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66話 旅の再開

「よし、忘れ物は無いか?」


「はい、昨日までに必要になりそうなものは買い揃えて確認済みですし、装備やキナコちゃんのメンテナンスもバッチリです」


「今日でこの部屋ともお別れだね」


「そうだな。後片付けも問題無いし、そろそろ行こうか」


 ヴォーレンドでお世話になった人たちに挨拶をして回ってから数日後、ヴォーレンドを発つ日がやってきた。

 宿の従業員にお礼を言って部屋の鍵を返却する。

 宿の外に出ると、雲一つ無い晴れ渡った空が俺たちを出迎えてくれた。なかなかいい出発日和だな。


 ライナギリアへ向かうには、『サイマール』と言う港町を目指す必要があるとジャネットさんに教えてもらえた。

 ここヴォーレンドからは、馬車を何度も乗り継いで二か月前後は掛かるそうだ。

 カーグに来たばかりの頃は、まだ春を少し過ぎた頃で肌寒い日もあったけど、今ではすっかり季節は夏になっている。

 サイマールに到着する頃には夏も過ぎて涼しい秋になっていそうだ。


 今回は、丁度いい護衛依頼が無かったので依頼は受けていない。

 なので、次の町まではのんびり歩いて移動し、そこでまた依頼を探す予定だ。

 もしそこでもいい条件のものが見付からなかったら、また次へ移動する。そんな風に移動していこうと考えている。


 乗り合いの馬車での移動も考えたんだけど、ポヨンやキナコのこともあるし今回は見送ることにした。

 それに、食事や風呂、寝床の用意なんかも俺たちなら全部自分たちでこなすことが出来るし。

 土地勘が全く無いから迷わないかだけが不安だったけど、ここから次の町までなら道なりに進んで行けばいいだけだそうなので一安心だ。


 町の出入り口に辿り着くと、そこにはジャネットさん、テオドールさん一家、ダグラス武具工房の面々にクロードさん、マルグリットさんが既に俺たちを待っていた。

 オリアーナさんと手を繋いだサニーちゃんは既に泣きそうな表情になっている。


「えっと、皆、色々とお世話になりました。お陰で無事にライナギリア目指して出発出来そうです」


 俺たち三人はお世話になった人たちに揃って頭を下げる。


「もう! そう言うの泣きそうになっちゃうからやめなさい。折角笑顔で送り出す予定だったのに」


 ジャネットさんが目に涙を溜めながらそう言ってきた。


「ううぅぅ、うわあああああああん!!」


 そしてサニーちゃんが限界を迎えてしまった。

 オリアーナさんに抱き上げられあやされるものの、涙が止まる気配は無い。

 その様子を見てリディとレイチェルから鼻をすする音が聞こえてくる。


「ほらサニー、皆さんにちゃんと挨拶をするんだろう?」

 

 テオドールさんが優しくサニーちゃんに語り掛ける。


「うぐっ、ひっく、リディぢゃん……ジェッド兄ぢゃんとレイヂェル姉ぢゃん、ポヨンぢゃんとギナゴぢゃんも……ぐすっ、また遊びにぎでね」


 そして、サニーちゃんはどうにかそう声を絞り出す。

 サニーちゃんに引き摺られるようにリディも限界を迎えてしまい、泣き出してしまった所をオリアーナさんがサニーちゃんごと優しく抱き締めた。


「色々と大変だとは思うけど、あなたたちが無事ご両親と再会出来ることを祈っているわ」


「皆さん、こちらの方こそお世話になりました。是非またヴォーレンドへいらして下さい」


 テオドールさんが手を差し出してきたので握手する。


「おうジェット、リディ、レイチェル、またの」


 ダグラスさんが片手を上げて軽く挨拶する。


「ちょっと親方! それだけですかー!?」


「なーに、どうせまたそのうち会えるんじゃ。これくらいで丁度いいわい」


「ははは……親方らしいと言うか。皆さんのお陰で色んな面白い体験が出来ました。また是非工房にも遊びに来てください」


「はあ、全く……そういう訳ですので皆さん、またいらして下さいねー」


「また君たちが面白いものを持ち込んでくれるのを楽しみにしているよ」


「ジェットちゃん、リディちゃん、レイチェルちゃん、元気で行ってくるのよ。その服を制作したシリンさんだったかしら、その人にもよろしくね」


 ダグラスさん、マイケルさん、ケイナさん、クロードさんとマルグリットさんともそれぞれ挨拶を済ませる。


「この前も言ったけど、いい? 絶対また戻って来なさいよ、いいわね?」


「「「はい!」」」


 俺たちは揃ってジャネットさんにそう答える。


「それでよし。頑張って来なさい!」


「ああ! それじゃそろそろ行くよ。皆、ありがとうございました」


「おぜわになりまじだっ! サニーぢゃん、またね」


「ぐすっ、ありがとうございました! 行ってきます」


 最後の挨拶を済ませ、俺たちはヴォーレンドから出発する。

 門を出る時に振り返ると、そこにはまだ全員が残っていて女性陣が手を振ってくれている。

 俺たち三人、それとポヨンとキナコも皆に手を振り返し、ヴォーレンドの門を出る。

 そして、流れ落ちそうになる涙を拭いながら、俺たちは東に向けて歩き出した。


「ヴォーレンド、いい町だったな」


「うん! またもう一度訪ねなきゃいけない町が増えたね」


「ダンジョンの奥にも挑まないといけませんしね」


「ああ。その時までにはリディとレイチェルも、もっともっと鍛えてやるからな」


「おにい流はやらないからね」


「あはは……お、お手柔らかに」


 そんなたわいもない会話をしながら歩いて行く。

 まだまだ町の近くと言うこともあって、人や馬車ともすれ違うし魔物なんて影も形も無い。

 まあ、すれ違う人たちからは大体二度見されちゃうんだけどな。

 他の人達に比べ、俺たちは余りにも軽装だし、それにほぼ手ぶら状態だ。

 そして何より、


「ん、何キナコ? あれ? あれは馬車。それを引いているのが馬だよ」


 やはりここでも独りでに歩く人形、キナコはとにかく目立つ。

 流石にこんな所であの時みたいな誘拐犯には出遭わないとは思うけど……


「師匠、サイマールまでは特に長期滞在の予定は無いんですよね?」


「そうだな。旅の資金はヴォーレンドのダンジョンで思いの外稼げたし。勿論、多少依頼とかは受けていくつもりだし、面白そうな所があったら見ていくつもりだけど」


「あたし、早く海が見てみたいなー」


「わたしもです! 昔両親に連れられていた時も、海までは行ったこと無かったんですよね」


 実は、俺たち三人とも海を見たことが無いのだ。

 エルデリアの東には海があったそうだけど、そっちまでは行ったこと無かったしな。

 見渡す限り水が広がっているらしいんだけど、ちょっと想像が出来ない。

 それに、その水はなんとしょっぱいらしいのだ! ちょっとどんな味なのか確かめてみなきゃな。もしかしたら、水魔術についてもっと理解が深まるかもしれないし。


 そして何より海の幸だ!

 エルデリアでは海苔や海の魚も食べていたんだけど、こっちに来てからは偶に川魚を食べられるくらいなのだ。

 サイマールは漁業も盛んらしいので、食事についても楽しみなんだよな。

 それに、東へ向かうと言うことは、どこかで米も食べられるかもしれないし。


 そんな訳で、全員の意見が一致して早く海を見に行こう! と言うことになったのだ。


 とは言え、ヴォーレンドからは馬車でも二か月前後は掛かると言う話だ。

 焦ったって仕方ない。



 その後も徒歩での旅路は順調に進む。

 町から離れて徐々に現れ始めた魔物も、リディやレイチェルがサクっと倒していく。

 流石に角兎やゴブリンくらいだったらリディもレイチェルも全く危なげなく倒せているな。


 夜になっての野営も、ダンジョンで何度も行っていたこともあり特に問題無い。

 地魔術での野営場所の改造も慣れたものだ。

 それに、何度も自分たちでこなしてきたことで料理の腕も向上してきた。

 今日もテオドールさんの店で買っておいた食材を使って満足のいくものを作ることが出来た。


「ごちそうさま! 今日も美味しく出来たね」


「ふう、ごちそうさまでした。なんだかこれが当たり前になっちゃってる自分に驚きですよ」


「ごちそうさま。そう言えば最初テオドールさんたちにも驚かれていたな。でも、不便よりはいいだろ?」


「勿論それはそうなんですけどね。ただ、こんな旅の仕方、数か月前のわたしに教えても絶対に信じられないだろうなぁって思って」


「今じゃレイチェル姉もこっち側の人間だから大丈夫だよ! 『亜空間収納』だって使えるんだし」


「これ本当便利ですよねえ。まさかわたしも使えるようになるなんて思いませんでしたよ」


 そう言ってレイチェルは『亜空間収納』から着替えを取り出す。


「えっと、それじゃあ今日もお願いします師匠」


「おう、分かった」


「それじゃ、あたしはお風呂の用意をして来るね」


 その後、魔力操作の修業を全員で行い、風呂に入って寝床の準備を整える。

 さて、今日はダンジョンでもやっていたアレを試してみるか。


「師匠、その『設置魔術(マイントラッパー)』でしたっけ? わたしもやってみたんですけど、どうにも上手く魔力を固定出来ないんですよね」


「エルデリアでも使えるのはおにいだけだったよね。あたしにも出来ないし」


「そんなに難しいことやってる訳じゃないんけどなあ。ただ魔力をグッと固めて置いているだけだし。俺からしたら、魔術を綺麗に遠くに飛ばすことの方がよっぽど難しい……と言うか無理だぞ」


「おにいの数少ない弱点だよね」


「まあな。こればっかりはいくら練習した所でどうにもなりそうにないな。よし、敷き詰めるのはこれくらいでいいか」


「あはは……これ抜けてくるの自殺行為ですね」


 今回は練習がてら、色んな属性の『設置魔術(マイントラッパー)』を仕掛けてみたのだ。

 地面が各属性の魔力の色に仄かに光り、少し幻想的な光景になっている。


「これくらいやれば見張りもいらないだろ。もし、何かが近付いて来たら音で分かるしな。それじゃ今日はそろそろ休むか。おやすみ」


「「おやすみ」なさい」



 そして翌日の朝、


「……おはよう」


「おは…………すぅ……」


「ふぁぁあ、おはようございます。リディちゃん、また寝ちゃいましたね」


 俺たちは寝不足状態で目を覚ました。

 リディはまたすぐに眠ってしまったようだ。


「あー、やっぱりあまり眠れてなかったか」


「あはは……虫、凄い数でしたね……」


 そう、ダンジョンの中とは違い、昨晩は大量の虫に悩まされたのだ。

 俺たち全員、虫のことは完全に失念していて対策を全く講じていなかった。

 更に、『設置魔術(マイントラッパー)』の出す光が虫を集めていたらしく、慌てて俺は仕掛けている数を減らすことになった。


「次の町で補給する時に何か虫除け用の道具を探さないとな。流石に石壁で密閉する訳にはいかないし……」


「息が出来ないのは困りますもんね。朝食どうしましょう?」


 レイチェルが眠ってしまったリディを見る。


「もう少ししたら起こすよ。今のうちに周囲の後片付けでもしておくか」


 その後、どうにかリディを起こし朝食を食べ出発する。

 こんなことはあったものの、順調に進んだ俺たちは、数日後には補給予定の町が見える所までやって来た。


「町だー、おにい! 虫除け! 何か虫除けを探さなきゃ!」


 そう言ってリディが駆け出す。

 よっぽど夜の虫が堪えたみたいだな。


「それに、ギルドも覗いてみなきゃですね」


「食料も買い足さないとな。リディ、走ったら危ないぞー」


 俺とレイチェルもリディを追いかけ町へと向かう。

 こんな調子で、サイマールまで順調に辿り着けたらいいな。

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