71話 港町サイマール
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ルカを海に帰した後、俺たちはさざ波の心地良い音を聞きながら海沿いの道を進んで行く。
「もうルカはパパやママと会えたかな?」
リディが海を見ながらそう呟く。
「大丈夫だよリディちゃん。きっと今頃親子で海を仲良く泳いでいるよ」
「ほらリディ、いつまでもそんなしょぼくれた顔してたら次にルカに会った時笑われるぞ」
「むぅ……しょぼくれてなんかないもん!」
「あはは……あ、町が見えてきましたよ」
おお、海の方に気を取られていて気付かなかった。
それに、さっきの宿場で聞いた海の異変の影響だろうか。あまり人ともすれ違わないんだよなあ。
「まだ船は出てるのかなあ?」
「町に入ったらまずは船の確認をしようか。その後サイマールにも少し滞在するか考えよう」
「おにい、海の幸もだよ!」
「おう、勿論だ!」
海の幸と言う言葉に反応してリディの頭の上のポヨンが大きく伸びをする。
「私も海鮮は初めてなので楽しみです!」
「俺たちも久し振りだからなあ。あー、考えてたら腹が減ってきた! 早く行こう!」
俺たちは町に向かって足早に進んでいく。
町に近付くにつれ、港に停泊した船も幾つか見られるようになってきた。
「うおおおおおおお! あれが船か! あんなでっかいのが水に浮かんでるのか!」
「凄い! エルデリアで見た舟より何倍も大きいよ!」
エルデリアでも、東にある海で漁をする為に舟が造られていたけど……ここから見える船は造りが全然違うんだな。
櫂で漕ぐのに何人必要なんだあの船?
船から空に向かって太い棒みたいなものが伸びているけど、あれ何に使うんだろう?
「あ、あれに乗ってライナギリアに向かうんですね。沈んだりしないでしょうか……」
レイチェルは船に乗ることを考えるとちょっと不安になってしまったようだ。
「安心しろレイチェル。沈んだって大丈夫なように町で何か浮くものを用意していこう」
「……なんか、もっと不安になっちゃったんですけど」
「大丈夫だよー。ポヨンとキナコはあたしが助けてあげるからね!」
そう言ってリディはポヨンを鞄に戻し、キナコを抱きかかえる。
そろそろ町に到着だ。
町の入り口に到着すると、そこには町に入る為の人の行列が……特に無かった。
うーん、もっと混んでいると思ってたけど……まあ、並ばずに入れるのは楽でいいけどな。
俺たちは他の町と同じように、門番にギルドカードを見せ手続きをしてもらう。
ああそうだ。船に乗る場合はどうすればいいのか聞いておこうか。
「えっと、船に乗ってライナギリアに向かいたいんだけど、どこへ行けばいいんだ?」
「船に関することは海洋ギルドが取り仕切っているからそこへ向かうといい。港の方へ向かえば錨のシルエットの看板が掲げられた大きな建物がある。そこが海洋ギルドだ」
「成程、海洋ギルドか。ありがとう」
「いや、これも仕事だからな。そうだ、君たちは今サイマールの海が頻繁に荒れていることは知っているか?」
「ああ、ここに来る前に宿場で教えてもらったよ」
「そうか。今日な、海洋ギルドではその状況を鑑みて、今後の漁や航海をどうするのか会議が行われているそうなんだ。その決定次第では船が出せない可能性があるから注意しておいてくれ」
「そうなんだ……分かった。教えてくれてありがとう」
「なーに。よし、これで手続きは完了だ。ようこそサイマールへ。少し大変な時期ではあるが……君たちを歓迎するよ」
手続きを終え町に入る。
「おおおお、他の町と比べて白い建物が多いんだな!」
「綺麗な町並みですね」
「建物が白いのは潮風の被害に対処する為さ。その為の塗料の色が白いから基本的に白い建物が多くなるんだ」
門番がそう教えてくれた。
成程なあ。色々考えられているんだな。
「おにい、レイチェル姉! 早く町を見てみようよ!」
どうやらリディは早く町を散策したくてウズウズしているようだ。
安心しろ、俺もだ。
門番に別れを告げ、俺たちは町中を歩く。
まずは海洋ギルドに行って船の状況を聞いてみることにした。
ただ、
「綺麗な町並みではあるんだけど……なんか静かと言うか活気が無いと言うか」
「港町だったらもっと人で賑わっていても不思議じゃなさそうなんですが……」
「あ、屋台……閉まってる」
どうにも町全体が静か過ぎるのだ。
通りですれ違う人の数もそこまで多くはない。
「これ……船は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫だと信じたいけど……」
「うぅ、海の幸楽しみだったのに」
「いくら何でも空いている店くらいはあるだろうから後で探してみよう。ほら、行くぞ」
頼むから、まだライナギリアへ出航する船はあってくれよ……
どこか祈るような気持ちを抱きつつ、俺たちは海洋ギルドを目指した。
◇◇◇
「はぁぁああああああっ!? 船が出せない!?」
「ひぃっ! は、はい……今日の会議でそう決定しまして……」
海洋ギルドの受付で、俺はつい大声を出してしまった。
対応してくれた受付嬢は申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「あ、ごめん、つい大声出しちゃて……えっと、それっていつまで続くんだ? 俺たち、どうにかしてライナギリアまで行きたいんだけど……」
「すみません……私の方からは何とも……日に日に沖の方は荒れが酷くなっていますし、少なくとも海が正常に戻らない限りは……」
な、なんてことだ……
予定より到着が遅れたことでこんなことになってしまうとは……
「あ、あの、サイマールから以外でライナギリアに向かえないんですか?」
「おお、それだ!」
レイチェルがそう受付嬢に尋ねる。
ちょっと予定とは違ってしまうが……まあ、それも今更か。
「ライナギリアっつうのは変わった国だ。あそこは基本、自分たちだけで全部用意しちまうから他国との繋がりが殆ど無い。唯一取引出来ているのがこのサイマールだ」
ギルドの奥から野太い男の声が聞こえてきた。
「お前たち、随分わけぇが……見た所冒険者だろう。全く、そんなことも知らんのか」
「あ、ギルドマスター」
どうやら奥から出て来たこの男がギルドマスターらしい。
短く刈り込んだ白髪に、日に焼けた黒い肌。背はそれほど高くはないが、鍛え抜かれた体をしている。戦ったら生半可な冒険者くらいなら軽く伸してしまいそうな印象だ。
その雰囲気に中てられ、リディとレイチェルは俺の後ろに隠れてしまった。
「俺たちカーグの方から来たからそう言った事情には詳しくなくて」
「カーグ? 聞いたこと無いな」
「ここからだと移動するのに数か月は掛かるずっと西にある町だ」
「はぁ、そんな遠くからご苦労なこった」
どうにもこのギルドマスター、機嫌が悪そうな雰囲気だ。
「何にしても、当分の間はライナギリア行きの船は出せねえ。暫く諦めるこったな」
「暫くってどれだけ待てばいいんだ? 俺たちどうしてもライナギリアに」
「うるせえっ!! そんなことこっちが聞きてえくらいだ!! 今はまだ近場で漁が出来ちゃいるが、それもいつまで出来ることか……お前ら冒険者なんだろう? ならこの海の異変をどうにかしてくれよ!! それならいくらでもライナギリアまで船を出してやるよ!! 出来ねえんなら黙って出て行け!!」
そう物凄い剣幕で怒鳴られてしまい、俺たちは海洋ギルドから追い出されてしまった。
「うぅぅ、耳がキンキンします……」
「……物凄く怒らせちゃったね」
「ああ……はぁ、仕方ない。暫くサイマールに滞在しなきゃいけなそうだし、宿を探そうか。それに、冒険者ギルドでも事情を聞いてみよう」
その後、俺たちは一度町の入り口まで戻ってきた。
さっき海洋ギルドの場所を教えてくれた門番に、今度は宿と冒険者ギルドの場所を聞こうと思ったのだ。
「おや、さっきの。その様子を見るに、どうやら船は出せなかったようだな」
「ああ。どうにか頼もうとしたら海洋ギルドのマスターに怒鳴られたよ」
「そうか。まあ、悪く思わないでやってくれ。今回の海の異変はサイマールにとっては死活問題だからな。リカルドさんも、海洋ギルドのマスターとして色々と手は尽くしているみたいだが……」
さっきのギルドマスターはリカルドと言う名らしい。
「それで、暫くサイマールに滞在しようと思うんだけど、冒険者ギルドの場所とお勧めの宿を聞きたくて」
「冒険者ギルドは、さっき海洋ギルドに向かう途中、南北に延びる大きな通りがあっただろう?」
「あー、多分あそこかな」
「その通りを北に向かうと冒険者ギルドが見えてくる筈だ。俺のお勧めの宿は、その同じ通りを南に向かった所にある『潮騒亭』と言う宿だ。美味い海鮮料理を出す宿で、昼間は食堂も開放されていて俺も良くお世話になっている」
「成程……ありがとう、行ってみるよ。えーと」
「シャールだ」
「シャールさんか。俺は冒険者パーティー、モノクロームのジェット」
「リディです。この子はキナコ」
「弟子のレイチェルです」
「モノクロームか。また何かあったら俺に分かることだったら答えよう」
再度シャールさんに別れを告げ、まず俺たちは紹介された潮騒亭に向かってみることにした。
「えーと、南北に延びる大きな通りってここですよね」
「多分な。ここを南だったか」
「海鮮、食べられるかなあ」
暫く南へ進むと、潮騒亭と文字が書かれた看板が目に入った。
「ここか。おお、結構良さそうな雰囲気だな」
「……お手並み、拝見させてもらいましょうか」
どうやらレイチェルの宿屋スイッチが入ってしまったようだ。
俺たちは扉を開け中に入る。
すると、宿の主人と思われる男が物凄い勢いでこちらに向かって来た。
「い、いらっしゃいませ! ご宿泊ですか!? そうですよね!?」
「あ、ああ。そのつもりだけど……」
「ああ、良かった……はっ、すいません! 暫く客足が途絶えていたものでつい……」
どうやら久しぶりの宿泊客に舞い上がっていたようだ。
「えーと、門番のシャールさんに美味い海鮮料理を出す宿だって紹介されて」
「成程! シャールさんのご紹介でしたか! ええ、是非当宿自慢の海鮮料理を味わって下さい! 少々食材は不足気味ではありますが……そこはどうにか工夫しますので」
おお、これは期待出来そうだ。
「それで、部屋は……」
俺はレイチェルの方を見る。
「あ、はい。わたしはいつも通りで問題無いですよ」
「それなら、三人同じ部屋でお願いしたいんだけど」
「分かりました。部屋は幾らでも空いていますので大丈夫です」
「それを……とりあえず一週間で。もし一週間で船がまだ出せないみたいだったら延長もお願いしたいんだけど」
「畏まりました。うちとしましては全く問題ありませんので、むしろ一週間と言わずひと月でもふた月でも是非!」
「あ、あはは……そんなに船が出せなかったらそれはそれで大変そうなんだけど」
とりあえず、一週間分の宿代を支払っておく。
ここではレイチェルの実家、満月亭と同じく食事代込みの代金だそうだ。
宿の主人に夕食の用意を頼み、一度冒険者ギルドの方にも行ってみることになった。
その間に夕食と部屋の用意をしておいてくれるそうだ。
さて、今サイマールで起こっていることについて、冒険者ギルドで何か分かればいいんだけどな。




