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70話 大幅に遅れて……

「うぅぅ、すっかり冷え込むようになっちゃいましたね……」


「色々あって予定よりかなり遅れちゃったからなあ」


 季節は巡り、冬が訪れようとしていた。

 ヴァラッドにいた頃はまだまだ汗ばむような陽気だったんだけど、ここの所は一気に気温が下がってきた。

 時折吐く息が白くなっている時もある。


 ヴァラッドを発ってからひと月からふた月が経過しただろうか?

 現在俺たちは、ようやく港町サイマール手前の宿場までやって来た。

 今はその宿場に入る為に、入り口の列に並んでいる。


 本来なら冬が来る前にすでにサイマールに到着している予定だったんだけど……

 間違ってヴァラッドまで行き暫く滞在したのを筆頭に、時には珍しい景色を見に行って迷子になり、時には山道が崩れていて無理矢理山越えをしたり、護衛依頼の時を除いてずっと歩きで移動してたもんだから、当初の予定より大幅に遅れてしまったのだ。


 それに、


「キュゥィ?」


 この海豚型の魔物、ルカの存在もある。

 こいつ、普段はリディが水魔術で生み出した水を操って移動してる。

 ただ、こんな変わった魔物を連れている影響で、補給の為に町に入るのにも時間が掛かるわ宿泊出来る宿を探すのにも難儀するわ……

 時には宿が見付からず野営になってしまうこともあった。

 その方が風呂に入れる! とリディ、レイチェルは喜んでたけども。まあ、宿に勝手にゴーレム風呂を設置する訳にもいかないからなあ。


 ポヨンやキナコと同じく、従魔登録をしておけばもう少しスムーズに事は運んだかもだけど、こいつは海に帰してやる予定なのもあって従魔登録はしていない。

 ただ、今更ではあるけど多少面倒でも一時的に従魔登録しておけば良かったのかもな。


「ほらルカ、もう少しで海だよ」


「キュッキュー!」


「後はこのまま道なりに東へ進めばサイマールに到着だ」


「その前に、ここでちゃんと補給していかないとですね」


「よし、次の方、どうぞおぉおおおお!?」


 おっと、俺たちの番が来たみたいだな。

 俺たちの方を見た門番が驚愕の声を上げる。

 どうやら、今キナコやルカの存在に気付いたみたいだ。


 まあ、歩く人形やら空中に水の道を作って泳ぐ海豚がいるもんだから俺たちはどこへ行ってもとにかく目立つ。

 最初こそ今みたいな反応をされて焦ったりもしていたけれど、今では俺やリディはすっかり慣れたもんだ。レイチェルだけは未だに慣れないみたいだけど。


「あー、えっと、こっちの人形は従魔で、この海豚はちょっと訳あって俺たちに同行してるんだ」


「キュイッ!」


 俺たちは門番にギルドカードを見せながら軽く事情を説明する。

 こう言う時、鞄の中で寝ているポヨンは楽なんだよなあ。


「え? あ、はい。えっと、こっちの海豚? は従魔登録はされていないようですね。し、少々お待ちを。上に確認してきますので!」


 そう言って担当してくれた門番は、門での入場確認を同僚に任せて俺たちを近くの衛兵の詰所まで案内し、そのまま上司を呼びに向かった。

 町に入ろうとする度に同じことを続けてきたからなあ。このやり取りも慣れたもんだな。

 まあ、時折中に入れないパターンもあったけど……ここではどうだろう?


「すまない待たせたな。ほう、君たちが珍しい魔物を引き連れた冒険者パーティーか。随分と若いのだな」


 さっきの門番が上司を呼んできたようだ。

 既に門の方に戻ったのだろうか。その門番の姿は見えない。


「冒険者パーティー、モノクロームだ。えーと、俺たちはサイマールを目指していて、ここには補給と今日一日の宿泊の為に寄りたくて」


「うむ、大体の事情は分かった。そちらの人形は従魔登録はされているようだし問題無い。そっちの……ん? もしや、タイダリアの子供か!? どこでその魔物を!?」


 お、海が近いこともあって、どうやらこの人はタイダリアのことを知っていたらしい。


「えっと、鳥の魔物に連れ去られたのをここよりもっと離れた川で保護して、それで海に帰してあげようと思って……あの、この子大人しいし絶対人に危害は加えません!」


 リディが上司の男にそう説明する。


「成程。君たち、タイダリアのことについては知っているのか?」


 俺たちは揃って首を横に振る。


「そうか。タイダリアと言う魔物はな、サイマール近海に生息する海竜の一種で、とても温厚で大人しい魔物だ。こちらからむやみに手を出さない限りは襲い掛かってきたりはしないそうだ。時折、好奇心旺盛な子供の個体が船に並走してくることもある程だ。そんな性質もあって、サイマールでは一種の海の守り神のような扱いを受けている」


「……お前、海の守り神なんて呼ばれてたんだな」


「ルカちゃんがとても人懐っこかったのも納得です」


「キュウ?」


 ルカ自身は一切自覚は無さそうだ。


「まあ、そんな訳だから、そのタイダリアの子供が人に危害を加える、と言うことは心配はしていない。君たちの様子を見た限りだと、無理矢理捕まえて連れ回していると言うことも無さそうだしな」


 どうやら問題無く宿場に入れそうだ。


「ただ、君たちはサイマールを目指しているんだったか。ちょっと間の悪い時に来てしまったかもしれないな」


 上司の男はそう言って腕を組んだ。


「サイマールで何か?」


「何故か近頃海が時々荒れているようでね。だんだんその頻度が上がってきているようなんだ。もしかしたら近いうちに船を出すことも出来なくなるかもしれないと聞いている」


「なっ……!」


 おいおいおい、船が出ないとなるとライナギリアに渡れないぞ!


「そう言うことだ。向かうのを止めはしないが、気を付けてはおけよ。よし、話が長くなってしまったが、この宿場には入ってもらって問題無い。これが許可証だ」


 そう言って上司の男は俺たちに許可証を渡してきた。

 何か聞かれた時はこれを見せればいいらしい。そして、宿場を出る時に返却すればいいそうだ。

 俺たちはありがたく許可証を受け取り、詰所を後にした。


「……サイマールではちょっと面倒なことになっているみたいですね」


「ああ……俺たちが到着した時に何事も無ければいいけど」


「ルカ、ルカは海の守り神なんだって。凄いね」


「キュィイイッ!」


 ルカの奴はリディに褒められて上機嫌な様子だ。


「ここで考えていても仕方ない。とりあえず、今日泊まる宿を探そう」


「そうですね。すんなり見付かるといいんですけど」


「あたしは野営でも全然いいけどね」


 その後、俺たちの心配をよそに今日宿泊する宿はあっさり決まった。

 やはり、ここだとサイマールに近いこともあって、タイダリアについて色んな人に知られていることが大きいようだ。

 宿で事情を説明すると、是非泊まって行ってくれと快く迎え入れてくれた。

 なんでもサイマール周辺ではタイダリアに出会えることは縁起がいいとされているらしく、むしろ宿にとってもありがたいそうなのだ。


 宿が決まった後は宿場内の店で食料や生活雑貨を補給したんだけど、ここでも事情を説明したら商人たちがとても丁寧に対応してくれた。

 通りにある屋台では、ルカ用にと大量のおまけを貰ってしまった程だ。


「お前、凄い人気だな」


「キュ?」


 そして、宿で一泊し、翌日には特に問題無く宿場からサイマールに向けて出発した。

 許可証は、きちんとお礼を言って返却しておいた。


「うぅぅ、今日も寒いですね。マルグリットさんが上着まで用意してくれていて良かったですよ」


「ほんとにな。ミスリル糸を使っているから『エンチャント』も可能だし」


「これでどう、レイチェル姉?」


「はぁぁぁ……暖かい。ありがとうリディちゃん」


 そう。俺たちはミスリル糸の服にほんの僅かに火属性『エンチャント』を施しているのだ。

 やり過ぎると燃え盛る火を着ることになっちゃうから危険だけど、ほんの僅か施すだけなら服全体が熱を発してくれてとても暖かいのだ。

 俺とリディは自力で出来るから問題無いんだけど、レイチェルは火属性が扱えないから代わりにリディが『エンチャント』を施している。

 その場合時間と共に効果は弱くなってしまうけれど、その時はまた掛け直せば問題無いしな。

 ちなみに、夏の間は今とは逆に水属性『エンチャント』を僅かに施していた。


「キナコもこれでいい?」


 リディの問い掛けにキナコがこくんと頷く。

 どうやらキナコも寒いと体が上手く動かなくなるらしく、リディが服に火属性『エンチャント』を施しているのを見て、自分にもやってくれとお願いしてきたそうだ。


「よし、それじゃ行こうか。ここからサイマールまでは今日中に辿り着けると思うけど……その前に近くの海に寄って行かないとな」


「……そっか、ルカとは今日でお別れなんだね」


「最近だとルカちゃんがいるのが当たり前になってたから、寂しくなりますね」


「キュゥゥイ」


 ルカの奴がポヨンやキナコも含めた俺たち全員に頭を擦り付けてくる。

 どうやらこいつも寂しいらしい。


「あたしもルカとは一緒にいたいけど……ルカは海にパパとママがちゃんといるんでしょ? 元気な姿を見せてあげなきゃ」


「キュ」


 少ししんみりしちゃったけど、その後は普段通りサイマールに向けて進んで行く。

 そして、暫く歩いているとついに俺たちの前に海が現れた!


「おおおおおおおおおおおお! これが海か! 凄いな、どこまでも水が広がっているぞ!」


「これが海……なんだか独特な香りがしますね。それに、水面が光を反射してキラキラしててとても綺麗です!」


「どれぐらい水があるんだろうね? あ、あそこから浜辺に降りられそうだよ!」


「よし、行こう!」


 俺たちは脇道に逸れ、海へ向かって行く。


「うわっ、砂って歩きづらいね」


 確かに、普通の土や石の上を歩くのと比べ、砂に足を取られかなり負荷が掛かる。

 あれ? これって脚を鍛える修業にいいのでは?


「……わたし、今師匠が考えていることなんとなく分かりました」


「奇遇だねレイチェル姉、あたしもだよ」


「わ、分かってるよ! 今はやらないから」


 そうして海の近くまでやって来た。

 すると、海から水が押し寄せてくる!


「うおっ、これが波か。危うく濡れるとこだったぞ」


「もう少し下がりましょう」


 俺たちは一旦波が来ない所まで下がる。

 さて、


「リディ」


「うん、分かってる。ルカ、ここでお別れだよ」


「キュゥゥゥ……」


 ルカが再び俺たち全員に頭を擦り付けてくる。

 そして、ポヨン、キナコと何かを話した? 後、もう一度リディに頭を擦り付けてから海へ入っていく。


「もう捕まるんじゃないぞ」


「元気でね、ルカちゃん」


「ルカ……落ち着いたら……また、あいにぐる……がらね」


 どうやらリディは泣き出してしまったようだ。

 ポヨンが頭の上に、キナコが足元にそれぞれ移動し、泣き出したリディを慰めている。


「キュゥ……キュゥゥゥウウウウウウウウウウウウッ!!」


 最後に大きく一鳴きした後、ルカは沖の方へ向かって泳いでいき、暫く泳いだ後海に潜ってその姿は完全に見えなくなった。


「ルカァァアアアアアアアアッ! 元気でぐらずんだよぉぉおおおおおおっ!!」


 その後、リディが泣き止むまで俺たちはのんびり海を眺めて過ごし、リディが泣き止んだ後再びサイマールに向けて出発した。

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