63話 備えあれば憂いなし
「あれ、リディちゃん、もう動いても大丈夫なの?」
「無理するなよ」
「うん、もう大丈夫。心配掛けてごめんね」
リディはオークチーフに向かって光の矢を放った後、おそらく一気に魔力を消耗したのが原因で暫く動けなくなってしまっていた。
どうやらキナコも同じ状態だったらしい。ポヨンだけは平気そうだったけど。
光魔術での回復も試みたけど、レイチェルの時と同じく魔力の消耗から来ている疲労だからか特に効果は無かった。
リディが動けない間はリディとキナコの守りをポヨンに任せ、俺とレイチェルで残りのオークを全て倒していった。
そしてリディの体調が回復するまでの間、俺がオークの選り分け、レイチェルが周囲の警戒を行う。
一度レイチェルの気配察知に何か反応があったけれど、特に何も見付からなかった。おそらくオークの残党あたりがいたんじゃないかと思う。
もしこっちに向かって来るようならその時に倒せば問題無い。
その後、リディが『亜空間収納』でオークを仕舞っていく。
素材としても使えそうにないオークの一部はポヨンに与え、残りは部屋の隅に放っている。こうすればどこからともなくスライムが現れ処理してくれる筈だ。
「よし、回収したら一旦地下十階まで戻って、前に使っていた部屋で一泊して行こう」
「おにい、あたしだったらもう大丈夫だよ?」
「駄目だよリディちゃん。何かあってからじゃ遅いんだから、ちゃんと休まなきゃ」
「そうだぞ。それに、キナコのこともちゃんと休ませてあげないと駄目だろ?」
「……うん、分かった」
こうして俺たちは、地下十階の以前使ったことのある部屋まで戻ってきた。
前と同じように部屋を封鎖し、トイレや浴室の場所を確保する。
そうしてダンジョン内での宿泊の準備を整えた後、俺たちは一度キナコとの『魔装変形』状態を見せてもらうことにした。
「へえ、お前、こんな風に変形出来たんだなあ! なかなかいいじゃないか!」
うおおおおおおお! 何だろう? 何故だかキナコの変形を見ていると物凄く興奮してしまう。
多分、ダグラスさんやマイケルさん、クロードさんなら分かってくれるんじゃないかな?
「し、師匠落ち着いて……それで、この状態で矢を番えて撃つの?」
「うん。矢を番えた後あたしとキナコで矢を強化して撃つの。ただ、この状態だと弦が硬くて引けないからポヨンに協力してもらって、ポヨン『魔装変形』」
すると、今度はポヨンがリディの右腕に籠手として装着される。
右腕には薄青緑の籠手、左腕には変形した人形の機工弓。
リディよ、お前は従魔を増やす度に何かを装着していく気なのか?
「うわぁ、リディちゃんかっこいいね」
「えへへ、ありがとう。ねえおにい、一度撃ってみた方がいい?」
「そうだなあ。出来そうか?」
「あたしは大丈夫。ポヨンとキナコは……うん、出来るって」
「分かった。どんな性質かはちゃんと把握しておきたいしな。あっちの何も無い壁に向かって撃ってみてくれ」
「うん。ポヨン、キナコ、行くよ!」
リディの合図と共に魔力がリディからポヨン、キナコに流れ、更にその状態でリディは『身体活性』を発動、キナコから矢に魔力が供給される。
すると、矢が眩く光りだす。
そして右腕のポヨンと協力して弦を引き、壁に向かって一筋の光が放たれる。
おおおおお! 出来るなら俺もやってみたい!
ただ、その直後リディがふらついたので慌てて支える。
キナコも変形が解け、リディの足元でへばっている。
「お疲れリディ。見た感じ、やはり魔力の大量消費が疲労の原因だな。特にキナコ、矢に供給する魔力はもう少しちゃんと調整しないとな。闇雲にただ多く込めればいいってもんでもないんだぞ」
「ほえぇぇ、師匠、見ただけでそこまで分かるんですねえ。わたしにはただ凄い攻撃だなあってことしか」
「おう。魔力の流れ方を見ていたら大体な。リディ、今日は無理して二回使わせちゃったけど、普段は一日一回ここぞと言う時だけにしとけ。本格的な使用はもっとリディ自身の魔力を鍛えてキナコとの連携を深めてからだな」
「うん、分かった。キナコ、一緒に頑張ろうね。勿論ポヨンもだよ」
リディの言葉にキナコは頷き、ポヨンは頭の上で大きく伸びをする。
「ん?」
その時、レイチェルが封鎖した入口の方を見る。
「どうした?」
「いえ、何だか見られているような気がしたんですが……でも今は特に何も感じません」
「一応調べてくる」
俺は一度入り口の石壁に穴をあけ、向こう側の通路を覗き込む。
だけど、特に何も見付からない。
「少なくとも今は特に何も無さそうだ。念の為、向こう側に『設置魔術』を仕掛けておくよ」
これなら何かが近付いて来たら分かる筈だ。
うーん、ここでもオークが近付いて来ていたのかねえ。
もう一度出入り口を封鎖し、リディが回復するまで待って夕食の準備を始める。
なんだかんだダンジョンに潜っている間はずっと自分たちで用意していたこともあって、俺たちの夕食を作る手際も段々良くなってきた。
米はこの前大量放出して残りはあまり無い。
なので、今日はオーク肉を表面がカリカリになるまで焼いて、葉野菜と一緒にパンに挟んだオーク肉サンドイッチだ。
甘辛いタレとオーク肉の旨味が何とも言えない絶妙な味を出している。
オーク肉は少し脂っこい所があるんだけど、それを葉野菜と一緒に食べることで脂っこさが気にならない。
うーむ、魔物の時はあんなにどうしようもない発情豚なのに、肉になるとこんなに美味くなるなんて……ライトニングホーンの例もあるし、オークチーフの肉ってもっと美味いんだろうか?
「「「ごちそうさまでした」」」
さて、魔力操作の修業をやって、風呂に入ったら今日はもう寝ようか。
明日には外に出て、ジャネットさんにオークチーフ討伐の報告をしないとな。
その後は特に何事も無く、俺たちは寝床の用意を整え就寝する。
そして翌日、リディの体調が問題無いことを確認し、朝食を食べて準備を整え出発することにした。
部屋の出入り口の石壁を撤去し外の様子を確認する。
外は、仕掛けた『設置魔術』がそのまま残っており、特に何かが近付いてきた形跡は無かった。
「あの後は特に何も近付いては来なかったみたいだな」
「あのぅ師匠、もしかしたらわたしの気のせいかもですし……」
「いや、レイチェルが気配や視線を感じたんだったら用心しとくに越したことはない」
「そうそう。レイチェル姉のその力で何度も助けられてるんだから」
「そう言うことだ。念の為、外に出るまでは気を抜かずに行くぞ」
それからは、普段通り見掛けた魔物を退治しながら進んで行く。
すると、今日は地下十階でオークを見掛けることが出来た。
どうやらオークチーフを討伐したことでオークの出現が元に戻ったようだ。
地下九階に戻ると、時折他冒険者パーティーを見掛けるようになってきた。
多少の警戒をしつつも、軽く挨拶を交わしすれ違って行く。
そうして特に問題も無く地下五階まで戻ってきた。
寄り道はせず、地下四階目指して道を進む。
「さて、もうこの辺からはそこまで強い魔物も出ないし、ささっと地上に戻ってジャネットさんに報告しに行くか」
「はい。あ、師匠、前方から何人かがこっちに向かって来ます」
「地下五階に降りる人たちかな?」
少しすると、俺とリディにもその姿を確認することが出来るようになってきた。
どうやら男二人組の冒険者のようで、リディが言うように地下五階に向かう為かこちらの方にやって来ている。
そして、すれ違う時に二人組と軽く挨拶を交わす。
ふぅ、特に何も無かったな。
やはり考えすぎなのかねえ?
そう思った次の瞬間だった。
俺たちの足元に何かが投げ付けられる。
投げ付けられた何かから勢いよく煙が発生し、辺り一面に充満していく。
くそっ! さっきの奴らか!
「ごほっごほっ! 大丈夫かっ!?」
「けほっごほっ! うぅぅ、何故か涙が止まりません」
そう言われてみれば俺の目からも独りでに涙が溢れてくる。
もしかしたら、この煙に涙を出す効果があるのか!
「けほっけほっ! おにい、この煙をどうにかしなきゃ!」
「がはっごほっ! ああ! 二人は風魔術で煙を払ってくれ! 俺は光魔術でこの涙を止める!」
すると、リディとレイチェルから風魔術が放たれ、徐々に煙が晴れていく。
そこで俺が光魔術での治療を試みる。
そうしたら、思った通りすぅっと涙が引いていった。
「くそっ! あいつらどこだ!?」
「あれ? ポヨン!? キナコ!?」
「師匠、リディちゃん! あっち!」
レイチェルが地下四階に続く道の方を指さす。
そちらに視線を向けると、二人組の男がそれぞれ何かが入った布袋を抱え、逃げ出している所だった。
「ちっ! もう煙を払いやがった! どうなってんだ!?」
「あの乳のでけぇ女も妙に勘が鋭いしよ。まあいい。このまま逃げ切るぞ!」
どうやらポヨンとキナコの誘拐が目的だったようだ。
となると、昨日からレイチェルが感じていた気配や視線はあいつらのものだったのか! ずっと後をつけられていたようだ。
だが、あいつらこのまま逃げ切れるつもりか?
そもそもどうやってバレずにダンジョン外の門を通るんだ?
そして何より、
「ポヨン! キナコ! やっちゃえっ!!」
リディがポヨンとキナコに向かって叫ぶ。
「はぁ? あのガキ何言ってぎゃああぁぁぁああああああああああああああ!!」
「お、おい! どうしあばばばばばばばばばばばばばばばっ!!」
ポヨンを抱えていた男は体から血を流してのたうち回る。
そして抱えていた布袋が破れ、中のポヨンの様子が見えるようになった。
ポヨンは全身から鋭い棘を出し、体を硬化させた棘ボール状態になっている。
あれを力いっぱい抱きかかえたんだ。無事で済む筈がない。
キナコを抱いていた男は激しく痙攣し、泡を吹いて倒れた。
布袋からキナコが這い出てくる。
その腕の先からはミスリルの刃が姿を見せていた。そして、その刃は雷を帯びている。
そう、キナコの体の中にはライトニングホーンの角が装着されているのだ。それを使って仕込まれた刃や糸から雷を流すことが出来るのだ。
これはダグラスさんとクロードさんが、マリオネットに新しく搭載した武装の一つだ。
ふう、ジャネットさんに忠告してもらっていて良かったな。
お陰でこうなってしまった時の対処法も、事前にポヨンとキナコに仕込むことが出来ていた。
図らずともこいつらのお陰でそれを試すことが出来たって訳だ。
また色々と違う自衛のさせ方も仕込んでおかないとな。
「ポヨン! キナコ! 怖かったね、もう大丈夫だよ!」
リディがポヨンとキナコを抱きかかえる。
「師匠! この人たちどうします?」
「まずは拘束して」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
「……一旦黙らせる」
のたうち回る男に闇魔術を使って無理矢理意識を奪う。
そして、地魔術で岩の輪を作り出し、それを使って締め上げて拘束する。
さて、こいつらどうしてくれようか?




