68話 旅は道連れ
「キュゥゥゥウウイ……」
リディが釣り上げた魚? が何かを懇願するようなつぶらな瞳で俺たちを見てくる。
「なあ、これって食えるのか?」
「キュイッ!?」
「おぶうっ!」
謎の魚が俺に向かって水弾を吐きかけてきた!
こ……こいつ!
「よし決めた! お前のことは絶対に食ってやるあぶぶぶぶぶっ! この野郎!」
「おにい、可哀想だよ……」
「わたしも……ちょっと食べる気には」
「キュゥゥウウウウイ」
謎の魚はリディとレイチェルに向かって媚びた視線を向ける。
くっ、味方を増やして逃げる気だな!?
案の定、リディとレイチェルは謎の魚をキラキラした目で見ていた。
「なんだかこの子、海豚に似ていますね」
「いるか?」
「レイチェル姉、何それ?」
「えっと、わたしもカーグのギルドの資料室で見ただけなんですけど、海にいる生き物だそうです。丁度この子みたいに鱗が無くツルっとしてて……真ん中が太くて両端が細くなる、紡錘型って言うんでしたっけ。そんな体つきをしているそうです」
改めて謎の魚を見てみる。
確かに、さっきレイチェルが言っていた条件は大体当てはまる。
大きさは俺の膝よりやや大きい、キナコと同じくらいのサイズか。
ぷっくりした流線型の体で、背中と体の両側にヒレのようなものがある。ただ、さっき釣った川魚のヒレとはちょっと形が違うんだよな。
そして、背中は目の覚めるような青い色をしていて、腹に向かうにつれ白くなっていく。
額には白い星型のような模様も見える。
「なあ、そのいるかって魔術を使ったり出来るのか?」
「え? そこまではちょっと分からないですけど……普通の動物だったら使えないんじゃ」
「さっき、俺に水弾を飛ばしてきた時、こいつから確かに魔力の流れを感じたんだ」
「じゃあ、この子って海豚って生き物に似た魔物なの?」
俺たちは揃って謎の海豚に視線を向ける。
「キュゥイ、キュゥゥゥゥ」
謎の海豚は俺たちの視線を受け、媚びるような鳴き声を出した。
「なんか……大人しい子みたいですし、無理に討伐しなくてもいいんじゃないでしょうか。それに、ちょっとこの子を討伐するのは罪悪感が……」
「キュゥイッ」
「騙されるなレイチェル! こいつは凶暴な魔物だ! さっきも見ただろ、俺に向かって何度も水弾を」
「キュッ!」
短い鳴き声と共に、謎の海豚はまた俺に向かって水弾を発射してきた!
こ、この魚もどきめ……!
「おにいが意地悪言うからだよ。あれ? この子背中を怪我してる。何かに掴まれたような傷が」
そう言ってリディが謎の海豚に光魔術を使い傷を癒していく。
針が刺さっていた口元も一緒に治療していた。
ん? よく考えたら、さっきリディが言っていたことが本当だとしたら、こいつ俺たちの言葉を理解しているってことなのか?
「キュゥゥイ……キュキュウ!」
「え、あ……りが……と……う? おにい、レイチェル姉! この子の言っていることがちょっとだけ分かるようになった!」
「なんだと!?」
「わぁぁあ、リディちゃんやったね!」
くっ、こいつ、リディを完全に味方に引き込みやがった……!
「キュイ、キュキュキュイ。キュゥウゥ」
「ふんふん……成程。え、そんなことが」
リディと謎の海豚が会話を始めた。
どうやらポヨンやキナコにもちゃんと聞こえているようで、会話に参加? している。
「えっとね、この子、元々は海にいたみたい。それで泳いでたら鳥の魔物に餌として捕まっちゃったんだって。暫く空を飛んで楽しかったけど、このままじゃ食べられると思って必死に抵抗して、どうにか逃げ出したみたい。その時運良く水に落ちたんだけど、帰り方が分からなくて困ってたみたい」
背中の傷はその時の傷か。
……どんくさい奴だなこいつ。
リディが何かを訴えかけるような目で俺たちを見てくる。
更に、そこに海豚と何故かポヨンとキナコまで加わっている。
……くっ! そんな目で俺を見るんじゃない!
「ねえおにい、レイチェル姉、あたしこの子を海に帰してあげたい」
やはりか!
「あのー師匠、わたしからもお願いします。ここに置き去りにするのも可哀想ですし……」
レイチェルは既に陥落していたようだ。
…………はぁ。
「……分かった。どうせ海に向かうんだしな」
「やったー! 良かったね!」
「キュゥゥゥイッ!」
リディとポヨンとキナコ、海豚が一緒になって喜んでいる。
それを見たレイチェルもほっこりした表情をしていた。
「そうなると……こいつをどうやって運ぶかも考えなきゃ駄目だな。とりあえず、魚も釣ったしオットーさんの所へ戻ろうか」
「うん!」 「はい!」
俺たちは釣った魚の入った魚籠と海豚を抱えてヴァラッドまで戻っていった。
◇◇◇
「こりゃあたまげたなぁ! おめぇさんらこんなでけぇもん釣ったのか!」
「キュイ?」
オットーさんが海豚を見て驚きの声を上げる。
「そんでこっちはアマゴにイワナに……おめぇさんら、ウナギまで釣ってただか!」
どうやら、あのレイチェルが釣り上げた細長いヌルヌルした魚はウナギと言うらしい。
「おめぇさんら、ウナギは初めてか? こいつはこっただ見た目だけんど、かば焼きにしたらうめぇんだ! 折角だし食ってみっか?」
おお、それは楽しみだ!
俺たちは揃って頷く。
「んなら早速調理すっか。こっちの魚は丸ごと串焼き、ウナギはまんず捌かねえとなぁ。そっちのふっといのはどうすんだ?」
「キュイッ!?」
「えっと、この子は海に帰してあげようかと思ってて」
「はぁー、そう言えばおめぇさんはテイマーなんだったっけなぁ。海っつったらまーた遠いとこ目指してんだなぁ」
「あー、うん。元々そっちの方に行く予定だったから」
「そうかそうか。ま、今はここでうめぇもんでも食って英気を養ってくんれ」
折角なので、俺たちはオットーさんがウナギを捌くのを見学することにした。
俺が釣った川魚は串に刺して焼く準備を整える。
問題はこのウナギって魚だ。どうやって食べるんだこれ?
すると、オットーさんは器用にウナギを掴むと、おもむろに頭をまな板に釘のような物で打ち付けた!
そして、頭の下を少しナイフで切ると、そこからナイフを刺し込み、しっぽの方まで一気に滑らせた!
おお! 何だこの捌き方! かっこいい!
それから、オットーさんはナイフで器用に骨と内臓を取り除いていく。
その後は捌いたウナギを幾つかに切り分け、他の魚と同じように串に刺していった。
「ほんなら炭に火をお願いできっか?」
オットーさんにお願いされ、俺は火魔術を使って炭に火を熾していく。
炭の準備が出来ると、オットーさんは炭の周囲に串に刺した魚を並べていく。その中には捌いたウナギの姿もあった。
炭でじっくり焼かれ、魚から香ばしい匂いが漂ってくる。
すると、オットーさんは何やら壺を取り出し、焼いていたウナギをその中に一旦入れ、再度焼き始めた。
どうやら中に入っていたのはタレだったようだ。
タレの匂いが辺りに充満していく! うおぉぉおおお! 早く食べたいぞ!
オットーさんはその後も何度か同じ工程を繰り返していた。
「おめぇさんら、あっちの釜に米が炊けてっから、深めの食器にでもたっぷりよそってくんれ」
「分かった!」
リディが亜空間から俺たち三人とポヨン、オットーさんの分の食器を出していく。
「キュゥイッ」
「え、あなたも食べたいの?」
どうやら海豚も食べたかったようだ。
海豚に食べさせても大丈夫なんだろうか?
と思ったけど、こいつ魔物だろうしな。多分大丈夫だろう、うん。
リディは海豚の分の食器も用意する。
そして、米が炊けている釜の蓋を開ける。
すると、大量の湯気が立ち上り、艶やかな白米が姿を現した!
うおぉおおおおお! 完璧な炊き上がりだ! 今すぐ食いたいぞ!
食欲をどうにか我慢しつつ、全員分の食器に白米をよそう。
「そんじゃあ、こっちに持って来てくんれ」
ご飯をオットーさんの元に運ぶと、なんとオットーさんは焼いたウナギをご飯の上に乗せたではないか!
そして、そこに何やらタレを掛けていく。
「ほれ、これが鰻丼だぁ。うんめぇぞお」
「お、おにい! 早く食べよう!」
「お、おう! それじゃあいただきます!」
「「いただきます!」」
「魚の方も焼けてるでなぁ」
そう言って、オットーさんは岩塩を用意してくれた。
なんでもこの辺りで採れるそうなのだ。
だけど、まずはこの鰻丼だ。
俺は香ばしく焼けたウナギに一気に齧り付く!
外は炭を使ってサクっと香ばしく焼けているのに対し、中の身は脂が乗っていてとてもジューシーだ。
濃いめのタレとウナギの脂が混ざり合い、口の中で旨味が暴れ回る。
そこに俺はタレのしみ込んだご飯を掻き込む。
……うめぇぇええええ!!
なんだこれ!? こんな美味いもんがあっていいのか!?
リディ、レイチェル、ポヨン、海豚も一心不乱に鰻丼を掻き込んでいた
キナコだけは食べることが出来ないので、ちょっと羨ましそうに周囲を見ている。
「気に入ってもらえたみてぇだなぁ」
「ああ! オットーさん、最高だよこれ!」
大満足の鰻丼を食べた後は、焼いた川魚に岩塩を付けて食べる。
おお、岩塩って普通の塩とはちょっと味が違うんだな。
程よく脂が乗った魚と岩塩の旨味を含んだ塩味がよく合う!
おにぎりに使っても美味しそうだな。
余ったご飯を使って、今度は俺たちがオットーさんに焼きおにぎりを御馳走する。
ウナギを焼いた時に使ったタレを使って鰻丼風味の焼きおにぎりの完成だ!
オットーさんは焼きおにぎりをとても気に入ったらしく、鰻丼を食べた後にも拘らず何個もペロリと平らげていた。
「ふぅ、ごちそうさま」
「「ごちそうさま」でした」
「ごちそうさまだぁ」
この「ごちそうさま」の挨拶は、「いただきます」の挨拶と共に護衛依頼の最中にオットーさんにも伝わっている。
こうして、俺たちは大満足の夕食を終えたのだった。
さて、後はこの海豚について調べなきゃな。
「リディ、風呂の前にそいつのこと調べてみないか?」
「あ、そうだね。でも、ちゃんと視れるのかなあ?」
「キュッキュー!」
どんと来いや! と言った様子で海豚がヒレで腹を叩く。
ちなみに海豚は今、ゴーレムメタルの浴槽に水魔術で水を張ってその中に入っている。
これ、結局ダグラスさんに買い取ってもらえなかったんだよな。折角作ったんだから持っとけって。まあ、今になって役に立っているからいいんだけど。
どうやらこいつもキナコと同じくリディの魔力が一番好きなようで、この水も全部リディが用意したものだ。
「……なんだかこの子見てると魔物とは思えませんね」
「えれぇ人懐っこい奴だんなぁ」
海にはこいつみたいな魔物が他にもいるんだろうか?
「むむむっ、あ、視えた!」
どうやら『分析』が成功したらしい。
早速、リディは紙に視えたものを書き込んでいく。
「出来た!」
俺たちはリディの書いた紙を覗き込んだ。
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(タイダリア)
状態:従魔(仮)
体調:食べ過ぎ
関係:友好
海竜の加護
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タイダリア……それがこいつの種族か。
仮だけど従魔扱いになっているから『分析』で視えたようだな。
体調は食べ過ぎか……確かにこいつ、さっきは只管食ってたからな。当然と言えば当然か。
関係ってのは、キナコを従魔登録した時に新たに視えるようになっていたリディとの信頼関係だそうだ。ちなみに、ポヨンは親愛、キナコは友愛となっている。
それと『海竜の加護』か。俺が女神様から貰った『女神の加護』と似たようなものなのかな? これだけではよく分からんな。
「タイダリア……当然ですけど聞いたこと無い魔物ですね。海の方だと普通に生息しているんでしょうか?」
「はっはっは、おめぇ、さっきえれぇ食ってたもんなぁ。そりゃ食べ過ぎも納得だぁ」
「海竜の加護……ねえ、何のことだか分かる?」
「キュゥイ?」
全く分かって無さそうだ。
「まあ、分からないことは仕方ない。とりあえず、今は従魔扱いってことでいいみたいだな」
「リディちゃん、この子名前はどうする?」
「キュ? キュゥゥゥゥゥゥゥウウウン」
「なーんか嬉しそうだなぁおめぇ」
「かわいい名前がいい? あ、女の子なんだね。分かった」
どうやら雌だったらしい。
「うーん……それならルカ! ルカでどう?」
「キュイィィイイイイン!!」
「気に入ってくれたみたいだね! じゃあ、あなたは今日からルカ! 暫くの間よろしくね!」
こうして、海豚改めタイダリアのルカが、一時的にリディの従魔として俺たちの旅に加わった。