から火球が飛んで来た!
そしてそれは酔っ払いの足元で炸裂する。
「遅かったな、サリヴァン」
「全く……ちょっと目を離した隙に何やってんですか、お嬢」
女性の隣に、短杖を持った少しやさぐれた雰囲気の男が立つ。
サリヴァンと呼ばれたその男は、テオドールさんが着ていたようなきちっとした服を、少々着崩して着用している。
そして短杖を構えたまま何かを呟き始めた。
「炎よ。紅蓮の礫となりて我が敵を撃ち抜け。フレイムバレット!」
サリヴァンと言う名の男がそう言葉を発すると、構えた短杖から火球が発生し、再び酔っ払いの足元まで飛んで行き炸裂する。
「あんたの方もこれまでにしといてくれないかねぇ? こっちとしても人間の丸焼きなんて作りたくねぇし」
「ひ、ひぃぃいいいいいいいいいいいいい」
酔っ払いは腰を抜かし後退る。
よく見ると、股間の辺りが濡れているようだ。
酔っ払いのパーティーメンバーだろうか?
数人の男たちが土下座しながら謝り、酔っ払いを担いで一目散に逃げ出した。
「まさか、あの女『闘気姫』か!? ここ最近凄腕だって噂になってる」
「若い女だとは聞いていたが……あ、あんな小さな女だったのか……」
「それに、あの隣の男、魔法使いなんじゃ……」
周囲からざわめきが聞こえる。
あれが魔法なのか……
「で、どうだった?」
「やっぱり船はどうにもならないみたいですよ? 怒鳴られて追い出されちゃいましたよ、たはは」
どうやらあの男も海洋ギルドのギルドマスターに怒鳴られたらしい。
「そうか……まあ、しばらくここに滞在するしかあるまい」
そう言って女性は埃を払い歩き始める。
「ちょ、どこ行くんですかお嬢!」
「どこか落ち着ける所で食事をし直す」
「待って下さいって」
そう言って、魔術師? の女性と魔法使いの男はその場から去って行った。
それと共に、周囲の人だかりも散っていく。
「な、何だか色々凄い人たちでしたね……」
「ああ、魔術に魔法か……エルデリア以外でも、魔術を使える人間っていたんだな」
「おにい、この後どうするの?」
「そうだな。中途半端な時間になっちゃったし、今日は宿に戻ろうか」
俺たちは一度ギルド内に戻り、ミューさんに明日また依頼を見せてもらうと伝える。
そして、そのまま他に寄り道せず宿に向かうのだった。




